告白の返事に告白で
夏休み初日。
天気はまだカーテンを開けてないから知らないけれど、今日は転機の日。
のはず。
俺は急がなくてはいけないけれど、期限が決まってないからつい昨日も先延ばしにしてしまった問題を、今日は解決するつもりだった。
つまりは、彼女に告白しようと思っていた。
好きだと自覚して三日目に告白するのは急ぎ過ぎな気もしたが、
そもそも約十日も告白してくれた彼女を待たせてしまっているわけだし、
もっと早くそれこそ昨日の花火大会なんて絶好のチャンスだったのに何も行動に移らなかった方が問題だ。
それに、昨日の委員長の涙も気になっていた。
だから、子猫を無事に飼えるようになったと報告したかった。
正直、委員長の涙がなかったら、もっと先延ばしにしていそうな自分が、情けない。
電話よりも直接会うのは、俺ルール的に告白のマナーだから結果オーライとはいえ、彼女の電話番号を聞いてないのも情けない。
でも、情けないのは今日で終わり。多分。
うまくいけば、ボッチも今日で終わり。
最近、やたらと人と会話してたけれど。
ボッチ系男子から、積極肉食系男子になる、予定。
ベッドから降り、パソコンの電源を入れて、カーテンを開けた。
曇りと晴れの境界ってどの辺りかな、と悩むぐらいの微妙な天気だった。
神よ。
これしきで、俺を試したつもりか?
今日からの俺は、昨日までの俺とは違うんだぜぇ~?
と主役ごっこで気を持ち直しつつ、パソコンに向かう。
彼女の問題の他に、もう一つケジメをつけないといけないことがあった。
いつもの匿名掲示板を開き、即タイピング。
今日の俺は、話の流れなんかを読まない。
チャンスを待つ必要はないのだ。
『みなさま、おはようございます。
はじめまして、そしていつもお世話になっております。
少し不思議な挨拶のように思われるかもしれませんが、ほぼ毎日私は名乗らずここに書き込みをしていました。
ほぼ毎日ボケを書き込み、スルーされることを生業としておりました。
この行為は、みなさまにささやかな幸せと、私に大きな幸せをプレゼントしているのだと自負しておりました。
しかし、みなさまに至っては大変なご迷惑を感じているのだと、ある人から教えられました。
よって、今日で最後のボケにすることにします。生暖かくも、呆れながらも、今までスルーして頂きありがとうございました。同時にご迷惑おかけし、申し訳ありませんでした。
文字数制限も近いことですので、そろそろ失礼します。
それでは、最後のボケを聞いて下さい。
スルーマンは夏に引退した。七月二二日だけに、ナナとツーが二つで、なつに。』
これで良し。
スルーマンも、昨日までの俺となった。
彼女は、実はスルーマン=俺だと気づいていることを、ずっと言えないだろうなぁ。
と一人ニヤニヤしながら彼女のサエズッターを確認する。
でも昨日から更新されてなかった。
まぁ、昨日は遅くまで花火を見てたし、まだ朝も早いし、仕方がないか。
朝食をしっかり食べ、念入りに入浴をして、数少ない私服から勝負服を選ぼうとするけれど、選べる程服は持ってなかった。
普段着にしか見えない勝負服に身を包み、いざ、彼女の家へ!
