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告白されました。これはトラップか? あるいはイタズラか?

 高校に入学して、早四ヶ月。

 七月となれば、大分学校にも馴染んでくる。


 図書室の場所も進路相談室の場所もテニスコートの場所も剣道室の場所も、女子トイレの場所だって、一度として使ったことは無いが、場所は把握している。


 もちろん、もっと身近な存在。

 クラスメイトたちとの関係も、完璧に出来上がってくる。


 俺は上手くやっている方だと思う。


 友達は一人もおらず、かつ邪険に扱われるでも無い。

 快適な環境だ。

 思う存分一人の時間を過ごせる。


 各々が自らの席を思うがままに動かし、仲の良いグループで机の小島を作って、落ち着かない様子でお喋りしながら飯を食う。


 やれやれ、彼ら彼女らは、とても忙しそうだ。


 今は、そんな昼休み。


 俺はゆったりと自分のペースで弁当を食べられる。

 何故なら、俺は一人だからだ。

 更には窓際の席だ。

 非の打ちようがないな。

 窓際という好立地を獲得した自分のクジ運を、自分で褒めたい。


 俺は一人落ち着きランチタイムをしながら、昨日の掲示板のことを思い出していた。


『昨日だったら、納豆が食えたけどな。七月一〇日だけに』


『そのネタは投下するべきではなかった。今日は一〇日じゃないからだ』


 自分のスルーされたボケに、ボケを追加しなかったことを悔やんでいた。

 きっと、この流れを作ってもスルーされただろう。


 俺にはその自信があった。


 ちなみに、自分のボケに自分で返信するのは、俺しか反応して無いのだから、スルーされたと認識してもかまわない。


 それが俺ルールだ。


 そして、この自分のボケに自分でボケを重ねる技を『繰り返される輝かしい栄光』と名づけている。

 または『シャイニングリピート』でも良い。


 俺が造った造語だ。

 俺しか知る者はいないので、俺だけの造語だ。


『お前も、お前も、お前も、つまらないから!! 全部俺だけど』


 俺は妄想の中で、もう一つボケを重ねた。

 思わず、ブフォと噴出してしまう。


 人にスルーされたとしても、俺は面白いと思う。

 これはかなり重要なポイントだ。

 もし、自分で面白いと思えないのなら、それは邪道だ。


 ちなみに、どうしてもネタに困った時はそんな邪道も許されることにしよう。

 これもまた、俺ルールだ。

 技名は『選ばざるを得なかった悲しき選択』で、

 別名『リグレットチョイス』だ。


 この技名は、実は今思いついた。

 だから、忘れないように携帯電話にメモする。


 俺はマメな男だった。A型だからな。


 楽しい妄想は、俺に熱を与える。

 熱くなってきた。

 いや、もう七月だもんな。

 今年は猛暑なのか、去年より熱い気がするぞ。

 去年の平均気温など、忘れてしまったが。


 細かいことは気にしない男なんだ。

 A型だけどな。


 いやいや、そんなことより俺は窓を開けようと思う。

 教室内の空調コントロールは俺の手に掛かっているのだ。

 あいつらは呑気に弁当を食っているが、知らないうちに俺のコントロール下にある。

 哀れな庶民どもだ。


 俺はそっと窓に手を伸ばす。

 座ったままでも窓に手が届いた。

 窓を手前に引いて、開けようとした。

 でも、開かない。

 変だな。

 実は開ける時は奥に押すんだっけ?

 押しても開かなかった。

 この窓はスライド式だよな。

 昨日もそうだったんだから、今日になって回転式で開閉するとも思えない。


 なんで、開かないんだよ!!


 俺はどうやら困っているようだ。


 それでも、注目されない男なので冷静に問題に対処できる。

 クールに振舞え。

 さぁ、ショータイムのハジマリさ。


 事件の解決には、三分も掛からなかった。

 実に単純なトリックだったね。

 そう。

 鍵が閉まってるだけだったのさ。

 俺は窓を開けられなくて困っていた、なんていう過去の汚点はまるでなかったかのように、冷静に席から立ち上がり、窓の鍵を開けた。

 軽く手前に引っ張る。

 窓はスムーズに開いた。

 心地よい風が吹く。

 教室の温暖化現象は、俺の手で救われた。


 しかし、誰もそんな活躍は知らない。

 俺の活躍は全ての人にスルーされる。


 俺は人知れずのヒーロー。スルーマンだ!!!


