第2話「俺と奴の放課後」
いきなり隣の家に引っ越してきた女子大空木葉。ヤツは転校早々すぐにクラスの連中と親しげに会話できるくらいの物凄いコミュ力の持ち主だ。
そんな大空が放課後にこの俺を待っていて、一緒にこの街を案内して欲しいと言ってきたのだ。通常の男子高校生なら、大空のように今風の可愛い女の子に、こんな感じに頼まれたら確実に勘違いをするだろう。
だが俺は違う。俺は大空が転校してくる1日前に彼女に会っている。大空は俺の家に引越しの挨拶に来たのだ。その時、俺は意を決して大空に初めて声を掛けた際、冷たくあしらわれたので俺は彼女に若干の苦手意識を持っているのだ。
そうそう。今は校門を離れ互いに歩きながら大空が行きたいところを決めるのを待っているのである。
「おい、まだ決まんないのかよ」
「うっさいわね。ちょっと待ってなさいよ」
さっきまでの笑顔はどこ行ったんだよ。心なしか大空の声には怒気がこもってる気がした。
大空は携帯を片手に文句を言ってくる。どうやら携帯で検索をかけているらしい。歩く速度が徐々に遅くなっていますよ大空さん。
「なあ大空決まんな―――」
「よし決めたわ」
大空は俺の声を遮って歓喜の声を上げる。ようやく決まったか…。この街にそんな迷うほど見に行きたい場所なんてあるか?
俺は大空に訊ねる。行きたいところによっては、俺は断る気でいた。
大空は携帯の画面を指差して俺に突きつけてくる。
「ココに行きたいんだけど」
大空が提案してきたのは『LEO・DAmor-レオ・ダムール-』と言うファッションショップだ。大空が行きたがるくらいなのだから、結構お洒落な店なのだろう。
ちなみに俺が持っている服はほとんどユニクロだ。
「分かった。じゃあとっとと向かおうぜ」
俺と大空はそのファッションショップを目指し歩きだした。
俺たちの通う緑進ヶ丘高校は比較的周囲に遊ぶ場所などの商業施設が多いため俺たちは、そんなに長い時間歩くことなく『LEO・DAmor‐レオ・ダムール‐』に着くことが出来た。
そこは俺みたいな男子にはまるで無縁そうなお洒落系な内装の店だった。見渡す限りの女性客。ここは主に女性用の服が売っているらしい。
てか、この数凄すぎるだろ。どんだけ女性客いるんだよ?
大空は目の前に広がる洋服に興味津々。俺の存在など気にも留めずに店内に突っ込んでいく。
あの大空さん?俺のこと覚えてますか?
「お、おい大空。俺目の前の本屋に行ってるから終わったら、声掛けてくれ」
俺は大空に聞こえるように大きな声でそう発した。正直、この山のようなお洒落系女性客の群れの中にイケてない部類の俺が入るのは、ある意味世紀末な気がした。
「分かったわ」
素っ気なく言い返された。俺が振り返る頃には大空はもう店内に入ってその姿は見えなかった。
「どんだけ来たかったんだよ…」
俺は渋々目の前にある本屋に入った。本屋はとても良い。俺が元々本を読むのが好きだと言うこともあるのだが、本屋に来ると新しい本との出会いや新しい知識が身に付く。だが、俺が主に読むのはラノベだが。いや、ラノベだって良いんだよ?面白いんだよ。
取り敢えず真っ先にライトノベルのコーナーに向かう。
「お!新刊あんじゃん!」
俺が手に取ったのは人気ライトノベル。ゲームの世界に入った主人公が、命がけでゲームクリアを目指すと言う物語。
一通りライトノベルコーナーを見渡した俺が次に向かったのはホビーコーナーだ。
ここには多種多様な様々な雑誌がある。バイクや車、ファッション、ゲーム、そしてアニメ。俺は迷わずアニメ関連の雑誌に手を伸ばす。なるほど来期はこのアニメの2期をやるのか。
そして、大空を待つこと30分。俺も大分待ちくたびれてきた頃だった。
「ちょっとアンタ」
と、聞きなれた声が聞こえてきた。俺は条件反射で振り返るとそこには大空が不機嫌そうな顔をして立っていた。
てか、アンタってなんだよ。名前で呼べ名前で。
「おい俺のこと呼んでんなら名前で呼べよ。分からねぇだろ」
「うっさいわね。次行くわよ次!」
「まだあんのかよ」
あからさまに不機嫌な口調で本屋を出ようとする大空。俺もそれにならい本屋を出る。
大空が次に行きたいと言い出したのはクレープ屋だった。まあ、女子っぽいわな。
「えーと。じゃあ俺はイチゴチョコクリームで」
取り敢えず安いのを注文する。薄い生地にクリームとかが乗っかってるだけなのに何でこんなに高いんだよ。
「じゃあ私は黒蜜チョコバナナで」
かしこまりました。と店員は注文を聞くと俺たちの席を後にした。
