それぞれの失恋
四月二十日
高校生活にも慣れてきたので、日記でもつけようと思う。
思えば小学生の時にもチャレンジしたけど、気がつけば書かなくなってしまった。
敗因は分かっている。
毎日つけようとするから駄目なんだ。
気が向いた時に、書くようにすれば良い。
私は縛られるのが苦手なB型なのだから。
さて、高校生活は順調な滑り出しを見せていた。
三日前までは。
ところが、一体どういうことなのか、三日前から毎日告白される。
見たこともない人ばかりで戸惑う。
意味ないのに。誰に告白されても答えは決まっている。
絶対にノーだ。
中学生の時からそうだったが、どいつもこいつも人を見た目で判断しやがる。
大人しそうで上品そうで優しそうで可憐なのだろう、と。
そう見てもらえることは嬉しいが、私は知っている。
第一印象が良いと、その後悪印象を与えた時のダメージは大きい。
逆に第一印象が悪い方が、その後好印象をチラリと見せるだけで過大評価してもらえる。
少し素を見せただけで彼らは私から離れていく。
あの彼のように……。
私は知っている。
だから、今日も嘘を演じる。
望まれる私を演じる。
こんな毎日はとても窮屈だ。
この世界はとても窮屈だ。
日記を付け始めた理由は、正にそれだ。
思いのほか告白はストレスだった。
ここで鬱憤をぶつけることにしようと思ったのである。
さて、記念すべき第一号告白者は隣のクラスの不良だった。
ダメダメだ。
黙って俺について来いオーラが見えすぎだ。
私は人に従うのが大嫌いだ。
君は無い。
第二号告白者は生徒会長の三年生だった。
ダメダメだ。
プライド高く偉そうだ。
私は困ってる人を慰めることで自分を優しく見せたい。
できる男は論外だ。
第三号告白者は科学部所属の二年生だった。
ダメダメだ。
高校生らしからぬ研究をして、ちょっと将来有望らしい。
私は私より頭の良い人間は嫌いだ。
浮気されても気付けないかもしれない。
今日はこの辺にしよう。
明日は誰も告白してこないと良いなぁ。
四月三十日。
中学生の時も何度か告白されたことはあったけれど、高校は酷い所だ。
年中発情期か。
あれから毎日告白される。
もう嫌だ。
本当ならば彼らのレポートをしてささやかな復讐をするつもりだったが、こうも多いとみんな同じに見えてくる。
この日記はあんまり続かないかもしれない。
さて、それでもまさか二回目が十日も間隔が開くとは思っていなかったので、このままじゃ本当に一日だけで日記が終わってしまいそうなのだ。
だから今日は日記を書くことにした。
私は新たなストレス発散の場所を見つけた。
学校裏サイトというのだろうか?
一応管理人がしっかりしているらしく、特に特定個人を名指しするような書き込みは即座に削除されてしまうが、多少の過激発言は許されるらしい。
とりあえず、ウダウダ悲劇の主人公気取りの奴に『しっかりしろよボケ。情けね~』と返信した。
凄くスッキリした。
ある先生を実名で個人攻撃しているネットマナーも知らない奴がいたので、『お前もそのうち胃薬の世話になれ。いや、俺が追い詰めてやる!』と返信した。
しばらくして私の返信ごと削除されていたが、かなりスッキリした。
欠点といえば、変なオヤジギャグを言う奴がいるぐらいで、この学校裏サイトは私にとって乾ききった日常生活の中やっと見つけたオアシスだった。
ここなら私は素でいられる。
インターネットの闇は私を救ってくれそうだ。
五月二十日。
私は決めた。
毎月二十五日前後に日記を書くことにしよう。
給料日感覚だ。
月一なら負担にならないはず。
ストレス発散のはずが、なんだか日記に追われるような感覚に襲われる。
まだ、三回目だというのに。
それはさておき、学校生活はやっぱりつまらない。
だけど、面白い男を見つけた。
彼は同じクラスの男だ。
軟弱そうな感じ。
彼はスーパーの入り口で、中にも入らず立っていた。
親に買い物を頼まれたのか、スーパーの入り口でメモ帳を見ながら、時々ドアを見る。
私はしばらく不振な彼を観察してみた。
五分後、迷惑そうな顔をしたおばさんが咳払いをしながら彼の横に立った。