と家を出たのは、早起きの甲斐なく、一一時のことだった。
「こんにちは」、「突然どうしたの?」、「猫が心配で」、「そうなの。大丈夫よ」、「それは良かった。僕は大丈夫かな」、「何が?」、「実は君のことが好きなんだ」、「私も好きだよ!」
歩きながらイメージトレーニングをする。
完璧だ。
完璧なはずなのに、足取りは重い。
超怖い。
途中のスーパーで老夫婦を見た。
恥ずかしそうに十メートル先を歩く夫は、時々心配そうに振り返る。
転びこそしないけれどおぼつかない足取りで懸命に早歩きをする妻は、文句一つ言わずに夫の背中を追いかけていた。
夫は時折、不自然に歩調を緩めていた。
途中のコンビニでは若カップルを見た。
助手席に座る彼女に、外からなにやら怒鳴りつける彼氏。
人事ながら喧嘩かと心配し、少し聞き耳を立ててみれば、二日前が発売日の週間マンガ雑誌を捜し求めるコンビニツーアの途中で、「このコンビニも売り切れだわ、クソだわ、アイス食う? はぁ? 遠慮するんじゃねぇよ。俺のアイスだぞ。黙って食えよ」とのことだった。
老夫婦や、若カップルを見かけたことで、俺のイメージトレーニングに変化が訪れた。
「ゴメン。好きになるのに、理由はないの。気持ちは本当だったよ。
でも、彼氏としては無理。
好きだけじゃ、世の中回らないんだよ」
俺は彼女に振られた。(イメージの中で)
「あの時までは好きだったよ。
でも、君が十日で私を好きになってくれたみたいに、私も十日で君を嫌いになってしまったよ。
恋ってすれ違う生き物だね……」
俺はまた彼女に振られた。(イメージの中で)
いかんな。
どうして、急にイメージトレーニングの中の俺は、振られるようになった?
多分、俺は答えを知っていた。
きっと、俺は、さっきの老夫婦や若カップルのようにはなれないのだ。
俺は彼らと違うのだ。
きっと、俺は、尻に敷かれる……。
俺はイメージの中の成功を取り戻すため、太陽君に電話した。
太陽君はすでにスルーマンの引退を知っていた。
何やらやたらと驚いていた。
一体誰がスルーマンだったのかや、どうやってスルーマンの正体を突き止めたのかを、知りたがっていたが、
「企業秘密だよ。太陽君も情報屋を名乗るなら、意味分かるよね?」
俺は予め言い訳を考えていた。
「ちっ。それじゃ、仕方ねーな」
上手くいった。
俺にはいまひとつ分からないけれど、太陽君はこう言うノリが好きだと思っていた。
「それよりさ、あれって難しい依頼だったんだよね。だから、もし可能なら、教えてよ」
「何を?」
「太陽君の尻に敷かれるエピソード」
「はぁぁ?」
太陽君はキレタ。
電話越しに何やら怒っている。
どうも意図を勘違いされたみたいだ。
俺は携帯電話を耳から離し、ディスプレイ画面を見つめながら、太陽君が落ち着くのを待った。
「ゴメンね。あのさ、僕ってなんか尻に敷かれそうでしょ?
なんかね、ちょっとね、彼女のことなんだけどね、これから告白しようと思うんだけど……」
亭主関白系のカップルを見かけて上手くイメージトレーニングできなくなった、まで言うつもりが、途中で遮られる。
「あぁ。そういうことね。
なんだよ。昨日の自信はどうした?
ビビってるの?」
太陽君は上機嫌になった。
これが、日本人得意の謙遜ってやつか。
自分を落すことで、相対的に相手を持ち上げる。
「うん。自信なくしたよ。
だから、太陽君の失敗談を教えてよ」
「いや、まあ、月子は強引だからな。
尻に敷かれてそうに思われる時もあるかもしれないけど、基本、俺は亭主関白だからな」
「うん。分かってるよ」
嘘つけ。ニャンニャン甘えてるくせに。
「でもなぁ、男としてのプライドがなぁ」
「誰にも言わないよ」
「そうじゃなくて、俺のイメージってやつがさ」
「大丈夫。太陽君は男らしいままだよ」
もう、ニャンニャン君だよ。
「う~ん。でもなぁ……」
太陽君は中々折れない。
俺は奥の手。
「じゃあさ、掲示板荒らしの正体を教えるよ。
どうやって、突き止めたのかも教える」
「マジで? 良いのかよ?」
「うん。良く考えたら、僕、情報屋じゃないし」
「分かったよ。男の覚悟を見せられたんじゃ、俺もそれなりの代償を払わなくちゃな」
特に話し合うこともなく、代金後払いの形になった。
「気づき難いかもしれないけど、月子は興奮すると物に当たるんだ。
大きな声を出して笑うのが恥ずかしいんだと」
相槌待ちなのか、太陽君は一呼吸置く。
俺は求めていた情報と違うじゃないか、と思いながらも、
「うん」
「それで、周りに物がない時は俺を叩くんだぜ! 酷い話だろ?」
「駄目だよ。それ、知ってた。それじゃ、教えられない」
「分かってるよ。
じゃあな~……。
あ、カレーの話はしたよな。
月子がカレーしか作ってくれないってやつ。
あの話には続きがあるんだ」
「うん」
太陽君は相槌がないと喋られない人みたいだ。
時々、俺の反応を待つ。
俺は独りで喋り続けられるのになぁ。
世の中、色んな人がいるもんだ。
「なんと! これ、絶対秘密だぞ。
俺はな、ずっと甘口で育ったんだぞ!
