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刀剣譚  作者: トモカ
壱の巻 奇
3/8

第二章 其銘小狐

 いかに春と言っても、夜はまだ冬のような寒さが残っている。

 流石に裸のまま放置するのは不味いと思い、長閑の襦袢を着せた。慎ましやかな長閑の体躯と違って、彼女は随分と豊満な胸をしている。帯に圧迫された大きな西瓜のような双球がぷるんぷるんと揺れている。

「あのー、主様」

「何だ」

「何故に、わっちは縛られておるのじゃ?」

「俺らの自衛のため」

 大輝の後ろで隠れながら、コクコクと長閑は頷いた。

 取り敢えず、警察への連絡は遅らせたのだが、この得体の知れない少女の正体がハッキリするまでは、勝手な行動をさせて、家の中を荒らされては溜まったものではない。ということで、後ろ手に縛り、腿と脛を縛って足を動かせなくして、その上で、亀甲縛りを掛けているのである。入念に、絶対に、動かせないようにしている。

 そして、大きな座卓のある客間で傍に長閑を置いたまま、縛り上げられた謎の獣耳少女と大輝は向かい合っている。少女の食べかけの桃は、そのまま彼女の目の前においてある。だらーっと物欲しそうに、桃を見つめては、大輝に睨まれ、プルプルと尻尾と首を振る。

「主様は、こんなのが好みなのかえ?」

「好きじゃねぇよ」

 戯けた事を抜かす獣耳少女に、大輝は小さく吼えた。

 さっきからこの少女は、大輝の事を「主様」と呼んでいる。何かしらの意味があるには違いないのだが、こんなみょうちくりんな格好をした少女に、さっぱり大輝は覚えが無かった。覚えがないのだから、主様などと謙って呼ばれる筋合いも無い。

 それに余り、そんな風に呼んで欲しくない。

 謙った言い方も一人で十分だし、先ほどから、この少女が大輝を呼ぶたびに、長閑は今にも泣きそうになる。目にいっぱいの涙を浮かべて、ウルウルと捨てられた子犬みたいな目で大輝を見てくるのだ。雄弁に長閑の大きなくりっとした黒目が「捨てないでください」と訴えている。どこの昼ドラのヒロインだ。

「はぁ……」

 魂まで抜けてしまうような大きなため息を一つついて、整えられた髪をぐしゃぐしゃに掻き毟ってから、目の前の獣少女に向き直る。

「取り敢えず、聞くぞ。お前は一体、誰だ?」

「誰だと、聞かれてものー」

 すっとぼけた笑顔を浮かべる少女の頬をつねる。

 むにむにとモチのような手触りだ。良く伸びるし、凄く柔らかい。

「ひはいそ、はにふるんひゃ」

「ちゃんと答えないからだ」

 抗議の声を上げる獣娘に、大輝は淡々と告げる。

 少女の日本人には在り得ないだろう、見事な銀目が痛さを訴える。綺麗な目に涙がたまって虹彩の奥の銀が煌いている。

「は、はあっは、はなふはら、はなひてふれ」

「た、大輝さま、そこらへんで」

「ふん、ちゃんと話してくれよ」

 ようやく話を始めると言うので、最後に思いっきり引っ張ってから、離す。パチンという音が聞こえた気がした。何とも可愛らしい反応を返す少女である。見た目も、獣の尻尾と耳が生えている事を除けば、意志は強そうだが幼い目付きに、短く梳かれた銀髪、その恵まれた豊満な胸といい、人気者になるのは間違いないだろう。

「わっちの銘は小狐丸じゃ!」

 パンと後ろ手に縛られたまま、器用に拍手を一つ打って、少女は名乗った。

「は」

「え」

「……何ぞ、その気の無い返しは」

 ポカンと気の抜けた大輝と長閑の返事に、不満そうに少女、小狐丸は口を尖らせる。

「まあ、構わんわ。わっちと一緒に刀剣譚へ出てくれさえすればの」

 ニカッと太陽のような笑顔を浮かべると、ピョンと飛び上がって、正座の体勢に持ってくる。そのまま深々と小狐丸は頭を下げた。

「どうか、主様。わっちを最高の刀剣にしてくりゃれ」

「あー」

 夜中にも関わらず、煌々と電灯の灯る天井を仰いで、大輝は考えた。

(なんのこっちゃ?)

 思いついた言葉は、それだけだ。

 夜中にいきなり現れて、こんな毒電波全開の話題を聞かされているのだ。神職と学業の両立が辛い大輝は、さっさと寝たいのである。今日の事はさっぱり忘れよう。きっと長閑と一緒に同じ夢を見ているのだろう。

「さて、明日も早いし寝るか」

「そうですね、大輝さま。あの、一緒に寝ても……」

「嫌だ」

 嫌だというと長閑は、またこの世の終わりのような絶望に満ちた表情を浮かべる。その顔には申し訳なく思うが、年頃の男女が一緒の布団で寝るなど、世間様からご覧になって、宜しかろうはずはない。だが、何だか疲れる騒動があったのだ。隣で寝るくらいなら、構わないだろう。

「まあ、いいか……」

「あ、ありがとうございます」

 長閑を連れ立って自室へと引き上げていく。その足取りは、颯爽としている。

その颯爽と去っていく二人の脚に小狐丸が噛み付いた。結構丈夫な縄で縛っているのだが、その小さい体を巧みに使って、大輝の脚に噛み付く。犬歯のような鋭い歯は無いらしく、ガブッというより、カプッというアマガミ程度の痛みしかない。

「ま、待ってくりゃれ!」

「何だ、俺たちは眠い」

「それを承知で頼んでおる!」

 それでも重たく、うっとおしい事には違いない。一晩で既に二桁に届きそうなほどにため息をついているのだが、また一つ重たいため息をついて、大輝は小狐丸に、真剣な目で聞いた。疲れからトロトロとまどろみに入ろうとしていたところを強制的に起こしているので、今、彼は相当に機嫌が悪い。

「ちゃんと喋るか?」

「包み隠さず」

「狐みたいに嘘つかないか?」

「天地身命に誓って、言わぬ」

「今度、訳の分からん事を言ったら、そのまま賀茂川に捨ててやるからな」

「それは勘弁してくりゃれ!」

 泣きながら哀願する小狐丸に負けて、もう一度二人は腰を落とした。小狐丸は再び、二人の前で、きちんと見ている方が気持ちよくなる位に丁寧な姿勢で正座した。

「まず、お前は一体何者だ?」

「うむ、確かにそこから話すべきじゃったのう」

 えへんと縛られたままの大きな胸を強調するように、小狐丸は胸を張った。その何重にも強調された豊満な胸を羨ましがったのか、それとも腹立たしく思ったのか、今度は長閑が立ち上がった。

「大輝さま、やっぱり捨ててまいります」

「ちょ、主様だけでのうて、巫女もこな調子か!」

 縄を血が出るほどに強く握って、長閑は大輝に宣言した。それを見て、大輝は短く刈り込んだ髪を掻き毟って、呆れた声と一緒に長閑の暴走を止めた。

「わっちは小狐丸。刀匠、三条宗近の作品じゃ」

「待て」

「ん、何じゃ、主様、早速、なにぞ問いでも」

「大有りだ。狐」

 三条宗近の名前は、刀剣に詳しい大輝は良く知っている。

 美術品として高い価値と地位を築いた日本刀の中でも天下五剣と称される最高峰の日本刀が五振りある。その中の一振り、三日月宗近の作者だ。ただ、彼が生きて刀鍛冶として活躍したのは、平安時代。平成の世である今から千年以上も昔の話だ。

