第3話「奴とのすれ違い」
次の日。俺はいつも通り7時に起きた。昨日の大空の悲しげな言葉と態度のせいであまり気持ちよく眠れなかった。
「最悪の目覚めだ。畜生…」
俺はあることに気付いた。いつもなら母親が朝食を作っているため朝飯のイイ匂いがするはずなのだが今朝はさっぱりだ。一体どうしたのだろうと一階のリビングに降りていくとそこには、妹の楓が黙々とパンを食べていた。俺は不思議に思い楓に訊ねることにした。
「なあ楓。母さんどうした?朝飯は?」
すると楓はキョトンとした顔でこちらを見てきた。
「お兄ちゃん何言ってるの?お母さん今日からお父さんのところに3日間だけ行くから留守にするって先週から言ってたじゃん」
そういえば聞いたような気がしたがあまり記憶に無かった。あぁこんな感じで大空とのことも忘れたのかな…?自分の適当さに心底情けなくなった。
「どしたのお兄ちゃん?」
「いや、なんでもない。それで朝飯はそのパンか?」
話題を変えようとテーブルにあるパンを指さした。だがおそらく半分くらいは楓が食べてしまったのだろう。明らかにパンの入っている箱の大きさと残っているパンの数がおかしい。
「そだよ。でも、お昼は自分で買って食べてだって。そっちのテーブルの上に2000円あるから3日分だって」
言われるがままに向こうのテーブルに目線をやるとちゃんと昼飯代が置いてあった。子供のことをちゃんと考えてくれる母親で助かった。とは言え学食は基本的に500円もあれば結構食べれるので,3日間なら1500円で足りるのだ。
「明日の朝ごはんは楓が作ってあげるよ~」
「全力で止めてくれ」
昔、楓がバレンタインチョコを作ってくれたのだがなぜが楓の作ったチョコを食べた俺と父親は物凄い腹痛に襲われ2日間は病院から出てこれなかった。あれはもはや才能だと思う。レシピ通りに作っても食用のチョコを作れないのだから。
俺は取り敢えず残っているパンを3つ程食べ洗面所へ向かった。歯ブラシをとり鏡を見る。酷い寝癖だ。
鏡のに映った自分の姿を見ながらまた、大空のことを考えしまう。子供の頃の思い出ならまだしも約束ともなると本当に思い出せない。まだ俺としては出会ってから2日しか経っていない相手にいきなり10年前のことを言われてるだけでも混乱しているのに約束までしたと言われてもますます混乱するだけだった。
って俺なんで大空のこと考えてんだよ。あいつが勝手に言ってるだけだろ。別に気にしなくても…。俺は思いっきり頭を振って大空のことを忘れようと試みる。しかし、ただ気持ち悪くなるだけで何も変化は無かった。急いで歯を磨き、顔を洗い、制服に着替えて登校をする準備を整えた。
玄関の扉を開け歩き出すと目の前には大空が先をいていた。俺は昨日の帰り道のようなぎこちない距離を保ちながら歩いた。
登校している間、俺の気分はとても暗いものになっていた。まだ9月だというのにどこか肌寒い風が身体を伝うのが分かった。登校中何度か大空に声をかけてみようか迷ったが、迷った末結局声をかけることは出来なかった。
気が付くともやもやした気分で校門の前まで歩いて来ていた。うちの高校は校門の前で先生と風紀委員が挨拶運動をしている。朝からどうも疲れる連中だ。俺は社交辞令とでも言うように軽く挨拶をして学校に入ろうとした。
「おはようございます」
当たり前のように校内に入ろうとしたその時だった。いきなり野太い声で止められたのだ。
「おい待て。やり直しだ」
そう言ってくるのは、教育指導兼風紀委員会担当教諭の松前だった。コツは校内でも1,2を争うくらいの野蛮な先生だ。こいつに指導された生徒はトラウマを植えつけられ3日は学校に来なくなると言うジンクスがある。だが、不登校になると松前が自宅に来るため4日目からはみんな嫌でも登校してくるのだ。
