第41話「彼らは尚も八つ橋を食べ続ける」
「まだかな…」
俺は、依然楓が風呂から上がるのを待っていた。
それを母さんは意味ありげな表情で、微笑みながら眺めている。
すると、玄関からガチャリという音が聞こえて来た。
親父が帰ってきたのだ。
「いや~ただいま」
何がそんないおかしいのか物凄く笑顔でリビングまでやってきた。
「あら~おあ帰りなさい」
母さんが親父の背広を預かり、椅子に掛ける。
いや、そういうのは部屋でやってよ。そこに置いたらスーツにシワ付くんじゃね?
「おお、遥斗。ここで会うのは久しぶりだな」
「ああ、まあそうだな~」
親父はネクタイをほどきながら言う。
実際、俺と親父がこうして顔を合わせるのは実に久しぶりのことなのだ。いつも俺は、親父が帰って来る頃には、既に部屋にいるからだ。
最後に顔を合わせたのは確か…親父が廊下で酔っ払って寝てる時じゃなかったかな。あの時も、楓が風呂に入ってんの気づかなくて、危うく覗くところだったんだよな。
「あ、そうだ。お前にお土産があるぞ」
そう言って、親父が鞄から取り出したのは、明らかにお土産と呼ぶには適していない街でもらったでしょと言うくらいのポケットティッシュだった。
「これって…お土産って…言うのか?」
「言わないか~ガッハハハハ」
豪快に笑っているようだ。ポケットティッシュをお土産だと言われて渡された俺は、苦笑いするしかなかった。
しばらくすると、お風呂場から楓の声がした。
「お風呂、次良いよ~」
その声を聞いて立ち上がる。
「よし、じゃあ行ってくるか」
俺は、リビングを後にしてお風呂場に向かった。
途中で楓と遭遇した。一応、さっきのことを謝っておこうと声を掛けようとすると、先に楓の方から声をかけてきた。
「いいお湯だったよ――」
何故か、やけに色っぽい声でそう言った。
「あ、そ、そう…か…」
脱衣所に入り、服を脱ぎ、浴室に入った。
シャワーで全身を流し、身体を洗い、湯船に浸かった。
そして今日のことを思い出してみた。
終盤から本当に色の濃い一日だった。
水面に顔を付け、目を閉じた。
「明日から頑張ろう…」
だが、俺のそんな心持ちもすぐに打ち砕かれた。
結局、金曜日まで部活では、資料集めも何もしないでお茶と八つ橋を食べていた。
お陰で1週間の消費期限の八つ橋も残すところあと2箱になった。
「で、どうします?いよいよ来週ですよね?…」
「そうだな。奥仲。私としたことが、八つ橋の美味しさに我を忘れていた」
薫先生はこめかみに手を当て、うなだれた。
「先生泣きながら食べてましたもんね」
「言うな、奥仲。そういえば八つ橋は取り寄せ出来るのかな?」
と、言うと薫先生は携帯を取り出して、何やら調べ始めた。
「でも、もうそろそろ始めないとだね」
木葉も心配そうに言う。
それに倣って雅も続ける。
「そうですよね…流石にもう」
すると、薫先生が思い出したように話し出す。
「ああ、そうだった。今週末と言うか明日誰か『春ノ山中学校』に言って挨拶をしに行ってきてくれ。これは、礼儀として一応必要だ。えっとそうだな~奥仲、君が行くといい」
いきなり指名され俺は仰け反ってそれに反応する。
「ええ、何で俺なんですか?」
「君は確か『春ノ山中学校』出身なんだろ?だったら母校に行くんだ。嬉しいだろ」
実際は、全然嬉しくないのだが…。
「だが、一人で行くというのも心細かろう。えっとだな、大空。君も奥仲と一緒に行くといい」
それを聞くと木葉も木葉で驚いたように反応する。
「な、何で私なんですか?」
「確か、君の家は奥仲の真隣だろう?だったら一緒に行きやすいだろうなって思って」
「それは…」
木葉は言葉をつまらせてモジモジとする。
「いやだったら――」
薫先生の言葉を遮り、木葉が言う。
「いえ、別に嫌と言う訳じゃ…」
「なら決定だな」
そう言うと、また携帯の画面に視線を落とす。
「やった~八つ橋取り寄せ出来るらしいぞ。奥仲~」
そう言って俺の背中をバシバシと叩く。
「痛っ、痛いですよ先生」
薫先生はニヤニヤと笑いながら「すまん、すまん」と言う。
「じゃあ、八つ橋を頂きましょうよ」
静夏が待ちきれなくなったように言う。
こいつもようやく萬部に慣れてきたみたいで、部活でも元気になってきた。
そして、今週の部活もほとんど八つ橋を食べ、お茶を飲んで幕を閉じた。
◇
翌日。今日は、俺と木葉で『春ノ山中学校』に挨拶に行く日だ。
事前にSNSを使って木葉には連絡を取っておいた。これでわざわざ木葉の家のインターホンを押すと言う恥ずかしい手間がかからないと言う訳だ。
午前9時30分。俺が玄関を出るのとほぼ同時に、隣の玄関から木葉も出てきた。
「おはよ、遥斗」
朝だというのに随分と爽やかな笑顔を向けられた。
「ああ、おはよう。んじゃ、行くか」
「うん」
木葉の横を歩き、俺が一応は先導を切るようにした。
俺の家から『春ノ山中学校』までは徒歩で35分のところにある。
中学生のときは歩いて登校していたが、今日はバスを使った。
幸いなことに、街中にあるため『春ノ山中学校前』と言う停留所があるのだ。
俺たちは、そのバスに乗り『春ノ山中学校』を目指す。
約束の時間は10時30分だ。歩いたら遅れるかも知れない時間帯だが、バスのため余裕を持って到着できるだろう。
「それにしれも寒いね…」
木葉が両手で両腕を擦り言う。
「ああ、本当に寒いな…」
どうやら今日は、今年の最低気温を更新したらしい。
「俺にカイロか何かあれば、あげれんのにな」
俺は言うと、持ってきた鞄の中を探った。
正直、自分でも何を持ってきたのか定かではないのだ。適当に必要そうなものを詰め込んできたのだから。手当たり次第に探していると、手袋を発見した。
木葉に視線を放ると、木葉は手袋をしていない。仕方ないな…。
「ほれ」
俺は木葉に手袋を差し出した。
「え…遥斗。これって…」
驚いたように木葉は言う。
「手。寒いだろ?俺はいいんだ。元々薫先生が勝手にお前にしたようなもんだからな。これはせめてものお礼だ」
すると、木葉は静かに手袋を受け取り、そっと自分の手にはめた。
「ありがと。遥斗」
ニコっと微笑み俺に礼を言う木葉は天使のように見えた。
俺が、その笑顔に少しの間見とれていると、丁度バスが来た。
「あ、来たみたい」
「え、ああ。そうだな」
バスのお陰で我に帰ることが出来た。ありがとうバス。
こんにちは水崎綾人です。
今回はまだ、八つ橋を食べてますね。元々、この回は、もっと長文だったんですが、長くなりすぎたので、無理やりですが2話に分けました。ちょっと、切れ方が雑だった気がしましたが、ご了承ください。
次話は若干の急展開があります。
次話もお楽しみし!