 あ、今日のネタはコレにしよう。

 でもなぁ、スルーマンは絶対スルーされないよな。

 いかにも触ってくださいな感じだ。


 そうか。

 だからこそ、やりがいがあるのか。

 逃げるな。

 戦うんだ、俺。


 今夜は厳しい戦いになりそうだ。

 スルーされる確率は限りなく低く、おまけに限りなく使い難い。

 なんだよ。

 スルーマンって。

 意味分かんね~し、いつ使えば良いんだよ。


 死闘を前に感情が高まり、俺は自分自身を抑えきれなくなった。

 別の方法で表現するならば、足が震える程にとても興奮していた。


 高まる感情を抑えるために、先程の妄想の一つを現実のものにしよう。

 俺はクールに携帯電話の電源を入れる。

 いつも訪れるインターネット掲示板を開き、自分に返信する。


 思えば、今日はもう七月一二日なので、先程の妄想ネタは使えないのだが、問題は無い。

 俺はプロだからな。

 即興も完璧だ。

 

『そのギャグは、ナイナイ! 七月一二日だけに、ナイ×ツー!』


 ふっ。後は見守るだけだ。

 昼休み終了のベルが鳴るまで、あと二十分か。

 時間的にも丁度良い。二十分が合格スルーラインなのも、俺ルール。

 今決めた。


 残り十五分。俺への返信はまだなかった。


 残り十分。やっぱり、俺はスルーされている。


 残り五分。ここまでくれば、もう大丈夫だ。

 時間が経てば経つ程、スルーされる確率は上がる。


 俺は勝利を確信していた。

 が、うかつだった。 


「ねぇ。ずーっと同じ画面を見つめて楽しい?」


 突然後ろから話しかけられた。

 時々あるんだ。

 一人=辛いと勝手に認識して、頼んでもいない救いの手を差し伸べたがる人間が、時々いるんだ。


 しかも、自分では納得いかないが、どうも俺は可愛い系らしい。

 手を差し伸べたくなる雰囲気があるらしい。


 確かに身長も低いし、自分でも童顔だと思うし、髪も細くてサラサラだけど、可愛い系と評価されるのは好きじゃない。

 だって、男の子だもん。

 というか、やっぱり他人の評価なんて気にしないぜ、ってのが良いな。

 やっぱり、そっちで。

 っていうか、今はそんな自分分析なんてしてる場合ではないのだ。

 スルーマンの正体が俺だとは気付かれて無いと思うが、そもそもスルーマンなるものの存在自体を認識されて無いはずなのだが、もしかしたらということもあるのではないだろうか。


 あぁ、今の俺はパニック状態だ。


「僕のことかな?」


 俺は冷静に言葉を選び、動揺を悟られないようにわざとゆっくりとした動作で振り返る。


 今回、声をかけてきたのは学校の人気者だった。

 彼女はクラスのアイドルじゃない、入学して四ヶ月しか経ってないのに学校のアイドルと呼んで過言は無い。


 長いロングヘアーは、校則違反の明るいブラウンカラーなのに、何故か真面目な優等生と思わせる雰囲気を身にまとっていた。

 いつも優しく柔らかい表情を浮かべているのが原因か、いちいち仕草がオーバーかつ上品なのが理由なのかは、俺には分からないし興味も無い。


「そうだよ。さっきから、ず~っと君のことを見てたけど、ず~っと同じ画面見てたよね?」


 なに~? 

 ずっと見ていただと?

 ずっとっていつからだ?

 俺がスルーされるか確認していた間中か?