月子はそれを知ってて、『苦手でも、私の料理を食べてくれる太陽君、素敵』
とか抜かすんだ。
分かるか?
俺が辛いの苦手だから、カレーしか作ってくれないんだ!
酷い話だろ?」
「今のは、ちょっとありかも。
でも、まだ駄目だよ。
カレーの話聞いた時になんとなく想像できたし。
もっと僕の知らない新鮮なネタじゃないと、駄目だよ」
「足元見るよな。お前。
じゃあさ、あのさ、実はさ」
太陽君ははにかむ。
俺は社交辞令の「うん」を一つだけ返し、後はひたすら待つ。
「俺はハグが好きなんだ~!
二人っきりの時は、沢山ハグしてってお願いするんだ!」
何を照れてるのかと思えば、そんなことはお見通しだ。
でも俺は、まさかニャンニャン君暴露が尻に敷かれてるエピソードじゃないだろうな、と釘を刺すため、
「うん。それでそれで?」
興味深そうに、あるかどうかも分からない続きを促す。
「俺がハグさせてお願いするとさ、月子は言うんだ。
恍惚の表情で俺を見下し、『愛してるって言わなきゃ、駄目』って!
酷い話だよな!」
知らないよ。
カップル間には、独自のルールがあったりして、それは秘密を共有することで繋がりを強化する無意識的な行為なんだと、どっかで見た。
でも、ハグしてもらうためには、愛してるって言わなくちゃいけないなんて、人が聞いたらどう思う?
「不幸になってしまえば良いのに」
きっと、こう思うに違いない。
「お、お前が聞いたんだぞ!」
「知らないよ。
僕は人ができてないんだ。
通り過ぎる同年代のカップルを見て、幸せそうで良かったなんて思えない。
理由もなくお腹がもやもやして、ケッ! ッて思うタイプの人間なんだ」
「わがままな野郎だな!
じゃあ、お前は、どういう尻に敷かれるエピソードを聞きたかったんだ?
『あなた、あなたの給料じゃ生きていけないから一億円の生命保険に入って!』とか、
『ちょっと、私が寝る前に帰って来るなって言ってあるでしょ!』
なんて悲しい話を聞きたかったのかよ?」
「そんなこと、告白する前の人間に言うの?
酷いよ。太陽君」
「例えだよ!
まぁ、良いけどな。
所詮、独り身の妬みだと思えば、可愛いもんだぜ。
お前もカップルの幸せを願える人間にもう直ぐなるさ。
今日確信したね。
きっと、お前は尻に敷かれても大丈夫だ」
「どっちかと言うと、僕は亭主関白が良い」
「それは無理」
「BOO~」
「ほら、かなり俺は自分を捨てて話したぞ。
お前も、言えよ。例のやつ」
「あぁ、あれね……。
あの掲示板荒らしは僕だよ」
「はぁ?」
「どうだ。
スルーマンはこの僕だ!
