第29話「ドキドキ雅と休日お出かけ!」
土曜日。俺は内心とても緊張していた。
なんでも女の子と休日に約束をして出かけるのだ。
平たく言えば『デート』なるものである。
「あ~めっちゃ緊張する…」
胸に手を当て、心臓の鼓動を感じる。今にでも飛び出そうな程だった。
着ていく服もどれがいいのか分からない。適当にクローゼットからベージュのチノパンと長袖シャツにトレーナーを取り出した。
正直、オシャレではないと思うが、今の俺の思考はパンク寸前で、物を考えられる状況じゃなかった。
「これでいいや」
どうしよう…頭が回らない。
確かに、女の子と遊ぶのはこれが初めてなわけではない。
中学時代など、嘲笑される前はたまに遊んでいたりした。
それに、遊びではないが木葉とも休日に何かをやったり、家にまでお邪魔したことすらある。
だが、それのどれよりも今の方が緊張しているのだ。
◇
木曜日の夜、あのあと家に帰ったあと雅からメールがあった。
その内容は
『題名:無題
土曜日の集合時間ですが、11時に若葉公園の木の前でいいですか?』
と、言うものだった。
俺は、間髪入れず携帯の画面をタッチして文字を打った。
『題名:Re無題
いいですよ。楽しみです!』
とても短い文章だと思うが、これでも最新の注意が払ってあるのだ。
せっかく、雅から名前で呼んでもらえるようになったのだ。また前みたいに『セクハラくん』など誤解を招くような呼び名に戻されたらたまったもんじゃない。
何度も見直しし、確認しこの文章になった。
そして、震える指先に力を込め恐る恐る返信したのだ。
雅からの返信メールは、俺が一息つく前にやって来た。
「はやっ!」
携帯を開きメールを確認する。
携帯の通知バーにはメールのアイコンとともに『小野雅』と記されており、本当に雅から来たのだと、確認できる。
『題名:ReRe無題
私も楽しみにしてます!遥斗くんと一緒にお出かけするのが待ち遠しいです。あ~早く土曜日が来ないかな~?』
涙をこらえるので精一杯だった。
めっちゃいい娘じゃん…
俺に会いたいだなんて言ってくれるのは雅が初めてだった気がした。
内心嬉し涙が止まらなかった。
その後もメールは続き、俺のテンションは高校入ってからで最高に上がった。
◇
遥斗が雅との約束のことで悩んでいる同時刻。当の小野雅は――。
「あわわわわ…どうしよう、どうしよう」
いつもの彼女とは全く違う感じにオドオドしていた。
部屋に備え付けられているクローゼットとタンスの間を行き来しては服を出しす。
そして、着替えては鏡の前に立ち、また服を脱ぎ、着替えを始める。その繰り返しだった。
気が付く頃には、綺麗に片付けられていた部屋が、彼女の私服で覆い尽くされていた。
これでは足の踏み場などない。
「あ…どうしよう、何着ていこう?」
そう言いながら、鏡の前で「これ?、これ?」と言いながら洋服を取っ替え引っ変えする。
実のところ彼女にとって今日が、人生で初めて男の子とのお出かけの日なのだ。
だから、余計に緊張してしまう。雅の緊張のボルテージは、既にマックスを迎えようとしていた。
今、洋服を選び終えたら今度は、遥斗とあったときに赤面しないようにイメージトレーニングを行うつもりだ。
普段学校では普通に話せているが、休日となれば別だ。
世間では、男女が二人でお出かけをしているのを『デート』と称すらしい。この事実が雅の中でぐるぐると周り、なかなか、前に進めない。
「早く服決めないと…」
そう思い、雅はまたクローゼットとタンスの間の行き来を再開した。
数十分後。
雅は、ベージュのポンチョと紺色のボトムス、黒のタイツを身につけた形で遥斗と合う際のファッションを決定した。
「こ…これでいいかな…?」
雅は時計に目をやった。時刻は8時45分。
約束の時刻まであと2時間15分ある。
それまでに雅にはすることがある。
遥斗と会った時のイメージトレーニングだ。
鏡を見ながら表情を作る。やっていて思うが自分が作る表情が気持ち悪くて仕方がない。
雅のイメージトレーニングはものの3分で、自身のぎこちなさの元に終了した。
あとは、バックの中に必要なものを入れるだけだ。携帯に、鏡、本それくらいだろうか。これが終われば、あとは時が来るまで精神を集中させるだけだ。
