第30話「幸せのリミット」
今、俺たちは『アニマート』に来ている。
『アニマート』とは、簡単に言えば様々なアニメの関連グッズが置いてある、ファンにしては神のような店だ。
俺も、度々この店を出入りしているが、まさか女の子と一緒に来ることになろうとは…。
なぜ俺たちが『アニマート』に来てしまったかと言うと、時刻は1時間前に遡る。
◇
カフェをあとにし、俺たちは水族館に向かった。
「雅は魚とか好きなのか?」
歩きながら、雅はコクリと首を縦に振った。
「ええ、好きです。だって綺麗じゃないですか!食べて美味しい、見て綺麗、こんな素晴らしい生命体は他にいません」
「食べて美味しいって…」
俺は、小さく呟くもその声は空気に散っていく。
神ケ谷市の都市部から少し離れたところには、様々な動物関係の施設がある。
動物園や、水族館を始め、サファリパークや牧場なども小さいながらある。
これから俺たちが目指すのは、『加賀水族館』だ。この水族館は市内では結構有名な水族館で、子供から老人まで絶大な支持を受けている。
そのため、『加賀水族館前行き』と言うバス停まで存在するのだ。
幸いカフェの近くのバス停に『加賀水族館前行き』のバスが停車するそうなので、俺たちはそこでバスを待った。
「加賀水族館か…もう随分行ってないな」
「本当ですか?私もですよ」
「え、でも魚好きなんじゃ?」
すると、雅は少々うつむきながら言う。
「はい、魚は好きなんですけど…あそこの空間って結構なカップルがいるじゃないですか。一人であんなところに行っっちゃったら、場違いな空気に負けて泣き出しそうになりますよ」
と笑ってみせた。
確かにそうだ。『加賀水族館』は子供から老人まで絶大な支持を受けている。だが、カップルからの支持も結構あるのだ。あそこに行けば気持ちが確かめ合えるだの、彼だの彼女だのと出会えたことの喜びを再確認できるだの、色々な理由で支持を受けている。
そんなことのために利用されると、周りにいる奴らが気分悪くなることを知らないのかと全力で叫びたいくらいまである。それに、純粋に魚を見たいと思っている雅みたいな人たちにも迷惑が、かかることになる。
「なるほど…分かる、分かる。てか、じゃあなんで今日は来たんだ?」
「ええとですね…ってあ!遥斗くん見てください」
雅が指し示した方向には『加賀水族館』があった。もう着いたのか。
だが、様子がおかしい。いつもと違って人の数が少ない。と言うより、車が一台もない。
これは、もしかして…。
「遥斗くん、今日はすいていますね」
テンションが上がり始めたのか雅が歓喜を声に乗せ発する。
バスは『加賀水族館前』のバス停に止まり、俺たちは料金を払いバスから降りた。
雅は降りると、俺のことを待たずにバス停まで駆け出していく。
俺は、走ることなく彼女ほ方を見ながら雅のいる方へと歩きだした。
すると、一足早く入口に到着した雅の姿に異変があった。
さっきまで元気に活気があった雅の後ろ姿が一転、彼女の周りに夜が来たのかのような暗い、ドンよりした後ろ姿へと変わった。
「まさか…だよな…?」
俺は、さっき心の中で思ったある可能性について思い出したが、今は忘れようと心がけた。そして、雅のもとへ小走りで駆け寄った。
「お、おいどうした?」
すると、雅は何も言うことなく入口に立てかけてある看板を指さした。
そこには、無機質な機械で設えた文字が残酷にもこう書いてあった。
――本日、休館日。
そう、休館日なのだ。
あの、大人気の『加賀水族館』が休館日なのだ。
理由を知るために看板の隅々を見渡すと、脇の方に小さく「毎月第二土曜日は休館」と書かれていた。
「あ…そんな、休館だなんて…」
雅の声は力なく放たれ、地面に落ちていった。
きっとそれほどまで魚を見たかったのだろう。
「だ、大丈夫か?」
かける言葉がこれしか見つからなく、取り敢えず口にする。
返事はない。
どうしようも出来ず、俺は周りを見渡した。
すると、さっき乗ってきたバスとは違うバスが『加賀水族館前』のバス停二止まっているのが見えた。
恐らく神ケ谷市の中心街に向かうものだろうと俺は脳内で推測する。
「雅…?」
「遥斗くん…」
うつむいているせいか声はあまり聞こえない。
だが、いつまでも休館の水族館の前に立っているわけにもいかないので、バスに乗るよう雅に提案した。
「なあ、あのバスに乗って取り敢えず中心街に戻ろう?」
言うと、「分かりました」とだけ言いバス停の方へ歩き出す。
あのバスがいつまで待ってくれるか分からないが、俺が気付いた時には既に停車していた。と、言うことはあまり長く待っている可能性は低いと言うことだ。