ドアを押した。
スーパーの中に入った。
彼はしばらくドアを見つめ、スーパーの中に入っていった。
私が推測するに、彼はドアが自動ドアだと思ったらしく、ずーっと開くのを待っていたのだ。
五分間も。
恐ろしく馬鹿だ。
だけど、私は彼のことが気になり始めた。
六月三日。
思ったより、間隔が短い。
私は日記を書く能力に長けているのかもしれない。
さて、スーパーの彼を学校でも観察するようになった。
彼はいつも一人だった。
そして、時々ボーっとしてフリーズし、自分の間違いに気付きゆっくりと再起動する。
といった行動を結構行っている。
大体三日に一度ぐらい。
そして、同じミスを何度も繰り返す。
きっと学習能力が無いのだろう。
見ているとイライラする反面、なんだか楽しい。
少しだけ学校が楽しくなってきた。
もう書くことは無い。
私は日記を書くのが下手なのかもしれない。
七月十二日。
今日も彼は一人だ。
今日は窓を開けようとして、開けられなくて、フリーズしていた。
鍵がかかっていることに気がつくまでの時間は、二分五十七秒だった。
今日は結構早かった。
さて、随分と間隔が開いたが、何故今日になって日記を書こうと思ったかというと、ちょっとした事件があった。
昼休みのことだ。
彼は突然一人で噴出した。
いつも一人の彼が妄想の世界で遊んでいるのは仕方ないとしても、正直一人で笑うのはとても不気味だった。
その後、彼はおもむろに携帯電話を取り出し、ジッと画面を見つめる。
ず~っと見つめていた。
二十分ぐらい。
私はきっとまた何かどうしようもないトラブルがおき、例えば携帯電話の電源の入れ方を忘れたとか、そんなでフリーズしているのだと思った。
だから後ろからさり気なく様子を見ることにした。
ビックリした。
彼が見ていたのは私のオアシス。
学校裏サイトだった。
そして、彼は画面を何度もスクロールする。
そしてある書き込みを何度も見直していた。
それは『そのギャグは、ナイナイ! 七月一二日だけに、ナイ×ツー!』
というオヤジギャグだった。
学校裏サイトには、つまらないギャグを書き込む奴が頻繁に出没していた。
彼は、その書き込みに怒っているのかと思った。
が、ニヤニヤしていた。一人でにやけていた。
私は嫌な予感がしたので、ちょっとカマをかけてみることにした。
会話の結果、きっと彼が下らないギャグを繰り返す犯人だ。
一人で何を妄想しているのかと思えば、こんなことだったとは。
ボーっとしている彼の妄想はメルヘンチックであって欲しかった。
私は裏切られた気分になり、直ぐに裏サイトの彼に返信した。
もしかしたら私の勘違いかもしれないと想いを乗せて返信した。
『お前、いっつもオヤジギャグばっかりな。寒いよ』と。
数分後、私の期待は裏切られた。
彼は恐ろしく落胆していた。
だけど、私は胸が締め付けられた。
落ち込む彼は可愛かった。
もしかしたら私はちょっとエスで、彼はエムなのかもしれない。
そして、私の母性が言った。
彼は不器用な子で、インターネットでしか人とコミニケーションを取れないのだ。
彼は本当は寂しいに違いない。
今後、彼らしき書き込みを見つけたら、私が必ず返信する!
私は誓った。
七月十三日。
今日も告白された。
せっかく誰にも会わないように早く登校しているのに、そいつは陸上部だった。
ちょうど朝練習が終わった頃に私を見つけたらしい。
あるいは計画的待ち伏せか。
それはどうでも良い。
その告白をスーパーの彼に見られた。
ショックだった。
その時私は気がついた。
私はいつの間にか彼に恋してしまったらしい。
衝動的に彼を呼び止め、衝動的に告白してしまった。
我ながらなんという暴走かと呆れるばかりだ。
だけど、結果としてそれは良かった。
動揺する彼は、恐ろしく可愛い。
七月十四日。
今日の天気は晴れ。
何故天気の情報を今日だけ書くか、未来の私は疑問に思うかもしれないけれど、どうでも良いことのようで、これは大事なことなので、ハッキリと記す。
昨日の夜は全然寝られなくて、今日の朝は不自然に早起きした!