時計の秒針よりも早く、心臓の鼓動が響き渡る気がした。
◇
時刻は10時40分。若葉公園。
大きな木の下で一人の少年が、誰かを待っているかのように立っていた。奥仲遥斗だ。
彼は、同級生で同じ部活の部員小野雅と待ち合わせをしている。
約束の時間は11時だが、なぜか家にいても気が休まらず、早いと分かっていても来てしまった。
「やっぱり居ないよな」
遥斗はあたりを確認するように公園内を見渡す。
分かってはいるが、約束の時間より20分早いので来ているはずがない。
「そう言えば、前にここに来た時は楓と待ち合わせした時だったよな」
と、つい数週間前の記憶を遡る。
あの時はおかしなことに兄妹で待ち合わせをしたものだ。
楓を待っているときの時間なんて拷問に近いものだったのに、雅を待っている時間は苦痛でも嫌な感じはしない。むしろずっと味わっていたい緊張感だった。
ふと携帯を取り出して時刻を確認する。
10時58分。いよいよ雅がいつ来てもおかしくない時間になった。
ゴクリ…飲み込んだ生唾が遥斗の喉を伝う。
緊張で乾燥した喉には、生唾ほどの水分では足りず、むしろ逆に喉の渇きを加速させた。
キョロキョロと再び周りを見渡すと、公園のすぐ手前の横断歩道で、信号と車を交互に見ながら立ち止まっている雅の姿があった。
信号が青になったのか車は止まり、雅が小走りで公園に走ってくる。
「は、遥斗く~ん」
若干息切れ気味だったが、雅の声が聞こえる。
雅は遥斗の目の前まで行くと、よくアニメやドラマで聞くような名台詞を発した。
「すみません。待ちましたか?」
それに倣って遥斗も、同じようなセリフで返す。
「い、いや。待ってないよ」
顔の前で手を振る仕草をする。
端から見れば本当のカップルに見えるのだろう。
ふと、遥斗は彼女の服に目がいった。
モコモコとして柔らかそうな物腰ででも、いつもながらの清楚で知的な部分は存分に引きでている。一言で言い表すなら、そう…可愛い。これしかないだろう。
遥斗は自分の顔が熱くなっていく事に気付き、雅から目線を外した。
「ど、どうかしましたか?」
雅は訝しげに遥斗に顔の顔を覗き込むような仕草を取った。
それに対し遥斗は拒むようにして避ける。
「ど、どうもしないよ…。えっと、その…し、私服が…か、可愛いなって思って…その…」
その言葉を聞くなり、雅も遥斗の顔を覗き込もうとするのは止めた。
雅の顔も熱くなってきたのだ。互いに顔を背け、そっぽを向いている状態を作った。
顔の熱さは徐々に引いていき、遥斗は言葉を紡ぐ。
「あ、あのさ。どこ行こっか?」
雅は「そうですね」と言うと、バックの中から、パンフレットをとしだした。どうやら映画のパンフレットらしい。
「これを見に行きませんか?」
と、遥斗にパンフレットを手渡す。
手渡されたパンフレットには最近流行っている純愛映画のタイトルが書かれていた。
「私、これ見てみたかったんですよ」
可愛らしい笑顔で言う雅に遥斗は「いいよ。見に行こう」とだけ声を発し、映画館へ向かった。
遥斗は今まで誰かと付き合ったことなどないが、恋愛系の作品は好きなのだ。自分がそのような恋愛が出来ないと分かっているからこそ、映画の中の登場人物に感情移入してしまう。そうすると、変なことにあたかも自分がそのような恋愛をしたような錯覚に陥るのだ。
◇
「ぷはー」
と、男臭いラーメン屋で一声上げている女性は遥斗たちの通う学校の教師。ついでに言えば萬部の顧問前宮薫だ。
彼女は、平日の疲れをここ『ラーメン板野』で毎週発散している。
あまりに常連になってしまったため、そのラーメン屋に通う者で彼女のことを知らない者はいないほどだ。
「おじさん、餃子追加で」
「はいよ、それにしても薫ちゃん。今週はやけにいっぱい食べるけど何かあったのかい」
ラーメン屋の大将こと『おじさん』が聞く。
薫はラーメンの丼に残ったスープを飲み干すと、口をティッシュで拭ってから答える。
「うん、来週から文化祭なんだよ。その準備が忙しくてね~。ほとんどは生徒がやってるんだけど、教師は教師でやらなきゃいけないことがあってさ。それにこれから、転校生の手続きもしなくちゃならないんだよ」
「そうか、大変だね」
作業をしながら優しそうな顔で微笑む。
