俺ってこんな奴なんです
俺に名前はいらない。
つまりは『名無し』だ。
決して自分を出さず、不特定多数に埋れることを生業とする、名無し。
個性なんかいらない。ただ、その他大勢になりたい。
目立たず、意識されず、認識されず、スルーされたい。
だけど『確かに俺がいた』という形は残したい。
だから今日も俺は、匿名が売りのインターネット掲示板に書き込む。
場所は『愛上高校のやつらで雑談しよう』だ。
書き込むといったが、焦ってはいけない。
タイミングはかなり大事だ。
闇雲に書いちゃぁ、駄目なんだ。
もし食いつかれたら、大変じゃないか。
俺はリロードボタンを五分に一回程のペースで押す。
迷惑行為かなと思うが、多分もっとリロードボタンを連打する人たちがいるはずだ、と言い訳にもなら無い言い訳で自分を慰める。
何度も何度もリロードボタンを押した。
書き込みたい衝動をじっと抑えて、チャンスを待った。
「もう、十一時半よ! 早く寝なさいね!」
ドアも開けずに、部屋の外から母親が忠告してきた。
もう、俺に残された時間は少ない。
されど、まだチャンスは来ない。
今日は、無理……、なのか……。
諦め半分で、最後の一押しと決意しながら、リロードボタンを押した。
あった……。
キタよ。キタ!
俺はお前を待っていたんだ!!
『学生は良いよな。俺は今仕事終わった所だぜ。お前らみたいなクソガキの相手するなんて、先生ってマジ大変。さ~って、飯どうすっかな』
俺の標的は、彼だ。
何人かが彼に返信する。
『全国チェーンのカレー屋ならまだ開いてるぞ』だとか、『コンビニ弁当がいいぞ』
だとか、
そういう連中はライバルではあるが、俺の敵じゃない。現に、会話が続いてしまっている。
『先生空気読めよ! こんな所に出没するな』とか、
『ぶっちゃけすぎ。明日から学校行けなくなったら責任取れるのか!』
なんて書き込んでる連中は、全然駄目だ。
ツッコミはやりたいやつが勝手にやれば良い。
俺から見れば、どいつもこいつも眼中に無い。
俺はツッコミに興味は無い。
俺は何度も間違いが無いか確認して、そっと送信ボタンを押した。
吸ったことも無いけど、タバコを吸うジェスチャーをする。
なんかカッコイイぞ、今の俺!
という自己表現だ。
意味は無い。
案の定、誰も俺のボケに反応しない。
気にも留められない。寒いとすら言われない。
分からないやつには一生かけても分からないだろうが、スルーされることは快感だ。
俺は三十分パソコンの前に張り付き、チャンスを待っていた時とは比較にならない程リロードボタンを連打し、誰も俺の返信に反応して無いことを確認して、ベッドにもぐった。
興奮しすぎて、寝るまでに二時間もの時間が必要だった。
『子供を馬鹿にすんな。お前、バツとして今日は飯抜きな。七月一一日だけに。無いィィ~!』