第4話「思い出のその後に」
大空と口をきかなくなり、互いに避け始めてからちょうど1週間がたった。
転校早々大空の周りにいた連中も徐々に大空から離れていった。転校生への絡みなど一過性のブームに過ぎない。なので、クラスに馴染んでくれば物珍しさも無くなるため特別扱いされなくなるのだ。
もう俺も大空とはこれ以上関われないと心の奥底で思っていた。俺は、大空から差し出された手を掴むことが出来ず、拒絶することしか出来なかった。
今日も大空は学校で一人でいる。その気になればあのコミュ力で友達の一人や二人くらい作れそうなものだが。彼女が友達を作らない理由が俺のせいだとすればとても申し訳なくなる。
5時限目のチャイムがなり俺たちは授業を受ける。教科は数学。担当教師は前宮薫先生だ。薫先生は淡々と授業を始める。薫先生の声が俺の睡魔を加速されるように耳に入ってくる。気が付いた頃には授業は終わっており目の前には薫先生がいた。
「奥中。なんだ今日の授業態度は?放課後に職員室に来るといい」
呼び出しを食らってしまった。俺は力ない声で応答する。
「分かりました…」
薫先生の顔を見るとなぜなのかにやけていた。
その後の6時限目の授業はもう聞くになれなかった。俺の頭は大空と薫先生のことで一杯だった。もう限界だった。自分の気持ちがもう分からなくなっていたのだ。実に気持ちが悪い。
帰りのホームルームも終わり、俺は真っ先に職員室に向かった。
「失礼します。前宮先生に呼ばれて参りました」
職員室への挨拶を済ませ薫先生の机を目指す。
「よく来たな。奥中」
「呼んだのは先生じゃないですか?」
またニヤリと頬を緩ませた薫先生はまた口を開く。
「ここではなんだ。場所を変えよう。付いてきたまえ」
言われるがままに後を付いていく。たどり着いた場所は見覚えのある場所だった。それは先週、俺が松前と言う生徒指導兼風紀委員会担当教諭に連れてこられた他でもない『生徒指導室』だった。
まさか、授業寝てただけで松前の説教食らうのか!?
俺は決意を決め軽く歯を食い縛った。薫先生は勢いよく生徒指導室の扉を開ける。
そこには松前の姿は無かった。誰もいない生徒指導室。どこか不思議な緊張感が漂う空間だった。
「そこの椅子に腰を掛けたまえ」
指し示された椅子に腰掛ける。俺の対角線上に薫先生が座る。
「今回君を呼んだのは他でもない」
「授業中寝てたからですよね?」
俺がそう言ったとき薫先生はおっ?と驚いたような顔をした。
「あ、まぁそれもある。寝るのはダメだぞ!だが、そんなことで呼び出した訳ではない」
授業中寝てる以外で呼ばれた?また、俺の頭の中で疑問という文字が踊り出す。正直、今はこれ以上考えるのは精神的にキツいのだが…。
「君はどうした?何をそんなに考えている?」
薫先生は真剣な眼差しでこちらを見る。考えている?まさか俺のことは全部お見通しってか?
「い、いえ別に…」
俺はそっぽを向いて知らんぷりをした。
すると薫先生はまた口を開く。
「変な嘘は止めろ。私はこう見えても君を結構気に入っているんだぞ。私の生徒にそんな顔はさせたくない」
俺の頬に差し出された手は優しく、とても暖かいものだった。
だが、俺が悩んでることをすべて語る訳にはいかなかった。大空のためにも俺自身のためにも。
「先生。俺、分からないんですよ。自分が何をしたいのかが」
「分からないなら考えるしかないな。何度も問い直すんだ。そして結論をだせ」
「答えになってませんね」
「ああ。それはまだ君自信が正しい答えを出していないからだ。答えが違うということは、式が違う。式を立て答えをだせ。間違っているなら何度でもとき直せ。君自信が正しいと信じる答えが出るまで」
言うと薫先生は「話は終わりだ」と言い残し生徒指導室を後にした。本当に訳のわからない話だった。取り残された俺は、椅子の背もたれに深く腰を掛け上を向いたまま目をつむった。
何分くらい生徒指導室で上を向いたまま過ごしただろうか。長い沈黙の時間から覚め俺は立ち上がる。今日はそのまま自宅に帰った。
「ただいま」
「おかえり遥斗」
「お兄ちゃんおかえり~」
母親と楓が共に声をかけてくれる。
俺は真っ先に自分の部屋を目指す。のろのろと階段を昇る俺の足取りは端から見れば相当疲れていると思うだろう。実際、体力的な方では疲れてはいないのだが、考えすぎて頭が疲れてしまってどうも気持ちが悪い。
今日はこのまま寝よう…。
制服からパジャマに着替え、すぐにベッドにダイブした。その後の意識はもう無い。
翌日。俺は携帯のアラームで目を覚ました。俺の鼻孔を母親の作る朝飯が刺激する。
「もう朝か…」
俺はいつも通り朝飯を食べるためにリビングに降りていく。
「あっ!お兄ちゃんおはよう!」
楓が朝から元気よく挨拶をしてくる。こいつ元気だな…。
テーブルにつき朝飯が出てくるのを待つ。こうして、黙っている時間があると、どうも朝から気分が落ち込む。ここ最近、落ち込みっぱなしで本当に疲れる。
「遥斗どうしたの?」
母親が朝食を出しながら訪ねてくる。俺は何も言わずに朝飯を食べる。すぐに、食べ終えそのまま歯を磨く。そしてまた制服に着替え、登校の準備をする。
