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刀剣譚  作者: トモカ
壱の巻 奇
1/8

序章

 日本刀。

 それは、古来、日本の刀鍛冶達が、人を殺す為に作る。

 それは、古来、日本の武将達が、人を殺めるために使う。

 言ってしまえば、戦争の道具だ。


 武器は使う人の意思であって、武器自体は良くも悪くもない。

 そんな事をいうのは、偽善者だ。

 いや、偽善者にすらなれていないだろうと彼は思う。

 武器の使い道は、結局、どれだけ突き詰めても一つしかない。


 それは他者の殺害。


 肉を斬り、骨を断ち、血を啜る。


 それが武器の真髄だ。どれだけ取り繕った所で本質は変わらない。

 日本刀は包丁ではないのだ。野菜を切るための道具でもない。

 日本刀は草刈鎌ではないのだ。雑草を切りそろえる道具ではない。

 どんな意味があろうとも、人を殺す目的以外では使われない。

 悲しいかな。

 日本刀だけではなく、銃器や鈍器も同じ。

 どれだけ取り繕っても、不変で普遍だ。


 だけども、日本刀が普通の武器と違う所。

 それをいうならば、優れた美術価値にあるのだろう。

 同じものが二つとして存在しない刃紋。

 極限まで磨かれ、研ぎ澄まされた白刃。

 それが日本刀の持つもう一つの魅力だ。


 八島大輝もそんな一人だ。


 だが、彼はまだ一介の高校生。

 一本数十万もするような日本刀を買い漁っているわけではないから誤解しないで欲しい。

 彼の生まれた八島家は貴族天覧の平安から、連綿と続いている神社の家系である。

 そのご神体として、一振りの日本刀を祀っているのである。

 そんな大層な形で祭っている神社で十六年も育っていれば、当然の事だが、興味は沸く。 幸いな事か、それとも不幸な事か、美術価値のある刀剣を作ってくれる刀工が近所に居た為に、その興味の拍車は歳を重ねるごとに爆発的に加速していた。




 朝の静謐な空気が、道場に流れる。

 春になった空は、清清しいほどの青に染まっている。

 見るもの全てをうっとりさせるような雲ひとつない晴天である。昨日まで降り続いていた雨は、今朝になってようやく止んだために、周りの草木はまだ湿っている。たっぷりの朝日を浴びて、キラキラと金剛石のように煌いていた。

 そんな外で繰り広げられている、朝の風景には目もくれずに、一閃。

「はっ!」

 竹刀が涼しげな風を生んだ。続けて二打目。唐竹からの手首を返しての右切り上げ。

 現代剣道では使う事の無い型である。斜めに奔る一閃は綺麗に決まった。自分の出来栄えに納得して、納刀する。ピンと張った竹刀の弦が震えた気がした。誰もいないが、剣の道は礼に始まり、礼に終わる。それを実践している身としては、日々の鍛錬と同じ位に、一礼は欠かせない。


 トン、トン、トトン


 大輝が竹刀を納めて、朝の鍛錬の片づけを始めた所で随分と慎ましやかで、控えめな木戸を叩く音がした。壁の柱時計を見ると、既に時間は七時を廻っている。そろそろ朝食を溜めないといけない。これ以上遅れると、幾ら学校までの距離が短いとは言え、ゲーゲーと食べたばかりの胃の中の内容物を道すがらぶちまけて、登校しないといけなくなる。かなり危険な時間帯だ。

 ガラリと木戸を開けると、せっせと漆塗りの手鏡で髪型はおかしくないか、服は歪んでいないかと、最後の確認をしている染みも皺も全く無い真新しいセーラー服の少女がいた。 大輝が出てきたことには気がつかず、いつまでもせっせと直している。

「長閑」

 大輝に名前を呼ばれた事が、嬉しかったのか、驚いたのか。

 長閑は飛び上がって、三つ指を突いてお辞儀をしてきた。持っていた手鏡は、さっと服の中へ仕舞う。何とも感嘆するような早技だった。確かに、身だしなみを整えている所など、女性にとっては見られたくない光景だろう。

