第21話「意外にも遥斗と雅は似ている」
「依頼内容とは、来月行われる文化祭のテーマを決めることだ」
薫先生は机に手を付きながらそういった。
「でもそれって、文化祭実行委員とかが決めるんじゃないんですか?」
「ああ、そうだ。だが萬部は無条件で文化祭実行委員になることは既に決定済みだ」
「はあ!」
とんでもない事実を知ってしまった。薫先生は「言ってなかったか?」というような顔でこちらを見てくる。
小野も驚きを隠せていない。どうやら初耳のようだ。
「せ、先生聞いてませんよ。そんなこと」
小野は、椅子から立ち上がり、少し慌てるように反論する。
「そうだったか。すまん今言った」
「そ、そんな…」
小野は既に決定事項であるからか、それ以上の追求はせず、そのまま自分の席に座り直した。
「なんかあんのか?」
小野に問いかける。確かに俺も文化祭実行委員なんていう面倒くさそうな仕事は嫌だが、小野がそこまで嫌う理由がイマイチ分からなかった。
「だって…文化祭実行委員とかいろいろ仕事押し付けられちゃって、パンクしちゃいそうじゃないですか。それに、ああいう空間には絶対に仕事を押し付けられる人と、仕事を他人に押し付けて楽をする人がいるじゃないですか…」
「あー。分かる分かる。それに、それについて本人に抗議すると無性にウザがられるやつな。あれは本当にイラつく」
俺は両腕を組み、深く頷いた。
俺も昔よくあったのだ。
あれは俺がこの高校に入学してすぐの頃だった。前も言ったが、俺もあの時はリア充ライフというのに憧れていて、クラスのイケイケでウザウザな連中と絡んでいた時期があった。最初のうちは初めて顔を合わせていたこともあって対等な感じで接していた。
『お前、購買でたこ焼き買ってきて』
『いや、俺購買行かないんだけど』
『何?友達のお願い断るっての?』
『そういうわけじゃないけど…』
が、あるときから俺と奴らの間にはある種の力の差が生まれていた。
日に日に積もる苛立ちに心のパラメーターは既にマックスになりつつあった。
そんなある日のこと
『遥斗~。今日はメロンパン買ってきてー』
『お前、たまには自分で買ってこいよ。俺はお前のパシリじゃないし』
力なく発したこの言葉にも多少の力があったのか、俺をパシっていたその友人(?)と俺はめっきり話さなくなった。
と、まあこんな感じに押し付けられる側と押し付ける側は確かに存在するのだ。
それは、自分が嫌だからどうこうなるわけでは無く、それを止めてもらう代わりに払う代償は少なからずある。
ただ俺の場合はその友人(?)と話さなくなったというだけのことだ。だが、それによって俺とやつの間にはとても気持ちの悪い、嫌な関係になってしまった。
つまりだ。文化祭実行委員をやり、仮に仕事を押し付けられたとしよう。この文化祭期間を乗り切る方法は2つに1つなのだ。
一つ:俺のように嫌なことをはっきり言った結果、その後の関係や、空気を悪くする。その結果自分の仕事の量はノルマの分だけ。
二つ:仕事を押し付けられても笑顔で引受け、自分だけが苦労する。その結果自分は他人の分の仕事まで行い、ノルマ以上の仕事をしなければならない
利口な人間なら二つ目を選択するはずだ。だが、俺は一つ目を選択してしまった。
まったく若気のいたりだぜ。
「分かってくれますか?」
「ああ、めっちゃ分かる。俺も経験があったからな」
「そうなんですか?」
「おう」
いつの間にか俺と小野の間には変な空気が流れているような気がした。
言うなれば、残念な奴らが互いに仲間だと感じた時のような空気だった。
「へー、二人とも大変そうだね?」
莉奈先輩の口調はやっぱり軽い。
「でも、莉奈先輩はそんな経験無さそうですよね?」
「うーん。確かに無いかな」
それもそうだろう。莉奈先輩に頼むよりは自分でやったほうがまだ、ちゃんとやれてる自身がある。
「でも、莉奈さんは押し付けたりもしなさそうですよね?」
小野はヒョイっと顔を莉奈先輩の方に向け、質問する。
「そうだね~。何か頼むのも悪いし、自分の仕事は自分でやらなきゃだもんね」
「「おおー!」」
俺と小野の反応が見事にハモった。
「でも、確かにいるんだよなぁ。莉奈先輩みたいに誰からも仕事を押し付けられなくって、その上誰にも仕事を押し付けないって言う天使みたいな希少種が」
きっと、どこの学校にも一人か二人くらいはこのような天使のような希少種がいるはずだ。
「莉奈さん…天使ですね」
小野が感極まりかけた声で莉奈先輩に向けて放つ。莉奈先輩は「そうかな~」と少々頭を掻きながら照れた表情を見せる。
「で、そうなるとお前はどうなんだ?」
俺は大空の方を向き彼女の意見を求めた。