天気が大事なのではなく、朝起きて、天気を確認し、乙女チックに「今日は晴れなのね」と独り言を言ってしまうぐらいに、私は浮かれいる。
これが、恋か。
恋って凄いな。
ワクワクして苦しい。
そして、やっぱり眠い。
寝る。
ここから追記。
匿名掲示板に変な奴が現れた。
テレビ実況するサエズッターを見てくれ、とだけ主張し、こちからの問いかけには無反応。
別にそいつはどうでも良い。
でも、文面から女っぽいのに、彼が反応したのが気に食わない。
多分、彼のことだから深い意味はないのだろうけど、気に食わない。
恋は二度目でも、嫉妬は初めてだ。
やっぱり恋って辛いなぁ。
七月十八日。
友達から変な噂を聞いた。
彼が私を尾行しているらしいのだ。
そこで下校中に手鏡でさり気なく後ろを見てみれば、確かに尾行されていた。
変な男だとは思っていたが、ちょっと変すぎ。少し引く。
でも何故だろう。
少し嬉しい。
私に興味は持っていてくれているのだ。
ただ、委員長さんも同行していた。
親密そうに話していた。
この時まで、まともに彼と委員長さんが話しているのを見たことはないけど、確か同じ中学校出身だったはずだ。
一度目と二度目の恋の間には長い期間があったけれど、一度目と二度目の嫉妬の間は、とても短かった。
ちょっと嬉しくて、結構キモくて、かなりムカつく。
総合して、あまり気分は良くない。
不安だ。
待つのは辛い。
分からないのは辛い。
いっそ、フラレても良い。
明日、彼の口からハッキリ答えを聞こうと思う。
ここから追記。
明日に備えて、近所の神社に行った。
これは何の証拠もなくただの勘だけど、かなりの確信を持って書ける。
以前の変なサエズッターは委員長だ。
そして委員長も彼を好きみたいだ。
彼女も、彼が学校裏サイトで変なギャグを書き込んでるのを知っているらしい。
彼をべた褒めしていた。
ムカつく。
だから、時間も遅かったけど大神神社に行ってきた。
詳しくはないけれど、縁結びの神様がいるらしい。
何故か彼もいた。
明日と言わず、今日聞けば良いかもとも思ったが、夜の神社が怖いのかあまりに怯えていたので、脅かしてしまった。
後悔はしていない。
とっても可愛かった。
七月十九日。
彼に直接答えを聞いた。
答えてくれなかった。
何て野郎だ。
でも良い。
答えられないってことは、まだフラレてもいないのだから。
望みはあるのだ。
そして彼の意外な一面を見れた。
クラスメイトと喧嘩して仲良くなったらしい。
そういうタイプには見えなかったけれど、男は例外なくそういう生き物なのかもしれない。
でも、野蛮な人はいやだなぁ。
七月二十日。
やったー! 彼と花火に行くことになった!
と書けるような可憐で可愛らしい少女になりたい。
でも、ムカつく!
だけで一ページを潰しそうなぐらい、ムカついている。
委員長も一緒に行くからだ。
彼はハッキリしない。
委員長と私を天秤にかけて迷っているのか?