「あ、あの大輝さま。朝食の準備がで、できておりますので」

 丁寧に、頭を下げたまま、用件を伝える。

 大輝としては、同居して既に十年を数える彼女くらいは、丁寧な言葉を抜いて、もっと砕けた調子で話してもらいたいと思っているのだが、如何せん、身分、いや、正確に言うと血が違う。この子がそれを大きく気にしているのは、良く知っている。

 透けるような雪色の肌は真っ赤にそまって、羨ましいと同性からは言われ続ける長い睫毛が縁取るのは、黒曜石のような煌びやかな目。顔立ちも今年から高校生だが、幼さを残し、体つきも、何とも華奢で抱きしめたくなるような可愛さに溢れている。

 長い黒髪と、それに対比するような白い肌、丁寧な物腰と言葉使い。「大和撫子」と辞書で引いたら、八島大輝の辞書には、目の前の彼女の名前、「八島長閑」と載っているだろう。

 神主の代行を行っている彼の手助けをしてくれる立派な巫女であり、尚且つ大輝とは従兄妹になる。そして、今年から高校生であり、彼と同じ高校に通うことになっている。

「あ、大輝さま、タオルを」

「ん、ありがとう」

 単にお礼を言っただけなのに、和は沸騰した薬缶のように白い煙を噴出し始めた。

「いえ、あの、その、お礼を言われるような事は…」

 目をウルウルと滲ませ始める。

 大輝は朝からため息を付いて、トタトタと足音小さく、と木張りの廊下を歩き始めた。本殿のすぐ隣に儲けられた神楽舞台を利用した道場からは、渡り廊下で我が家に繋がっている。

 できるだけ早く、朝食を食べて学校へ行かないと生活指導のゴリ山にコッテリと絞られることは間違いない。大輝は始業式、長閑は入学式、そんな一つの年度の初めから、暑苦しい顔は見たくない。

「ほら、折角作ってくれた朝ごはんが冷めるだろ」

「は、はい!」

 トテトテと袴の裾を踏まないように注意しながら、後をカルガモのヒナのように付いて廻る従妹姫は何ともいじましい性格をしている。腹の虫は起き抜けから、剣の特訓に付き合わせてしまったために、迷惑になる位に存在を強く主張している。

 神社における居住空間は、完全に神社本体からは切り離されている。

 八島神社の敷地内の空いた一角に建っている普通の一軒屋だ。社務所を一階に設け、その奥が生活空間になっている。ありがちな現代建築ではなく、神社の伝統的な切妻造りを壊さないように、そして、宗教的な見地と実際に使用する見地から細やかに合わせた造りになっている。最近は、ユニット住宅などというのが流行っているらしいが、このように徹底的に「実用性」と「宗教性」を融合させた邸宅が、大輝も長閑も大好きだった。

 嫌いだったら、とっくに大阪でも神戸でも、適当な高校を選んで一人暮らしを始めていただろう。今更、神社などという時代遅れも甚だしい場所に住んでいるのは、趣味と仕事のためである。

 朝食の座卓につくと、さっそく長閑がご飯をよそってきた。キラキラと白く煌く宝石のような炊き立てごはんである。お寺ではないので、流石に他の料理は精進料理ではないが、今朝の朝食は、ふわふわ玉子焼き、ピッカリの黒豆とオーソドックスな和風の朝食である。

 一口も食べなくても解るが、敢えて一口食べてから、感想を言う。

「うん、旨い」

 玉子焼きを一口大に丁寧に切り分け口に運ぶ。卵だけを使うのではなく、出汁を少し混ぜることで、ふっくらとした味わいに更に深みを持たせている。料理の腕前は、どこへ嫁に出しても怒られない立派なものである。