 小狐丸の由来も彼の事を記した文献を漁れば、見つかる。現に千年の歴史を誇るこの神社には、当時の京の都で活躍していた刀匠たちを纏めた文献が見つかっている。そのなかで、優れた刀が打てずにスランプに陥っていた宗近。それを彼の明神である狐、稲荷明神が一緒になって鍛えた事から小狐丸という銘が打たれているのだ。

 ただ、

「小狐丸の詳細は不明。九条家が所蔵していたけども、保元・平治の乱、承久の乱、応仁の乱と京の都を焼いた戦乱の何れかで、行方知れずになっていたはずだ」

「ほほう、主様はよほど日ノ本の史が好きと見える」

「別に好きとかじゃねぇけどな」

 神社の由来などを調べる上で、必要だったから学んだだけだ。この辺り一帯は日本の宗教的な特異点であり、神社仏閣が並びすぎているために、日本国内でありがちな、あちらこちらから縁起を引っ張ってきて、別の神様や仏様を祀っている神仏習合が酷い。この八島神社は一応、千葉の香取神社、奈良の春日大社同様に経津主神を祀っていると聞いているが、実際のところは定かではない。

 そもそも経津主神は刀剣や武術の神、現代風に言うならば軍神である。この神社の建立の目的が水害対策である以上、これほど知恵や手先の器用さを要求される土木工事に向いていない、真っ直ぐな神様もいないだろう。もしくは逆に、経津主の社があって、水害を止めるという意味を込めて大きくしたのか。今となっては、解らない事だらけだ。

「兎に角、わっちは三条宗近作、小狐丸。この神社には御神刀として祀られておったのじゃが……、此度、主様に相仕り、刀剣譚に出るべく、人の身を賜った。そんなわっちらの事を、総称し刀剣吏と呼んでおる」

「やっぱり、賀茂川へ……」

 どうやら、相当に目の前の狐少女は、説明が下手糞らしい。ここまでの遣り取りで解ったのは、結局、彼女、と言って良いのか解らないが、名前だけで、後の事は何も分かっていない。

「ん…、御神刀……?」

 彼女の言葉の中に聞き逃してはならない言葉があった。

 万が一、彼女がこの神社に祀られている刀だったとして、安置している拝殿には鍵が掛けられているはずである。ちょっとやそっとでは、びくともしない様な巨大な南京錠を、夕方掃除が終わって出たときにもしっかり掛けたはずである。

(……まさか)

 嫌な予感が、大輝の体を駆け巡る。ドタドタと乱暴に廊下を走り、外靴に履き替えるのも煩わしいので、裸足のまま、拝殿まで一足飛びに跳んだ。

 案の定だった。

 南京錠は無事である。ちゃんと番に嵌って、鍵の役目を果たしている。鍵穴は傷もなく、こじ開けられた形跡もなく、壊れた様子も無い。

 だが、錠前が掛かっていた扉には大きく穴が空いていた。ポッカリと中へと通じる巨大な穴が扉にぶち開けられていた。その穴の縁は鋭角だ。真っ直ぐにまるで切開けられたように、整った開け方をされている。拝殿をぐるりと一周する回廊、観音開きの扉の前には、無残な木材となった、壁の破片があった。その穴から入ってみると、ない。

 やっぱり、ない。

 飾っていたはずの御神刀が。大輝が惚れ込んだ太刀が。

 所定の安置されていた場所に無かった。

「どうじゃ、信じたかの。主さ……」

 後からえっちらおっちら付いて来た縛られたままの小狐丸と長閑。その小狐丸の元気良く動く耳の生えた頭にポカリと一発、大輝は勢い良く拳を落とした。

「いだ!」

 叩かれた場所を押さえて蹲る小狐丸。大輝は力なく首を振ってから、半眼で問うた。

「どうすんだ、これ」

「…すまなんだ。人の身を賜ったのは良いのじゃが、腹が減って仕方が無く」

 切り破ってきたと。つい、とか、しかたなく、では済まされないような大きな損失なのだが、こんな風に言われると、更に怒るのは、こちらが悪いような気がする。何度目かの重たいため息をついて、二人と一緒に居間へと戻る。夜が明けたら、工務店への連絡は絶対だ。

 三度、大きな座卓を挟んで向かい合う。

 長閑は、この状況に慣れてきたのか、それとも睡魔で考えがまわっていないのか。目の前の不思議生物を受け入れ始めている。「かわいいですよー」とか、うっつらうっつら船を漕ぎながら、耳を引っ張ってみたり、フワフワの尻尾を撫でてみたり、小狐丸のみょうちくりんな存在を、自分の妹のように可愛がっている。席順も、大輝の傍に隠れていたのだが、小狐丸を膝の上に乗せて、抱きしめている。よほど気に入ったようだ。だが、大輝はそうはいかない。思考に柔軟性がないとか、頑固で堅物だと言われようが、留守を預かる身として、この得体の知れない嫌な予感が払拭されるまでは、絶対に受け入れるわけにはいかないのだ。

「取り敢えず、拝殿の修理は後回しにするとして」

「あう、すまなんだ……」

 申し訳無さそうに、頭を下げる小狐丸。必死になって大輝は、考えを回している。長閑がお茶を三杯入れて戻ってきた。再び、小狐丸を膝の上において、大輝と狐娘が向かい合うように座る。

 まず始めに出た考えがこれだ。

「まず、お前が御神刀だという証拠が欲しい。刀から人の身を得たって言うなら、戻る事も出来るだろ」

「その通りじゃ。そもそも、このままでは戦えぬ」

 大輝の問いに、ポンと煙を上げて、小狐丸は消えた。咳き込む長閑。白く小麦粉を撒き散らした時のような煙が晴れると、そこには一振りの刀が長閑の膝の上にあった。体積が消えたことで、結んでいた縄は長閑の膝の上に落ちている。

 しかして、現れた刀には見覚えがある。丁寧に磨かれた装飾のない白木の朴木鞘。そのまま茎に目釘をさすことなく、単純に柄に入れただけの拵え。

 丁寧に正座して、眼前で刀の鯉口を切った。

「…あ、あの大輝さま…?」

 長閑が何か呼んでいる。

「静かに」

「は、はい!」

 精神を整え、ゆっくりと鞘走りしないように丁寧に抜いていく。現れた白刃は二尺七寸の独特の波紋を淡い電灯の下に濡らしていた。幼い頃から、何度も何度も繰り返し磨いてきたから良く解る。紛れもなく、疑う余地もなく、この刀は安置されていた御神刀だ。その刀が人体を得たという擬人化のことについては、何故かは理解できていなかったが、まず間違いなく、彼女はこの守り刀である。ボンとまた再び白い煙を上げて、狐耳を生やした女の子に戻った。戻るなり大輝に、