いや、それもなさそうだったのがムカつく。
あいつは、とんでもない、クズだ。
悪気あるより、天然の方が怖いって本当だ。
更に下校中、友達と別れたところを狙われて、不良に絡まれた。
知っている男だ。
レアルディーニ・太陽。
イタリア人の父と日本人の母を持つハーフらしい。
でも見た目は、殆ど白人だ。
しかもゴツイ系の白人だ。
見た目も怖く、事実、上級生含む不良のリーダーらしい。
お前の秘密を知ってるぜと意味深なことを言うから、一体何の用があるのかと思えば、霊能力者を紹介してやると来たもんだ。
同級生相手に、詐欺かよ。
やんわり断った。
が彼はしつこい男だった。
あんまりしつこく、要所要所で、お前の秘密を知っていると五月蝿いものだから、ちょっとだけ素を見せた。
具体的に書くならば、
「ウザイ。キモイ。しつこい。死ね」
と言ってみた。
やはり私が素を見せると、こんな度胸のありそうな不良も驚くのか。
急に態度を変え、全部話してくれた。
スーパーの彼の差し金だった。
私が悪霊に取り付かれているのではないかと、心配してくれているらしい。
心当たりは大いにあった。
夜の神社で脅かしてしまった。
ちょっと、やりすぎたかもしれないと反省した。
とにかく、今日を一言で表すのなら……。
ムカつく!
早めに寝て、気持ちを切り替えよう。
明日は思いっきり楽しまなくちゃ。
だって、最初で最後のデートかもしれないんだから。
七月二十一日。
花火行ってきた!
委員長だけじゃなく、ハーフの男も邪魔してきた。彼女付きで。
しかもやっぱりスーパーの彼は喧嘩っぽい男らしく、喧嘩していた。
あんまり喧嘩して欲しくない。
でも、超楽しかった!
委員長は思ってたよりもやる女だった。
連絡してくれるはずが、いつまで経っても電話が鳴らないので、こちらから電話した。
彼には連絡して、私にだけ連絡しなかったみたいだ。
しかも、やたらと乙女チックな服装だった。
オタクっぽくもあった。
まぁ、特にそれ以外に彼にアピールするでもなかったし、彼はそのアピールに気付いてもいなかったので良いとしよう。
本当、花火綺麗だったから!!
そうそう。
家族が増えた。
ナツちゃんです。
夏に拾った子猫だから、ナツちゃんです。
今日は、彼と初デートで、ナツちゃんの仮誕生日。
なんて素敵な日だろう。
だから、委員長もハーフの男も許す。
七月二十二日。
彼が家に来た。
私はパジャマ姿のまま、リビングでマンガを読んでいた。
来るとは思ってなかったから、無防備だった。
夏休みだからってダラダラしないの、って言うママの注意をちゃんと聞いていれば良かったとも思った。
だけど、それよりも急に女の子の家に来るなんてデリカシーのない彼に対する怒りの方が強かった。
色々不満があって、ここに書き散らしたいのだけど、我慢する。
だって、怒っていても私の顔は笑っているもの。
今日は昨日以上に幸せな日だ。
私と彼は付き合うことになった。
彼から告白してくれた!
素も少し見せてみた。
特に堪えてなかった。
最初の彼は、初デートで好きな映画を選んで良いと言ったから本当に好きな映画、『グローリング・デッド3』を私が選んだだけで、私を捨てたというのに。
全然、堪えてなかった。
初めて素で接せられる相手と出会えたかもしれない。
七月二十三日。
今日も彼は来た。
公園デートをした!
素朴なところが、彼らしくて良い!
楽しかった!!
勇気を持って、もう少し素を見せてみた。ウザイよって言ってみた。
彼は少し落ち込むも、全然堪えてなかった。
八月一日。
彼と初めて過ごす誕生日。
誕生日はやっぱり特別な日で、そんな特別な日を特別な存在と過ごせるのは、とっても素敵な事なんだと、知識では知ってはいたのだけど実際に体験してみると本当に、本当に、本当に、素敵だった~!!!
舞い上がり過ぎて宇宙までフワフワ飛んでしまいそうよ。
と、乙女な私が顔を出してくる。
自分がこんな乙女だななんて知らなかった。
今まで、そういう人たちを少し馬鹿にしてたけれど、心から謝りたい。
ちなみに、彼のプレゼントは手作りだった。
手作りケーキ(美味しくない)に、
手作りセーター(今夏だろうが!)だった。
嬉しくないけれど、嬉しかった!!
