第16話「考え出した結論」
「ただいまー」
家の玄関を開け言うと、家の中からドタドタと駆け足で誰かが走ってきた。
「おっかえいり!」
「か、楓どうしたんだよ?」
何とも険しい顔をした俺の妹様が出迎えてくれた。顔、顔怖いって…
「明日運動会だから!」
ああなるほど…気合入ってんのな。って子供か!
そんなことを思いながら自室を目指し、階段を上ろうとしたとき、母に呼び止められた。また訳の分からないことを言い出すのだろうか?
「遥斗明日なにか用事ある?」
「いや無いけど」
無いよな…多分ない。
それを聞くと母は胸の前でパンと手を叩きさらに言う。
「そう。良かった。明日ね楓の運動会だから見に行きましょ。楓も来て欲しいって言ってるし」
俺は自分の脳内で一応確認を取る。楓は中学2年生。その年頃の子供って反抗期で家族とかに運動会に来られるのって物凄く嫌うんじゃ…。また一つ謎が増えた。
しかし、取り立てて断る理由も無いので楓の運動会を見に行くことになった。
「分かった。行くか運動会。可愛い妹の晴れ舞台だしな」
そう言うと俺は登りかけていた階段をまた登りだした。
自室につくと制服を脱ぎ部屋着に着替えた。窓を開けると目の前には大空の家が見える。直線距離にして7メートルもないくらいだ。
現実の距離はこんなに近くても、心の距離は果てしなく遠い気がした。
「遥斗―、お風呂入っちゃってー」
と母のやかましい声が一回から投げかけられてきた。
俺はその声に適当に返事をし、風呂場へと向かった。
風呂に行く途中の廊下では、ちょうど仕事から帰ってきた親父とばったり出くわした。
「ああ、おかえり親父」
「お~。遥くんか」
?遥くん?この呼び方をすると気の親父は決まって酔っ払っているのだ。この時の親父は決まって面倒くさい。この場は早急に撤退し、危険から回避すべきなのだ。
「俺風呂入ってくるから…」
「ちょっと待ってよ~。お話しようよ」
親父はそう言うと、風呂に行こうとする俺の腕をグイっと掴み、廊下に座り込んだ。当然、俺もそのまま座り込んでしまった。
「お話ってなんだよ…?」
やや顔を引き杖らせながら応答した。
すると親父は顔の前でみぎの人差し指を立て
「ズバリ、お前と木葉ちゃんはどういう関係だ~?」
?????ななな何言ってんだ、この親父は?いきなりアホみたいに酔って帰ってきたかと思ったら、大空とどうなっているかなんて聞いてくるなんて。母さん以来だわ。
「べ、別に何にもねえよ」
「ホントに?」
疑り深く聞いてくる。あぐらをかいたまま、ゆらゆらとゆりかごのように体を左右に揺らしながら、おどけてみせる親父。
そんな親父の姿を直視できずに俺は、顔を下に向けてしまった。そのまま何分たったのだろうか。親父の声が静かになったと思い振り返って見ると、あぐらをかいたまま続けていたゆりかご運動により眠ってしまっていた…。
「寝てるんかーーーーい」
思わず大きな声を上げてしまった。親父は起きていないようだ。俺は抜き足、差し脚、忍び足で親父が目覚めないように静かにその場を去った。
やっとのことで風呂場に辿り着くことが出来た。
一体、風呂まで来るのにどうだけ時間かかってんだよ…。気が付けば風呂には先客が居るようだ。仕方ない…後にするか…。
「だーれー?」
風呂場から楓の声が聞こえてきた。
「悪い、入ってると思わなかった。出るからまだ上がってくんなよ~」
俺はパジャマとバスタオルを持って楓が風呂から上がってくるまで、リビングで待つことにした。
風呂場からの帰り道にはまだ親父が廊下で寝ていた。
「は…る…」
寝言にするくらい気になってんのかよ。
◇
清潔でザ・女子という言葉の似合うこの部屋に木葉は帰ってきた。部屋の雰囲気とは裏腹にどこか悲しげな顔をしている。
木葉は携帯の画面に目を放る。時刻は8時30分を回っていた。
「はぁ…」
と、深く溜息をつく。
明日木葉にはとても憂鬱なことが待っている。
それは、転校してきたばかりである木葉のクラスの男子、柏崎が自分とデートをしたいと言ってきたのだ。木葉は柏崎に対してあまりいい印象を持っていない。なぜなら、一緒に話していると自慢話で始まり他人の蔑み話からの自慢話で終わるのだ。ここ一週間関わっていて、とても疲れた。それに木葉は転校してきたばかりで女友達も少ない。女友達も少ないのに男子と友達になんてなれない。それが今の木葉の正直な気持ちだった。ただ一人、奥仲遥斗を除いては…
遥斗は木葉にとって希望だった。転校した学校でやっと会えた恩人であり、初恋の男の子。10年前のあの日、木葉を連れ出していってくれなければ、今の木葉は居ないのだから。そんなとても大事な人に木葉は酷いことを言ってしまった。喧嘩した時に思ったのだ。『もしかしたらもう、これっきりかも…』と。