 気になるなら、さっさと声をかけろよ。

 いや、声かけてくるなよ。


「そうだったかな? 気付かないうちに居眠りしてたのかもね」


 苦しいかもしれないが、一応言い訳しといた。

 くそ。

 顔が熱い。


「ふ~ん。じゃあ、そうなのかもね!」


 彼女は納得してくれたのか、俺の深追いするなオーラに気付いてくれたのか、疑いの無い笑顔を見せてくれた。


 助かったのだと思った。

 だけど、会話は終わってくれなかった。


「携帯電話も楽しいかもしれないけど、みんなとお喋りするのも楽しいよ」

 とか、

「ねね、君は家では何をして遊んでるの?」

 とか、

「趣味はないのかな?」

 とか、

「へぇ~、インタネットが趣味かぁ。じゃあ、佐藤君と話が合うかもよ」

 など、間隔なく次々と話かけてくる。


 会話、というか質問ラッシュは、五分後チャイムが鳴るまで続いた。


「あ、チャイム鳴っちゃったね。それじゃ、またね!」


 彼女は作り物みたいに人間らしくない裏表のなさそうな、大きな笑顔でさよならを言った。


 俺も社交辞令でさよならを言う。


 先生が来るまでに、次の授業の教科書を机から取り出す。

 いつもなら、余裕を持って準備できるのに、あの女が話しかけてきたせいで、今日はちょっと慌て気味だ。


 教科書を出し終わり、今日使うだろうページを開き、勝手に本が閉じてこないようにするためシャープペンシルで折り目をなぞる。


 まだ、先生は来なかった。


 このチャンスを逃さず、俺にはやらなければいけないことがあった。

 先程のボケがスルーされているかを確認した。


 ありえない……。


 俺は信じられずに携帯電話のディスプレイを何直も見直した。

 何度見直しても、画面は変わらなかった。

 直前までスルーされていて、勝利は確定的だと思われたのに……、

 

 俺は負けていた。


『お前、いつもオヤジギャグばかりな。寒いよ』


 と返信されていた。

 時間は一分前。


 寒いなら、触れてくれるなよ。

 黙ってスルーしとけよな。

 それに、オヤジギャグだぁ?

 良いんだよ。

 大人ってことじゃないかぁ。


 俺は可愛いだけの男の子じゃないんだよ!


 ……あいつが話しかけてこなければ、

 きっと、

 きっと、

 俺は勝っていたはずなんだ。




 話しかけてきた彼女は全くこの件に関係ないのだが、この時、俺は彼女を憎んでしまった。

 手近にいた体の良い八つ当たり対象だったのかもしれない。

 



 部活もバイトもやってなければ、もちろん進学希望者用補習なんてのも参加しないし、塾にも行っていない俺は、当然真直ぐ家に帰る。


 友達もいないし、一人が好きだし、家が超好きなので、寄り道なんてするはずも無い。


 玄関で靴を脱ぎ、リビングのドアも開けずに「ただいま~」と言って、母親の反応を待つこと無く階段を上り、自分の部屋に入った。


 パソコンに電源を入れてから、制服を脱ぐ。

 こうしておくと、着替え終わる頃にはパソコンは立ち上がっている。

 紅茶やお菓子なんて無粋なものは要らない。

 俺はいつもこの身一つで戦いに挑む。

 

 椅子に座り、マウスを操作していつもの掲示板を開く。

 だけど、どうにも気分が乗らない。

 

 イライラする。


 昼休みの後、授業中ずっと俺の頭の中は文句でいっぱいだった。

 授業中だけではなく、小休止の間もそうだったし、帰りのホームルームもそうだった。


 第一『お前寒いよ』って、今は夏ですから! 丁度良いじゃないですか! ってかさ、何で『お前いつもさ』って相手を俺一人に限定しちゃってるの?

 俺は個別に識別されない名無しさんですよ。

 各々は別人かもしれないってのに。

 いや、オヤジギャグを書き込んでるのは、全部俺だけど!


 と下校中もムカムカと歩いていて、全然スルーマンの使い道については考えていなかった。


 これは、小さなミスだった。


 もうひとつ、俺は大きなミスを犯してしまったらしい。


 俺には特徴が無いはずだ。

 せいぜい、ベイビーフェイスぐらい。

 あとは本当に特徴が無い。

 目立ちたくないから狙ったわけではないんだが、勉強もスポーツも、チョイ悪成績。

 良い具合にその他大勢に埋れている。

 