驚いたか!」
「はぁぁ?」
太陽君はまたキレタ。
俺はまたディスプレイ画面を眺めながら、静かになるのを待つ。
通話時間は十八分を少し過ぎた所だった。
「あのさ、太陽君。僕らはちゃんと条件を確認しあったよね。
望んでいた結果と違うからって、怒るのなんて、男らしいのかな?」
「ちっ。そうだな。
交渉の基本は自分の手札を隠すことだもんな。
お前は間違ってねぇよ。
ムカつくけど」
「太陽君、お休みの日にありがとう。
なんか勇気が出てきたよ」
「おぉ。おまえもありがとうな。
夏休み初日から俺の闘争本能を搔き立ててくれて」
「どういてしまして。
困った時はお互い様だよ」
「嫌味だよ」、「知ってた」
太陽君は長い長いため息。
本当長くて、俺は凄い肺活量だと感心した。
「まぁ、頑張れよ。
昨日は止めるような真似しちまったけど、今なら思うね。
お前ら、お似合いだよ」
「それも、嫌味?」
「違う。
多分、お互いのためになると思う。
きっとお互いにプラスに働くと思うぞ」
最後に太陽君が頑張れよと言って、俺がありがとうと言って、電話を切った。
立ち止り目も瞑って、イメージトレーニングに集中する。
「あの、僕、実は……」、「待って、私から言うよ」、「いや、僕から言わせて欲しいんだ……。大好きだよ!」、「嬉しい!!」
良し。完璧だ。
まだちょっと、彼女が演技調のオーバーアクションなのは気にはなる。
でも、ゆっくり二人で傷を癒してしていくんだ。
善は急げと、治療も急げと、俺は走り出した。
わき腹が痛くなり、息は血の味がして、本当は辛いはずなのに、周りの人が驚く程に顔はにやけていて、心も躍っていた。
「さ・い・て・い!! 君は最低の男だよ!!」
(現実)
呼吸が整うのも待ちきれず、俺は呼び鈴を鳴らした。
応答したのは彼女だった。
俺が名乗ると、彼女は最低と怒鳴った。
「ゴメン」
実は何が悪いのかも分からず、謝った。
多分、出だしは最悪だ。
しかも、名乗るだけで怒られるこのパターンはイメージトレーニングになかった。
不測の事態だった。
「本当、来るなら言ってよね。女の子は急に出られないんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ!」
でもインターホン漉しとは言え、本気で怒っている彼女は初めてだ。
いつも無理している彼女の本音を、少し引き出せたようで嬉しかった。
「聞いてるの? ちゃんと反省してる?」
「ゴメン。聞いてなくて、反省してなかったかも」
「もう! ここは嘘ついてよね!
本当、嫌だ……」
「ゴメンね。今度から、ちゃんと連絡するよ」
「うん……」
謝るのそこだけじゃねぇーだろ、と彼女が小声で言った気がした。
多分、流石に、これは聞き間違いかな。
と悩んでいると、彼女の家の一階、リビングらしき場所の大きな窓から、誰かがこちらの様子を伺っているのが見えた。
以前、遠くから一度だけ見たことのある、母親っぽい人だった。
俺が会釈をすると、女性は首をかしげて顔を引っ込めた。
「それで、今日はどうしたの?