「どじゃ、信じたろ?」

 五十鈴に優るとも劣らない憎たらしい笑顔で、小狐丸は聞いてきた。

「ああ、そうだな。間違いなく、八島神社の守り刀だ」

 神社の息子として、それなりに摩訶不思議な事には、それなりに耐性があるつもりだったのだが、こうやって目の前で、奇術のように種も仕掛けもなく、現物を見せられては信じるより他に仕方ない。幻想的な光景に、力なく首を一度振る。

「じゃ、次だ。さっきから言葉にしている刀剣譚というのは、一体何だ?」

 最も気になっていたのは、これだ。

 字面から推測すると、刀剣というのは、間違いなく彼女らの事。譚というからには、何かしらの話という事になる。刀剣の話。解りやすく言い換えるなら、こんな感じである。

「ふむ、その前に主様に問いじゃ。刀とは何のためにある?」

「は?」

「巫女も考えよ」

「は、はぁ……」

 いきなりの逆質問に面食らってしまった。

 刀の役割。

 この神社では、守り刀として丁寧に安置されている。いかほどのご加護があるのかは測りようがないが、大輝と長閑は大きな怪我や病気はした事がない。そういった祈祷・信仰の対象の役割。

 国内外を問わず、日本刀の持つ独特の鋭さや鍛造工程というのは、現代の冶金技術にも利用されている部分が多い。そういった冶金技術としての日本刀の役割。

 更に、技術面だけではなく、赤く煌く炎の中から生まれる冷たい白刃の美しさ。それには美術的な価値があるだろう。そうでなければ、刀鍛冶という職業は当の昔、廃刀令の出た明治五年には、完全に消え去っているはずだ。

 だが、どれも刀の本質ではない気がする。

 それは、刀が本来持っていた価値に付けられた価値でしかない。

 刀の本質の役割。

 それは、

「武器」

 大輝は冷静に単語で応えた。

「そうじゃ」

 その応えに、満足したようで、悲しげな表情を浮かべながら、小狐丸は言葉を続ける。

「飾ったり、愛でたりする事が、おかしいとはわっちは思わん。江戸の昔より愛刀などと呼んで、まるで妻のようにわっちらを愛する者はおったしの」

 すずっと高い音を立てて、小狐丸はお茶を飲んだ。

「だが、所詮、わっちらは武器じゃ」

 コンと丁寧に机の上に飲み干した湯飲みを置いて、初めて見る真剣な目つきで対面している大輝を見つめた。外見は非常に幼い。長閑よりも、まだ年下と言われても差し支えのないあどけない容姿に、その真剣な目は異様に不釣合いで際立って見えた。

「武器の使い道は、太平たる平成の世でもかわっとりゃせんじゃろ」

 武器の使い道。

 どれだけ取り繕っても、所詮は殺害の道具でしかない。

 守るだの、復讐だの、どれだけ美辞麗句・大儀動機を並べ立てた所で、刀を、武器を、命を奪う道具から昇華することは出来ない。元々の目的が目的である以上、忽せられない事実としてあり続ける。美術的価値も、恐らくはその命を奪う無慈悲さに惹かれて、神体として祀るのは、もっと単純で、災厄の命を絶つという暗示を込めているからだ。

「わっちらは、こんな容姿じゃが、武器には違いない。このままでもモノを斬ろうと思えば斬る事は出来るぞ」

「それが、刀剣譚とどう関わりがある?」

 うっすら、この小さな桜色の唇から、どんな言葉が紡がれるのか、大輝は予想していた。

「知れた事」

 この小さな口を閉じさせようと思った。

 だが、何故かしなかった。いや、出来なかった。

「刀剣譚とは、刀剣たちの宴。世界に散らばる刀剣たちを戦わせ、最も強き一振りを決める神聖な儀式じゃ」

 彼女の言葉に、大輝は半ば感心していた。残りの半分は呆れと、絶望である。

「そして、わっちらは戦いあう、最後の一振りになるまでの。勿論、わっちらは武器じゃから、使う者が要る。そのわっちの使い手が、八島神社第九十七代当主、八島大輝。主様じゃ」

 大輝は細い眉を掻いた。柳眉などと五十鈴や貴人には、からかわれる女性みたいな細く薄い眉を掻いて、困ってしまった。その暗い表情に何かを見たのか、小狐丸は無遠慮に続きを言ってはこなかった。見た目はこんなちんちくりんでも、長い間生きているだけの事はあるようだ。長閑は、アワアワと慌てたような顔をしてから、

「た、大輝さま、もう寝ましょう!」

「あ、ああ。そうだな」

 テキパキと慣れた手つきで、三つの湯飲みを洗い、小狐丸と一緒に寝所へ向かう。

 大輝は狐娘には、付いて来るなと吼えたかったが、彼女はこの神社には、欠かしてはならないものである。無下に扱う事も出来ないので、仕方なくズルズルと襦袢を引き摺る小さな狐娘も一緒だ。

「全く、一緒に寝るなんてな…」

 深夜にため息をつくと幸せが逃げるという。

 どこまで本当かは知らないが、今の大輝からは、間違いなく幸せが逃げていっていた。 そんな彼の胸中を知らず、長閑と小狐丸は、大輝の良く鍛えられた体を枕に、先にすやすやと夢の世界へ旅立っていた。

「寝るか……」

 今晩の事を押し流すように、大輝は目を瞑った。




 博物館の冷たい床に、赤い血が流れていた。

 床には展示物を納める硬い強化プラスチックの破片が、血に塗れて散らばっている。

 ただ、博物館とは名ばかりで、街の民俗資料などを集めた小さな街の郷土資料館である。

 しかし、いくら展示品があっても、こんな寂れた資料館の来館者など、毎日、片手で数えられるほどしかいない。経営の悪化からどんどん職員のリストラや配置換えが進んでいた。街の人からは忘れ去られ、半ば近くの大学の史学科のための資料保管庫として扱われている。

 そんな資料館では、続く経営状況の悪化を受けて梃入れの為に、最近は断絶した旧家や名家の骨董品や収蔵本を収集することにしていた。展示物の充実は、当然の事ながら来館者の増加を齎してくれる。最近は、どこかの旧家の老婦人から殆ど強奪に近い形で奪い取ってきた日本刀と朱槍などの武器の展示が始まっていた。旧家というのは戦後も京都に残り続けた武家の経脈だという。一緒に貰った古い本は、いかめしい草書体で書かれていた。

 副館長を始めとして少ない部下たちは、この館長の行動に酷く渋い顔をしていたが、この右肩下がりを続ける経営状況を打破するには、仕方がない。

 そんな資料館の展示室。

 男がバッサリと腹を切り裂かれて倒れていた。男はこの資料館の館長だった。やせぎすで中年の、年相応にそれなりに出世欲のある、近くの大学に勤める教授で、郷土の史学研究者だった。

 作業用に付けられた白熱電球が、彼の体を濡らしている。

 その光景は、余りにも滑稽に過ぎた。着ていた造りの高級そうなスーツも、ブランド物らしいシャツも一緒くたにして、胴を一太刀に裁断している傷からは夥しい量の血が流れ、臓物が溢れるように出ている。だが、そんな滑稽な様子とは、裏腹に一目で致命傷だと解る。たとえ、救急車が辿り着いたとしても、彼の命はそう長くないだろう。