「あ、ありがとうございます……」

 顔を真っ赤にして俯きながら、長閑は言う。

「凄く出来るんだから、もう少し胸を張れ」

「は、はい……」

 ちょっと叱責する程度の心算だったのに、長閑はますます俯いてしまった。

 ダメだ。

 大輝は、心の中で長閑にばれないように肩を竦めた。

 どうにも彼は、女性の扱いが下手糞だ。

 振り返ってみれば、彼は女性との接点が少ない。ただ、誤解しないでほしいが、男色の気があるわけではない。ただ、女人禁制の私立中学で三年を過ごし、ようやっと高校に入ってから共学に戻った大輝は、どうにも女性との接し方が分かっていない。

 女性と接することよりも、剣の事、勉強の事、そして神社を続けていく為の所作など。

 凡そ世の中の高校生には有るまじき、そして、教育者から見れば感心と納得の素晴らしい生徒をしてきた少年だ。多分、接した女性の数は亡くなった祖母と母、そして、目の前で俯いている世話焼き従妹くらいだ。携帯の登録アドレスなんて、男女比は九十九対一の割合で、メモリに刻まれている。

 全く色の無い、寂しく潤いの無い生活を送ってきたことにも自覚はしている。

 酷く自覚はしている。目の前で俯いて、一粒ずつ数えるようにして黒豆を食べている長閑の態度の遠因が自分の煮え切らない態度にあることも自覚している。

 だが、正直、断わり方も解らない。

 断わったところで、「従妹」の関係や「神主と巫女」の関係が立ち消えるわけでもない。 彼女の恋が実らなくとも、なまじっか血の関係がある分、その関係は不変なのだから。

 そんなこともあって、長閑に対する態度を曖昧にしていた。出来れば、自分以外に好きな人を作って欲しい。そうすれば、それで全て円満解決するのだからと、長閑には酷い事を期待してしまっている自分もいるのだ。

 なんと穢れた思考を持つ神主だと自分でも嫌になる。そんな事を言いつつも、心の中には、こんな可愛い妹を手放したくないという、二律背反の気持ちがある。

 心の中に浮かんだ黒い気持ちを押し潰すように、白ご飯を大輝はかき込んだ。

 食べ終えてひと息。

 これまた上手に淹れた煎茶を持ってくる。個人的には、これだけは烏龍茶のほうが好きなのだが、折角手ずから淹れてくれたお茶だ。無碍にするわけにもいかない。

 受け取るのを待って、長閑はテレビをつけて、台所へ行ってしまった。

『今朝、午前二時頃、大阪市で、女性が何者かに斬り付けられる事件が発生しました』

 若いニュースキャスターは坦々と流れ作業のように、重大な事件を話している。場面は切り替わり、暗がりに青い服を着た人が、うろうろしている。VTRに差し替えられる。事件現場のようだ。ただ、それもブラウン管を通すとドラマで見るような事件現場の光景のように、現実感が全く無い。

 大阪市というと、ここからは一時間程度の距離だ。犯人は逃げ回っているようだし、下手をすると此方にまで来るかもしれない。そんな事が脳裏に過ぎったが、やっぱり現実感の無いままだった。事件に巻き込まれるなんて、普通は思わない。

 最近、関西圏のニュース番組はこの話題で持ちきりだった。

 一ヶ月ほど前に姫路の城下で資産家の男性が斬られると、次は加古川、神戸と段々と場所を東へ、東へ移しながら、同じ手口に拠る傷害事件が連続していた。狙われているのは、何れも資産家だという。勿論、事件になっていないだけで、他にも被害者はいるのかもしれない。家に一人で居る所を、バサリと斬り付ける手口は皆同じだから、同一犯と言うことで、警察は追っているが、かなり広域にわたっているために、有力な情報は手に入っていないらしい。ただ、どの家からも飾っていた刀が無くなっていることから、不謹慎なマスコミは、秀吉に準えて「刀狩」などと呼んでいる。それを警察の怠慢だと、数年前に脱税疑惑で騒がれて、議員を辞したコメンテーターが吼えていた。