俺は松前に声をかけられ若干挙動不審になったが、もう一度挨拶の言葉を口にした。
「おはようございます」
「声が小さい」
ダメ出しを受けた。朝からデカイ声なんて出せるかよ…。松前は腕を組みこちらに鋭い視線を向けてくる。これ以上松前との時間を過ごすのは嫌なため俺は異常な程デカイ声で挨拶をしてやった。
「おはようございます!!」
その場の空気が一瞬で凍てつくのが分かった。周りにいる先生たちも風紀委員たちもみんなこちらを見ている。俺はもうヤケクソになっており言い切った感でいっぱいだった。フッ…これなら合格圏内だろう。どうだ松前…。
そう思って松前の顔を覗いてみると奴の目はなぜかかなりつり上がっていた。松前は厳かにその口を開く。次の瞬間、ものすごい声量でこう言われた。
「馬鹿にしてんのか。それは挑発行為か?」
「えぇ!?」
俺は松前に首根っこを掴まれ生徒指導室まで運ばれた。
その後、俺は朝のホームルームが始まるまで生徒指導室から解放されなかった。幸いトラウマを植え付けられるほどのことは言われなかった。途中から俺の意識が迷走入りしたのだから。
俺は自分の教室に戻ると机にうつ伏せてダラっとなった。ただでさえ昨日のことで疲れているのに朝からこんな目にあったら、たまったもんじゃない。そうしていると後ろの席のリア充(須藤)が声をかけてきた。
「お前朝からドンマイだったな。松前に睨まれるとか」
須藤の顔はめっちゃ笑顔だった。なんでコイツ笑ってんだよ。喧嘩売ってんのか?
そう言うと須藤は俺の肩を優しく2,3叩いた。どうも慰められている気がしない。
俺はふと大空の席の方に目をやる。大空は周りのクラスメイトと仲良く話していた。
昨日の表情のことなど微塵も感じさせないような笑顔で。相変わらず柏崎は大空のことを狙っているのか見ているこちらが痛々しい程積極的なアプローチをしている。必死だな。あれはもしかして、童貞か?それなら同士だな。そんなことを思いながら俺はまた机に顔伏せたまま1時限目のチャイムが鳴るのを待った。
昼休みになり俺は学食に向かおうと須藤と一緒に席をたった。ここで紹介しよう我が緑進ヶ丘高校の誇る学食のメニューを。
・ランチA 350円 変わらずに愛されている唐揚げ定食だ。
・ランチB 380円 毎日メニューが替わる日替わり定食だ。
・ランチC 350円 ほんのり辛いピリ辛カレーのカレー定食だ。
・ラーメンA 350円 スタンダードな塩ラーメンだ
・ラーメンB 350円 学校創設当時からある昔ながらの醤油ラーメンだ。
・ラーメンC 350円 こってりとした味噌ラーメンだ。
・小ライス、生卵、大盛り他は50円。
この他にもかけ蕎麦などのメニューがあるが長くなるの割愛しよう。以上のラインナップからこの俺、奥中遥斗が選んだメニューはランチCの大盛りだ。久々に来る学食で少しテンションが上がっているのもある。ちなみに須藤はラーメンBの大盛りだ。何ともつまらん奴である。
俺と須藤は適当に席に着き、それぞれが注文した飯を食べようとする。
俺の視界の横には見慣れた綺麗な茶髪が目に入った。それは他でもない大空木葉のものだった。大空は一人でランチBを食べていた。
教室ではあんなに周りの連中と仲良さげに話していたのに一人で食べているのだ。そういえば大空と出会ってから大空のもとにはたくさんの人が集まりすぎて奴が特定の誰かと親しげに喋っているところを見たことがない。普通なら特定の誰かとしか最初は仲良くできないものである。その時、俺の脳内で昨日の大空の言葉が不意に再生された。
「まだ友達とかいないから」
