「それは、命だったんだ。そう、紛れもない命だったんだ。命が、そうして、意図をもっていたのだ」
宇宙人の襲来だとか、未知の感染症だとか、そういうオカルト的なことはイマイチ信じられない。我らが日本にも昔から妖怪伝説やら怨霊やらの言い伝えがあったわけだが、僕が一番納得したのは、うーん、病気かな。幻覚が見えたり、周りの世界が歪んで見える病気。目、というよりは頭の方に巣食っているのだろう。確かにそれなら、他の人には見えないってのも納得できる。
「では、なぜに君がオカ研に」
長髪の男の先輩が言う。
「ぜひとも!」
僕は勢いよく立ち上がる。
「ぜひとも僕に見せてください! 怪現象なるものを!」
2歳も年下で、かつ、未だ仮入部の段階だというのにこの僕の図太さ。それを前にして、まるで幽霊でも見るかのように、冷めた目をしている。
「君は、ウチらを侮辱しているのかな」
紅一点、おさげ髪の先輩が僕を試すように言う。
「あっ...ごめんなさい。本当に、そんなつもりはなくて。ちょっと舞い上がってしまって」
「そ。ならいいんだけど。興味もってくれるのは嬉しいことだしね」
「さっきのは、半分が冗談で、でも...」
「分かってる。ぶっちゃけ、ウチらも似たようなモンよ。今の時代ね、幽霊を心から信じて疑わない人なんていないっしょ。いたとしたら、そいつは逝っちゃってる」
「オカ研ギャグですか?」
「ギャグじゃねえわ」
今回のツッコミは、語気こそ激しいものの、嫌味が感じられない。
周りを見てみると、たった今ツッコミをカマした女の先輩と同じような半分諦めたような目、退屈そうな顔をしている先輩が数名。
「ってことでまぁ、うちは『オカルト研究部』というよりかは、『オカルトぉ? ほんまかいな? いるっちゅーなら出てこいや部』みたいなもんよ」
「...じゃあ......!」
心が湧くような。踊るような。クラス替え後の席替えで隣だった人が、思いの他相性がよかった時のような。
「僕も! 僕も入りたいです!」
「いいでしょう。ね、皆」
女先輩が振り返るが、他の部員は反応しない。
「だってさ。よーこそオカ研へ」
「え、でも...」
「ウチらに言葉は要らないってね」
「...お願いします!」
「ああ、もちろんだ」
最初、僕が、勇気を振り絞ったが故に変なテンションで突っかかってしまった先輩がニコやかに告げる。
「最初のあれは通過儀礼のようなものでな、すまない」
「ああ、いえ、僕こそすみません」
それから、幾らかの仮入部者とともに、活動内容についての説明を受けた。
確かに、オカルトを信じ切って日々、怪奇との接触を図るというよりかは、本当にいるの? いるのならこうするはずだよね? 的なことを勝手に言い合って、納得し合って。フィールドに出るよりは部室内で討論をすることが多いようだ。
「日本の外には出ないんですか?」
冷やかしに来ていた、数名の男子新入生が早々にどこかへ行き、部室が再度僕と先輩数名になったとき、僕は訊いてみた。
「海外ねぇ」
「外国か。興味深いが、資金がな」
「あぁ、そうですよね」
「でも、面白い着眼点だと思うよ。どうしてそう思ったの?」
「ほら、文化が違えば、見方考え方が変わるって言うじゃないですか。例えば流星。流星を神からのギフトだと信じる民族だってありますし、ただの岩が大事に何代にもわたって守られている場所だってありますよね」
「そうね...」
「科学の進んだ僕らからしてみれば、なにかもっと論理的で実証的な冷めた捉え方しかできないことも多々ありますけど、意外と、オカルトってのは気の持ちようなのかなって」
「確かに、思い込みや見間違い、トラウマってのはよくある話かもね」
「オカルトが日常と隣接しているような人々と触れ合うこと。それってもう、僕らもオカルトの中にいると言ってもいいんじゃないでしょうか!」
「それは話が飛んでいるな」
「うーん。確かに、ちょっと無理やりな感じはするけど。でも、まあ、確かに、ここで本を読んで口論してるよりは面白いかも! 圧倒的に!」
「で、ですよね! それに、大陸や半球が変われば、日本では見られない現象がみられるかもしれません。前人未到の雨林では、まだ誰も知らない事象が待っているかもしれません!」
「あはは、そうなるともう冒険部だね」
「確かに...理想を語りすぎました」
「いいや、いいよ。行こう! せっかくなら!」
部室がしんと静まる。
「なに? ウチが部長でしょ。それにね、海外ツアーって案外安いのよ! 今の時代格安便とかもあるし、ある程度の人数が揃えば1人当たり10万切るんだよ? あんたらなんてどうせ思い出もなにもないし、金も有り余ってんでしょ」