「またですか」

 自分の分のお茶を注ぎながら、長閑がそんな事を言った。

「どんどんこのあたりにも近づいていますね」

 この分では、夜遊び禁止令が敷かれるのも時間の問題だろう。この当りは、のどかな田園風景が続く街ではあるが、京都市の衛星都市として栄えている面が強い。深夜までバスや電車は走っているので、京極や祇園に出かけている不心得者の学生だって、少なくはない。

「ああ、そうだな。長閑、気をつけろ」

「は、はい……」

 また真っ赤にして俯く。どうすれば良いのか、誰か良い知恵があるなら、教えて欲しいものである。好意を断わって、尚且つ、関係を維持する方法。きっと世に名だたる小説家でも、この解決方法は思いつくまい。そんな打算的で、互いの心を下ろすような嗜好を持っている作家は少ないだろう。

「あの、一応、風呂は焚けておりますので、鍛錬の汗を流されては……」

 そう言って長閑は、今度はバスタオルを差し出してきた。真っ白なタオルからは、洗い立ての石鹸の香りがほのかに香る。

 チラリと時計を横目に確認すると、時間は、まだ余裕がある。鍛錬した後の汗臭いまま登校するのは、あまり好ましくないだろう。おまけに今日は始業式である。そんな一年の始まりから汗臭いなんて、身だしなみに気を使っていないような印象を受けられるのは心外だ。

 鍛錬の為の袴姿から、制服に着替えるついでだ。

 さっと汗を流す程度の気持ちで、袴を脱ぎ捨て、脱衣籠へ放り込む。増改築を繰り広げてきた家ではあるが、ここだけは昔ながらのヒノキ風呂である。

 見た目だけだが。実際は、ボイラー機能つきのハイテク風呂だ。

 いつもは長々と入っていることも多いし、禊ぎのために水風呂へ浸かることもあるが、登校前の時間が押しているタイミングなので、体は湯船へ沈めず、サクサクと汗を流す程度に抑えて、急いで上がり、制服を着る。

 風呂場から、神社の拝殿へと向かう。先に来て、見ているほうが疲れそうなほどに背筋のピンと伸びた正座で待っていた長閑の隣に、大輝も同じように正座する。

 二礼。

 二拍手。

 一礼。

 神社に参る際の基本的な作法である。

 祝詞。

 頭を下げたまま、二人声を揃えて、祝詞を唱える。

 神社であるならば、ごくごく普通に行っている事である。本来ならば、神主である祖父について、唱えるのが慣わしなのだが、生憎と先月から大輝との鍛錬の最中にうっかり足の骨を折ってしまったために、入院している。そこで退院するまでの間、大輝が神主代行として、何とか見られる程度には、立派に、務めを果たしているわけである。

 祝詞を唱え終えると、もう一度同じように二礼、二拍手、一礼で締める。

 登校前の日課というより、半ば大輝と長閑の生態のなってしまったお参りは、祖父が入院しても続けている。何だか、これをしないと二人とも体調が悪いというか、今ひとつ気分が向上しないのだ。

 別に「神様のご加護」なんて敬虔な異教徒の考えを信じているわけではない。

 何年も繰り返して身に付けた自然な生態は、自分たちの中に確実に植えつけられているというだけの話だ。

 頭を上げると、拝殿に飾られた御神刀が、視界に入る。

 こうやって飾られて、たまに外の刀工の元へ出されては、丁寧に磨かれて返ってくる。自分たちを生まれた時から八島神社のご神体共々、二人を守ってくれている立派な白木拵えの刀だ。

「では、行って参ります」

「行って参ります」

 最後に拝殿を出る前に、一礼。


「ふふ……」


 鍵まで閉めたはずの拝殿の中から、声が聞こえた気がした。

 空耳だろう。当りは深い森だ。木々の間を走り抜けた風が囁いたのだろう。

「大輝さま、先に行きますよー」

 脚を止めて、無人の拝殿を振り返った大輝を、既に石段を降り始めていた長閑が大きな声で呼ぶ。腕時計をチラリと見ると、結構良い時間帯である。

 新学期早々の遅刻は拙いので、長閑を連れて、長い石段を降り始めた。


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