 そのはずだった。


 だけど気付かないうちに、大きなミスを犯してしまったらしい。


「さて、これは何でしょう?」


 俺は俺に聞いた。

 手にはピンク色の封筒を持っている。

 封筒にはチューリップの絵花が咲いていて、なんとも乙女チックなデザインだ。

 サイズは洋系二号と思われる。縦サイズも横サイズもA四コピー用紙の半分ぐらいの大きさ。


「多分、ラブレターですよね」


 俺は俺に答えた。

 多分と言ったが、中は確認済みだ。

 疑いたいのだけど、こいつは俺が頭の中でどう抵抗しようとも、絶対にラブレターだった。


 もしかしたら、さっきのは見間違いかもしれないと思い、封筒から便箋を取り出してみた。

 便箋も全体的にピンクカラー。

 封筒がチューリップの絵だったのに対し、便箋の方は四隅に可愛らしいクマさんがいた。


 そのまま読もうと思ったが、便箋はやたらと薄く、モニターの光が透けすぎて非常に読みにくかった。

 キーボードの上において、読むことにした。


「私はあなたに恋をしてしまいました」


 声に出すんじゃなかった。

 もう嫌だ。

 なんだろう、この気持ちを表現できないが、とにかく嫌だ。

 胸が苦しい。


 続きはまぁ、

『いつも外を見ているあなたが気になってました』

 とか、

『一人物思いにふけるあなたはとても神秘的で』

 とか、

 俺レポートが続く。


 最後に、

『きっとあなたに私と似たものを感じたのだと思います。突然ですが、私はあなたのことが好きです!』

 と締めくくられている。

 

 突然は突然だが、断るのがちょっと遅い。

 最初の一文目で既にその情報は得られている。


 いやそれはどうでも良く、これは困った。

 

 俺は一人が好きだ。

 

 彼女とかない。

 

 無理。

 

 だって、恥ずかしい。

 

 じゃなくて、孤独を愛する男だから必要ない。

 

 そして俺をこんなにも苦しめるピンクの悪魔は、とても大事なものを忘れていきました。

 それは差出人の名前です。 


 名前がない!


 ちなみに、この人、俺のことも『あなた』としか書いてない。

 名前を大事にしない人なのかもしれない。

 実は、この手紙の『あなた』は俺と共通点の多い別の誰かで、俺宛じゃないのかもしれない。


「さて、どうしよか?」


 俺は俺に聞く。


「どうすることもできないよ」


 俺は俺に答える。


 正直にいうと、ちょっとだけ嬉しかった気もするが、妙なモヤモヤ感だけを残しやがってという気持ちが強くなってきて、つまりは現在イライラしている。

 

 この日、俺はとても戦える状態ではなかったようだ。

 その後もインターネット掲示板に書き込むこと無く時間はどんどん流れ去り、もう寝なくてはいけない時間になった。

 

 スルーマンはこの日、出番はなかった。

  