大空は、少々たじろぎながらも答えてくれた。
「わ、私は…どうなんだろう。あまり人からは頼まれないけど頼まれたらやっちゃうかな。でも、自分から頼む勇気はないから、自分の仕事は自分でやっちゃうかな?」
大空は少々悩みながら答えた。そして俺は、もう一つの存在が残っていることに気がついた。
「そ、そのポジションって…」
「な、なんなのよ?」
心配そうな表情で大空は俺をじっと見てくる。
「そのポジションとは、どうでもいいやつだ」
「「「どうでもいいやつ?」」」
大空、小野、そして莉奈先輩の3人の声が見事にかぶった。
今日はハモるの多いな。
「ああ、そうだ。『どうでもいいやつ』だ。『どうでもいいやつ』というのは正直自分との立ち位置がよく分からないけど、取り敢えずどうでもいいから頼んじゃえってのが『どうでもいいやつ』だ。このポジションのやつは後々俺や、小野のポジションになりかねないから要注意だ」
大空は俺の話を真剣な眼差しで聞いていたが、薫先生も真面目に聞いていたのには心底驚いた。
「ためになるな」
薫先生は腕を組みながら大きく頷いていた。
ためになるってどういうことだよ…
「先生もそういうことあったんですか?」
小野が興味津津に薫先生に訊ねる。それに倣って、大空も莉奈先輩も一緒になって聞く。
「私にもいろいろあるんだ。例えば、この前も佐藤先生が自分が授業で使うプリントを私に印刷させたんだ。やってちょうだいじゃねえよ。それくらい自分でやれよ、大体プリンターお前の方が位置的に近いだろっての」
体験談を聞くはずだったが、愚痴まで聞き出してしまった。レディースのスーツの袖をスっとまくり始めた薫先生の愚痴はもう止まらない。この先生は、さっきまでジュースで2日酔いをしていたのだ。これでは、またよっているような感じになるのではないのか。
俺の中で薫先生の印象が着実に変わってきた。
◇
その後、小一時間程薫先生の愚痴を聴き続け、俺たちの体力は、ほとんどゼロだった。
「は~話したらスッキリした」
先生…スッキリしたのはあなただけですよ…。
「それでは、本題に映るとするか」
「い、今からすか…?」
あんなに愚痴を聞いたあとではもう力など残っていない。ただ、愚痴を聞くのも楽ではないことが分かった。
「そうだな…」
薫先生は手首に巻いた腕時計を確認し始める。
「まあ、今日の明日で決めろとは言わない。期限は2週間後までとする。ゆっくり決めてくれ。あっ、それと文化祭実行委員の活動は3週間後だからな。よろしく」
そう言うと、薫先生は部室をあとにた。期限が2週間ということはそれだけ大層なテーマを考えておけと言う物言わぬ暗示なのだろうか。
「2週間あるってことは、ゆっくり決められるから思ったより楽だね」
大空は明るそうな口調でそう言う。それに倣って莉奈先輩も
「そうだね、楽そうだよね」
もしかしたら大空も莉奈先輩と同じタイプなのかもしれない。
「あ、そう言えばセクハラくんも私と同じような経験していたんですね」
「まあな、セクハラくんじゃねえけど」
小野のセクハラくんと言う単語にはもう簡単にスルーする術を学んだ。
「でも、意外です。セクハラくんは何かそんな経験ないと思ってました。なんだかんだ言ってしっかりとした学校生活を送っているんだろうなって」
「いや、セクハラくんじゃないけど、俺だって挙げれば、数え切れないほどのパシられを経験しているからな」
「何か、似てますね」
「え、ああ…うん」
小野の予想外の言動に調子が狂ってしまう。こんなことを小野から言われたのは初めてだ。毎日のごとく『セクハラくん』と言われているので、てっきり軽蔑されているのだと思っていた。いや、もしかしたらまだ軽蔑されているかもしれないが…。
今日の部活は、薫先生の愚痴に付き合っていたため、みんなの体力が持たずロクな案が出ないとのことで、これにて解散になった。
◇
「ちょっと意外だったな」
そうつぶやく少女は小野雅。彼女は今、今日あった出来事を思い出していた。
それは彼女が『セクハラくん』と呼ぶ人物が意外にも彼女と似たような人物だったと言うことだった。
「遥斗くんか…」
そう小さく言い残し彼女の言葉にはとこか暖かなものがあった。
そのまま雅の意識は、ベッドの中へと深い眠りの海に落ちていった。
こんにちは水崎綾人です。
最近は初期の頃に比べて少し長文で書いています。書き始めた頃は、1話が本当に短い感じでしたが、最近は私自身頑張って長めに書いています。
さて、物語では遥斗や木葉が入部して初の依頼が来ました。これから先、もしかしたら先生以外からの依頼なども来るかもしれません。などと思いながら、書いています。
次回もお楽しみください。