「ぐ、くそ……」

 消え入りそうな位に小さく、彼は吼えた。

 その小さな咆哮に、気が付いてトタトタと駈け寄ってくる足音が一つ。

 閉館時間はとっくに過ぎている。居残って書類の整理でもしていた女性職員のものだろう。喋り方は舌足らずで、幼い印象の拭えない娘であったが、実の父のように慕ってくれていた可愛らしい子だった。

 今年の春に目出度く自分の下を巣立ち、近くの高校に勤め始めていると聞いているが、何かあったのか、無報酬で手伝うと言って来た。よほど、郷土の歴史に興味があるようで、卒業式の日に言われた時には、心の底から驚いた。

「教授、しっかりしてください!」

 耳元で彼の意識を揺り動かそうと、彼女は涙声で叫び続ける。

 帰り支度を終えて、家へ帰ろうとしていたところへ、不気味な話し声が聞こえてきたものだから、展示室まで駆け寄ってみると、教授が倒れていた。

 最近、巷では段々と東へ、東へ向かって誰かが、何かを誇示するかのように、傷害事件が続いていた。一人で居残る事が多い教授も防犯の用心していたはずなのに、この状況だ。

 父親の居なかった彼女には、彼は父親の代わりだった。その人の命が今、消えそうになっている。後ろにある汚い事情など、彼女にはどうでも良かった。

「教授、しっかりして、教授!」

 そこで女性は、周囲の状況に気がついた。

 飾られていた刀剣の一本が消えている。強化プラスチックの透明な破片が無数に散らばった床は、作業用の白熱電灯を受けて煌いている。割れたケースの中には三尺三寸の抜き身の日本刀が納められていたはずだ。其方のほうが、見栄えが良いと館長が、無理矢理に押しきったのである。抜き身の刀には、公開前と言う事で白い布が掛けられていたはずだ。

 それが、影も形もなく、消えている。

「一体」

 誰の仕業か。言葉を思わず飲み込んでしまった。

 刀を盗んだ犯人を、教授を斬った犯人と結び付けるのは簡単だ。教授の傷跡は切り傷、それも包丁や草刈鎌ではなく、もっと大きな刃物。

 例えばここに飾られていた日本刀のような。

「誰が……」

「ふむ。私は一部始終を見ていましたが、知りたいですか」

 呟いた女性の耳に、やけに丁寧な言葉遣いだが、尊大な鉄を叩いた音のような澄み切った声が聞こえてきた。見回しているが、閉館してしまった資料館に、片づけをしていたスタッフである彼女は以外に人はいない。誰のものでもない声。その得体の知れない声に、慄きながらも、声のするほうへ寄っていく。

「どこを見ているのですか。私はここです」

 また再び、鉄を叩くような澄み切った声。まるで閉鎖された空間から突き抜けるように耳へと響いている。ここで耳に届いて、響く空間となると、ケースの中。ケースの中には、旧家から譲り受けた刀が飾られている。今は納めていた鞘から抜き放たれ、一緒になって剥き身のまま、飾られているはずだった。彼女は刀剣の事などさっぱりであったが、先輩職員や教授は、絶賛していたので、すごいものだと言う事はおぼろげながら解っていた。

「ここだと、言っているでしょう」

 女性はケースの中の人と目があった。

 防犯の為の強化プラスチックケースの中には、刀の代わりに、片目をショートに切りそろえた髪で隠した無気力な女の子がちょこんと礼儀正しく正座していた。服はぶかぶかの黒い和服。体のサイズに合っておらず、なまっちろい肩口の肌が大きく露出している。それなのに、全く艶やかさなどを感じないのは、彼女が小さいからだろうか。

 女性はパチパチと三度瞬きして、目の前の女の子を瞠った。

「どうしたのです、そんなアホ面下げて」

「いきなり、バカにされた?」

 女性は舌足らずな声で反論するが、ケースの中の女の子は無視した。

「さて、一部始終を話してあげます。その前に」

 無気力を演出する片目がじっとケース越しに女性を見つめる。

「まずはここから出して。そして、何か食べさせてください」

 威容だったが、物腰は低く、要求も何だかかわいらしいものだった。




 神社の朝は早い。

 明け六つ、卯の刻と呼ばれていた六時くらいには布団から起き、朝の支度を始める。日の出と供に起きるというのが、祖父の教えであり、忠実に守っていたのだが、今日に限っては、大輝は朝起きるのが億劫だった。

原因ははっきりしている。

「……」

 左側には自分の体を枕にして寝ている従妹姫。規則正しい寝息に僅かな膨らみが上下しているのがわかる。そして、右側にはぐーすか大いびきを掻きながら幸せそうな寝顔で熟睡している狐姫がいる。蚤のアレルギーはないが、こんな毛を持ち込まれて痒くならないわけがない。今まさに体中にぞわぞわという痒みが奔っている。

 昨日の晩。

 話は全く理解できなかった。

 何故、どうやって神社の守り刀が人間に化けられるようになったのか。出来の悪い小説ではないのだから、何かしらの理由があって然るべきだろうと考えはした。だが、結局意味は持たなかったのだ。

 解ったのは、「刀剣譚」という大きな出来事に巻き込まれているということくらい。そして、それからは逃げられないと言うこと。 

 あまり好き好んだ展開ではないことは、言葉の端に理解できていた。正直、戦いなどはしたくない。真剣での切り合いなんて、尚更だ。間違いない。いっそ、この隣の寝言で「ごはん…、ごはん…」と呟いている小狐丸を賀茂川にでもポイ捨てすれば、この運命の輪からは外れられそうな気がするのだが、そういうワケにもいかないのだろう。刀のままなら、錆びて終わりだ。だが、人の形を取るなら、賀茂川くらいなら氾濫さえしなければ、泳いで渡れるほどの水深しかない。

 意地でも使い手を、刀剣譚に巻きこむための神様のいたずらとしか思えない。

「…どうするかな」

 逃げる事は出来なさそうだ。夢であったら、どれだけ良かったか。

「考えても仕方ないな……」

 寝襦袢から袴に着替える。もう十年一人で着替えているので、誰かに手伝ってもらわなくとも一人で着られる。案外、つくりは単純なので、一度覚えてしまえば遥かに振袖なんかよりは、よっぽど着るのは容易い。

 まだ寝ている二人を起こさないようにして、練武場へ向かう。気取った言い方をしているが、結局は神社の神楽舞台であり、戸を全て取り払えば、周囲から見られるようになっている。夏祭りなどの祭事で奉納する神楽を演じる為の舞台を、ちょっと罰当たりに使っているのである。

 渡り廊下は、朝の眠たげな挨拶と供に太陽が昇り始め、薄明けの光に濡れていた。

このところ、雲が多い日が続いていて、花見もし難い天候ばかりだった。ようやく今日は良い日取りになりそうだ。学校終わりにでも、二人を誘って花見を見るのもいいかもしれない。庭の樹齢三百年という染井吉野も見ごろだ。