 翌日。

 七月一三日。


 今日は良い日だ。


『それは、ないさ。七月一三日だけに』


 と今日のネタは大分前から決まっている。

 使いやすい。

 絶対スルーされる。


 どっかのスルーマンとは大違いだ。


 昨日、久しぶりに負けてしまったこともあって、勝ちが約束された戦いは楽しみだった。


 ちなみにスルーマンの件は急がなくても良いことになっている。

 男たるもの一度コレだと決めたネタは、その日使わなくてはいけないが、もし何らかの不備があり使えなかった場合は無期限に保留できる決まりがある。


 俺ルールだ。


 俺ルールは割りと俺に優しい。


 俺は昨日のイライラをすっかり忘れ、それでもちょっぴりラブレターのことは気になったりしながらも、気分良く朝食を食べることができ、軽快な足取りで家を出た。 


 長い上り坂は少々堪えたし、頼んでもいないのに太陽は元気すぎたけど、それでも自転車のペダルはやたらと軽く感じた。


 校門をくぐり、校舎裏の道を通って、体育館も通り過ぎたグラウンド手前。

 そこに駐輪場はある。

 とっても遠い。

 でも今日は許そう。

 今日は気分が良いからな。


 駐輪場の一番奥が俺のお気に入りの定位置だ。

 一番端はとっても落ち着くし、一番奥となればとってもとっても落ち着くのだ。


 自転車を止めて後輪鍵をかける。

 三っつのU字ロックもかける。


 さ~って、今日も頑張りましょう。


 俺は意気揚々と振り返った。


 だけど直ぐに気分は急降下。


 最下層。


 昨日、俺に話しかけてきた女が見えた。


 彼女は体育館の入り口あたりでただ立っている。

 条件反射ってやつだろうか。

 昨日の昼休みに、偶然にも彼女と会話した直後に、俺は負けた。

 だから彼女の姿が見えただけで気分が落ち込んでしまうのだと思う。


 一度の負けで無意識下に刻まれた脳の回路。


 とはいえ、同じクラスなのだから遅かれ早かれ会うのだし、そういった負の回路は『なんだ。彼女は関係ないじゃん』って経験を重ねればきっと消えてくれる。

 だからむしろ軽く挨拶ぐらいはするべきかもしれない。


 多分まだ彼女は、俺に気付いてない。

 だから、体育館の裏側を通ったりグラウンド経由で遠回りしたりと、体育館の入り口を通らずに校舎入り口まで向かうルートはあるのだけど、俺はあえて彼女がいるルートを選んだ。


 選ばなければ良かった。


 遠くからじゃ見えなかったが、近づくにつれ、木の陰で見えなかったもう一人の存在に気がついた。


 学年の違う三年生の彼を、俺は知っている。

 陸上の百メートル走で全国大会への出場切符を手に入れたとかで、全校生徒の前で自己紹介していた男だ。


 ここからじゃ、あの二人が何の話をしているかは分からないが、状況は分かる。


 彼女は俯いて恥ずかしそうで、彼は真直ぐに彼女を見つめていても恥ずかしそうだった。


 そして、彼女が学校のアイドルとして認知されている理由も加味すると、やっぱり答えは見えてくる。


 彼が陸上の好成績を理由に全校生徒の前で自己紹介や抱負を語らなければいけなかったように、

 彼女も入学試験トップの成績を理由に新入生歓迎会で新入生代表の挨拶をしなければいけなかった。

 部活にも委員会にも所属してない彼女が、全校生徒の前で話したのはその時だけだ。


 その時だけなのに、彼女の美しさは全校生徒を魅了してしまったらしい。


 学年問わず、ほぼ毎日ああしてどこかの誰かに告白されているらしい。


 らしいが多いのは、それが真実だとしても早々告白現場なんて目撃するものではないからで、情報源は噂だからなのだが、それでもボッチの俺が知っているぐらいに有名な噂で、多分本当なのだろうと今日まで思っていた。


 そして、ついに目撃した。


 だからきっと、アレは告白現場なのだ。


 らしいを取って断言しても良い。


 彼は熱く語るべきことは全て語ったのだろう。

 深く頭を下げた。

 彼女は恥ずかしそうだけど少し嬉しいのかちょっと笑いがこぼれているが、それでもどちらかというと困惑しているのだと思った。


 そして、俺も困っている。


 今更引き返すのも変かな。

 でも、あの横を通り過ぎるのは嫌だな。

 う~ん。

 どうしようかな~。


 と気がつけば立ち止って考え込んでしまった。


 彼女は何かを言った。

 彼は頭を上げ、彼女を見つめる。

 悲しそうに笑って後頭部をかいた。


 きっと振られたんだな。

 ドンマイです。先輩。あなたには陸上があるじゃないですか。


 と無責任にエールを送る。

 ぶっちゃけ、俺にはどうでも良いことだった。

 やっぱ、引き返そう。

 あの横は通れない。


 そう思った時、彼女と目が合った。


 しまった。


 俺は悪いことはして無い。

 はず。


 なのに、どうしてか、とてつもない罪悪感。


 気付いて無いよ、とさり気なくあの横を通り過ぎ軽やかに挨拶する、なんて高度なコミニケーション能力を俺は持っていない。


 逃げる。


 不自然でも逃げる。


 俺は知らない見てない関係ない。


 愛想笑いも会釈もせずに、くるりと百八十度回転、回れ右。


 俺は逃げ出した。


「ねぇ、待ってよ!」


 何故か彼女は俺を呼び止める。

 先程まで会話が聞こえない距離にいたのに、ハッキリと聞き取れる大きな声で呼び止めてきた。


 俺は聞こえないフリをしてペースアップ。


「お願い。待ってください!」


 気のせいか、彼女の声はまるで走りながら喋っているかのように、一つ一の音が短く細切れだった。


 俺は後ろを振り向かないで、聞こえないフリをして、とりあえず走ることにした。


 とっても不自然だ。


 あいつはなぜ呼び止める? 


