第43話「始まる準備」
「遥斗く~ん大丈夫?」
莉奈先輩が俺の方を見ていってくる。
木葉と一緒に中学校に挨拶に行き、チャライ連中にボコボコにされてから早2日。
月曜日になり、俺はいつも通り部室に向かった。
何故か、俺が土曜日にあった出来事を部員全員が知っていた。
おい、何で知ってんだよ。
「あ、はい。唇を少し切ったくらいですから」
苦笑いで答える。
部室の奥の方では、何やら薫先生と雅が話している声が聞こえた。
よく耳を澄ましてその声の方に集中してみると
「なあ、小野。私がな、ボコボコにされている奥仲たちを助けたんだぞ。すごいだろ~」
「そ、そうなんですか」
薫先生が自慢をしていた。
「あんたか!拡めてたのは」
確かに薫先生には助けてもらったけど、これみよがしに自分の行動を広めなくてもいい気がするのだが。
「おう、奥仲。来ていたのか」
今気がついたような素振りでこっちを見て答える。
「はい。それで、何で拡めてるんですか?」
すると、薫先生は不思議そうな顔をする。
「何でって、このご時世だ。正義の功績は自分で拡めなければ」
「功績って…。まあ、感謝はしてますけど」
「遥斗くん、大丈夫ですか?」
雅が俺と薫先生の会話に切り込み、俺の傷を見て心配そうに言う。
「え?ああ、大丈夫だよ。ちょっと唇切っただけ」
苦笑いで答える。
そんな、心配されてどこか居心地が悪い部室の中、それとは違った雰囲気を持つ2人が静かに椅子に座っている。
俺は、彼女らの方に歩み寄る。
そんな彼女らとは、
大空木葉と花見静夏だ。
「どうしたんだ?部活始めるぞ」
言うと、木葉はゆっくりと言う。
「なんかごめんね。怪我させちゃって」
「何でお前が謝るんだよ」
「そうだよ、私が原因で…」
静夏も申し訳なさそうに言う。
「だから、お前らは別に悪くは無いだろ?」
彼女らは俯き、顔をあげない。
「たまたま、居合わせた状況とあの連中が悪かっただけだ。それに薫先生が来てくれたから結果オーライだろ?」
「だって…」
「でも…」
「お前らな」
すると、後ろから薫先生が優しく声をかけてきてくれた。
「そうだ。奥仲の言うとおりだ。君たちは悪くない。過ぎたことはもうどうにも出来ない。だから、これ以上悔やむのは逆に奥仲にも失礼だ」
その言葉に気付かされたのか、木葉と静夏は顔を上げ前を向いた。
「よし、それでは部活を始めよう」
部活は、薫先生の覇気のある声により始まった。
◇
俺たちは、いつもの席につき話し合いを始めた。
話し合いの議長は雅だ。この中で一番しっかりしていて、尚且つ萬部員歴が長いからだ。
「では、まず決めることは、次の3つです」
雅は黒板に何かを書き始めた。
〇高校の特色・校風
〇入試対策
〇先生・生徒の印象
「これらを中心に決めていこうと思います。恐らく中学生は、高校についてはほとんど無知だと思われます。いくら体験入学に来ている生徒はいるとしても、たかだか3時間程度ではそんなに多くは知り得なかったはずです」
ただただ相槌を打つだけだった。
取り立てて、意見があるわけでもないし、仕切る力があるので雅の言っていることに対して疑問が生じなかった。
「では、その手段について考えましょう」
問題は、次の段階へと進んだ。
「まず、高校の特色・校風についてですが、これは我高校の学校ホームページから引用し、残りは私たちなりに工夫して、仕上げようと思います。よろしいですか?」
小さく頷いた。
いつもの雅との印象とはかけ離れ、完璧な仕切り屋となっていた彼女に反対するものなど誰もいない。
薫先生も、ふむふむと頷いている。
「それでは次に、入試対策についてです。入試対策については、以前に花見さんがおっしゃっていたように、実際に私たちが入試の時にやったモチベーションをあげる方法や、勉強法などについてやりたいと思います。これについて何か意見などありますか?」