また、目の前を大空が歩いている。俺は無意識のうちに、あのぎこちない速度と距離を保って歩き続けている。今日もまたぎこちない日が始まると思うと憂鬱になってくる。
今朝も元気に松前が挨拶運動をしていた。俺は1発で合格するようにハキハキと元気な声で挨拶をした。
「おはようございます」
「よし!おはよう」
厳つい笑みで挨拶を返された。いい気分はしなかったが生徒指導室に呼ばれるよりは遥かによかった。俺は教室に入ると自分の机にうつ伏せ、寝る体制に入った。
こうしていると、クラスの連中の声がうるさいノイズばかりのラジオのような感じに聞こえる。聞きたくもないのに、聞こえてしまう人間の耳はとてもいい機能をしていると思う。
朝のホームルームも適当に流した。時々、薫先生がこちらを見てきたような気がしたが気にしないことにした。
だらだらと時間だけが過ぎていく。あっという間に5時限目も終わり、とうとう次は今日最後の授業の物理だけになった。物理は今実験授業なので物理実験室に移動しなければならない。
須藤と一緒に物理実験室に移動するが俺の心はここになかった。須藤と会話する一言一言にまるで覇気がない俺の言葉。それに見かねたのか須藤が会話を断ち切りこう言った。
「どうしたんだよ?先週から変だぞお前」
そうだ。俺は確かにおかしい。その通りだ。大空のことといい、自分の不甲斐なさといい全てが嫌になるくらい俺はおかしい。調子が悪いどうこうの問題ではないのだ。自分の気持ちすら分かっていないのだから。薫先生が言ったように式が違うと言うのなら、たぶん俺は部分点すら貰えないくらい間違っているだろう。
「起立。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
6時限目終了の号令がかかり結局、この授業も受け流してしまった。何を学んだかをまるで覚えていない。
物理実験室から教室に戻る廊下を歩いているとまえの女子たちの会話が耳に入ってしまった。
「なんか最近大空さん暗くない?」
「あー、分かる。転校してきたとき凄いかなって思ったんだけどね~」
「どんどん孤立してってるよね」
俺はそこ会話を聞いて愕然とした。大空は俺がただ考えすぎで孤立したと思い込んでいたのではなく、クラスの連中からも孤立していることを認識されていたのだ。
その瞬間、俺は自分の気持ちにきちんと向き合うことができた。
俺は帰りのホームルームが終わると一目散に帰宅した。
「ただいま!母さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
早口で母に尋ねた。
母さんは台所から出てきてくれた。俺はリビングのテーブルに座り母さんもそれに続く。
「母さん。聞きたいことがあるんだ」
「あら、なあに?」
俺は一度大きく深呼吸し、母に尋ねた。
「大空のことなんだけど」
自分が忘れていることは覚えている人間に聞いた方が確実だ。
「ああ木葉ちゃんのことね。何が聞きたいの?」
「全部だ。俺とアイツはいつ出会って、どんな風に遊んできたか全部だ」
母は笑顔で話始めた。
「そうね、あれはもう10年位まえになるわね。遥斗がまだ幼稚園の年中さんだったころにね昔住んでたアパートあるでしょ?あの部屋の2つお隣さんが木葉ちゃんとこだったのよ。木葉ちゃんは引っ込み思案で、なかなか家から出たがらなかったんだけど、ある日、遥斗を連れて公園に行ったとき偶然木葉ちゃんもいてね、遥斗と木葉ちゃんで一緒に砂場で遊んでたのよ。多分これが初めての出会いでしょうね」
年中のとき?と言うことは実際は11年も前なのか…。母はコーヒーを一口含むと、また話始める。
「それから木葉ちゃんは遥斗と同じ幼稚園に通うようになったのよ。なんでも遥斗と一緒なら行きたいって言い出したようよ。遥斗昔はモテたのね。」
「んなことは、どうでもいいよ。それから?」
「同じ幼稚園に通いはじめて、アンタたちはすごく仲良くなって度々2人だけで遊びにいくようになったのよ。木葉ちゃんのお母さん言ってたわ。遥斗くんが木葉を外に連れ出してくれたお陰で明るくなったって。それから3カ月後位に木葉ちゃんたちはお父さんの仕事の都合で引っ越すことになったのよ。私はお母さん同士で手紙とかメールでやり取りしてたけど」
そう言うことか…。大空が俺を頼った意味。昔、俺が大空を外の世界へ連れ出したように今回も俺がアイツの殻を割ってあげるべきだったんた。
正直まだ完全には思い出せていないが少しずつ薄らいでいた記憶が鮮明になってきた。
まだ間に合うと思った。俺は着崩した制服のまま慌ててリビングを後にした。
「お、お兄ちゃん!?」
「青春ねぇ」
楓の声を振り切った。ついでに変なことを喋っている母親の声も振り切った。
ダッシュで隣にある大空の家に向かった。
はぁー。はぁー。この後どうしよう?大空の家の扉の前で考える。
だが、俺は学習している。今まで考えたあげく間違った答えにしか行き着いてこなかった。だとすれば勢いに任せると言うのが正しい式になり、正しい答えを導きだせるのではないか?