 俺はなぜ逃げる?


 男ってのはきっと馬鹿な生き物なんだと思う。

 女の前では格好つけたがる哀れな生き物なんだと思う。

 さっき、振られたばかりだというのに愛する彼女のため、全国大会クラスの俊足で俺を捕まえるぐらいに、男は報われない生き物なんだと思う。


「おい。待ちなよ。彼女が話しあるって」


 爽やかスマイルで彼は俺を捕まえた。

 少し遅れて彼女が追いついてくる。


「それじゃ、またね。俺、全国大会頑張るから!」


「はい。頑張って下さい! でも、私はあなたの気持ちにこたえられないです……」


「良いんだ。君の心が誰か別の人を向いていても、君の瞳が僕を拾ってくれるのなら、それだけで俺は走れるよ。頑張れる」


「はい!」


 あの、俺、絶対必要ないよね。今! 

 凄く恥ずかしいんだけど。

 良く人前でこんな会話できるな。

 俺なら脳内でしかできないぞ。


 彼はそのまま校舎方面へ向かって歩いていく。

 時々振り返って彼女に手を振っていた。

 彼女は彼女で、彼が見えなくなるまでずっと手を振っていた。


 俺はそんな二人を交互に見るしかできなかった。

 もう一回逃げようかな。


 なんて考えていると、彼女はやっと話しかけてくる。


「おはよう。今日も良い天気だね」


「そうだね。でも僕は、天気が悪いぐらいが良いんだけど」


「高校生らしくないよ。若者はエネルギッシュじゃないと!」


「もう僕らはおじいちゃんだよ。小学生の時みたいに無限のエネルギーに満ち溢れてなんかいない。結構毎日ヘトヘトさ」


「そうかもね」


 いったん会話は途切れる。


 一体俺達は何をしているのだろう。


 用があったんじゃないのかな。


 別に興味ないから、終わりにしよう。


「それじゃ、僕は行くね。また後で」


「待って!」


「何かな?」


「あのね……。えっとね……」


 口ごもる彼女を見て、俺の頭は考えたね。

 そうか。きっと、彼女は今の出来事を口止めしたかったんだ。

 そうだよな。

 モテモテだ!

 なんて噂でも噂されるのは嫌なんだろうな。


「大丈夫。誰にも言わないよ」

 言う人もいないし。


「あ、違うの! ……いや、誰にも言っては欲しく無いんだけど」


「そう」


「でも、やっぱり今の見てたんだね」


「見てた……、かも」


「何してたかも分かったんだよね? 『誰にも言わない』って言うぐらいだから」


「分かんないよ。何となく想像はつくけど、そういう勝手な推測されるのも嫌なんでしょ? 良いよ。今日のことは忘れる」


「だから、違うの! ……きっと、君の予想は合ってる」


 彼女は照れくさそうに笑って、


「告白されちゃった」


 そして、なんかジッと俺を見つめてくる。


 俺には彼女が何をしたいのか分からない。

 口止め以外に何がある?