これもまた、小さく頷き俺たちの意見の総意を示した。
「では、次に先生・生徒の印象についてです。これは、この学校で生活をしていて実際に私たちが受けている印象についてを取り上げようと思っています。これについて何か意見はありますか?」
無言で頷き反応する。
薫先生は、立ち上がり言う。
「よし、ここまで決まれば後は少しだな。奥仲たちが土曜日に中学校から貰ってきたタイムテーブルによれば、与えられた時間は2時間。そのうちの3分の2は私たちの発表だ。つまり、時間に換算すると80分くらい持たなくてはならない。それと、残りの3分の1は生徒たちとの個別質問の時間だそうだ。従って、各自何を質問されてもいいように用意しておくこと。いいな?」
俺たちは、薫先生の言葉に「はーい」だの「うーい」だの適当に答えた。
「それでは、残りの細かなことは小野に任せる。では、私は職員室に戻っている」
そう言い残し、薫先生は職員室に戻っていった。
「うわ~なんか決めること多くて大変そうだね~」
無気力に莉奈先輩が呟く。
これは、先週まで八つ橋ばかりを食べている場合ではなかったかもしれない。
「では、これからやる作業の大体の時間割を決めたいと思います」
何やらまた黒板に書き始めた。
黒板には、今日から本番までの日にちが書かれ、それぞれの日にちの横には萬部の活動時間が書かれていた。
「よしと…」
そう小さく呟くと、雅は再びこちらに向き直った。
「では、練習時間も考慮し、資料作成の時間は今日から水曜日、遅くても木曜日まで。最低1日は練習の時間を設けます。よって――」
黒板に簡単にタイムテーブルを書き、イメージしやすいようになった。
だが、発表練習の時間がもしかしたら1日というのは少ないかも知れないと思った。それに、資料作成時間が多くても4日しかない。
細かいことも考えていたら時間的に少ないかもしれない。おのれ…八つ橋めっ。
「発表の際にはパソコンのパワーポイントを使って仕上げるか、画用紙を使って仕上げるかの仕上げ方について決めようと思います。これは、多数決を取りたいと思います。では、パワーポインターを使用したほうが良いと思う人は挙手をお願いします」
みるみると、手が上がり全員上がったかと思ったら、木葉だけは上がっていなかった。
「では、画用紙が良いと思う人」
木葉だけが手を上げた。
「はい。多数決によりパワーポインターの使用に決定しました」
「お前何で画用紙にしたんだ?」
それとなく木葉に聞いてみた。
「え、だ…だって、パソコンとか使い方分かんないし……」
「ああ、なるほど」
それを聞いていたのか、雅はすかさず言う。
「では、木葉ちゃんはパワーポインターに打ち込む前の下書き作成に加わってもらいます」
「え、あ、うん」
少しすると、また雅は全体に向けて言う。
「それでは、作業分担ですが、高校の特色・校風と、入試対策についてを分担します。先生・生徒の印象の担当は莉奈先輩と木葉ちゃんが、高校の特色・校風には、私、遥斗くん、花見さんが、と言う方向で進んで行こうと思います。最後の入試対策については、早く終わったところが担当することにします」
「ちょっと待って」
木葉が手を上げた。
「私、パソコン使うの苦手だから下書きになったんだけど、それなのに二人っていうのは少なくない?」
すると雅は答える。
「それは大丈夫です。莉奈さんは超がつくくらいパソコン操作が得意です。恐らく人一倍以上の仕事量を発揮できるはずです。ですから、木葉ちゃんと莉奈さんのところにあと一人加わってしまえば作業量的に不釣り合いになってしまうので、莉奈さんとの二人のところに入れました」
あまりの完璧とした理由の元、途中から木葉の顔は死んでいた。
恐らく、雅の言っていることが完璧すぎて、頭が追いついていないのだろう。
