第32話「過去との決別」
木葉は足を止めた。
木葉自信の家ではない。その隣。
彼女が足を止めたのは
他でもない奥仲遥斗の自宅の前だった――。
その頃、奥仲家では夕食が終わり遥斗も食後の余韻に浸っているところだった。
今では妹の楓がテレビに食い入るようにみている。
そんな時だった。ピンポーンとインターホンが家中に響き渡った。
洗い物をしている母は出られそうにない。
父はまだ帰宅していない。楓はテレビに夢中できっと動かないだろう。
「遥斗―。出てちょうだーい」
母の声が遥斗に向かって発せられる。
遥斗は渋々食後の余韻を断ち切り、玄関で待っているであろう人物を迎えるために玄関に向かった。
綺麗に靴を並べられた玄関には自分の靴と家族の靴の他にサンダルが用意されている。
遥斗は、サンダルに履き替えると玄関をあけて客人を迎え入れようとした。
が、玄関先に立っていた人物は遥斗の予想の斜め上をいく形となって目の前に現れた。
その人物とは
「こ、こ――木葉っ…?」
思いっきり目を見開いた遥斗はその場で硬直したまま動けなくなってしまった。
遥斗の頭の中は今、疑問と恐怖のたった二つの文字が交差していた。
「来ちゃった」
と、何とも軽い物言いで木葉が言葉を発する。
木葉は11月と言う寒い季節にピッタリなコートを着て玄関前に立っている。遥斗はそれを黙って見つめているしかできなかった。
「どうしたのー」
遠くから母の声が響いた。
はっと我に帰り言う。
「ああ、大丈夫友達が来たみたいだから、俺の部屋にちょっとだけ上がってもらうわ」
母に届くように少々大きな声で言った。
そのまま木葉に「行くぞ」と目で合図を送り、玄関から遥斗の部屋まで移動を開始する。
母や、楓にバレれば間違いなく問題になると思った遥斗は、木葉に絶対に声は出すなと目で命令し部屋を目指した。
階段をゆっくり上がっていく。そのあとをつけて木葉も階段を登っていく。
部屋に入ると木葉をベッドに座らせ、遥斗はなぜここに来たのかから聞いた。
「ど、どうしてここに来たんだ?」
「遥斗の様子が最近おかしかったから」
簡潔に木葉は答えた。
「な、何がおかしいんだよ?」
木葉に向けていた視線を離して質問をする。
木葉は視線を遥斗からそらさずに言う。
「どうして、こっちを見てくれないの?」
「…見てるさ」
「嘘」
これまで見てきた大空木葉とは違うようなその喋り口調が、遥斗をより一層動揺させた。
「な、何を…」
奥歯をギリッと噛み締めうろたえた表情を作る。
その間も、木葉の視線は遥斗に注がれたままだった。
目を逸らすことは簡単だ。だが、どこかそれはしてはいけない気がしていた。
「最近の遥斗は何か変だよ…」
力ない木葉の声が遥斗の耳に届く。
自分のことをこれほどまでに心配してくれているのだ。
だが、今の自分の心を認める訳にはいかない。また嘲笑と哀れみに満ちた日々が待っているのかも知れないのだから。
なるべく、木葉や雅には自分の弱いところは見せたくない。そして、今の平凡で幸せな日々を守っていたい。それが、遥斗の望みであった。
だが、それを欲すれば欲する程、花美静夏と言う存在が一気に全てを壊してしまいそうで無性に怖くなってしまう。
最初から壊れてしまう運命ならば、せめて自分から避ければ、自分が負う傷は小さくて済むのではないか。
そう。今目の前にいるこの少女のことも避ければ自分の負う傷は――。
「変じゃ…ないさ」
「え…?」
木葉が遥斗を見つめる。
「変じゃないよ。元々俺はこう言うやつだったんだよ――」
そうだ。このまま本心を言って引かれてしまえば、自分から無理に避ける必要はなくなる。向こうも避けてくれるはずだから。
そのまま、遥斗は続ける。
「木葉と出会って、雅と出会って萬部に入って。どれも楽しかった。今まで他人と深い関わりを持とうとしなかった俺が、ここまで成長できたのはお前のお陰だと思ってる。でも、花美に久しぶりに会って分かったんだ。俺はそんな人間じゃないって。中学時代の黒歴史を思い出してハラハラしている俺が、お前らとまともに話せたり過ごせたり出来るはずがないんだ。どうせ、出来ないんなら俺から…俺から…離れていった方が――背負う傷が…」
言いかけたとき身体が何か温かいものに包まれた。