こんな幸せが、毎日続いたら良いのになぁ。
八月十日。
彼に告白してから毎日のように日記を書いていたから、彼と付き合い始めても毎日日記を書くのだと思っていた。
でも、彼は変化のない男だ。
毎日来てくれるのは良いけど、毎日公園デートじゃ物足りない。
話を聞けば、お金がないらしい。
バイトをすることを強く強く勧めた。
いっぱい稼ぐより、節約した方が幸せだとほざきやがった。
私は男にとってどれだけ経済力が大事かを力説した。
彼は理解していなかったけれど、バイトしてくれると約束してくれた。
今更ながら、ちょっと後悔。
夏休み終わってからにすれば良かった。
毎日会えなくなるかもしれないと思うと、寂しくなった。
八月十一日。
彼は今日も来た。
バイト雑誌を持って、やってきた。
一緒の所でバイトしたいらしい。
それは駄目だと断った。
そうそう二人揃って受かるとも限らないし、私はすでに家庭教師のバイトしてる。
彼は私が家庭教師をしていることに驚いていた。
相手が中学生の男の子だと知ると、嫉妬してくれた。
嫉妬するのは辛くても、されるのは良いものだなぁ。
でも、可愛いを通り越して可哀想になってしまうような、あまりにも悲壮の目で見てくるので、嫉妬させないように気をつけなくちゃいけないな。
ちょっとこの快感は癖になるけど、癖にならないように気をつけよう。
八月二十二日。
未だ、彼はバイトを決めず、毎日公園デートの日々。
楽しいけれど、不満の毎日。
つい、私が奢ろうかとも思ったが、癖になると困るし、短い期間で私が得た彼データによると、あぁ見えてプライドとこだわりは強いタイプだ。
多分、僕ルールとか作って自分を縛り付けることを楽しむタイプだ。
そして、今日は……、初めて喧嘩をした日……。
前述のバイトは関係ない。
私は彼の前だと、もう完全に素を見せていた。
「キモイ」も、「ウザイ」も、「死ね」も言った。
彼はケロッとしていた。
そのことが嬉しかった。
私の外見のイメージを、押し付けない彼をますます好きになっていたというのに……。
僕の前で演技しないでよ! とか言い出した。
演技なんてしていない。
オーバーアクション(らしい)は、私の素だ。
いくら説明しても納得しない彼に、次第に腹が立って、怒鳴りつけて、そのまま帰ってきてしまった。
本当の君を見せてよ、と彼は最後まで叫んでいた。
思い込みが激しいタイプだとは思っていたけれど、人の話は聞けよ。
もう、しばらく口きいてやらない。
八月二十三日。
寂しい。
彼からの電話を無視してしまった。
三時間だけ着信拒否の設定もしてしまった。
凄く後悔して、次の電話は絶対取ろうと、ずっと携帯電話を握って待っているのに、それっきり電話は来なかった。
寂しいよ。馬鹿。
八月二十四日。
今日も連絡は来ない。
私から電話をかければ良いのだけど、いざかけようとすると指は動かない。
今日も電話を握りながら、何もしない一日となってしまった。
もう、終わりなのかな。
そんなの、嫌だよ……。
八月二十五日。
もう日記を書くのは止めようと思う。
失恋だって、きっと未来の私は良い経験だったと言ってくれるのかもしれないけれど、今の私には抱えきれない。
今の私が日記を書いても、寂しいとしか書けないし、書くと気持ちは強くなる。
寂しい気持ちも、愛おしい気持ちも……。
八月二十六日。
書いちゃった。
今日も日記書いちゃった!
だって、彼が来たんだよ!
誰だよ? もう日記を書くのは止めるとか言ったの。
私だ!
誰だよ? 彼は私を裏切ったとか言ったの。
誰も言ってない!
とにかく、彼は来た!!
