第19話「躍るハンバーグ」
気が付けば時刻は既に18時を回っており、部編成はめでたく閉会することになった。
「どうする?薫先生寝てるけど」
涎を垂らしながら爆睡している薫先生を横目に小野雅が言う。
「そうだよね、どうしようか?」
半笑いしながら大空が答える。
涎を垂らしながら爆睡している薫先生の表情はどこか幸せそうだった。
この先生、学校で何してんだよ…。しかもジュースで酔うな、ジュースで。
「じゃあ、薫先生はここに置いておこう」
と、軽い口調で莉奈先輩は言い出す。
「いいんすか?明日まだ学校ありますよ。今日火曜日だし」
「だからじゃん!」
にこやかな笑顔で答えてくる。
「なんか面白そうじゃない?」
「さすがにそれは酷いかと…」
この先輩は冗談でものを言ってるのだろうか?
「莉奈さん、今日はいつにもましてぶっ飛んでますよ」
小野が呆れたような口調で言ってくる。
「あ、やっぱり?これが時差ボケかな?」
先輩多分あなたのボケは時差ボケでは片付けられないと思いますよ…。
「と、とにかく先生を起こしましょうよ」
と言うと大空が爆睡している薫先生を「起きてください」「起きてください」と揺すった。
すると、むにゃむにゃしながら徐々に状態を起こした薫先生は俺の顔を見るなり
「奥仲~君はあれだな。もうちょっと他人に興味を持ちたまえ。見ていて哀れだ」
何言ってんだよ。俺自身気にしてんだよ。大体他人に興味がないんじゃなくて、他人が俺に興味がないんだよ。柏崎だって俺の顔見てもすぐには気づかなかったしな。
「先生、俺になんか恨みでもあるんすか?」
言うと、薫先生はまた眠りにつこうと顔を机にうずくめ始めた。
「あ、ちょっ薫先生」
大空があたふたしながら眠りにつく薫先生を引きとめようとするが全くの無意味だった。
その時、小野が「任せて」と大空のかわりに薫先生を起こすことになった。
「みやびんどうやるの?」
「薫先生がこうなったのは今までにも何回かあって、その時に編み出した技なんだけど…」
言うなり小野は薫先生の耳元に口を近づけ、まるでヒソヒソ話をするかの格好になった。
「給料…」
え?…
すっと再び口を開く小野。
「給料はいらんかね~。お金はいらんかね~」
耳元で2,3回その言葉を連呼された薫先生は、物凄い勢いで顔を上げ、まだ寝ぼけているのかおぼつかない口調で「給~料~」とつぶやいている。
俺は単純にゲスいと思った。
「先生、これを飲んだら給料あがりますよ!」
そう言って小野が薫先生に差し出したのは、コップいっぱいに注がれたお酢だった。
「え~本当~、いや悪いね」
寝ぼけているのか、酔っているの分かららないが薫先生は小野が出したコップにお酢が入っていることに気づかなかった。
そのまま、薫先生は「給料~」と言いながら、お酢がいっぱいに入ったコップを片手に持ち、もう片方の手を腰に当て、まるで風呂上がりに牛乳を飲むが如くの格好でお酢を自らの口に運んだ。
その瞬間――
「ウゲっホ…ゴホッ、ゲホッ…」
物凄い勢いで薫先生はむせ始めた。
小野を除く俺たちはその光景を死んだ魚のような目で見ていたことだろう。自身はある。
「お、小野…これはまさか…」
「先生おはようございます!」
「ま、またしても私にお酢を飲ませたのか…」
少々目を潤ませた先生は、割と可愛かった。
「もう部編成は終わりですから先生にも起きていただかないと」
「う…悪魔め…」
口元を吹き、小さな子供のようにボソッと呟いた。いつもの先生とは違う…これがギャップと言う特殊スキルか。
「つか、なんでこの部室にはお酢なんてあるんだ?」
「薫先生はしょっちゅう酔っ払うんですよ。それで酔を覚ますためにお酢を用意したんです」
なんだよ結構頻繁に酔ってんのかよ。ホント学校で何やってんだ。
「でも、ジュースでようには今回が初めてでしたよ」