それが木葉の身体だと気付くまでには少し時間が必要だった。
「へ…?」
遥斗の頭を抱え、抱くように包んだ木葉は遥斗に言った。
「背負う傷?俺は元々こう言う奴だった?そんなことない。だって遥斗はいつも私を助けてくれた。転校してきてすぐのときも、友達が出来なくて悩んだときも、柏崎との一件のときも全部助けてくれたじゃない」
より一層強く遥斗を抱きしめる。
遥斗の顔は木葉の胸の位置でしっかりと固定されていて動けない。柔らかな木葉の胸の感触が硬い制服の生地の上からでもしっかりと伝わってくる。
潤んだ声で木葉は続けた。
「だから――、…そんなこと言わないで。前にも言ったこともう忘れちゃった?遥斗がもし笑われて辛い思いをしていても、私は、私たちは
そんなことしないから――」
その言葉に遥斗は目を丸くした。
この言葉は、木葉が転校してきてすぐの頃、遥斗が中学校時代のことを話した時に木葉が言ってくれた言葉だった。
不意に遥斗の目に涙が少し溢れた。
「きっと、みやびんも、莉奈さんも――みんなそんなことしないから」
そう言うと木葉は抱きしめていた遥斗をそっと話した。
そして、肩に手を当てだけどと続けた。
「これは、遥斗の問題だよ。自分で過去のことに決着をつけてきて。花美さんと話すことがあるでしょ?」
コクリと遥斗は頷く。
そうだ。決別しなければならない。過去の自分と。
「もし出来たら、みやびんにもお礼言っときなさい。みやびん凄く心配してたわよ?」
「分かった。ありがとうな木葉。俺、頑張るわ」
そう言って遥斗は立ち上がり、決意を新たにした。
明日、文化祭本番に決着をつける。
◇
翌日。文化祭本番。
文化祭実行委員は全員会議室に呼ばれた。
当日の動きを確認するためだ。担当教師の前宮薫はそれについて手短に話す。
「えーでは、3年生はステージで挨拶をし、1年生はそのサポート。2年生はステージ関係等は特にないですが、文化祭中の展示物の確認を行ってください。1、3年生はステージが終わり次第各自自由時間とします」
話し終えるとファイルをぱんと閉じ、仕事開始の合図をとった。
その間遥斗は雅のもとへ駆け寄っていった。
「あのさ、雅少し時間あるか?」
「ええ…」
と、どこか後ろめたそうな声で頷く。
遥斗たちは場所を移動した、会議室を少し出たところにある階段の踊り場だ。
みんなが各自の持ち場に行っているため、ここは必然的に静かだ。
何も邪魔をする音はない。もしかすると心臓の鼓動音も聞こえてしまうのではないかというまである。
「み、雅…あのさ」
「はい…」
彼女の表所は変わらずうつむいたままだった。もしかしたら、もう避けられているのかも知れないそう思った。だが、関係ない。遥斗は思った。大事なのは自分自身がどうしたいかだ。逃げてばかりはいられない。
「俺…もう大丈夫だから」
「え…?」
「俺、もう思えたちを避けない。決めたんだ。いつまでもウジウジ考えてないで前に進むって。だからその…今まで悪かった」
遥斗は深々と頭を下げた。
その光景に雅は一瞬目を丸くしたがすぐに微笑んでこういった。
「やっと元に戻ってくれましたか?心配したんですよ。だったらお詫びとしてまた、デートに連れて行ってくださいね?」
ゆっくりと顔を上げる遥斗。そこには、優しく微笑んだ雅の姿がはっきりあった。
壊したくがないために遠ざけたものがまた、これほどまで近くにあったのだ。
「ああ」
声高らかに返事を上げた。
「さあ、戻りましょう。皆さん仕事してますよ」
◇
ステージ挨拶も滞りなく終わり、遥斗たち1年生の仕事はこれにて幕を閉じた。
だが、遥斗の仕事はこれからだった。今日一番の大仕事。過去の自分との決別だ。
体育館を出て遥斗は静夏を探した。一階、二階、三階、校庭、中庭と思い当たるところはすべて探した。
それでも静夏は見つからなかった。
どうする…と遥斗は脳内で自問自答を繰り返す。
ダメ元で萬部の部室のある四階に足を運んでみた。文化祭中は生徒は立ち入り禁止となっているので当然人気がなく静かだった。
その静かさが遥斗の緊張感を駆り立たせる 。
自分でもよく分からなかったが、行きなれた萬部の部室を開けてみた。
そこにあった光景に遥斗は目を丸くした。
なんとそこには花美静夏が窓から中庭を眺めて立っていたのだ。
「花美…静夏…?」