仲直りの気持ちと言って、バイトも決めてくれた。
でも電話をせずに、直接家に来やがった。
一度着信拒否しただけで、もう電話に出てくれないのかと思った、とか抜かしやがった。
仲直りできたら、いっぱいのゴメンねと好きだよを言おうと思っていたのに、私は彼のほっぺをつねりながら説教してしまった。
自己嫌悪しちゃう。
でも彼はあんまり堪えてなくて、ケロッとしていて、説教中も上の空。
私が「聞いてなかったでしょ?」と問い詰めれば、「僕は幸せなんだ」と的外れの回答。
私は私を見せているつもりだけど、彼は彼を見せてくれているのだろうか。
あるいは、もう見えているけど、常人には理解できない人なのだろうか。
どっちでも良い。
どんな彼も私は愛す。
彼が私にそうしてくれたように。
私は日記帳を閉じた。
今日は夏休み最終日。
結局、八月二十六日から日記を書いてないのか、と苦笑い。
でも書きたくないから書かないのではない。
書くことがないから、書かないのだ。
夏休みは時間に余裕があるので、彼と過ごす毎日は、バイトが始まっても途絶える事はなかった。
でも、幸せな毎日なのは確かだけれど、やっぱり公園デートばかりで変化に乏しい。
だから、書くことはない。
それに、昨日委員長さんから電話があったことも、今日委員長さんと会うことも書く必要はない。
この日記は、未来の私だけが見るとは限らないのだから。
結婚する時に彼に見せつけ、驚かせるつもりなのだから。
机の鍵付き引き出しに日記帳をしまうと、丁度インターホンが鳴った。
出ようとするママを制止し、私は受話器をとる。
委員長さんだった。
私は玄関まで迎えに行く。
「こんにちは」、「ごきげんよう」
私達は笑顔で挨拶。
委員長さんの服装には驚いた。
薄いピンクのワンピースに、白いレースのリボンが沢山ついていた。
この露骨な少女趣味な服装は、彼へのアピールではなく、委員長さんの普段着だったか。
私は委員長さんを部屋に案内する。
一応、委員長さんは、ナツちゃんに会いに来たことになっている。
でも、それだけじゃないだろうことは分かっていた。
根拠はなく、ただの女の勘。
ナツちゃんに会いに来るだけが目的ならば、もっと早くに来たはずだ。
「久しぶりに見ても、やっぱり可愛いわね」
委員長さんはナツちゃんに夢中だ。
ナツちゃんも委員長さんに懐いている。
もしかしたら、私より懐いている気がして、ちょっと悔しかった。
「それで、今日はどうしたの? ナツちゃんに会いに来ただけじゃないんだよね?」
私は自分を隠さず、声色で先制攻撃。
今日はとことん戦いましょう。
「待って。あなたは毎日会っているかもしれないけれど、私は久しぶりなのよ。
もっと遊ばせてくれても良いと思うわ」
委員長さんは、こう見えて結構ワガママだ。
私を無視して、勝手に猫じゃらしまで見つけて、ナツちゃんと遊び続けた。
更に、
「ねぇ。色々買って来たんだけど、あげても良いかしら?」
と猫のおやつシリーズが沢山入ったビニール袋を見せてくる。
「うん。良いよ」
私は一時間も待たされ、すっかり毒気を抜かれていた。
ビニール袋を見てみる。
「あ、このささみスティック好きだよ。ナツちゃんはマグロよりササミ派なんだ」
「そうなの。じゃあ、これにするわ!」
委員長さんが袋を開けナツちゃんにささみスティックを恐る恐る差し出すと、普段は大人しいナツちゃんも食べ物が絡む時は獰猛さを見せる。
奪い取るようにささみスティックを咥え、一心不乱で食べ始めた。
「可愛い」
委員長さんはうっとりとナツちゃんの食事を見守った。
その気持ちは分かる。
自分の出したご飯やおやつを、美味しそうに食べてもらえるのは嬉しい。
そうだ。
今度彼に何か作ってみようかな。
「良いわよね。ナツちゃんも、柳君も、あなたが勝ち取ったわ」
来た。委員長さんは遂に仕掛けに来た。
「うん。羽雲君とは殆ど毎日会ってるよ!」
私は普段あんまり、というか一度も呼べたことがないけど、苗字ではなく名前を使うことによって、牽制攻撃。
