第20話「そして前宮薫はジュースでの2日酔いを経験した」
翌日。俺は、いつもより気分良く目覚めることができた。理由は分からない。
一つ挙げるとすれば、昨日ハンバーグを食べたあと、母さんが新しい枕を買ってきてくれていたのだ。どうやら、俺の枕がボロボロになっているのに気付いてくれていたらしい。だから、快眠の原因を挙げるとするならば新品の枕と言うことになる。
「あ、はあ~。ぐっすり眠れた…」
俺は両の腕を肩より上に上げ伸びのポーズをとる。こうすると物凄く気持ちいい。
そのままの気分で制服に着替え、朝食を取るために階段を下りていく。
リビングに入ると、既に楓が朝食を取っていた。
直食は、ご飯にみそ汁、ウインナーに卵焼きだ。いつもながらの朝食を口に運ぶ。
昨日、初めて莉奈先輩と出会い、更には酔った薫先生まで見た。薫先生とは少し顔を合わせづらい。
◇
玄関をくぐり抜け外へ出ると、10月のどこ寂しい風が俺の身体をすり抜けていった。
「うぉ…、寒い…な」
俺が玄関で身をすぼめていると隣の家から大空木葉が出てきた。
「あ、遥斗」
「おっす」
右手を上げ返事をする。
大空と朝こうして会うのも久しぶりだ。
転校してきてすぐの頃を思い出す。
「おはよう、じゃあ、学校行こうか」
大空は当たり前のように俺と学校へ行く気になっているようだ。最近言ってなかったが、俺は非リア充である。だから、このように女子から誘われることが本当にないのだ。今夏ことがあるとどういう反応すればいいのかまったく分からない。
取り敢えず最善の方法をとってみた。
「あ…おう」
俺は大空の隣を歩く。こうしていると変な感覚になる。大空の体臭?香りが鼻腔をそそる。
こうして歩いている時間が、果てしなく長いものに感じられた。
二人の間に会話は無く、学校まで歩いていくのが少しキツかった。
今日は校門前に松前の姿はなかった。
「あれ、松前がいない」
さすがに寒くなってきたから、あいさつ運動も大変になってきたのだと俺の中で勝手に結論を出す。
「良かったじゃない。遥斗結構な確率で松前先生に怒られてるんだし」
「その言い方だと俺がいくら注意されても、まったく直してないみたいな感じだけどな」
松前がいない安全な校門を通り抜け、玄関を目指す。
「俺は別に直してないわけじゃないんだ。直して大きな声であいさつをすると、それはそれで怒られるんだ。これはもう無限ループだ」
下足箱に外履きを入れ上履きに履き替えながら、必死で言い訳を続ける。
「ははは。そうなんだ」
軽快に笑う大空を横目に教室を目指す。昨日ジュースで酔った薫先生は今日は二日酔いせずに学校に来れているのか。大体、ジュースで二日酔いなんてするのか。
教室につき俺と大空、それぞれが各々の席につくと声が聞こえてきた。
「おーい、遥斗」
「ん?」
声の聞こえた方に振り向くと、須藤が意味ありげな表情をしてこちらに寄ってくる。
「お前、いつから大空さんと一緒に登校してくるくらい仲良くなったんだよ?」
「いや、普通だって」
「いーや、そんなことはない。柏崎だって最近、大空さんに近寄ってこないし、たまにお前のこと『兄貴』って呼んでるじゃねーか」
あ…、これもう誤魔化せない。そうだった思い出した。俺はこういう時、誤魔化さずに素直に認めるのが俺の流儀だった。
「あ…実はな」
俺は須藤に大空とのこと、柏崎のことを完結に説明した。
須藤は驚きを隠せないようだったが、仕方ない。なぜなら、俺自身ですら今までのことに対して驚いているのだから。
「お前…大空さんが転校してきてからいろいろあったんだな。お疲れ」
「ああサンキュ」
まあ、まだ終わってないし、いつになったら終わりなのかも分からないけどな。
◇
ガラガラと扉が開き、薫先生が入ってきた。
お?
