人形を妻と呼ぶ婚約者にうんざりしたけれども、復縁しました。
クラウディアの婚約者のルイス・ハーベリンゲン公爵令息は最悪の男だ。
「君とは白い結婚をしたい。私は自分の作った人形を妻達としていているから、妻達を愛していきたいんだ」
だなんて以前、言い切った位、最悪の男だ。
だが、家族との話し合いの末、反省したらしく、最近はとても優しく接してくれる。
気を使ってくれるようになった。
そもそもハーベリンゲン公爵家は人形狂いの家として知られていた。
ハーベリンゲン公爵ヘンリーは、エストリアという妻がいるのにも関わらず、人形を自ら作り、妻達と呼んでそれはもう愛でて可愛がっている変わり者だ。
エストリアも夫の趣味にも理解を示して、これまた人形が好きな変わり者の夫人である。
クラウディアの婚約者であり、公爵家の息子ルイスも、三体の等身大の人形を自ら作り、妻達と呼んでそれはもう大事にしている。
ルイスは、反省してから、クラウディアを婚約者として尊重してくれている。
とある日、ルイスはクラウディアに向かって、
「君は我が公爵家に嫁に来るんだ。今度の週末、泊りに来ないか。父と母と共に過ごして交流を深めて貰いたい」
クラウディアはルイスの妹のジョセフィーヌと同い年で仲がいい。
ジョセフィーヌは、クラウディアの兄カイドと婚約を結んでいて、今、カイドと一緒に、マルデ公爵領に滞在しているのだ。
だから、クラウディアは一人で、あの人形狂いハーベリンゲン公爵家に滞在しなければならない。
憂鬱だわ。あの人形が沢山ある家に行かなければならないのよね。ジョセフィーヌが良く話をしていたわ。人形部屋があって、そこに人形が沢山置いてあるって。
わたくし、人形なんて大嫌い。
ルイスは優しいからいいけれども。
ルイスは紳士だった。
クラウディアに気遣って、色々なプレゼントをくれたり、楽しい話をしてくれたり。
金髪碧眼のそれはもう美しい婚約者だ。
三体の人形を妻達と言って愛さなければ‥‥‥
わたくしと結婚するのに、人形を妻達ですって?
ああ、本当にルイス様の人形好きは理解できないわ。
イラついた。なんでそんなに人形が好きなの???
行きたくない。ハーベリンゲン公爵家に行きたくない。
でも、いずれ嫁ぐんだから行かなくてはならない。
一つ下の妹のレリーナが、
「お姉様。わたくしもハーベリンゲン公爵家の人形を見てみたいわ」
「え?貴方、人形に興味があるの?」
レリーナはにっこり笑って、
「お姉様はルイス様にふさわしくないわ」
レリーナはクラウディアと同じく黒髪だが、可愛らしい顔立ちをしていた。
黒髪にリボンを絡めて、オシャレするのが好きな妹だ。
そんな妹にルイスに相応しくないと言われて、腹が立った。
「何故?ふさわしくないと言うの?貴方ならふさわしいと言うの?」
「お姉様は人形が嫌いでしょう?ルイス様ったら、人形を愛するあまり白い結婚を持ち出したって言うじゃないの」
「彼は反省したのよ。今ではとても気を使ってくれて、わたくしを愛してくれるわ」
「はいはい。でも、結婚は愛だけじゃ出来ないのよ。お姉様は嫁入りするのでしょう?あの変人家族と一緒に暮らさなければならないのよ。我慢できるかしら」
「わたくしはルイス様を愛しているの。彼はとても優しくて、親切で。ハーベリンゲン公爵夫妻もとてもいい人達よ。わたくしはハーベリンゲン公爵夫人にいずれなって、ルイス様と共に公爵家を盛り立ていくの」
「お姉様は心が幼いのね。まぁいいわ。今に解るから」
頭に来た。
どうしてなんで?わたくしはルイス様を愛しているの。
彼はとても優しくてわたくしを尊重してくれるわ。