かなり効いているらしく、委員長さんは一瞬顔をゆがめる。
でも直ぐに済まし顔で、
「彼のこと愛してるの?」
照れそうなことをサラリと言ってきた。
「もちろんだよ」
私は照れながら答えた。
「本気なのよね? 彼って想うと一直線な所ありそうだから。
遊びじゃないわよね?」
「えぇ。一生のパートナーとして付き合ってるつもり。
お互いに宣言もしたよ」
あれは、重い女と言われてムカついたから、半分冗談の演技だったけれど、彼は本気で答えてくれた。
私も将来のことは分からないと思いつつも、今は本気のつもりだ。
「あなたも単純ね」
これが嫌味だとしたら、かなり効果的だ。
私はかなりイラッとした。
素の私で反撃しようか一瞬考えた。
でも私が考えをまとめるより先に、委員長さんが言った。
「私も単純なのよ。私も彼を好きなの」
嫌味ではなかったらしく、委員長は彼を好きになった理由を語りだした。 悪いけれど、それは知っているのよね。
サエズッターでも同じことをさえずってたでしょ。
「そうなんだ。二年越しの片想いだったんだね」
私は同調するような相槌を打ちつつ、
「でも私は譲れないよ。言ったと思うけど、本気だから」
ハッキリと宣言した。
「分かってるわよ。今更どうこうしようなんて思ってないわ。
ただ確かめたかっただけ。
あなたが遊びじゃないってことを知りたかったの。
夏休みを丸々使っても、彼のことを吹っ切れないから、諦めたくて聞きに来たのよ」
花火大会で見せた狡猾さはどうした?
そんな簡単に手を引ける程度のものなのか?
私は彼を侮辱された気分になり、黙って受け入れればよかったものを、つい敵に塩を送るような真似に出る。
「委員長さんはそれで良いの?
彼に彼女ができたら、簡単に諦めちゃうの?
何もしないで良いの?」
「したわよ!」
委員長さんは自分の膝を叩きながら、立ち上がった。
ナツちゃんは驚いてベッドの下に隠れてしまった。
「ラブレターも渡したわ。
あなたの告白より先に!
でも、名前を書き忘れてしまったのよ。
いいえ、書けなかったのかもしれないわね……」
私の知らないことを教えてくれた。
彼はラブレターについて何も言ってなかった。
「それに、面と向かって告白もしたのよ!
チャイムの音に打ち消されてしまったけれど。
もしかしたら聞こえたかなと思って、しばらく様子を見てたけど、彼全然気付いてないの!」
それも知らない。
でも、これは彼が隠したのか、気付いてないのか、判断に迷う。
あの人、何かがずれてるから。
「花火大会の日に、二人っきりになれるように仕向けて、告白しようともしたわ!
でも、邪魔が入ったのよ。
あの時は、まさか彼があなたを好きになるなんて思ってなかったから、諦めてしまったの。
でも、一目見て分かったわ。
あなたと合流してからの彼の態度は、誰が見ても一目瞭然だった……」
委員長さんは座り込み、泣き崩れる。
ナツちゃんは委員長さんの太ももに顔をこすりつける。
私はしゃがみ込み、委員長さんの頭を撫でる。
「ゴメン……」
私と彼が付き合っていることは、謝るようなことではないけれど、
「煽っちゃってゴメンね」
委員長さんは何もしなかったわけじゃない。
不器用ながらも、必死に足掻いて食らいついてアピールしてた。
あの男が鈍感で間の悪いだけだった。
「謝らないでよ」
委員長さんは私の手を振りほどくように、涙を勢いで飛ばしてしまうかのように、顔を上げ横に振った。
「私が逆の立場だったら、謝らないわ。あなたに『彼は外れクジだったんだね』なんて言わせないように幸せになって見せたわ」
そう言って立ち上がり、
「そうね。後悔させるんだから。あなたも。彼も」
何か良いことを思いついたらしく何度も頷き、
「彼が後悔するぐらい良い女になってみせる! そして、あなたが後悔するぐらい彼よりずっと良い男の人と幸せになるんだから!」
同姓的に同情してしまう薄い胸を張って、私を指差してくる。
ナツちゃんは委員長さんの足元ですりすり。
君はそっちの味方なの?