雅の足取りは重く、もしかしたらバスに乗り遅れるかもしれない程だった。
確実に乗るのなら走った方が安全かも知れないと判断をした俺は、無礼を承知で雅の手を取り、バスに向かって思いっきり走った。
「ごめん、ちょっと」
「え、って。あっ――」
雅の手は柔らかく、俺の手を伝ってその体温が伝わってくる。
手を取りながらやっとのことでバスに乗ることの出来た俺たちは、バスの一番後ろの席に座った。
「ごめん、急に手なんか掴んじゃって…その、バスに間に合わないと思ったからで…その…」
懸命に挽回しようと言うも雅の声は帰ってこない。
もしかしたら怒らせてしまったのだろうか、またセクハラだと思われてしまったのか、と、俺の中で様々な思考が交錯した。
だが、時差があったのか少しすると雅の微かな消え入りそうな声が俺の耳に届いた。
「――っと…その、少し恥ずかしかったですけど…その…嫌じゃ…ありませんでした」
小さな声で確かにそういったのだ。
「嫌じゃない」その言葉の意味を理解するのには少し時間がかかったが、理解するのそう難いことではなかった。
不意に起きた緊張感と恥ずかしさが俺の顔を赤面させるのが分かった。
それが雅にバレないように俺も顔を落とした。
動き出したバスが互いに頭を下げあった俺たちを乗せて中心街を目指した。
バスを降りるとそこは、さっきの水族館とは比べ物にならないくらいの人がいた。
さっきまでいたはずの中心街が水族館の後に来るとなぜか不思議な世界のように感じられた。
時間を確認するために俺はポケットから形態を取り出した。
時刻は、三時半だった。これからどうするかそう考えてした時だった。
「その待ち受けって…」
言われて待受画面を確認する。
そこには俺のお気に入りのアニメのヒロインが可愛くポーズを決めているそれがあった。
これは大ピンチだ。女の子と遊びに来て携帯の待受画面がアニメの女の子だというのがバレることは、なんとなくピンチだ。どこがピンチなのかと言われれば返答に困る。
「えっと…」
白目を向いたまま立ち尽くす俺に雅が言う。
「ち、違うの。覗いたわけじゃなくて、見えたっていうか、不可抗力っていうか――」
どこか宙を見ながら話す雅の目は完全に泳いでいた。
これは完全に引かれたと思ったその時だった。
「でも――」
再び雅の言葉が紡ぎ出す。
「遥斗くんもアニメ好きだったんだね。実は…私もなの」
と言いうと小さなバックから一冊の文庫本を取り出した。
その本は、いつも部活の暇なときなどに雅がよく読んでいる本だった。
おもむろに雅がその本の表紙を捲る。
そこには俺もよく知るキャラクターの絵が書かれていた。
「そ、そのキャラは…」
そのキャラは今、俺も読んでいるラノベの主人公キャラだった。
「そうだよ、ラルキだよ」
にこやかに答える雅。
さらに口を動かす。
「遥斗くんの待受ってそのヒロインだよね?」
コクリと首を縦に動かす。
雅は「良かった」と声を上げ俺の両手を力強く握り締める。
「痛っ」
「遥斗くんもアニメ好きだったんだ!実はね私もアニメ好きなの」
驚きの事実に俺の脳内はすぐにその言葉を処理できなかった。
あの小野雅がアニメを好きだって?
いつも読んでいた本はラノベだって?
まさか、そんな。と、俺の脳内を自問自答の嵐が吹き抜ける。
「まじで?」
確認ついでにもう一度訪ねた。
するとまた「うん」と首肯した。
どうやら本当にアニメが好きらしい。
すると、雅がピンと人差し指を立て、行った。
「アニメ好きと言ったらあそこでしょ!」
そして歩くこと10分。
俺もよく見慣れた店の前にやってきた。
そう、『アニマート』だ。
こうして俺は、人生で初めて女子と一緒に『アニマート』に入店することになったのだ。
◇
商品棚に陳列された無数のアニメ関連グッズを見ながら雅は感嘆の声を上げる。
「う~わ。いつ来ても感動します」
その声に俺は同感の意を込めて大きく頷く。
「遥斗くんはどんなアニメが好きなんですか?」
「そうだな」
腕を組み少し考える。
一番好きなのはどれかと言う質問は割と返答が難しい質問の一つである。
好きな作品はその都度変わるから、今一番好きだからと言っても、未来でもそれが変わらず一番かどうかは分からないからだ。
俺は、考えた挙句携帯の待受画面に設定しているキャラの作品にした。
「う~ん。ラルキかな?」
俺の返答に雅は目を丸くした。
「ほ、本当ですか?私もなんです!」
「え、本当!?」
あまりの事実に思わず聞き返してしまった。
今まで俺の前にアニメが好きな人間というのは妹の楓以外には現れた試しがなかったので心底驚いた。