前の白い結婚発言だって反省してくれた。
だから、大丈夫。わたくしはハーベリンゲン公爵家で幸せになるの。
レリーナは連れていかなかった。
クラウディアひとりでハーベリンゲン公爵家に行ったのだが、
ハーベリンゲン公爵家の人達は皆、気を使ってくれた。
それでも、食後、三人は人形部屋に籠って楽しそうにしているのだ。
皆で食事をしていても、いつの間にか話が人形の事になってしまう。
ヘンリーがにこやかに、
「もう一体、妻を増やそうと思うんだ」
エストリアが、
「まぁ、それは素敵ですわね。今度の妻はどんな感じになさいますの」
ルイスが、
「父上。また増やすんですか。まぁ妻は何人いても、愛情が持てますからね。本当に人形は美しくていい」
「そうだろう。お前ももう一体作ったらどうだ」
エストリアが、
「ドレスは何色を着せますの?わたくしに今度は作らせて欲しいわ」
クラウディアは呆れた。
人形の話をすると止まらない。
よく、ジョセフィーヌが嘆いていた。
本当に両親も兄も人形好きで困ると‥‥‥
この家でずっと暮らすの?
この変な人たちと?
ルイスの事は好きだけれども。
人形の話をしないルイスが好きなのであって、紳士的で綺麗な花をプレゼントしてくれて。色々な一般的な事を話すルイスが好きなのであって。
人形の話をするルイスなんて大嫌い。
一週間滞在してみて、ハーベリンゲン公爵家が嫌になった。
ルイスの事は好き。とても好き。
でも、結婚は嫌‥‥‥あの家に入るのが嫌‥‥‥
家に戻ると、レリーナがクラウディアに向かって、
「だからお姉様には無理だって言ったのよ。結婚には両親も家もついてくるのよ。お姉様は心が幼いわ。公爵家同士の結婚は政略も絡んでいるのよ。特にお父様はあの家に入り込んで、我がマルデ公爵家の為に役立てっておっしゃっているわ。お姉様にその覚悟は無いでしょう。わたくしならあるわ。わたくしは高みに登りたいの。だからお姉様。ルイス様を頂戴」
「嫌よ。わたくしはルイス様を愛しているの」
「ルイス様の表面だけを愛しているのでしょう。あの人が本当に熱く語りたい人形は愛していないのでしょう。わたくしだったら、あの人に合わせて人形好きを演じるわ。公爵夫妻の機嫌だって取って見せる。あの人達の懐に入り込んで、我がマルデ公爵家の為に役立つわ。だから、お姉様、ルイス様をわたくしに頂戴」
父が話しかけてきた。
「レリーナの言う通りだ。お前には覚悟が足りない。愛だの恋だの言っていないで、しっかりとハーベリンゲン公爵家に嫁ぐのだから、我がマルデ公爵家の為に役立て。それが嫌なら、婚約者をレリーナに変更する」
どうしたらいいか解らなかった。
屋敷を飛びだして馬車でハーベリンゲン公爵家に向かっていた。
王都の中にあるハーベリンゲン公爵家は馬車ですぐに行ける距離だ。
ハーベリンゲン公爵家の入り口に乗りつけて、ルイスに面会を頼んだ。
ルイスはすぐに客間で会ってくれた。
会ってすぐに、クラウディアは、
「ルイス様。わたくしは、貴方を愛しております。でも、人形は嫌い。お願いですから、わたくしを愛しているのなら、人形を嫌いになって。わたくしだけを見つめて。わたくしは貴方の事を愛しているの。人形なんて大嫌い。あんな人形のどこがいいの?ねぇ、お願い。わたくしを愛して。愛して欲しいの」
ルイスに抱き着いた。
色々と気を使ってくれて、美しくて優しいルイス。
いつの間にか好きになっていたルイス。
人形好きでなければ、普通に優しくて素敵な婚約者なのだ。
二人で花が散る中を手を繋いで歩いた。
「綺麗だね。クラウディアの髪に桃色の花が。とても似合っているよ。取るのがもったいない位に」