とショックを受けている場合じゃない。
少なくとも、後者は簡単だろう。
私が言うのもなんだけど、でも私にしか言わせるつもりはないけれど、彼より良い男は世の中に掃いて捨てる程いる。
むしろ、彼より駄目な男の方が希少種だ。
いや、委員長さんの目的は、彼より良い男を探すことじゃない。
それによって私を後悔させること。
「残念だね。委員長さんの目標は不可能だよ。
だって、彼より良い男がいたって、私より良い女になったって、私達は後悔なんてしないもの」
委員長さんは「ふん」と鼻を鳴らし、乱暴に鞄を取って、ドアの取っ手を握る。
「勝手になさい!」
と部屋から出て行ってしまった。
でも直ぐに戻ってきて、
「あ、でもナツちゃんには時々会いに来て良い?」
抜け抜けと聞いてくる。
「良いよ」
「ありがとう」
そして委員長さんはまた部屋から出て行った。
でもドア越しに、
「今日は結構本音で話してくれたでしょ。
べた褒めされながら軽く流されたらどうしようかと思ってたのよ。
いつものあなたのように」
そして、一度咳払いをして、「今日はありがとう」
私はドアを開けて、「どういてしまして」
委員長さんはドアに寄りかかっていたらしく、バランスを崩していた。
が、私はそんなことを気にも留めず、
「何? その顔? お客さんが帰る時は、最低でも玄関まで見送るものだよ」
委員長さんはその後、何に照れているのか、一言も喋らなかった。
ナツちゃんも玄関までお見送り。
そして、委員長さんが帰った後も、しばらく玄関で鳴き続けた。
ナツちゃん懐きすぎだよ。
私は委員長さんに簡単に嫉妬させられた。
裏切りオス猫を見ながらら、私は思い出していた。
あれは、確か夏休み三日目の夜。
委員長さんは、サエズッターでも失恋を告白していた。
無関係とは言えない内容というか彼が当事者だったから、その内容はとても興味深く、それ程長い文章でもなかったので、今でも一字一句覚えている。
『みなさん、こんばんは!
って見てる人いるのかな~?
見てくれてる人がいるとして、謝ります。
最近、さえずらなくてゴメンなさい。
ちょっと落ち込んでました。
私、振られちゃった!
友達とかには全然人気のない男の子なんですけど、私は二年間ずっと好きでした。
中学生の時でした。
クラスのみんなが合唱発表会の練習に参加してくれなくて、これは私がクラスの代表者だったのが原因なんですけど、元々煙たがれた上に、ちょっとその時クラス全体を巻き込むような大喧嘩をしちゃったんです。
だから、三十三人のクラスなのに三人で練習したんです。
発表会当日も、三人で歌いました。
他の人は列に並んでいても、口パクすらしてくれなかった。
その三人のうちの一人が、彼だったんです。
私、合唱発表会の後に聞いてみたんです。
どうして、あなたは練習に参加してくれたのって。
「君は間違ってないよ」とか、「きっといつかみんな分かってくれるさ」とか、「彼らの気持ちも考えてみなよ。君ならできるさ」なんて私が欲しかった言葉は、一切言ってくれませんでした。
ただ、「だって、あの喧嘩に僕関係ないもん。だから、サボる理由もないのにサボるなんて変でしょ?」って言うんです。
変なのは彼でした。
でも、片意地を張ってる私だからでしょうか。
そんなスカスカの彼を好きになってしまいました。
合唱発表会が終わってからは、会話することもなかったんですけど、ずっと好きでした。
やっと、行動に移せたのに、見事に玉砕です!!
でもでも、切り替えます。
今日からは新生、私です。
ニューたわしとは格が違うんです。
それでは、挨拶はこの辺でお終いにします。
テレビがある限り私はさえずり続けます。
これからもよろしくお願いします。
返信はしませんけど!
フレンド登録もしませんけど!』
私はあのさえずりを思い出す度に、「なんじゃ、そりゃ~!」と叫びたたくなる。
突っ込みどころ満載のさえずりにイラつくからじゃない。
委員長さんは真面目系天然だ。
天然だから、全然違うようで、どこか彼に似ている気もして、イライラしていたのだ。
でも、今日は違った。
私は心の中で、彼と幸せになると委員長さんに誓い、委員長さんの幸せも願わずにはいられなかった。