「ほい、お待ち」
テーブルに出された餃子からは、香ばしい湯気を放っていてとても美味しそうだ。
「ありがと」
箸を構え餃子を掴む。
その餃子を口に入れた瞬間、口内で肉汁が溢れ出し、至福の時を迎えた薫の顔は一瞬で絶頂に達した。
◇
映画館に着いた遥斗と雅は、早速悩んでいた。
「席どこにします?遥斗くん?」
「そうだな…あまり近すぎると首痛くなるし、遠すぎると見えづらい。これは、一種の目測の技量が関係してくると思う」
遥斗は座席表を見ながら、顎に手をあてるポーズを取る。
「そうなんですか!?」
雅が、純粋に驚いているような目をして遥斗を見る。
遥斗は流し目で雅を見ながら言う。
「これは、俺が体験した話なんだが…」
雅は、興味津々な眼差しで遥斗を見つめる。
「あれは、俺が小学校五年生の時だった。親父に連れられて、その当時流行っていたヒーローモノの映画を見ることになったんだ。その頃の俺は、一番前で見ることこそが至高だと思っていたんだ。そうして念願かなって一番前の席で見ることが出来た。最初はちょっと見づらいくらいだったんだが、問題は見終わったあとだった。俺と親父はもれなく首コリになって、その後首を動かすのに抵抗するようになった」
「お、おお…」
遥斗の昔話も雅はついて行っているようだった。
だが、その話を理解しているかどうかは、別問題だ。
「あの…お役様。お席はどこに…?」
カウンターの店員が申し訳なさそうに、告げる。
遥斗は一点を差し言う。
「席はEの14、15でお願いします」
「か、かしこまりました」
店員は少々引き気味だったが、遥斗と雅は全く気づいていないようだ。
店員は遥斗にチケットを2枚手渡し、映画の上映されるシアター番号を指した。
言われた通りのシアターに入り、上映まで待つことにした。
この映画は純愛映画ということもあり、どこもかしこもカップルだった。
この光景を見ると自分たちもそう思われているのだろうかと言う考えが頭の中を巡り、その反応が顔を再び赤く染める。
シアター内が薄暗いことがせめてもの幸いだった。これなら顔が赤く染まっても、分からない。
人ごみを抜け、自分たちの席を探す。
シートの列はEだ。遥斗の思惑通りE列は割と真ん中の列だった。
そして、14番席と15番席はE列のマカでもど真ん中で本当にベストなポジションだった。
「遥斗くん。凄いですね真ん中ですよ」
「ま、まあね」
ブーと映画上映の通知音がシアター内に響き渡った。
いよいよ映画が始まる。
◇
二時間後。映画は無事に終了し、徐々に人はシアターの外に出て行く。
その波に乗って遥斗たちも外に出る。
「面白かったですね。特に主人公がヒロインを後ろから抱きしめるとこなんて…もう」
目のあたりに手を当て映画のワンシーンを思い出している雅に遥斗は共感出来なかった。
ちゃんと見ていれば共感出来たのかもしれない。
だが、出来ない。
――遥斗は眠ってしまっていたのだ。
原因は自分でも分かっている。
昨晩、緊張しすぎてあまり眠れなかったのだ。
いくら恋愛系の作品が好きだからと言っても、映画館の暗い空間で睡魔と闘うにはあまりに不利な状況だった。
気付いた頃には、既に映画は終わっており全ては後の祭りだった。
「どうしましたか?遥斗くん。目が死んでますよ」
雅に指摘され、遥斗は必死に自分の目に生気を送った。
「そ、そうかな?あ、あのシーンね。よ、良かったよ?」
斜め上を見上げて、雅から目を逸らすよう努力する。
雅は「そうですよね。次どこ行きます?」と言い前へ進んで行った。
遥斗と雅は昼食を取ることにした。
今回は、楓と行ったときのような『ファミリーレストラン ミライ』のようなところでは無く、俺たちはカフェに入ることにした。
カフェに入るだけでも遥斗は緊張した。元々、このようなオシャレな雰囲気は得意ではないのだ。
もちろん初めて入った訳ではない。
高校入学当初のリア充を目指していたころの俺は何度か入った。
あの時もかなり緊張した。なぜだか場違いな気がしてならないのだ。
子供が背伸びをして大人のように振舞っているように感じてしまって…。
俺は、メニュー表に手を伸ばした。
「え…と…」
俺は、そこに書かれている内容に驚愕を覚えた。