「そっか」


「そうなの」


 まだ彼女はジッと見つめてくる。


 俺の目線はやたらとキョロキョロしてる。


「それじゃ、またね。後で教室で」


 訳が分からないけど、なんだか空気が重かったので、とりあえず逃げようとした。


「待って! 違うの!」


 凄いデジャビュを感じながら呼び止められた。


 俺達は何をやってるのだろうか。


 この後一分ぐらい、彼女は俺を無言で見つめ俺は耐え切れなくなって逃げようとして、を二セット繰り返した。


 俺は無限ループの世界に迷い込んだ錯覚に襲われた。

 結構本気で怖かった。

 だけど彼女はやっと無限ループから抜け出した。


「何も言わないね。さっきの見て、何も感じなかったの?」


「ドンマイです。先輩。あなたには陸上があるじゃないですか」


 場の空気が重く感じたせいだろうか。

 なんか俺は変なことを言った。


「何それ」


 笑われるかなと思ったけど、彼女はちょっと不機嫌になった。


「もう、良いよ」


 と彼女はやっぱり不機嫌そうに言ったので、俺は解放されるのかと思った。

 だけど彼女の話はまだ終わらないみたいだ。


「君には告白される所を見られたくなかったなぁ。君だけには」


 彼女は地面を見つめ、小石を蹴って、ちょっと勘違いしそうな言い回しをする。


 俺は冷静に否定する。


 いやいや、お前みたいなボッチに見られるなんて、私の青春も大したことね~のな的な嫌味だろう。


 冷静な俺は目線が定まらない。


 彼女は俺の反応を観察するように、チラチラと俺を見てくる。


「意味分かる?」


「分かんないよ」


「うそつき」


「うそかも」


 また沈黙。

 上目遣いに見つめられる。

 もう駄目。許容オーバー。

 逃げたい。


 逃げる!


「それじゃ、またね!」


 俺は振り返った。

 走り出そうとした。


「待ってよ!」


 彼女は俺の手を掴む。 


「君が好きなの!」


 背中越しに聞こえてくる彼女の声は、ちょっとヤケ気味な投げやりな大きな声だった。


 俺は首だけを回転し彼女を見た。

 俺が逃げようとしたからなのか、あくまでとぼけるつもりだったからなのか、

 彼女は怒っているみたいで頬を膨らませて睨んでくる。


 でも、目と頬以外は笑っていた。


「君のこと、好きみたいなんだ……」


 彼女はもう一度言った。


 今度は尻すぼみに小さくなりながら自信なさそうに言った。


「それは、ないさ」


 俺は彼女の手を振りほどく。


「七月一三日だけに?」


 彼女は、首を傾けながら微笑んだ。


 もう既に彼女は余裕そうだ。

 

 クソ、なんでお前が余裕そうで俺が混乱してるんだ。


「それは、ないさ!!」


 俺は今度こそ逃げた。


 後ろから追ってくる気配は感じられなかった。

 無事に教室まで逃げ切った。


 その五分後には、彼女も教室に来たのだけど。


 でも、彼女から特に何のアクションもなかった。




 俺は自分の席に座り窓の外を見ている。

 あんまり教室側を見れない。彼女の存在を視界に入れられない。

 とにかく自分の視界を外の世界だけで満たそうと、必死に外だけを見ていた。


 告白されました。

 これはトラップか?

 あるいはイタズラか?


 冷静に考えて、あり得ない。

 大きな短所はなくとも小さな短所はいっぱいで長所は皆無な俺に、学校中が認めた魅力的な女性が告白してくる。

 そんな身分の差を埋めるようなイベントは何もなかったし、そもそも普段から接点もない。


 ないな。

 これはない。


 トラップ仕掛けのイタズラだ。


『僕でよければ』なんて言えばドッキリを明かされ身の程を知れと笑われる。

『ゴメン』なんて言えばドッキリを明かされ何様のつもりだと笑われる。


 段々と教室には人が増えてきて、朝のホームルームが始まった。


 朝のホームルームも一時間目も二時間目も、あんまり良く覚えて無い。ただひたすらに必死に外を見ていた。


 三時間目前の小休止の時、ふと昨日のラブレターを思い出した。


 もしかしたら、さっきの告白は本物なのかもしれないと思った。


 彼女の方を見てみる。


 彼女は友達とお喋りをしながらも俺を見ていたらしく、簡単に目があった。

 彼女は慌てて目線をそらすが、直ぐに俺を見つめ微笑んできた。

 俺は耐え切れなくなって目線をそらした。


 うそだ。

 嘘に決まっている。

 信じるな。


 それに嘘でも本当でも、どっちにしろ俺は一人が好きなはずだ。


 だけど忘れようとしても、その日、殆どラブレターと告白のことばかりを考えていた。

 見ないように意識をすればする程、何故か俺の視線は彼女を捕らえた。

 その度に微笑みかけられて、俺は慌てて目線をそらした。


 なんだか、俺の方が彼女に告白したような気分になってくる。

 昨日まで彼女に興味なんてなかったのに。


 スルーマンのことはすっかり忘れていた。


 この日の夜には、必ず勝てると思っていた『それは、無いさ。七月一三日だけに』で、あっさり負けたのだが、あんまりショックではなかった。


 必死に興味ないと言い聞かせても、俺の頭は彼女のことばかりを考えていた。

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