そう言ってくれた。
人形好きでなければ‥‥‥ねぇ、お願い。わたくし達、沢山、思い出を作ったわよね。
だから、わたくしを選んで。人形なんて選ばないで。
ルイスはクラウディアに向かって、
「君が人形嫌いだって知っていた。妹ジョセフィーヌも人形を嫌っていたから。でも、私から人形を取ったら何が残るのか?何も残らない。だから、お願いだ。私から人形を取りあげないで欲しい」
「嫌よ。わたくしだけを愛して。お願いだから」
「それは出来ない。もちろん、君を一番に大切にしたい。でも、私にとって人形は命なんだ。幼い頃から、人形を作ることを楽しみに生きてきた」
クラウディアはルイスに向かって、
「婚約を解消致しましょう」
「それは困る。君と私は結婚するつもりで、両親も乗り気なんだ」
「わたくしが耐えられませんわ。人形なんて見たくない。どうかお願いです。解消しましょう」
涙が溢れる。
背を向けて、客間を出た。
追いかけてきてくれる。そう思った。
でも、ルイスは追いかけてこなかった。
そのまま、馬車でマルデ公爵家に帰ると父に怒られた。
「婚約解消を申し出て来たと?お前が嫁入りすることに意味があるのだ。いかに、カイドがハーベリンゲン公爵家の娘を嫁に貰おうと。それなのに」
レリーナがにこやかに、
「わたくしが代わりにルイス様に嫁ぎます。ああ、楽しみだわーー。わたくしなら上手くやれるから。あの華やかなハーべリンゲン公爵家に嫁いで、社交界で花咲くの。お姉様なんて修道院へ行けばいいんだわ。本当に心が幼いんだから。何が愛よ。何が恋よ。どこが夢見る乙女よ」
頭に来た。それでも、こんな苦しい結婚をするなら、結婚しない方がいい。
ルイスと別れた方がいい。
後悔はない。そう思えた。
数日後、レリーナが馬車で帰って来て、喚きたてた。
「聞いてよ。ルイス様ったら、お姉様と婚約解消になったら、公爵家を継がないで、人形職人になるんですって。信じられる???わたくしの華やかなハーベリンゲン公爵夫人になる未来はどうなるのよ。ああ、頭に来るわ。だからわたくしはルイス様と婚約しなかったの」
「ルイス様。公爵家を継がないのかしら」
「ええ、従弟が継ぐんですって。ああああっもう、せっかくのチャンスをっ」
野心満々のレリーナは悔しそうで。
改めて、ルイスに会いたい。そう思えた。
王都にあるカフェでルイスと再会した。
ルイスと対面で座り、話をした。
ルイスは紅茶を飲んでから、
「私はハーベリンゲン公爵家を継がず、人形職人の道へ進むことにしたんだ。父上母上も協力してくれるっていうし‥‥‥従弟がいずれ、ハーベリンゲン公爵家を継ぐことになった」
「わたくしが背を押してしまったのかしら」
「君は関係ない。私は人形に命を捧げたかった。だから、その道を選んだ。それだけだ」
「貴方と婚約解消して、わたくし、新たに嫁ぎ先を探さねばなりませんの」
「本当にすまないと思っている」
「貴方はわたくしを愛していなかったの?わたくしと過ごした時間はつまらなかったの?それだけは聞かせて」
「君と過ごした時間はとても貴重で楽しかったよ。ただ、私は人形を捨てられなかった。私の生きる道だから。私は幼い頃から人形作りに興味を持って、生きてきたから。だから、捨てられなかったんだ」
「これからどうするの?」
「家を王都に用意してくれるって。父上が。ただ、人形職人だけじゃ生きていけないから、アクセサリーや小物を売るハーベリンゲン商会を任されることになった。それで生きていこうと思っている」
「そう、そうなの‥‥‥」
胸が痛い。それ程までに彼を追い詰めてしまった。