「はい!特に一期の最終話の決闘シーンは鳥肌が立ちました」
「分かる!そのシーンは俺も好き。やっぱり格好良かった」
ラルキの最終話の決闘シーンとは、囚われたお姫様のために主人公がボロボロになりながらも、悪の大魔王を倒すと言うシーンだ。
一見王道バトルモノに見えて魅力が薄そうだが、そうではない。主人公の苦悩やお姫様への思いなど全てが詰まっているこの話はそんじょそこらに王道バトルモノとはわけが違うのだ。
その後も店内で俺と雅のラルキ話は留まることなく繰り広げられた。
「あ、『マジックにゃんこ にゃんにゃん』の同人誌だ」
と言って手に取ったのは女の子と女の子が情熱的に愛を育み合っている表紙の本だった。言うならば「百合」というやつである。
「み、雅…お前って…その百合好きなのか?」
俺は恐る恐る聞いてみる。
百合好きの女の子が現実に存在数なんて思ってもみなかった。
こういう女子なら普通BLの方を好むのではないのかと思ってしまう。
「はい。それがどうかしましたか?」
雅はキョトンとした顔でこちらを向いてくる。
百合同人誌を手にとったままの彼女の今の姿は買い慣れてる感がやばかった。
「へ、へぇそうなのか。あ、でもリアルでは…?」
これもまた恐る恐る聞いてみる。
すると雅は顔を真っ赤にしていう。
「ち、違いますよ!現実ではちゃんと男の子の方が好きです。で、でも可愛い女の子を見るとスリスリはしたくなります」
とんでもないカミングアウトをされてしまった。
同人誌をギュッと握り締め答えた彼女の顔は赤く、それを聞いた俺も赤くなってしまった。
だ、だめだ…コイツはひょっとしたら変態なのか。
「ま、こ、個性ってものもあるよな。ははは…」
「その笑い方絶対引いてますよね?」
雅は体勢を低くし俺の顔を覗き込むような仕草をする。
「い、いや。引いてない、引いてない」
両手を振り、懸命にアピールする。
「本当ですか?」
「ああ、もちろん」
内心少し不安はあったが個人の趣味にどうこう言うのはルール違反だと思い、この思いは胸の奥に閉まっておくことにした。
「じゃあ、遥斗くんは百合に萌えたりしないんですか?」
頬を膨らませ、俺聞く。
「へ?お、俺は…」
正直、百合萌え属性はある。むしろ好きだ。
この状況は誤魔化せない状況だった。
「ん…っと。好きか嫌いかで言ったら好きかな?」
言うと雅は「でしょー」というように微笑み、満足したのか手に持った同人誌をレジへ運んで行った。
「なんだったんだ」
俺から小さくこぼれ落ちた。
どのくらい『アニマート』にいただろう。
気づけば窓から見る景色はもう夕暮れを通り過ぎ暗くなっていた。
携帯の時計は6時を指していた。
「どうする?」
「じゃあ、今日はこの辺にしときますか」
「そうだな」
雅は先程買ったばかりの同人誌を綺麗にバッグの中に入れ、俺の隣を歩く。
「あ、駅まで送るよ」
「ほぇ、ありがとう…ございます」
雅を送るため駅に向かう。
いつも通っている通学路とは違う道を行った。この道は人通りが多く駅前と言う感じを直に受ける。
帰り道でも雅とのアニメトークには花が咲いた。
二人共見ているアニメの系統が全体的に似ているのだ。
生まれて初めて話が合いしかも女子だなんてなんて嬉しいことだろうか。
そんな幸せを俺は感じていた。
だが、そんな幸せは長くは続かなかった。
原因は今、俺の目の前から歩いて来たやつだ。
「あ、奥仲じゃん」
その声には聞き覚えがあった。
いや、その声を俺は去年まで聞いていた。
声をかけられた瞬間、俺の脳内で中学時代の嘲笑と哀れみの記憶が蘇った。
――お前となんか付き合うわけ無いでしょ
――まじウケるわぁ
俺の中学校生活を一瞬でぶち壊した張本人であるその人物のその声。
「ぁ………」
喉から声が出ない。
なんで、どうして。
顔からは変な汗が流れてくる。
全身が気持ち悪い感覚で覆い尽くされていく。
「何?忘れちゃったの」
その声が響くたび、身体がすくむ。
お前は…。覚えている。
今でも鮮明に…お前は…
「花美……静夏…」
こんにちは水崎綾人です
イチャラブしすぎですよね遥斗と雅。今頃、木葉はどうしてるんでしょうかね?思い出してください、今は文化祭期間ですよ。こんな忙しい時にデートとは…やりおるな。
でもです。幸せは長続きしないものです。今回の遥斗のように。遥斗が中学時代嘲笑と哀れみの中で生活をしなければならなかった理由を作った人物花美静夏が出てきました。このあと遥斗は一体どうなるのか?楽しみにして頂ければ幸いです。
次話もお楽しみに