 倉庫から木刀を取り出し、軽い準備運動として素振りする。握りの部分には、長年使い込んで刻み込まれた大輝の手の形がくっきりと刻まれている。手垢や手汗で真っ黒だが、磨こうとは思わない。本来なら竹刀で素振りする方が、軽くて振りやすいのだが、敢えて重たい木刀を使う事で、握力と手首の力も鍛えている、らしい。師匠である祖父の言う事は、話半分に聞いていた。

「壱の太刀」

 冷静に宣言して、手の木刀を動かす。

 正眼に構え、真正面の打ち下ろしから、右脇へと両腕を引いて、胴突きへ移行する。

「弐の太刀」 

 壱の太刀の突きから手首を捻って、刃を床へ向ける。狙うは敵の脚元。そこから更に切り上げへと手首と体を捻って太刀筋を強引に変える。

 どれもスポーツとしての剣道では使わない。面・小手・胴・突きの四種類しか決まり手がないスポーツをバカにする心算は大輝には微塵もない。高校の剣道部からオファーを受けているが、ビシッときっぱり断わっているのは、彼の太刀が剣道ではないからである。

 彼が鍛錬しているのは、この神社の当主に演舞と供に伝えられる喧嘩殺法である。

 興りは、戦乱続く応仁の期。大名たちの襲撃から守る為に作られた古武術だ。特に名前はないから、入院中の祖父、八島元治は「喧嘩殺法」いうことで誤魔化している。大輝は、祖父の言葉遊びには興味がなかった。この太刀筋を真剣で辿れば、喧嘩どころか殺し合いになりそうな太刀筋である。人間に確実に傷を負わせる。若しくは、喉や腹、眼球など一撃の急所になる部分を的確に狙っている。

「精が出るの、主様」

「起きてきたのか」

 半時ほど練習していると、戸口から尻尾を千切れんばかりに振りながら、小狐丸がやって来た。格好は寝巻きのままで、短い銀髪は、あちらこちらに自己主張するように撥ねている。目の下には、可愛らしい顔に不似合いな、目糞がついたままだ。どうやら寝起きのまま、ここまでやって来たらしい。

「どうじゃ、わっちを振ってみんか?」

「振るって、まあ、そういうことだよな」

 摩訶不思議で愛くるしい外見に騙されそうになるが、目の前の狐の尻尾と耳を生やした女の子は、この神社の御神刀である。振るという意味は一つしかない。

「どしたのじゃ?」

「いや、何でもない」

 変な想像をしてしまった大輝を、小狐丸は怪訝そうな顔で見ている。

「変な主様じゃ」

 ドロンと消えて、床に刀が落ちる。二尺七寸の太刀をこんな風に握るのは十六年生きてきて初めてだ。左腰に差し、ゆっくりと抜き放つ。両の手にずしりと手に、心に、重たいものが圧し掛かる。磨くだけでは感じられない、人の命を奪う武器としての重さ。そして、それを扱う人間の冷たさ。今まで経験した事のない、それらが一気に大輝の心の中へ滑り落ち、自然と持つ手に汗が滲む。素振りを再開する。

 本当は白木拵えのまま振るのは、刀に悪いのだが。

「参の太刀」

 大きく腕を上げ、八相の構えを取る。介錯と同じように倒れ付した敵の首へ目掛けて刃を振り下ろす。この神社に伝わっている喧嘩術は、必殺の太刀筋を避けられたときの事を考えて、全て二段構えになっている。参の太刀の二段目は、切っ先を地面に走らせ、左右どちらへでも打てる変則的な切り上げの太刀筋を持っている。

「ふぅ……」

 たった二振りで、心を大きく消耗する。

 御神刀として祀られていたこの小狐丸は、紛う事なき真剣だ。今、ここで人間が目の前にいるなら、走らせれば肉も骨も断ち切れるだろう。その今更ながらの事実を実感して、大輝はいつも以上に汗を掻いていた。

 彼の疲れを察したのか、小狐丸は再び、狐娘に戻る。

「この太平の世。刀を使う事などあるまいよな」

「ああ……」

 裸足でトテトテと神楽舞台を舞うように動く小狐丸が問うた。その言葉に、大輝は息も絶え絶えに答えた。真剣を握った重さは木刀の比ではない。肉体的にも精神的も、酷い疲労感が襲っている。

 武器の強さは、武器の持つ威力と武器の届く距離に比例する。

 どれだけ体を鍛えて、空手の達人、柔道の達人になった所で、刀一本に比べると圧倒的に劣る。殴りかかるよりも先に手を切り落とされる。そして、どれだけ剣腕を磨いたとしても、銃には叶わない。刀を持って切りかかるよりも先に、十メートル先から弾丸を撃たれたら、即あの世行きだろう。

 そして、何よりも。

 今の日本で武器を扱う必要など殆どない。精々、国防を担う自衛隊と、治安を維持する警察官が持っているくらいだ。武器を使わねば一般市民も生き残れなかった、戦国の乱世や、血風吹き荒ぶ幕末なんて、過去の遺物。警官隊が持っているのは銃であり、剣は付属品や権威の象徴という意味合いだけだ。真剣を持って、行動する機会など、もう二度と訪れはしないだろう。

「本当なら、わっちは、刀剣譚などあって欲しくないのじゃ」

 舞台の上を舞っていた小狐丸は、唐突にそんな事を言い出した。

「主様とずっと一緒にいられれば、わっちはそれで満足じゃ」

 簡素な舞い。だけども、しっかりした流れに乗っている。この神社の奉納神楽として毎年八月の夏祭りで舞う神楽だ。長年、この神社に居ただけあって、足の運び、手の動き、全てに研鑽の成果が滲み出ている。

「意外だな。あの口ぶりだと乗り気だと思っていたが」

「わっちは、最強の座などに執着せん」

 きっぱりと言い切った。淀みもなく、つっかえることもなく、さらりと流れるような舞に合わせて、小狐丸は言った。

「主様もそうじゃろ。父君の事を忘れておらぬなら」

「何で、その話…」

 一瞬考えて、すぐに思い出した。

「って聞く必要も無いよな」

 この目の前のあどけない顔立ちの女の子は、守り刀。大輝の生まれる前からこの八島神社に御神刀として祭られていたのだ。大輝のことも良く知っている。祖父の事も良く知っている。そして、大輝の父、八島大治郎のことも。

 大治郎は、大輝の直接の師であった。そもそもこの神社に伝わる武術は一子相伝という事になっている以上、父親から子へと継がれるのは自明の理である。

 だが、大治郎は全てを息子に授ける前に亡くなった。

 五年前。この八島神社に強盗が押し入った。ちょうど大輝は小学校へ行っている最中で、大治郎が拝殿で掃除していた時の事。拝殿に飾られていた御神刀を奪おうとした。父は貴重な刀を奪われまいと必死に抵抗したが、結局押し入った強盗が持っていたナイフで刺されて死んだ。もう少し、大輝が帰ってくるのが早ければ、死なずに済んだかもしれないと散々に後悔した。

 父のお陰で二本あった御神刀うち、小狐丸は奪われずに済んだが、もう一本は行方知れずのままだ。だが、それよりも、最も強いと信じて疑わなかった父が、あっさりと負けた事が大輝は信じられなかった。