立ち上がって、
「どうか、お元気で。本当にごめんなさい。申し訳なかったわ」
「君は関係ない。元々、私が考えていたことだから。どうかお元気で」
ルイスと別れて迎えの馬車に乗った。
涙が零れる。
こうして、クラウディアの恋は終わった。
ただ、現実は甘くはない。
役立たずの娘だと、マルデ公爵に修道院へ行けと言われてしまった。
兄カイドとジョセフィーヌが領地から王都のマルデ公爵家に戻って来た。
婚約解消して、ルイスがハーベリンゲン商会長になって、公爵家を継がないと聞いて二人は驚いた。
レリーナが、
「もう、頭にきちゃうわ。新しいハーベリンゲン公爵家を継ぐ、親戚筋の人ってもう結婚しているんですって。せっかくハーベリンゲン公爵夫人になるチャンスだったのに。お姉様から、ルイス様を盗るチャンスだったのに。ルイス様は商会長になるっていうし、商会長となんて結婚したくないわーー」
ジョセフィーヌが、
「本当にうちの兄と別れてよかったの?確かに人形好きの兄だけれども‥‥‥」
兄カイドも、
「お前、修道院に行かされるんだって?」
「ええ、お兄様。修道院へ行けってお父様が」
レリーナとジョセフィーヌが、
「じれったいわね。お姉様」
「そうよ。お兄様と仲直りしなさいよーー」
ああ、そうね。人形を選んだことは悲しかったけれども、わたくしの心はルイス様にあるんだわ。
もう一度、ルイスに会いに行った。
ルイスは与えられた屋敷の一角で、人形作りに励んでいた。
クラウディアは、ルイスに向かって、
「わたくし、修道院へ行くことになったの。わたくし、修道院へ‥‥‥ねぇ、お願いだから、愛しているって言って。人形より愛しているって。お願いだから」
涙が零れる。
修道院へ行くことはかまわない。でも、貴方と会えなくなるのが、この気持ちを伝えられず別れてしまうのが、ものすごく辛いの。後悔するわ。一生後悔する。
貴方はどうなの?わたくしにまだ気持ちはあるの?
お願いだから引き止めてよ。人形より愛しているって言って。
わたくしを思いっきり抱き締めて。
貴方と過ごした時間が無駄でなかったと、お願いだから。お願いだから。
ルイスは立ち上がると、抱き締めてくれた。
「結婚しよう。君を一番大事にする。人形への情熱は捨てられないけれども‥‥‥君を一番大事にするよ」
「優しいのね。ルイス様」
そして、ルイスに向かって、
「ごめんなさい。貴方を追い詰めてしまったわね。貴方が好きな人形作り。貴方の趣味にわたくしも理解を示さなければならなかったのに。貴方の事が好き。優しい貴方が好き。貴方の人形もわたくし、好きになるように努力するわ」
「有難う。愛しているよ。クラウディア」
やはりこの人と別れられない。
この人に引き止めて貰いたかった。
この人の腕の中で一番と言って貰いたかった。
わたくしはずっと一番を望んでいたんだわ。
でも、それは我儘だったわね。
ルイスを追い詰めてしまった。
これからは、もっと大人になって、ルイスの事を愛して行くわ。
商会でクラウディアはルイスの手伝いをしている。
綺麗なアクセサリーや色々な小物を売るお店は繁盛し、王都で流行りの店だ。
ルイスと共に、従業員たちと共に店を切り盛りするのは大変だが、とても楽しい。
ハーベリンゲン公爵夫妻も、カイドとジョセフィーヌのマルデ公爵子息夫妻も、よく店に訪れてくる。
レリーナはちゃっかりと、金持ちの伯爵令息を捕まえて、そこへ嫁いでいった。
伯爵子息夫人として、社交界で花咲くことであろう。
今、クラウディアは幸せだ。
ルイスが人形を作るのを眺めながら、やっとつかんだ幸せを噛み締めるのであった。