薫先生はいつものレディースのスーツに身を包み服装自体はピリッとしているものの、顔はと言うと…。目の下には若干の隈ができており、軽く頭を押さえている。これはひと目で二日酔いだと分かる。
先生に体調のことを、聞くまでもなかった。
「薫先生ジュースで二日酔いかよ…」
「えっと…、き、起…立」
声の感じもどこか気持ち悪そうだ。
そのまま、薫先生の気持ち悪そうな声を聞きながら、朝のホームルームは幕を閉じた。
「先生」
ホームルームを終え、職員室に戻る廊下を歩く先生を呼び止めた。
「ど…どうした。奥…仲。おうぇ…」
人の名前言いかけの時に、吐き気を催すな。
「だ、大丈夫っすか。先生?」
薫先生に駆け寄ろうとした時だった。薫先生は俺の行動を止めるかのように、右手を前へ突き出した。
「だ、大丈夫だ。実際、これはアルコールでなったものじゃないからな…。所詮はジュースだ。気力でどうにかなるはずだ」
いや、ジュースで酔ってる時点で気力で負けてるから。
「そうすか…じゃあ気を付けて下さい」
そう一言声をかけ、薫先生を見送った。
その後、帰りのホームルームでも、薫先生の容態は良くなっておらず、終始気持ち悪そうだった。
◇
放課後になり、部活に向かうことにした。
部室のドアを開けるとそこには既に莉奈先輩が椅子に座っていた。
「あ、先輩」
「お、君は遥斗くんだね?」
振り返りながら確認を取られた。
「は、はい。先輩早いっすね」
俺は、自分の荷物を用意されていた机の脇に起きに置いた。
「あ~先輩って呼ばれ方は好きませんのことよ」
「はへぇ?」
何言ってんだ。この先輩…。
「えっ…と、ではどうしろと?」
額を人差し指で掻きむしり、俺は頭を悩ませる。
「そうだな…私の名前が莉奈だから…『りなたん』とか?」
「ゲッフ、ゲッフ…な、何言ってんすか?」
「私は大真面目だよ」
「だとしても、そんな名前では絶対に呼びませんよ」
俺はそう断言した。この先輩は絶対どこかおかしい。なんで昨日会ったばかりの先輩のことを『りなたん』なんて呼ばなきゃならないんだ。
「えーダメ?」
莉奈先輩は自分の人差し指を顎元に当て、少し考える素振りをしてみせた。
「えっとじゃあ、莉奈先輩でどうですか?」
「え~、もうちょっと柔らかく」
はあ?なんてこった。
「いや、ここは譲りません。莉奈先輩で貫き通します」
俺は、声を大にして言いきった。
「分かったわよ。じゃあそれで良いわよ」
た、助かった…。先輩が折れてくれて助かった。
と、ふと後ろを見たときだった―
そこには大空と小野が立っていた。
「は、遥斗…?」
「セクハラくん…」
二人の声には言葉では言い表せないような怒気のようなものがこもっていたような気がした。
「え…っと…はい?」
その時の俺の表情は恐らく凍りついていただろう。
俺の言葉を聞くと大空と小野は大きな声でこう言ってきた。
「「何イチャついてんのよ~!」」
彼女ら2人のラリアットやストレートパンチをくらい、俺の上体は宙を舞いそのまま床に落ちていった。
「か、勘弁してくれ…」
◇
俺が殴れてから数分が経過した頃、ジュースでの酔いが覚めたのかすっかり元気になった薫先生が部室にやって来た。
「おう、みんな集まっているな」
「先生元気になったんですか?」
大空が少々心配そうに薫先生に訊ねる。昨日も一番最初に先生のことを心配してたなコイツ。
「ああ、ホームルームが終わったあと少しだけ寝たら結構元気になった」
ドヤ顔で言ってくる先生の顔には何か知らないが自身が感じられた。
「今日は、久々に部活をやってもらおうと思ってな」
「部活か…。そういえば最近やってないな。でも、この部活って自分たちで、やりたいことを見つけるための部活とか言ってませんでしたっけ?」
これに対し、薫先生はこう付け加えた。
「だが、あの時こうも言っていたぞ。『依頼さえあれば何でも屋として働きもします。』とな」
な、なんだって。そう言えば大空とここ(萬部)に部活見学に来たとき小野がそんなことを…。すっかり忘れていた。
「な…確かにそんなことを言ってたような」
「はい、それ私が言ったやつですよ!」
小野はそう答える。
「思い出したか奥仲?」
「ええ思い出しましたよ」
「それで薫先生依頼って何かあるの?」
莉奈先輩がワクワクしながら薫先生に訊ねる。
「ああ、依頼がある。その依頼内容とは―」
こんにちは水崎綾人です。
薫先生がジュースでよってしまって早、1日が経過しました。
薫先生が萬部に持ちかけてきて依頼とは!?
次話もお楽しみに