前回の『ファミリーレストラン ミライ』に行った時も、そこに書かれていた値段に驚いたが、ここに書かれていることもそれなりに驚く値段だ。
「こ、コーヒー一杯が…四百円…だと…」
小さく呟く。確かに、リア充を目指していた頃も何度かカフェを利用したが、値段までは覚えていなかった。
今日も財布にはそれなりのお金を用意してきたので、金銭的には問題ないのだがコーヒー一杯で四百円と言うのは良心価格なのか心配になってくる。
「どうしました?遥斗くん」
雅は俺の顔を見ながら言う。
よほど顔に出ていたらしい。
「え?いや、何でもないよ」
俺は、適当に笑ってはぐらかす。
このままメニュー表を凝視しているわけにはいかないので、俺は腹をくくった。
続けて雅がメニュー表を見る。
雅は、特に値段に驚いている素振り見せずにページをめくっていく。
きっと、来慣れているのだろう。
「決まりました」
と、メニュー表を閉じ俺に合図を送る。
俺は、店員を呼び注文をとってもらうために、再びメニュー表を開く。
「お決まりですか?」
「え…っと、アイスコーヒーとイタリアンスパゲティーそれから…」
雅に視線を送り、次答えるように目で指示をする。
すると、雅もまた、再びメニュー表を降らき、自分が注文する料理のページまで捲る。
「私は、オムライス抹茶付きで」
パタンとメニュー表を閉じ、終了の合図の如くメニュー表をテーブルに置く。
「かしこまりました」
店員はスタスタと戻っていった。
「お腹すきましたね~?」
「そうだね、雅はカフェとか来慣れてるの?」
言うと、雅はニコッと笑い首を左右に振る。
「え?」
「来慣れてなんていませんよ。むしろ今日が初めてです」
「そうなの?全然そんな風に見えなかったよ」
「ちょっと演技しちゃいました」
ペロっと下をだし、おどけた表情をする。
その後、数分すると店員が料理をもってやってきた。
そこに広がるのは、綺麗にトッピングされたスパゲティーとオムライスがあった。これなら、ある程度の値段を取られてもおかしくないと思った。
ちなみにコーヒーに関しては、普通のコーヒーだった。何がこんなに値段が上がっているのか分からない。
俺たちは、食事を開始した。
雅との食事。思えば女子と一緒に食事したのは給食意外だと生まれて初めてだった。
食事中の雅との会話は、予想以上に弾んだ。
正直、今までにない彼女の新たな面を見れた気がした。
一時間もすると、食事も終わり店を出る準備を始めた。
ここで一番問題になるのがお会計の場面である。
各自自分が注文した分だけの値段を払うのか、男が格好よく全額払ってあげるのか、大きな難関な場面だ。
レジで猟料金が打ち出され、雅が財布を開く。
い、今だ。それと無く奢るんだ…。
「い、いいよ雅。ここは俺が出すよ」
ぎこちない笑顔で微笑んで見せたが、彼女はそれを断った。
「そんな悪いですよ。遥斗くんと一緒にお出かけ出来ただけセも嬉しいですし、ましてや奢ってもらうだなんて申し訳ありませんよ」
言うと、彼女は財布から明らかに彼女が注文した分より多い額をレジへ出そうとした。
「ですので、ここは私が出しますよ」
さらっと笑って答える彼女に、気付いた時には俺の身体は既に動いていた。
「ダメだ」
レジへ出そうとする彼女の手を掴み、それを制す。
「ダメだ…。割り勘ならともかく女の子に奢ってもらうだなんて…」
言うと俺は、財布から雅が今レジへ出した分だけの金額をレジへ出し、会計を済ませた。
カフェを出ると、雅が俺の後ろから申し訳なさそうな声で言ってきた。
「す、すみません。払っていただいて…」
「いんだよ。俺がやりたくてやったことだから」
振り返りながら言う。
「ありがとうございます…」
言うと、俺の隣に並び歩き出す。
まだ、緊張は解けない。
さっきまで並んでいた雅は俺の前へ数歩駆け出し、腕を前へ組んでこう言う。
「次、どこ行きます?」
綺麗な彼女の声が、俺の鼓膜を振動させた。
こんにちは水崎綾人です。
今回は雅とのお出かけ、平たく言えば『デート』でした。
相変わらず地味に持てていてちょっとずるいですよね。須藤君の方が一途ですよ。でもですね、幸運と言うのはあまり続かないものなんですよ。次回、遥斗に起こることとは?
次話もお楽しみに!