 あの時から、大輝は今まで以上に鍛錬に力を入れるようになった。別に父を殺した犯人への復讐などということは考えていない。考えた所で徒労に終わることだし、この手で殺しても満足しない。ただ、単純に八島神社を守るために、そして、長閑や自分の周りの人間を守るために。昨日のことだって、自分の学校の後輩が大変な目に逢っていたからだ。

「父君の事は、わっちら姉妹のせいじゃ」

 脚を合わせて、六尺ほどの間を向けて大輝と向き合う。

「わっちと妹の小燕丸がここになければ、父君は死なので済んだかも知れん」

 まるで自分の事のように言う小狐丸に、大輝は怒鳴った。

「やめろ!」

 ビクッと小さく狐娘は、肩を震わせ近寄ってきた。

「お前に罪はない。罪があるのは、奪った犯人だ。それに……」

 小狐丸の短い銀髪を撫でながら、

「俺は刀が好きだ。刀の面白さを教えてくれたのは、間違いなくお前だ」

「そうか、主様は優しいの」

 ぎゅっと小狐丸は、顔を大輝の腹に埋めた。もう少し上背があれば、胸に来たのかもしれないが、そんな事を期待しても仕方が無い。狐のふわふわとした毛が袴から僅かに覗く、露出した肌に当って心地いい。

「主様は優しすぎるのじゃ……」

「そうか」

 少し涙の混じったような声で呟く小狐丸に、短く大輝も呟いた。

ドダドタと朝の静けさには似合わない乱暴な足音が響いてきた。

「た、大輝さま、お、遅れて申し訳ありません!」

 ドタンと木口を勢い良く開けて長閑が飛び込んできた。飛び込んでくるなり、勢いに任せてジャンピング土下座をかました。ずざーっという擦れる音が練武場に響き渡る。

「き、昨日の事がありまして、うっかり寝過ごしてしまいました。お世話する者としては失格です。い、如何様にもしてください」

 鼻を床にぶつけたまま、長閑は一気に弁明の言葉を言い切った。

 多分だが、彼女の如何様にもというところには、「性的に」という意味が込められているのだろう。散らばった髪の毛の下から見えるうなじは、焼けた鉄よりも真っ赤に染まっていた。だが、如何様にもする気は、大輝にはない。

「食事は出来ているな」

「は、はい!」

「なら、それでいい」

 すっと座り込んで、長閑の頭を撫でる。それだけで彼女は天にも舞い上がりそうな恍惚の表情を浮かべる。一瞬だけ面を上げて、また再び深々と三つ指を突いてお辞儀した。

「は、はい。ありがとうございます」

「のう、巫女。わっちの分もあるんじゃろ?」

 小狐丸が聞いていた。

「はい。コンちゃんの分もありますよ」

 ワクワクと期待感に尻尾を振る小狐丸を変な呼称で、長閑は呼んだ。そのことには、大輝も呼ばれた小狐丸本人も当惑した表情を浮かべた。

「コンちゃん……?」

「コンちゃんとな……?」

 二人の困惑した顔に、「あれ?」という、また困ったような顔を長閑は浮かべる。

「小狐丸なので、コンちゃんです」

 ニッコリと人の良い笑顔で、長閑は言った。幾らなんでも安直に過ぎやしないだろうか。狐の鳴き声が「コーン」だから、「コンちゃん」とは。大輝は苦笑を浮かべ、呼ばれている方は、烈火のごとく怒り始めた。

「コンちゃんなどと、可愛い言い方で呼ぶでなし!」

「あ、あれ、ダメでした?」

「嫌に決まっとろう! もっと、いい呼び名を考えよ、巫女!」

 尻尾を威嚇するように大きく立てて、小狐丸は吼える。どうも可愛らしい言い方は、この神様にはお気に召さないようである。しかし、一緒に寝たのが効いたのか、それとも大輝が寝ている間に何かあったのか。長閑の態度は、初めて会ったとは思えないほどに、ニコニコと朗らかな笑顔を浮かべていた

「ゆっくり考えますね、小狐丸」

「うむ。いい銘を考えてくりゃれ」

「それより朝食だ」

 大輝が宣言するように言うと、長閑は電光石火で頭を下げ、

「は、はい。準備できておりますので」

「そうか」

「なら、早速行くぞ!」

 ドタドタと子供のように、板を踏み鳴らして渡り廊下を小狐丸は駆ける。

「ほら、早くせんか。わっちはもう腹ペコじゃ!」

「可愛い子ですね。私たちの娘も」

「え?」

 何か不吉な事を長閑が口にした気がしたが、精神衛生上拙いので、聞き返すことはやめた。何を言ったか、彼女が何を希望しているのかは、大輝とて重々承知していて、その上で気がつかない振りをしているのだから。

 久しぶりに三人になった食卓は騒々しい。

 いつもどおりに食べている大輝と長閑ではあるが、小狐丸は小柄な体に似合わず、兎に角モリモリ食べる。焼さばを一口食べては、味噌汁を一口啜り、ご飯を一杯。

「おかわり!」

 ご飯を一杯食べて、味噌汁を飲み干し、漬物を一口。パクパクと間断なく食べ続ける小狐丸に、ご飯をよそう長閑は笑顔を少しこわばらせている。弁当用のご飯まで食べつくして、ようやく狐娘は箸を置いた。

「ごちそうさまじゃ!」

 さて、食べ終えれば大輝は汗を流し、そして二人揃って登校であるが、ここで一つ問題が起きた。それも非常に困った問題である。

 食費の事についてはあまり心配していない。一応、それなりに大きな神社であるので、御守りやお払い、後は寄進によって入ってくる収入は、その家族五人分くらいなら十分に賄って、少し贅沢するくらいの余裕はある。

「放っておかれるのは嫌じゃ!」

 そんな風に駄々を捏ねる狐娘の存在だ。

 ずっと日中、一人で居たくせに、いや、居たからかもしれないが、小狐丸は随分と寂しがり屋のようだ。制服に着替えた大輝と長閑の脚に張り付き動こうとしない。

「じゃ、どうする?」

「一緒に寺子屋へ行くぞ!」

 二人は、肩をガックリと落とす。

「確かに、わっちは刀剣譚に参加するのは気が進まん。だが、敵はそな言い訳聞きゃせん」

 参加する大輝の傍にいると、婉曲的に宣言されてしまった。変な重さが大輝は胃の中に圧し掛かっているような気がしてきた。

 目の前の狐娘は、見た目は完全に人間である。今は襦袢という肌着姿だが、服くらいなら、合うサイズを長閑が持っているだろう。だが、襦袢の中からはみ出ている尻尾と、銀髪の中に島のように飛び出した三角お耳をどうするか。まさか切り取るわけにもいかない。耳は頭巾やバンダナがあれば隠せそうだが、大きなフワフワ尻尾をどう処理しようか。とてもではないが、スカートやズボンには納まりきりそうにない。コスプレといういいわけがどこまで通用するか、さっぱり解らない。

 刀の状態なんて、もっと拙い。警察に見つかった瞬間に、現行犯で即刻留置所行きである。まだ十七で、いや、幾つになっても前科は絶対に付けたくない。学校での悪戯ではないのだ。学校どこか、社会から放逐されても文句は言えない。