故に木葉は後悔し続ける。大事な人に、奥仲遥斗と喧嘩したことを。
家と家との距離は近いのに、心の距離はとてつもなく遠い気がした。
「遥斗…ごめん…」
一粒の涙が頬を伝わり、静かに机に落ちる。木葉の手には、10年前に貰った綺麗な貝殻がしっかりと握ってあった。
◇
「まだかよ…遅いな楓」
妹が風呂を上がるのを俺は既に20分近く待っていた。
ここだけ聞くと卑猥そうに聞こえてしまうかもしれないが、実際は違う。ただ単純に楓が上がってこなければ俺が風呂に入れないのだ。
すると、後ろから母が話しかけてきた。
「まあまあ。どう?」
と言って棒のアイスキャンディを俺に差し出してきた。俺は、それに答え母と向かい合ってテーブル越しに椅子に座った。
「いいのかよ、親父廊下で寝てるど」
言うと母さんは顔の前で大げさに手を振り
「いいの、いいの。きっと廊下寒いから酔も覚めるでしょう」
相変わらずうちの母親は適当だった。
「そんなことより―」
母は話を続ける。
「あんた最近どうしたの?元気なくて、いつも思いつめた顔してるけど?」
いつになく心配そうな顔でこちらに聞いてくる。
「あっ、いや、大丈夫…だと思う」
俺は歯切れの悪い応答で母さんに返すと「そう」とだけ言って微笑んでいた。まったく、実の母親ながら分かんない人だ。
「おっにいちゃーん!お風呂いいよ~」
楓が元気よくリビングに入ってきた。さすがは中学2年生出るところはしっかりと出てきていて、我が妹の成長に素直に驚いた。
「つーか、上がんの遅くね?」
えへへへへとニコやかに笑い
「明日のイメトレしてたら寝ちゃってた」
「ね、寝てたのか…」
お前も寝てたのかよ…揃いも揃って寝るの好きだな、おい!
俺は、風呂場へと向かう道を急いだ。早く風呂に入りたかったのだ。なぜなら、風呂は気持ちが軽くなり、悩みなどが解決したりする絶好の場所なのだ。この間買い直したばかりの洗顔クリームを片手に風呂場へ入った。
シャワーで全身を洗い流し、一通り綺麗にしたあと暖かい湯船に浸かった。
「うあぁ~」
快楽という名の言葉のよく似合う声が発せられた。湯船に浸かった瞬間、体中から全ての重りが解き放たれるような開放感溢れる気持ちになった。毎日のことだが、この時だけは遥斗にとって至福の時だった。
だが、解放された重りは再び遥斗のもとへ帰ってくる。今日の放課後の微活のとき、小野から一つのアドバイスを貰ったのだ。
―やっぱり最後は自分に素直になることじゃないのかな?やるも、やらないも自分次第なんだしさ―
自分に素直になる。簡単なようで難しいこと。俺にとって大空木葉とはどういう人物なのか。出会った頃と比べて今、俺はあいつのことをどう思っているのか。ここが肝心なところになってくると思った。
「大空…木葉…か」
その名を口に出して呟いた。モワモワして暑い風呂場の中に静かに反響するその名前。
俺は、大空のことをどう思ってるんだろう…?
◇
翌日。楓の運動会当日だ。家では母さんが弁当を気合を入れて作っており、親父はビデオカメラの調子を見たり、替えのバッテリーを5つは準備しているようだった。
「おはよう…」
眠気と戦いながらなんとか起きてきた俺は、朝からやる気満々な光景を見せられると、松前を思い出すからたまったもんじゃない。
「あら遥斗おはよう」
「おうおはよう、遥斗」
母次いで父が挨拶をしてくる。二人の目には心なしか炎が見えた気がした。
「楓は?」
「楓はもう学校に行ったわ。なんでも朝練があるとかないとかで」
「いや、あるから行ったんだろ」
朝からボケをかまされると体力が…。母さんは「ホホホ」と軽快に笑いながら自分の作業に戻った。
「朝練ね~」
俺はテーブルに置いてあるコーンフレークが朝飯だろうと推測し、それに牛乳を注いで口に運ぶ。何とも言えない牛乳で湿ったコーンフレークが口の中で広がる。
うん…何とも言えないしっとり感。
「遥斗9時出発ね」
「うーい」
運動会は9時30分開始らしい。家を9時に出発すれば大体車で15分ぐらいなのでちょうどいい時間帯に楓の通っている中学校に到着するのだ。
だが、親父は場所とりがあるため7時には家を出るらしい。
時計に視線を放ると6時28分。いつもよりなぜか早起きだ。昨日風呂で考え出した結論が関係しているのかもしれない。今日は、楓の応援で気を紛らわせる。そして、月曜日にでも大空に謝ろうと結論づけた。
こんにちは。水崎綾人です。
遥斗がついに自分の結論を出しました。彼なりに悩む部分もあったのでしょう。今回は少々というか、今までの中では長い文章になってしまいすみません。これでも削ったほうなんですが…。何はともあれ、次回はどうなるのか!?お楽しみに!