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多元界世界

はじめてのおつかい

作者: 羽崎さやり

一人称ばかりで書いていたので、今回は三人称に挑戦してみました。

「彼」視点からなので、司書が空気です。

きょわぇああぁあー…


いつものようにカウンターでお茶を楽しんでいたら、エントランスの方角から妙な奇声が響いてきた。


「…なんでしょうね?」


首をかしげた司書は、奇声とともに、鳥のはばたきのような音も聞こえてくることに気づいた。

同時に、向かいでやはりお茶を楽しんでいた「彼」が、やれやれ、と言いたげな顔でため息をつく。


「俺の待っていた相手が来たんだろう、おそらく。だが、どうも迎えに出てやったほうがよさそうだな…」


かたり、とちいさな音をたててカップをソーサーに戻し、億劫そうに立ち上がる「彼」を司書が見上げたとき、ふたたび、


きゅあぇえェ~…


と実にタイミングよく、咎めるように奇声が響く。今度はそれに、なにやら人の騒ぐ声までが混じって聞こえた。

それを耳にすると、「彼」はなおさら、心底めんどうくさそうにため息をついた。


「…ああ、やはりな…。ちょっと行ってくるから、待っていてもらえるか」


「?ええ、かまいませんとも」


司書が頷いてみせると、「彼」は足早にエントランスへと姿を消した。






「この…ッ、おとなしくしろ、コイツ!」


「きょわあぁあっ」


ばさばさばさっ、

がっ、

がががっ


「イテッ、イテテッ…このバカ鳥!暴れんなってぇ!」


「くぉわーッ!!」


「………そのあたりにしないか」


声をかけると、奇声を発して暴れる鳥の足を掴んでおさえつけようとしていた男が、自分に声をかけた「彼」を見て、まともに硬直した。

足を掴まれているほうの鳥は、威嚇するように膨らませていた冠毛をややすぼめて、訴えるように、哀れっぽく「けぇえ」と鳴く。

よほど暴れたのか、あちこち毛羽立ったように羽毛が乱れている鳥の姿を見て、声をかけた「彼」のほうは、心のなかで、この鳥をここへ来させた相手にひとしきり悪態をついた。

だからやめろと言ったのに。

しかし、現実に来てしまったものはしかたがない。ここにはいない相手に文句をつけるのはあとからにして、ひとまず、鳥を自由にしてやらなくてはならない。


「それは知り合いの愛鳥(ペット)だ。放してやってもらえるか」


「……愛鳥(ペット)?」


肯定の意味でうなずくと、いくぶん力が抜けしまっていたらしい男の手を自力で抜けだして、鳥が「彼」のほうへと飛んできた。


「くわぁ…っ」


差し伸べてやった腕に問題なくとまってから、鳥はややぼさぼさになった羽根を、いそいそとくちばしで繕う。

そのさまを、呆けたままでながめていた男へ、「彼」は再度、声をかけてやった。


「…飼い主には、今のことは黙っておいてやる。去れ」


「え、あ…っ」


男の目が泳いだ。そのまま、半ば無意識にか、飼い主とかペットってソレ食用種じゃ、と、つぶやきがこぼれる。


「…まあ確かにな」


鳥の背を撫でてやりながら、「彼」はみたび、ため息をついた。


「だが、その食用種をあえてペットとして可愛がっている物好きもいる。…耳にしたことがないのか」


「……、それって!」


言われてやっと、その「物好き」について思い当たったのか、男が青くなった。


「……あいつは根には持たないが執念深いぞ?」


駄目押しにとそう付け加えれば、男の顔色は、真っ青を通り越して死人のようになる。おそらく、「彼」の言う「あいつ」についての、いくつかの剣呑な噂を思い出したのだろう。

その噂はあくまで誇張されたものでしかないので、噂が言うほど「あいつ」が過酷な報復を行うことは(ほとんど)ないことを知ってはいたが、自分がそこまで親切な性格ではない自覚はあったので、「彼」はそれについては黙ったまま、冷や汗をかきはじめた男の様子を冷静に観察する。


「あ、あの…っ」


「……うん?」


「すみませんでしたァッ」


叫ぶと、男は脱兎のごとく、「彼」の前から逃亡した。…そう、逃亡した、としか表現できないほど、一目散に。

もしかして今のは、自分のほうの「武勇伝()」に、新たな火種を与えたことにならないだろうか、そう考えると少しだけ気が重くなって、「彼」はまた、ちいさくため息をつく。


「くぁ…?」


腕にとまった鳥が、首をかしげて自分の顔を覗きこんだのを見て、「彼」はかるく首をふると、それ以上考えるのをやめた。どのみち、出回る噂など、自力ではどうにもならないものなのだ。

羽繕いのおかげで元のすべらかさを取り戻した鳥の背を撫でる。あたたかなミルク色の羽毛はツヤツヤとして柔らかく、手触りが非常にいい。


「…まあ、ともあれカーク(お前)はがんばったな。奥へ行こうか。俺に届け物を持ってきてくれたんだろう?」


「くかぁっ」


ひと声鳴くと、鳥は誇らしげに、くちばしを上げて首もとに結わえられた深緑色のバンダナを「彼」に見せる。

そうか、と答えて、「彼」はやさしく鳥を撫でながら、司書の待つカウンターまで、ゆっくりと歩いて戻っていった。

このカークの飼い主の「あいつ」と、「彼」は友人どうしです。

「彼」は冷めたものの見方をしているヒトなので、「根には持たないが執念深い」飼い主とは、見た目の性格が正反対。

本人どうしに訊ねれば「腐れ縁?」とどちらも答えるでしょうけれども、司書とかから見れば「とってもよく気が合うご様子で」とからかわれる感じの、悪友?かな。

もちろん、この「あいつ」はあの人です( ̄▽ ̄)

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