 しばし二人して逡巡してから、尋ねる。

「その尻尾と耳は隠せませんか」

 長閑の問いに、小狐丸は小首を傾げる。

「隠せなくても良い。目立たなくさせる術とか無いのか?」

 今度は、大輝。

 人から刀へ。刀から人へ。そんな幻想的な情景に期待した故の質問である。

 ここまできたら不可思議がいっぱい並んでも驚きはしない。麻雀で天和連発とか、人の記憶を誤魔化すとか、そんな神様染みた術技が使えたところで、今更驚くことも無いだろう。そんな二人の期待を、

「わっちは刀じゃ。そな力ありはせん」

 狐娘は、すっぱりさっぱり切れ味良く裏切った。

「え?」

「え?」

 ポカンとする顔を浮かべる二人に、また小狐丸は小首を可愛く傾げた。そもそも、二人揃って何を期待していたのだろうか。ゲームのやりすぎ、冒険小説の読みすぎに違いない。 

 この刀が神社にあるという、そんな自分たちにとっては必然の神秘性が、二人の妄想に拍車を掛けていただけの話である。そもそも刀が人の身を得るということから、現実離れしているのだが、そこまで現実離れしてはくれないようである。

 だが、肩を落としていても何も始まらない。登校の制限時間は、既に目の前に迫っているのだから。二日連続の遅刻は拙い。

 再び、二人して考え込む。

 取り敢えずは、父親の使っていた錦織の竹刀袋に押し込んで、口をグルグルと縛っておいた。詰められることを小狐丸は最後まで抵抗していたが、刀を持ち歩くのは、明確な銃刀法違反である。捕まってしまっては、刀を没収された上に、大輝は留置所の床を暖める事になる。こうやってすぐに使えない状況にしておけば、厳重注意で済ませられるだろうという淡い期待も込めて、小狐丸の自由を昨晩同様に奪っておいた。

 つくづく、刀剣譚というのは自由の利かないゲームであると大輝は心の底から思った。 こんな不可思議な事が起きているのだから、もっと魔法染みた事が起こせても言いと思うのだが。




 登校は寸での処で間に合った。

 だが、かなりギリギリの時間帯であり、既に教室には殆どの生徒が揃って、後は九条教諭を待つばかりとなっていた時分である。校舎へと疲れた様子で歩いていく大輝、三歩後ろを良妻のように付いてくる長閑。二人を見つけた貴人が、教室から手を振っているのが、良く見えたが、振り返さなかった。その事に、またガックリと肩を落としていたが、別に気にはしない。

 後ろの戸を開けて入ってきた大輝に、七十の目が集中する。

 コソコソと必死に耳を塞ぎたい、いや、いっそ聴覚神経を切り去ってしまいたいくらいに聞きたくない話題をしている生徒も居る。昨日の喧嘩騒ぎの事は、既に噂に成っているのだろう。一日も経てば尾鰭が付きに付いて、全く関係ない話題を巻き込んで、雪だるまのように大きく膨れ上がっていることだろう。

 倒した不良たちは、近隣でも有名なヤンキーだったとか。

 アッチ系の人間とのヨロシクやっている繋がりがあるとか。

 そんな真偽の程は、全く確かめようの無い話ばかりだ。それでも、人の噂も七十五日。 一学期の終わりまで、この肌に纏わり付くような、痛い視線を受け続けならなければならないのは、意外と精神に堪える。

 生まれ付いての女顔に続いて、今度は昨日の喧嘩の話題。自分でもセンセーショナルな話題に事欠かない人間だと、ガックリと肩を落す。そんな評価は一分たりとも望んだ記憶はない。

「おはよう、大輝」

「五十鈴……」

 今朝も今朝から腹立たしいほどに、人を惹き付ける爽やかな笑顔だ。

 昨日の晩から逢った事を全て話してやろうとも思ったが、五十鈴は合理的で、幻想的な話は一切信じない。神様というものを信仰の対象とは捕えても、信仰したから何があるとは、大輝や多くの宗教関係者と違って、この眼鏡の少年は信じていない。良くも悪くも現実主義、唯物主義なのだ。

「今日は一段と可愛い顔が台無しだよ」

 早速、こんな気障な台詞が出てくる。今日も五十鈴の口と舌の調子は、ターボ全開、絶好調だ。尤も、大輝は五十鈴の口が止まったと言う日を見た事がない。いつでも絶好調に奔り続け、廻り続ける。

「昨日は、良く寝てないみたいだね」

「何で解る」

「目の下の隈。疲れた顔しているよ」

 眼鏡と頬肉の僅かな隙間に、男にしては白い指を突っ込んで、目的の場所を示す。

 黒くなった目の下を乱暴に揉み解し、眉根を寄せるだけで抗議の意思を示す。これだけの遣り取りで見抜かれているのだから、今更抗議した所で無駄なのではあるが、五十鈴の眼鏡には、外見から見えること以外にも、自分の悩みや理想、それら全てを、余すところなく見透かされているような気がして、少々怖い。

「それに。なんだい、それ?」

 五十鈴は、大輝の手に握られていた長い錦織の包みに早速、興味を示してきた。ここで開封して中身を見せるのはまずいので、適当に濁しておくことにした。

「ああ、気にするな」

「もしかして、竹刀かい?」

 白い歯を見せて笑う。

「あれだけ剣道部には入らないって言っていたのに」

 やっぱりこの男は聡いと、大輝は心の中で舌打ちした。こちらが必死になって隠している部分まで、塀を飛び越えて入ってくる。その囲まれた中身を他へとぶちまけないのだけは評価しているが、それ以外は褒めたくない。

 袋の形状、自分の曖昧な態度から一瞬で見抜かれた。入っているのは、竹よりも、もっと殺傷能力の高い真剣だ。大体、一メートル近い代物を持ってくるような生徒なんてまずいない。登校中も、彼ら同様にギリギリで間に合う時間に登校しようとしていた生徒たちから奇異の視線が飛んで来たのは、よく解っている。

 ピクッとクラスの中にあった冷たい視線が四方から飛んで来た。恐らくは剣道部に所属している部員のものだろう。彼らから見てみれば、大輝が剣道をする事は、必死になって真面目に打ち込んでいるモノを酷く汚されるような気分である事は間違いない。

「そこも聞くな。そして、気にするな」

「そう。聞くなというなら、聞かないし、気にするなというなら、気にしないよ」

 でも、と五十鈴は続けた。

「しっかり寝ないと勉強にも差し支えるよ」

「奮わんお前に言われても、困る」

 お前は俺のお母さんか。

 個人の都合、つまりは勉強が嫌い、興味がもてないという世の教育関係者の皆様が聞けば、さぞかしお嘆きになること間違いなしな事を平然と五十鈴は言ってのける。着任早々のフレッシュ先生が教室にまだ来ていなくて良かった。そんな事を聞いたら、確実に卒倒すること間違いなしだ。自分の呼びかけに対して、返事を返さなかっただけで、ウルウルと泣きそうになるほどの小動物ぶり。あれが彼女の素だから、相当に性根は弱そうだ。かなり打たれ弱い。