急に!!」
「あ、うん。猫のことどうなったかなと思って」
「大丈夫。飼えることになったし、懐いてくれてるよ」
「そっか。良かった。急に押しかけてゴメンね。
一刻も早く委員長に知らせたくて」
「それは駄目~! 委員長さんには私から電話するから!」
「うん? 分かった」
彼女と委員長って、俺が心配する程仲が悪くないのかなと悩んでしまったせいもあって、会話はそこで途切れた。
もう用事は終わったと思われたのか、
「それじゃ、またね。
今度があったら……、ちゃんと連絡してよ」
ブツっというノイズ音とともに、インターホンのランプが消えた。
彼女が受話器を置いたのだろう。
俺はすかさずインターホンを鳴らす。
「何?」
怒鳴る彼女も、冷たい彼女も初めてだ~。
なんて呑気に喜んじゃいけなさそうなぐらいに、冷たい声だった。
「あの、まだ用があるんだ」
「何?」
「十日も待たせてゴメン。
今日はあのことで来たんだ」
いざって時になると、告白、って単語も口にできなかった。
でも彼女には伝わったみたいで、
「待って! 今から行くから……。直接、顔を見て聞きたいの」
「うん。僕も顔を見て言いたい」
「それじゃ……、ちょっと待っててね」
インターホンはまた、ブツッと切れた。
そのまま、待つこと五分。
彼女はまだ来ない。
俺は三通りの会話パターンのシミュレーション。
あまり俺の頭は多くの可能性をはじき出せないのかもしれない。
そのまま、待つこと五分。
彼女はまだ来ない。
二回程、窓から覗く母親らしき人と目が合った。
目が合うたびに、首を傾げられた。
そのまま、待つこと五分。
やっと彼女は現れた。
なんとなくいつもと雰囲気の違う顔をしていた。
俺のように目の下に青タンを作ったわけでもないのに、どうしてかな、とぼんやり見つめていると、彼女は麦藁帽子のつばを顔を隠すように引っ張り、少し俯いた。
装飾は黒い帯だけで、網目もシンプルな、麦藁帽子だった。
麦藁帽子からはみ出る髪は濡れていて、へぇ~、濡れると黒っぽく見えるんだなぁ。
と興味は顔から髪に移る。
「あんまり、じーっと見ないでよ」
「あ、ゴメン」
綺麗だったから、とか言わなくちゃ。
肉食系男子としては。とか思うのだけど、言葉は出てこなかった。
「あの、……返事を聞かせてくれるんだよね?」
ゴメンなさい。
ちょっと別のこと、綺麗だったから見とれちまったぜ!
って言わなくちゃって考えてた。
とは言わずに、
「違うよ。返事を聞くのは、僕」
彼女は麦藁帽子のつばをめくり、俺を見つめる。
意味が理解できなかったのか、
というかこっちを見て欲しくて理解できないように言ったつもりなんだけど、
目を大きく開いたキョトン顔で俺を見つめてくる。
「僕は全然興味なかった。
君にも、恋愛にも。
あの朝、好意を伝えてもらった時だって、
嬉しいというより、いや、嬉しくはあったんだけど、
どっちかと言うと、疑ってしまう気持ちが強くて、
それに、嬉しくてもそれが原因で君に好意を寄せたりはしてなくて、」
イメージトレーニングとは全然違った。
インターホン越しとも全然違う。
実物の彼女は、俺の勇気をも吸い寄せてしまうように、重かった。
この重さ、まるでブラックホールだ。
「僕はブラックホールも見たことないし、あんまり詳しくないけど、うん。
君はまるでブラックホールのように重い女だ」
彼女の顔が曇った。
もしかしたら、彼女も、太陽君と同じで、自分を特別視しない人間に興味を持ったのかもしれない。
ゴメン。それは無理だ。
「えっと、つまりは君は僕にとって特別だから、やっぱりみんなとは違った視線で見ちゃうっていうか。
でも、多分、大丈夫だよ。
なんか、最近人と話すんだけど、僕、マイペースなのかもしれないから」
段々、話の終着点が分からなくなってきた。
あぁ、どっかで見たな。
告白はシンプルが良いって。
今の俺は、多分彼女も、その意味が良く分かるだろうな。