その声に反応して彼女はこちらに振り返る。
「ああ、奥仲か」
ふうとため息をつき再び遥斗に背を向け、中庭に視線を落とす。
そのままの状態で静夏は話を続けた。
「よく、私の居場所が分かったね。なんでここに来たの?あんたあれだけあからさまに怯えてたくせに」
「それは…」
正直、まだ怯えているのかも知れない。握った拳が小刻みに少しずつ震えている。
だが、その震えを押し切るように遥斗は力を込めてさらに強く握った。
そうしてこう言った。
「それは、俺が前に進むためだ」
は?と驚き半分でこちらに顔を向けて静夏は、聞き返した。
「どうしたの?」
「俺は、お前と会ってからどこか怯えていた。それはお前のせいでもなく、俺自身が弱かったからだ。確かに中学の時、お前たちにはめられて嘲笑を受けた日々は辛かった。でも、いつまでもそれじゃ駄目なんだ。いつまでも過去に囚われていちゃ」
静夏は俺を一点に見据えて視線を離さない。
だからと遥斗は続ける。
「だから、俺はお前と話をする。そして、お前をもっと知るようにする」
遥斗のその言葉により一層目を丸くした。
「あんた大丈夫?私はあんたの事をハメたのよ。そんな私と――」
遥斗はその声を遮って続ける。
「友達になる」
『友達』その言葉は遥斗はあまり好きではなかった。境界線が不確かだからだ。でも、それでも『友達』と言う言葉を使うと言うことは遥斗にはその覚悟があった。過去と決別するだけの覚悟が。
「悪いけど決めた。これは俺が前に進むために必要なことなんだ」
静夏は黙ったまま答えようとしない。
そして、ゆっくりと静夏は口を開いた。
「わ、私は…あんたに嫌われても当然なことをしたのよ。なのに…」
遥斗もそれに応じてゆっくりと答える。
「俺も前に進むように努力するから、お前も…少しずつでいいから変われるように、前に進むように一緒に努力していこうぜ」
そして、静夏は床に視線を落とし言った。
「知らないわよ…私がまたいつ前みたいなことをやっても…」
遥斗の顔はもう、怯えた色はなかった。静夏の言葉に口角を少し上げ微笑んで見せてこう言った。
「そんなことはないさ。俺の周りには沢山の信用出来るやつらがいるから」
文化祭の活気づいた風が彼らの中を吹き抜けていった。
◇
中庭で行われている屋台の一角に木葉と雅はいた。
遥斗は彼女らの元に歩み寄っていった。
「お待たせ」
「遅いよ遥斗」
「そうですよ、遥斗くん」
木葉と雅が順番に言う。
その後、木葉が少し間を置いて聞く。
「どうだった?」
その質問に遥斗はこう答えた。
「多分大丈夫。俺もきっと前に進めたと思う」
遥斗のその言葉にほっとしたのか木葉も雅もそっと胸を撫で下ろすような仕草をした。
その時、雅がぱんと手を叩き元気な声で言った。
「じゃあ、文化祭を楽しみましょう!まだまだ、これからですしね」
遥斗、木葉もそれに頷いて答える。
そう、彼と彼女らの文化祭はまだ始まったばかりなのだから。
こんにちは水崎綾人です。
この章で一応は一区切りとなります。今回はタイトルが過去との決別とのことで、遥斗が過去の自分と決別するために静夏と友達になると宣告しました。イマイチ友達になると言われてなれるものかと思いますが、それは遥斗のこれからの活躍を期待するしかありまん。
さて、ここからは私の悪い癖なんですが文章を売っている際に音楽などを聞いているとその曲のテンションに流されてしまうと言う傾向があります。この話の時も結構聞いてました。ちょっとテンションの起伏が激しいところもあるかもしれません。ですが、暖かい目で見守っていただけると嬉しいです。
この作品を書き始めた時は、まさかここまで続くとは思ってませんでした。正直、最初の原案では第2章までしか出てきていませんでした。それが、文章を書いている時に次のアイディアが浮かんできたりなど、結構続いてきてしまっていて自分でも驚いています。あとは、もっと内容を濃くそして、情景の説明をもっと事細かく出来れば良いんですけど…そこはこれから頑張っていきます。もし、時間がありましたら加筆の方も検討にいれております。その際は多少話数の変動が出るかもしれません。そこはご了承ください。とにかくです、これからも引き続き『隣の彼女は幼馴染み!?』をよろしくお願いします。