俺はインターホンを押し大空が出てくるのを待った。
「どちら様ですか?」
と大空が扉からひょっこり顔を出した。
大空は俺の顔を見ると驚きの表情をした。まあ無理もないだろう。
「大空。話がある」
整え終わった息をゆっくりと吐きながらはっきりと言う。
「私には無いから。帰って」
大空はそう言うと俺に背を向け扉を閉めようとする。
ここで食い下がってはいられない。本能がそう思った。ここで食い下がったら、もう取り返しがつかない。
俺は扉が閉まりきる前に手で扉の動きを止めた。
「話があるって言ってんだろ」
「だから私は無いって――」
大空が喋り終わる前に俺は彼女の右腕を掴みとり勢いよくダッシュした。
「ちょっ、どこいくつもりよ」
大空の声が聞こえるが今回は無視させてもらう。
数分走り俺も大空も息が上がっていた。
そして、たどり着いた場所は
「こ、ここは…」
大空が呟きに似た小さな声を漏らす。
「ああ。俺とお前が昔遊んだって言う公園だよ」
そう、先週大空に連れてこられたあの公園に俺は大空を連れてきた。
「でもアンタ昔のことは覚えてないんじゃ?」
「ああ。覚えてなかった」
「やっぱり…」
「実際、母さんから昔の話を聞いてもまだ思い出せない……でも」
約束のことはまだ思い出せないが一緒に遊んだ公園、海、幼稚園。正直まだ思い出せない…でも。
大空は胸の前で手遊びをしながら口を開く。
「それでアンタは何でここに私を連れてきたのよ?」
それは、お前の殻を砕くため、お前を救うため。俺はその言葉を口にする。
「俺はお前と友達になりたいと思ってる」
「は?なに言ってんの?」
嘲笑にも似た薄い笑顔の大空がこちらを見る。俺は大空から視線を離さない。
「俺は確かに昔のことを忘れてた。それでお前のことを傷付けた。済まなかった。昔みたいにまた友達になれれば良いなと思ってるでも、そんなことが実際は難しいとも思ってる。でも俺は、お前と思い出の続きを築いていきたいと思ってる。ダメかな?」
思いの丈を全てぶつけた。今までの謝罪、俺の希望。全てをぶつけた。あとは大空がどう決断してくれるかだ…。
「いいの?」
大空の目には大粒の涙が今にも溢れそうになっていた。
「あんなに無視したりしたのにまた、友達になってくれるの?」
「ああ」
俺の言葉な安心したのか大空は泣き崩れた。
それから10分が経過した。
「どう?落ち着いた?」
俺はポケットに入っていたハンカチを取りだし大空に手渡す。良かった…今朝、たまたまポケットにハンカチ入れといて。
「ありがと…」
そのまま俺と大空は何も言わずに自宅まで一緒に帰った。10年前と同じくらい仲良くとはいかないかも知れないけど、友達であることには変わり無いのだから。
翌日。ここ最近毎日のように悩まされていた気持ち悪さは一切なく気持ちよく目覚めることができた。
制服に着替え、玄関を出るとそこには、大空の姿があった。いくらまた友達になったからと言っても玄関で待たれると考えることがある。
「あっ!おはよう遥斗」
「え?あ、うんおはよう大空。てか何で俺ん家の玄関前にいんの?」
言うと大空はキョトンとしたようにこちらを見てとんでもないことを言ってきた。
「だって昨日言ってくれたじゃん!『お前と思い出の続きを築いていきたいんだ』って。昨日は友達としてかと思ったけど、よく考えたら告白よね?」
な、な、何てこった。これはなんてラブコメ的誤解だ。こんなことが現実としてあるのか?取り敢えず早いうちに誤解は解いておかないと。
「あ、あれは友達としてって意味だったんだけど…」
一瞬で大空の表情が凍りついた。
心なしか大空の周りには目には見えない気のようなものを感じる。
「ち、ちょ、ちょっと!…勘違いさせるんじゃないわよーーー!恥ずかしいじゃない!!!」
その声には物凄い怒気がこもっていた。
「わぁーーーー!ごめんなさーい!!!」
大空が追いかけてくるその前を俺は全力で逃げるのだった。
この時、俺は思ってしまった。
はぁ…これから疲れそうだ。
こんにちは水崎綾人です。このお話で第1章は完結とさせていただきます。
遥斗と木葉が無事に昔みたいに仲良くなれて良かったです。
次回から一体どんな展開になるのか!?お楽しみに!