このまま大空と無言のまま黙っているのもきまずいので俺はずっと疑問に思っていたことを大空に聞くことにした。それは、どうして大空が俺と一緒に行動を共にしたいかと言うことだ。大空曰く俺しかまともに話せる人がいないらしいが、そんなことはない。俺だってまともに大空とは話せない。今までの会話はすべて必要最低限のことしか喋っていないのだから。
だから俺は訪ねる。
「お前さ、何で俺のこと待ってたわけ?」
話しかけた瞬間睨まれた気がしたがこの際気にしないことにする。
「は?さっきも言ったっしょ。アンタしかまともに話せる人がいなかったからって」
「いや、だから何で俺ならまともに話せんだよ。意味わからん」
大空は少し困った顔をしたが再び口を開いた。
「その理由もさっき言ったじゃん。幼馴染みだからって」
「初めて会ったときも言ったけど覚えてないんだよ。つかお前は覚えてんのか?10年も前なんだろ?」
ちょうどクレープが届いた。大空はなにも言わずにクレープを食べ始める。俺もこれ以上聞くとなにかまずいと本能が判断しクレープを食べる。
互いになにも言わずにクレープを食べる時間だけがただ過ぎていく。
この気持ち悪いとしか言い様のない時間が、秒針の進む速度よりも、遥かに遅く長く、永遠のように感じられた。今まで自分が経験したことのないくらいの時の遅さ。それは苦痛でしかなかった。一刻も早く帰りたい。全力で。
俺は大空より先にクレープを食べてしまい何をするかに困ってしまった。なんか気まずくなったし帰るか。と席をはずそうとすると大空が長い沈黙の末に口を開いた。
「アンタどこ行くの?最後に行きたいとこあるんだけど」
この気まずい時間を経験した後にまだ俺に話しかけてくるなんて相当な根性の持ち主だと心から思った。
俺は、なにか言おうと思ったが、なにも言わず再び席についた。まだ、クレープを食べ終わってない大空を待つために。つか、こいつ食うの遅っ!
大空も食べ終わり会計を済ませにレジへ向かった。本来なら男が奢ってやり、格好良いところを見せるのだろうが、俺にそんな甲斐性は無いため、互いに自分の分の代金だけを払いクレープ屋を後にした。
「行きたいとこってどこだよ…」
力ない声で訪ねても大空の声は返ってこない。仕方なく大空の後を黙ってつけていくことにした。
そして、また訪れる長い沈黙の時間。車や周りの人混みが放つ音によってさっきよりは幾分ましだが、やはり息苦しい感覚がある。それにさっきよりも長い時間味わわなければいけない。
大空は道に迷うことなくスムーズに歩いていく。そして、神ヶ谷市の中心街から離れ、閑静な住宅街まで歩いてきてしまった。おいおいどこまで歩くんだよ?
次第にこの沈黙にも慣れてしまい、もうどうでもよくなってきていたその時。
「ついたわ。ここよ。私が最後にいきたかったとこ」
そこは、あまり大きくない公園だった。滑り台、ブランコ、砂場、シーソーがある公園。ここに来て何がしたかったのかと俺はふと考え込んだが、全く答えは見えそうになかった。
そうしていると大空はまた俺に声を掛けてくる。
「覚えてない?」
放たれた言葉は俺とって完全に無意味なものだった。俺はこいつの前で幾度となく昔のことは覚えていないと答えているのだから。だから俺はまた、同じ答えを口にする。
「悪い。覚えてないよ…。」
「あの約束も?」
約束?ここに来てまた新しい謎が出てきてしまった。どうやら10年前の俺は大空木葉とある約束をしたらしい。だが全く思い出せない。
「ごめん、それも覚えていない」
言い切った。ただそれだけだった。一瞬強い風が吹き抜けた気がしたがそれは大空の笑顔も吹き飛ばしていったらしい。大空から放たれた言葉に俺は、衝撃を隠せなかった。
「分かったわ。もういい。じゃあね」
捨て台詞のように背中を向けられて放たれた言葉はどこか悲しいような印象を受けた。俺にはその言葉に返せるほどの手札は持ってなかった。
どっちにせよ大空の家は俺の隣なのでほとんど帰り道は同じなのだ。俺は大空の後をゆっくりと歩き微妙な距離を保ち続けていた。
一体俺と大空は、昔どんな約束をしたのか。全く見当もつかなかった。ただ一つ言えるのは、大空は俺と過ごしたであろう10年前のことを覚えていると言うことだ。それも結構鮮明に。
「10年前か…」
そう小さく呟く頃には大空はもう自宅に入っており、俺は自宅の前にいた。
本来なら出会ったばかりの人間のことなどイチイチ気にも留めていないのだが、なぜかあのときの大空の悲しげな声、あの表情が気になりどこか気持ちが悪かった。
こんにちは。水崎 綾人です。第2話を更新させていただきました。第1話が最初っから主人公にラブコメ展開が来たので今回は少し暗雲が立ち込めてきました。
第3話の更新もお楽しみにしててください!よろしくお願いします。