もしかして大空は転校してきたばかりのこの学校で唯一俺という幼馴染みを頼ってきたのか?10年も会っていないそんな、不安定かつ確実性も全くない絆の俺のことを。
だとしたら俺は、そんな大空の希望を完全に打ち砕いたことになる。
転校してきたばかりの学校で不安なはずなのに、俺にまで距離を置かれたら大空は本当に一人ぼっちじゃないか。
恐らくほんのわずかな希望を手に俺に話しかけてきたはずだ。俺は…なんて酷いことを…。大空の微かな希望をたった一言「覚えてないから」で片付けようとしていた。ラブコメ展開とかフラグとか関係ない悪いのは全部俺じゃないか…。
「おいどうしたんだよ?」
須藤が俺に声を掛ける。どうやらスプーンを持ったまま静止している俺のこと
を心配してくれているらしい。
「まさか、朝松前にトラウマでも植え付けられてきたのか?」
全く見当外れのことを言われたが今はそれどころじゃ無かった。
俺が大空の希望を打ち砕いてしまったなら責任は俺にある。俺がなんとかしなければ…。
急いでランチCをたいらげ教室に戻る。須藤のことなんか待ってはいられなかった。
「お、おい待てよ!」
須藤をおいて教室に帰った俺は一目散に自分の机に座り全神経を思考回路に集中させる。俺は大空が自分のことを頼ってきたのに振り払ってしまった。それを詫びるにはどうすればいい?謝る?何かを奢る?多分そんなんじゃダメだ。一体どうすればいい?
そうこうしている間に5時限目のチャイムが鳴ってしまった。俺は、午後の授業も全て大空のことを考えていた。そうまでしたのに結論は出なかった。
帰りのホームルームの時間がやってきてしまった。俺は決意した。大空とも一度話すことを。薫先生が珍しく話が早く終わり予想していたよりも心の準備が出来なかった。でも、逃げてはいられない。
俺は誰よりも早く教室を出た。玄関の扉前の壁に寄っかかり昨日の大空のような状態になっていた。しばらくすると大空が出てきた。心なしか歩く速度が速い気がする。
「おい」
声を掛けるが返事はない。完全に無視されているのか昨日の俺のように自分じゃないと思っているのかは分からない。もう一度声を掛ける。
「おいってば」
しかし、返事はない。少しイラっとし、とっさに大空の腕を掴んだ。そう、昨日の大空のように。こうすれば嫌でも振り向くだろう。そうすれば話しが出来る。
だが、そんな考えは全くの無意味だった。物凄い力で腕を振り払われたのだ。
「触らないで」
と言う言葉を残して。俺の中にはしばしの沈黙の時間が流れた。だがここで引き返すことは出来ない。校門から出た大空を追って急いで走り、彼女の前に立ちふさがった。
「待てよ…」
荒ぶる呼吸を整えつつ少しずつ言葉を発する。
「アンタと話すことなんかないわよ」
大空の顔はどこか俺ではない違うところを見ていた。表情は暗く俺とは話すことは何もないと暗示しているようだった。そう言い返されてしまえば何て返していいのか分からなくなってしまう。俺の持っている手札は物凄く弱いものだった。
「お、大空…俺は…」
俺が喋ろうとした瞬間、大空は聞く耳持たずに俺の横を素通りした。俺は完全に大空に避けられたのだ。
次の日も俺は大空の後ろを微妙な速度で歩き登校した。大空の周りにいた連中も徐々に離れていった。もともと転校生など一過性のブームに過ぎない。ある程度の時間が経てばおのずとクラスに溶け込みまるで目立たなくなってしまう。
俺と大空はあれからもう1週間もお互いを避け、何も話さないままでいた。帰るときも朝登校する時と同様にぎこちなく微妙な距離と速度を保ち歩いて帰る。
そして、大空は学校に来ても誰と話すわけでもなく、気付いたころには完全に孤立していた。
こんにちは水崎綾人です。暗雲がさらに濃くなった今回。無事に遥斗と木葉は仲直りできるのか!?次回もお楽しみに!