「う、うん。分かったよ」
「それでは、作業を開始します」
威勢良く雅が言うと、俺たちの作業が始まった。
*******************
一時間後。俺たちは必死に作業をこなしている最中だった。
俺の班は高校の特色・校風だ。これは、学校ホームページからいくらか引用するのだが、どれを引用していいのか分からない。
「う……」
パソコンの画面とにらめっこをしていて、俺の目はピークを迎えていた。
俺が早く引用をしないと、下書きの花見も本業を果たせない。
「遥斗くん大丈夫ですか?」
雅がそっと俺に声をかけてくる。
「ああ、悪いな。どこ引用していいか分かんなくて……」
「そうですか」
優しく放たれる雅の言葉は心地よかった。
「頑張ってくださいとしか言えませんが、頑張ってくださいね」
「あ、おう」
俺は再びパソコンの画面に向かう。
しばらくすると、定時になり部活動完全下校時刻になった。
前まではこんなものは無かったのだが、12月に入り、日がさらに短くなったということで導入されたらしい。
明日こそは…
その夜。俺は家で再び学校ホームページを開いてみた。
実のところ、この前も家でホームページを開いたのだが、八つ橋と母さんのシスコンよ宣告ですべて吹っ飛んだのだ。
俺は、家に帰ってから3時間かけて、引用するところをノートに書きおこした。
******************
翌日の部活で、俺は静夏に昨日の夜書き起したノートを渡した。
「こ、これ…悪かったな。昨日一日無駄にさせて」
「ううん。大丈夫。ありがと」
言うと、花見は下書きを書き始めた。俺が引用してきたものに加え、自分なりの意見を加えているのだろう。
俺が引用するのに手間取っていたときに既に考えていたのか、静夏の下書き作成スピードは驚異的なものだった。
少し周りを見ると、木葉と莉奈先輩はもう終盤のようだった。
木葉の下書きを元に莉奈先輩がパワーポイントを作成しているのだろうが、そのスピードは異常だった。
目立つところを言うと、莉奈先輩のキーボードを打つ早さだ。
彼女の指は一時も止まることなく動いている。それも、キーボードに目を向けているのではなく、木葉が書いた下書きを見ているのだ。
一方、木葉と雅はどこに行ったのかと目で探していると、もう一代のパソコンを使用していた。無論、パソコンに手をつけているのは木葉ではなく、雅だが。
「木葉ちゃん、下書きできた?木葉ちゃんの分も私が入力するわ」
「ありがとみやびん。ちょっと待って、まだ下書き出来てないから」
見れば、最後にやる入試対策についてのpワーポイントの作成に入っているようだった。
「あ、俺も引用終わったからそれやるよ」
俺が言いながらそう言うと、雅はそっとパソコンから離れ、椅子から立ち上がり、俺に譲った。
「そうですか。では、どうぞ。入試対策として一人一項目のスペースを空けていますので、名前が記入されたところに打ち込んでください」
言われるがままに自分の名前が書かれたところを探す。
パソコンの画面上を探していると、〈奥仲遥斗〉と書かれた欄を見つけた。
「ここか…」
小さく呟き、書き始める。
書いていると、下書きが終わったのか、静夏が雅にパワーポイントを作るようにいいに来た。
早いうものだ。もしかしたら、結構なペースで終わるかもしれない。
「遥斗くん」
「ん?どうした」
パソコンに目を向けたままで言う。
「私が向こうでパワーポイントを作っているときに木葉ちゃんの下書きが出来たら、私の代わりに打ち込んであげてください」
「ああ、分かった」
俺は、カタカタとキーボードを鳴らす。
そのうち、俺も入試対策の文を入力し終えた。継いで静夏に代わった。
「よし、静夏交代だ」
「はーい」
間の伸びた声で返事をした静夏は、自分の名前が書かれたところを見つけると、キーボードを打ち始めた。