そうだ。ごちゃごちゃ言う必要なんてない。
必要なのはただ一言。
「す、す、す!」
なんだ。『す』の次が出てこない。
どこのテンプレだ。
マンガか、アニメか、小説か、映画か、ドラマか。いや、全部だ。
それだけ、普遍的にみんなが陥るんだろう。
この現象は名前をつけるべきだな。
もうあるのかな。
とか今はそれどころじゃない。
「すすすすす、す~!!」
「何言ってるか分からないよ。
話は飛ぶし、
一つ一つのセンテンスの意味も良くからないし、
多分、色々間違ってるし」
彼女は俺の手をとり、
「でも伝えようとしてくれてることは、
『す』の意味も分かったよ。
ありがとう」
彼女は微笑んだ。
偽者じゃなくて、
作り物じゃなくて、
心から嬉しくて笑ってくれてるように、
俺には見えた。
でも、無理はしているみたいで、とっても恥ずかしそうだった。
「それじゃ駄目なの!」
俺は彼女の手を振りほどく。
駄目だ。
全然駄目だ。
これじゃ、駄目なんだ。
「駄目なのかな?」
「駄目でしょ!」
「そっか。分かったよ」
彼女は両手をグーにして胸の前で小さく揺らしながら、「頑張れ、頑張れ」と何度も応援してくれた。
その仕草は、演技調にオーバーアクションで、俺がもたつくから彼女にまた無理をさせた。
というか、なんか慣れないトイレの応援される幼児みたいな気分になるから、そのジェスチャーは嫌だなぁ。
「僕は~!」
息苦しい。
一度息を整え、
「君が~!」
なんだよ。
一人卒豪式みたいだ。
区切りすぎだよ。
でも、息苦しいんだよ。
「す、すすす、好きーー!!」
身体にうっとおしくまとわりつく何かを振りほどくように、
お腹の中から好き好きパワーを解放させ、
力いっぱい叫んで、
何とか言えた。
なりふり構わず叫ぶと、
俺の意思とは関係なく身体は丸くなっていて、
彼女の靴と靴の間の地面に叫んでしまった。
『す』の次の『き』を言わなくちゃってことしか考えてなかったからか、
『き』は不自然に伸びて、
『好き』が『スキー』みたいになった。
大失敗だ。
イメージトレーニングは、全然役に立たなかった。
でも、彼女が生み出す重圧が大分軽くなった。
不安だった心は、晴れ晴れとした。
大失敗だけど、これでも良い。
俺は大満足だ。
返事も聞いてないのに、いや、ちょっと順番が逆になって言い切る前に返事は聞いてしまったけれど、告白のプレッシャーから解放された俺は、満足顔になってしまう。
「ありがとう。嬉しいよ。でも、叫ぶなんて酷いよ」
彼女は照れながらも、ちょっと怒ってた。
「ママにも、ご近所さんにも聞こえちゃうよ」
その言葉を聞いて、家の方を見れば、また母親らしき人と目が合った。
でも直ぐに隠れてしまった。
「ゴメンね。でも僕は地球上の全ての生き物に教えたいぐらいだよ。
君が大好きだ!」
心臓の鼓動数から推測するに、この辺の空気は依然重いままだけど、それでもさっきまでと比べれば大分軽い。
二度目の『好き』は抵抗なく声にできた。
「地球上の全ての生き物って言うけど、君は途中で飽きそうだよね」
「あ、言われてみれば、そうかも」
「きっと、そうだよ」
彼女は噴出して笑った。
でも直ぐに笑みを消し、真剣なまなざしになって、
「後悔しない?」
「しないよ。するはずもない」
「私の秘密、何も知らないくせに……。
私が冷める前に、私に飽きたら許さないよ」
「大丈夫」
「言っとくけど、一生冷めない予定だよ」
「だから、大丈夫だよ」
彼女はそっと目を閉じた。
一瞬、キスをお願いされたのかと思ったけれど、
彼女は足も背筋も伸ばしているので、
キスは無関係だと割と多分直ぐに分かった。
この状態じゃ、いくら背伸びを頑張っても、俺の顔は彼女の顔に届かなかった。
何か考えてるみたいだ。
と俺が彼女の意を汲み取った時、
「分かった。
高校時代の甘酸っぱい恋なんて思わない。
君を一生のパートナーとして認識するよ?