「え!?私ジュースで酔ってたの?」
気づいてなかったのかよ。
一通り部編成の片付けも終わり、本当に解散することになった。
帰路についた頃には既に19時を過ぎていた。
「は~今日は楽しかったね」
「ああ、そうだな」
大空ととりとめもない会話をしながら歩き続ける。
「ま、この間のこと先輩に見られてたとはな…」
「それは私もビックリした…」
先輩に見られていたというのは、俺と柏崎の一件である。街中のクレープ屋の前でやったのだから誰かしらのは見られているとは思っていたが、案外近いところにいたものだ。
「あのさ…遥斗」
「あん?」
二人の間をしばしの沈黙が流れる。
「ありがとね…この前は。いろいろあってきちんと言えてなかったから…」
「いや、別にいいよ。俺がしたくてやったことだ。それに、俺があんなことやったから柏崎も怯えてお前に話しかけてこなくなったろ」
それに、あの日以降柏崎は俺のことを「兄さん」と呼んでくるようになった。なんか色々とミスった。
「あ、それはそうと、さっき莉奈先輩と握手してたときなんであんなに顔真っ赤だったの?」
「はっ真っ赤じゃねえし!」
何いてんだコイツ。仕方ないじゃねえか俺だって男の子ですよ。
大空は、じっと俺の顔を見て視線を離さない。なんというか、悪さがバレて叱られてる子供とそれを叱ってる親のような感じだった。
「本当に?」
「当たり前だってか、なんでお前が気にすんだよ」
そう言うと、大空はシドロモドロになりながら視線を離した。ついでに話題も変わっていた。
そんな調子で互いに自宅の前までたどり着いていた。
「じゃあね」
「おう」
何ともそっけない会話だが、これでいいのだ。たがにそれぞれの家へと入っていく。
「たでーまー」
無気力な声で帰宅を合図する。いつもなら楓が元気よく迎えてくれるのだが、ここ最近は迎えがない。恐らく、土曜日の運動会の途中で大空のもとへ向かったためだろう。
俺は、そのままリビングへと向かった。
「母さん飯にするは」
母さんは「はいはい」と言いながら晩飯を用意してくれた。
一方、楓はと言うと。テレビを見ていて、こちらのことなど興味なさそうだった。
「楓もご飯よ」
母さんの声には反応し、俺には目線すら合わせようとしない。
さすがは俺だ。クラスメイトからも無関心な俺は、実の妹からも無関心になってしまったのだ。
運ばれてきた皿の上には、俺の大好物のハンバーグが乗っていた。
「いただきます」
箸でハンバーグを適当な大きさにわけ、それを自らの口元へ運ぶ。肉汁がほどよく出て、ソースも絡まって幸せと言う文字が躍る。
「お兄ちゃん…」
不意に放たれた言葉に、俺の口の中で踊っていたハンバーグは本来入るはずであった食堂とは別に気管に侵入した。そのため、咳が半端なく出た。
「ゲホッ…ゲホッ…。な、どうした?」
実に3日ぶりに聞いたその声に俺は、感動すら覚えた。
「埋め合わせ…してくれるんでしょ?」
「埋め合わせ…ああ、もちろんだ」
危ない、危ない。すっかり忘れていた。運動会を途中で抜け出して楓のことを怒らせたから、その埋め合わせをするって約束してたんだった。
「じゃあ…今週の日曜日に楓に付き合って」
「ああ、分かったよ」
はなっから予定なんてない俺は、楓の要求に即答した。
俺が、答えると楓は口角を上げ喜んで見せた。
「約束だからね!」
どうやら機嫌が直ったらしい。実に簡単な妹だと思った。
また俺はハンバーグを口に運び、肉たちが口の中で躍る感覚を楽しんだ。
こんにちは水崎綾人です。
莉奈先輩も前話で加わり、徐々に人物がそろって来ました。
そんな中、最近出番のない須藤くんは今何をしてるのでしょうか?これからどうなっていくのか私自身楽しみです。
楓との「埋め合わせ」とは一体何をやるのでしょうか?
今後ともお楽しみに!