木葉はまだ下書きを書いている。
すると、莉奈先輩も終わったようで、こちらに向かってきてくれた。
「お、終わったよ~」
疲れている声は俺たちにも分かった。
「次はえ…っと…」
「入試対策の作成です」
俺がそっと言う。
「ああ、そうだったね」
実際のところ、俺たちの作業ペースは異常なものだった。必要最低限のことしか喋らず、ただ黙々と仕事をする。
きっと、俺みたいに昨晩も仕事をしてきた人もいるのだろう。
お陰で、いつも元気な萬部に覇気が無かった。
静夏も打ち終え、継いで莉奈先輩が自分の名前の記入されているところに文字を入力し始める。
「ああ…またパソコンか…」
そう呟く声にもまた覇気が無かった。
その後も、何か小さく呟いていた莉奈先輩だったが、俺が聞き取れたのは、「あんなに八つ橋買ってくるんじゃ無かった」と言うことだけだった。
確かに八つ橋のせいで、こんな死にそうなくらいの仕事をしているのは確かだった。
もし、八つ橋が無かったらもっと仕事は楽なものになっただろう。
だが、過ぎてしまったことは取り返しがつかない。だがか、今精一杯頑張るしかないのだ。
「よ~し頑張るぞ~」
と言ってパソコンに正面から向かっていった。
しばらくすると、莉奈先輩が打ち終える頃と同じくらいに薫先生がやってきて定時の報告を告げた。
「今日はここまで。どう、進んでる?」
俺たちは「はい」と一声上げると、のろのろと部室を去っていった。
*****************
高校の特色・校風のパワーポイントを仕上げた雅が、木葉の下書きを元に入試対策のパワーポイントを作っている。
これが終わればあと少しだ。
既に入力を終わらせている俺と静夏と莉奈先輩は、一つのパソコンにパワーポイントを移す作業に取り掛かっていた。
中学校に複数のパソコンを持っていくのはかさばって邪魔なためだ。
どうやら、今日でパワーポイントづくりは終了出来るみたいだ。
これで、残りの二日は練習に時間を咲くことが出来る。
部活が始まって1時間くらいした頃だっただろうか、雅が入力を完了し軽くまとめを書き、入試対策は完了した。
これで、残りの時間は発表練習となった。
「では、発表練習をしましょう。私は、完成したパワーポイントを薫先生に見せてくるので、練習しててください」
そう言うと、雅は薫先生のところにデータの入っているパソコンを持って部室から出て行ってしまった。
「じゃあ、練習するか」
俺たちは、雅が帰ってくるまで各自自主連と言う形になった。
******************
土曜日の朝。時刻は9時だ。
俺たちは今、学校。それも部室に来ている。
なぜこんな日に、それもこんな時間に来ているのかと言うと。今日がついに発表の当日だからだ。
「よし、荷物はすべて私の車につもう」
薫先生が言う。
俺たちはこくりと頷き、荷物整理を続ける。
なんとなく緊張してきた。
超特急で誂えたからな、ぼろが出なきゃいいんだけど…。
荷物整理が終わり、必要なものを車に積める。
俺たちも薫先生の車に乗った。一人暮らしの女性が乗るのにしては大きすぎる車だ。この前乗っていた普通乗用車以外にも車を持っているだなんて…。
「よし、では向かうぞ。いざ『春ノ山中学』へ!」
元気のいい薫先生の声とともに車が徐々に徐々にと動き出す。俺たちの緊張感を乗せて。
こんにちは水崎綾人です。
遥斗がボコられてから早2日。萬部は入試対策用の資料作成で大忙しです。
今回はあまり語りません。
それより、もっと大事なお知らせがあるからです。それがなんというのかと言うと、
『隣の彼女は幼馴染み!?』次話で最終回です。今まで、お付き合いしてくださった方々のお陰でここまで来ることができました。
ですので、これを言うしかありません。
次話もお楽しみに!