もうしたよ?」
「うん。僕も」
彼女は「ふ~ん。言っちゃった」とニヤリ、
怪しく笑った。
ちょっと俺は後悔。
そういえば、うやむやになってしまったけれど、
彼女自身もあると言ってたから、
怪奇現象は関係なくても、あるらしいのだ。
彼女には秘密が。
太陽君が心配してしまうような、秘密が。
答える前に聞けば良かった。
いやいやいや、違う。
分からない状態で答えるから、意味があるんだ。
それが彼女を安心させられる、と思う。
「ずっとずっと、この命ある限り、この命尽きた後も、ずっと好きだよ」
俺はそう言ってから『言葉は人を縛る時がある』という太陽君の言葉を思い出す。
「あ、でも、気持ちが変わったら言ってね。
ちゃんと、潔く身を引くから。
その時の僕も君が好きなままだから、多分だけど」
彼女の何か裏がありそうな笑みがまるで演技だったかのように、我慢しきなくなったみたいに、彼女は声を出して笑った。
「微妙に弱気だな~。
弱気を見せて良い場面と、悪い場面があるよ。
今は隠してて良いのに」
「そうなの?」
「そうだよ」
彼女は俺の肩に手を置き、
「半分冗談だったんだけど……。
君がそんな覚悟でいてくれるなら、私も勇気を出すよ」
唾を飲んだのか、彼女の喉が動くのが見えた。
「本当の私、見てくれる?」
彼女の視線はぶれること無く俺の瞳を見ていても、不安そうだった。
「もちろん」
俺は正直、結構、ビビッていたけれど、迷いを見せないように即答。
「クラスメイトにも、友達にも、親にも、誰にも全てを見せたことないよ。
大丈夫?」
「もちろんだよ。
むしろ、見たい!」
彼女は俺の肩から手を離し、振り返って、背中を見せる。
「分かった」
そう言って一歩。
「本当の私を見せてあげる」
そう言って一歩。
一、二、と間を数えるように二回首を小さく縦に振り、足はそのままで腰から回転してこちらを向く。
「君だけにね!」
そう言って、俺を指差す。
演技調だなぁ。
でも、無理はしてなさそうで、とっても楽しそうだ。
「うん!」
と、あの時は軽々しく答えたけれど、ちょっと認識が甘かった。
あの時の俺は、まさか彼女の秘密があんなだったなんて、思いもしなかった。
彼女と作るラブストーリーは、俺の予想と全然違った。
あんまり、好みじゃない。
でも、後悔はこれっぽちもしていないし、それなりに、いやかなり、幸せだ。
ちなみに、彼女の秘密、彼女の本性の核を見たのは、あの時のちょっと後だった。
「それじゃ、早速……」
彼女は麦藁帽子を取って、俺に手渡してきた。
俺は意味も分からず受け取って帽子を見つめた。
だから、一体どうしてあぁなったのか分からないけれど、俺は彼女にほっぺをつねられていた。
「良い? ムカついたら、力を強くしていくからねっ!」
彼女はためらいのない笑顔だった。
嬉しそうだ。
「まずは……、今日の私どう思う?」
「綺麗だよ」
ギュ―、俺のほっぺを握る彼女の指に力が込められた。
「いつもと比べて、何か違うとは思わないの?」
「なんか、ちょっと、違う。
でも、分からないよ」
ギュ―、指の力は強くなった。
「今日、私、君が急に来るからスッピンなんだよ」
「え? いつもは化粧してたの?」
ギュ―、指の力は強くなった。
これ、結構痛い。
「スッピンを褒められるのは悪くないけど、いつものを否定するのは悪いことだからね」
「頑張る! スッピンを見極められるように!」
ギュ―、クルリ。
指の力は強まり、ひねりが加わった。
「あとさ、重い女ってどういうことさ。
それ、始まりに言う言葉じゃないよね。
てっきり振られたのかと思ったよ」
その後、俺は右も左も、ほっぺが痛くなった。
彼女は結構、怖い人だった。
俺は肉食系男子にもなれなかったし、亭主関白系彼氏にもなれなかたし、彼女はほっぺをつねるのが好きな説教系女子だったし、毒も結構吐く。
でも、もう一度想う。
理想と現実が違っていたって、今の俺は超幸せだ~!
「今、逃げてたでしょ? 妄想して、現実逃避してたでしょ?」
彼女の指の力が強くなる。
今日もほっぺは痛くなりそうな予感。