「にしても、先生遅いね」

「そうか? 何か、会議が長引いているんだろ」

 時間は既にホームルームが始まる時間帯だった。

 定刻を過ぎても来ない新任の九条先生を心配する声もあれば、逆に心配していない声もある。勿論、どちらでもなく自分たちの世界に没頭している生徒も居る。このようなことくらいでオタオタうろたえるのも、どうかと思いながら、大輝は寄り深く、椅子に腰掛けて、始まるのを待つことにした。今までだって、ホームルームに遅れてくる先生はいた。一限にずれ込んでしまい、担任の先生が朝の連絡をしないことだって、今更珍しくない。

 だが、五十鈴はそんな大輝の泰然とした態度を崩す一言を言ってきた。

「違うよ」

 冷静で、潜めた声。そんな声で言われては、興味を示さざるを得ない。

「何が?」

「ニュースでチラッとしていたんだけど、郷土資料館に強盗が入ったって話聞いた?」

「知らん。今日は生憎と、ニュースを見損ねた」

 いつもなら、朝のワイドショーを梯子して、一日の時事を確認した後、登校するのだが、小狐丸の寝巻きである白木拵えを外し、別の拵えを探して嵌めなおし、竹刀袋を探し、なんな事をしている間に時間を掛けてしまい、全く見る事無く、登校する羽目になってしまったのだ。一日二日、見なかったところで、大輝は気にしないが、ニュースのオマケの占いコーナーを見損ねた長閑は、ちょっぴりテンションが低い。

「なら、良く聞いて。多分、先生が遅れてるのと無関係じゃないから」

 そう返した大輝に五十鈴は丁寧に、小さな声で事件の概要を話す。

 この男、随分と行動が早い。昨晩の事がニュースになってから、今朝登校前に事件現場へ赴いて、現場を行き交う警官たちの言葉の断片から手に入れた情報で、凡その概要を解説する。まるで事件当時、現場に居たかのような口ぶりだ。チラッと聞いた量ではない。いっそ、この目の前で探偵のような口ぶりで話す、お前が犯人ではないのかと大輝は疑いたくなる。

 事件は昨日の十一時頃。資料の整理を終えて帰ろうとしていた館長が襲われた。

 第一発見者は、教授の教え子で、資料館のスタッフ。彼が倒れていたのと同時に、飾られていた刀が一本盗まれているという。

 ありがちな強盗傷害である。

 刀を盗もうとして忍び込んで。

 巡回していた館長に見つかってしまったので、グサっと。

「それが、どうしたんだ」

 概要だけ見れば、良くある事件だ。窃盗罪が一気に強盗殺人罪という比べ物に成らないほどに、凶悪な事件へとランクアップしているだけだ。

 事件現場が近くで、犯人がまだ近くに居るかもしれないから、当面の間、外出を控えましょうという通達が学校から下る程度だろう。そんな事を律儀に守るのは、まじめな一年生くらいだろう。

「解んないかなー?」

 勘の鈍い大輝を、ひらひらと手を振っておちょくる。早く先を言えと、探偵少年の言いたい事が気になった大輝は目で睨んで促す。

「その第一発見者が」

 五十鈴は声を一層潜めて、

「九条先生だっていうんだよ」

「ああ、そういや、前は博物館のスタッフみたいなこと言っていたな」

 新任一日目から、何ともツキのない先生だと、人事のように大輝は思う。事実、人事なので、何もいい用がないのだが。そうなると、今頃、警察所の中で、青い制服を着た公務員の皆さんと面談中というところか。そうなると今日の現代社会と日本史の授業は、お流れになるだろう。受けた事がないので、実体験として語れないが、とても一時間二時間程度で終わるとは思えない。それこそ一日がかりの大仕事になるはずだ。

「しかもね。この事件、色々とおかしなところがいっぱいなんだ」

「お前が、その『おかしなこと』を知っているのが一番、おかしいと思うが」

 やっぱりコイツが犯人なんじゃなかろうか。頬杖を付いて、渋い顔で五十鈴を見ると、憎たらしく口の端だけを上げて笑った。

「おかしいのは、次の三つ。被害者の傷の形。散らばったケースの破片。目撃者不在」

 真実を話す推理小説の主人公のような口調で、疑問になった事を話す。ただ、大輝は目を爛々と輝かせて語る五十鈴の話は、全く聞いていない。聞いたところで、自分達が探偵のように事件解決に寄与できるはずもない。こんなド素人が気がつく程度の謎だ。プロが気が付いていないはずがない。

 大輝と五十鈴のひそひそ話は、教室後方、最も廊下側で行われている。他のクラスメイトに、二人の危険で、勝手な憶測を呼ぶような話題は伝播していない。二人の事をチラリチラリと見ては、また自分たちの話題へと戻っていく。

 教室の心配と不安、そしてお遊びが教室の中には満ちていた。

 それが最高潮に達した時、ガラガラと引き戸を開けて、小柄な社会科教師が入ってきた。低い鼻梁に掛けられたままのズレた眼鏡は昨日と変わっていない。頭を下げるたびに落ちそうになっている。着ている服装は昨日よりも落ち着いたものになっている。式典のための礼装で辛うじて大人っぽさを持っていた先生は、私服になると、一層子供のように見える。そんな彼女の持つ愛らしさに、男女問わず昨日と同じような大きな歓声が上がる。

 湧き上がる声に、彼女は照れつつも教卓に付く。

「皆さん、おはようございます。いきなり遅れてごめんなさいね」

 彼女は、クラスの前で小さく頭を下げた。また、サイズの合っていない眼鏡が、ずれて落ちそうになる。見事なバランスで落ちそうで落ちない点を保っている不思議な眼鏡だった。だが、大輝の注目は彼女のそんな子供のような容姿を逆に、一層際立たせる無理した大人コーディネイトにも、魔法のようにチョコンと顔の上に乗っている眼鏡にも、どちらにもなかった。

「お、遅れて申し訳ないです。出席と連絡を終えたら、すぐに一時間目ですね」

 昨日よりは落ち着いて、それでもまだまだ困ったような、たどたどしい声で九条かさねは、二年五組の出席を取り始めた。舌足らずな声で話す彼女に男女問わず癒されながらも、彼女の昨日までは無かったものに、大輝の心の中には引っ掛かるものを感じていた。

 左の親指と人差し指を包むように覆われたバンテージの存在。

 可愛らしいアニメキャラのプリントがされたバンテージは、彼女の白い肌の上では際立って見えていた。普段だったら、夕食の時にドジしたくらいで何も思わなかっただろう。だが、五十鈴の話を聞いたあとでは、まるで何かを拙い事を覆い隠すように見えたのだ。

(実は、第一発見者が犯人……)

 そんなありがちなオチを思いついた当りで、呼ばれた。

「八島大輝君」

「はい」

 上の空で出席を返している間に、九条先生は職員室へ引き上げ、入れ替わりに担任を持っていない顰め面の中年教師が入ってきて一時間目が始まってしまった。とてもではないが、あの気弱さでは、殺しは愚か、人のモノをちょろまかす事もできないだろう。頭の中にチラッと浮かんだ嫌な想像を消すように、ノートを開いて、板所を写すことに没頭した。


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