これだけ説得してくれるのは僕のためなのか。それならばなんだか申訳がない。
「よし」
あの長髪の先輩が顔を上げる。
「行くか」
「まぁじ!?」
「ああ、今年は受験がある。3年間部室でダベっていましたと調査書にかかれても仕方がない。いいじゃないか、海外探訪。しっかりと計画を立てて、仮説と予想、それから現地での観察と検証。うん、立派な活動だ」
「だよねだよね!」
部長である女先輩がぴょんぴょん跳ねる。
「なんならそこら辺の運動部よりもよっぽど賢そうな事してるよね! ね! 皆!」
それから結局、僕、長髪の先輩、おさげ髪の部長を含めた計6人で海外に向かうことになった。
最初は話が大きくなりすぎでは? と、たじろいだが、確かに調べてみると、1人あたり5万程度で、ホテルやご飯付きの数日のツアープランがいくつもあることを確認できたし、東南アジアであれば、沖縄へ行くのとそう大差ないと、皆部長に丸め込められた。
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「いよいよね!」
「で、これはなんですか」
「目隠しよ、目隠し!」
視界が失われても、部長のその声の弾みから、興奮していることは分かる。
まもなく着陸とのアナウンスが入った。
「ほら! 着くよ着くよ!」
「一体どこに...」
「だ~か~ら~! 秘密よ秘密! 君が言ったんだから、オカルトは思想だって。もし行く国が分かっちゃってたらほら、先入観とかあるし、多少なりとも調べちゃうでしょ。だからだめですー」
長髪の先輩が、思いの外ノリよく返す。
「しかしな...いや、もうここまで来てしまったんだ。俺らの親には伝えているんだろう?」
「もっちろん」
「ならいいとするか、今晩中には教えてくれよ」
「もっちろん」
そうして、部長の言葉の弾みに合わせる様にして機体が揺れ、地に降り立った。
航空の中で目隠しをして歩くと目立つからと、部長は外すことを許可してくれたが、「下を向いてあるけ!」とのことだ。どちらにせよ、英語はあまり読めない。
「よし、空港、出たぞー!」
空港を出たのはもう随分前だろうが、少し歩かされた。その間の僕たちの愚痴は、あっけなく無視されたというわけだが、まあ、他の部員も部長のことを深く信頼していたし、部長としてもこの探検旅について綿密にプランを立ててきたのだろう。長髪の先輩曰く、「少し付き合ってくれ」だそうだ。
「おっけ~! じゃっじゃ~~ん!!」
部長がそう叫んで、僕らは恐る恐る、目隠しを外す。
部長がこうまでして隠したかった、驚かせたかったものは一体なんだっのか。
「お、おぉ...!!」
「これは...」
僕はまさに、言葉を失った。
「どう!? 如何にも東南アジアの部族って感じでしょ! それも夜だ...し...」
僕らが驚いたのはそれではない。
「え? はっ!? なにあれ...」
部長も今更ながら、それに気づき、空を仰ぐ。部員の中の、行動の早い者はビデオカメラを早速空に向けている。
「綺麗...」
夜の空は、オレンジ色に輝いている。同じくオレンジ色の流星のようなものが流れ、また、消え。
「なんこれ。流星?」
「流星ではない。こんな数、それに、ここは北半球、アジアだろう? 流星群ではない」
先輩が、冷静に風を装いながら、荒い息遣いのまま説明する。
「じゃあ、これは...」
「部長! これですよ! ほら!」
僕は声を張り上げる。
「ここがどこだか知りませんが、僕が言っていたのはこういうことですよ! 海洋による反射? 虫の発光? 民族の祭り? なんだか知りませんが! それでいいんです! 僕らは知らない! この神秘がなにによるものか! 花火や流れ星とは違うんです! 仕組みも! 正体も! なにもかも分からない! それを決めるのは、僕たちなんです! このなにも分からない土地で、原理の分からない出来事! それってまさに! 昔の人が崇めて恐れた、オカルトじゃないですか!!!」
一瞬、間を空けてから、それから、ブワっと盛り上がった。
おおぉ! と歓声が飛び、背中を強い力で叩かれて、大きな太鼓の音まで響いてくるようだった。それから、そのオレンジ色の『オカルト』は、どんどんと空を埋める様に拡大し、やがて僕らのほんの頭上を、まるで歓迎でもするかのように飛ぶようになり、『歓声』もどんどんと大きくなった。
木が焼ける匂いと、重い金属の衝突する音。それから、地の揺れる衝撃。
昔の人々が恐れたのはいつだって、超常現象などではなくて、単に、ただ、命だった。悪意をもった命。命を奪う命。空を埋め、地を燃やし、命のために命を投げ出し、滅する。そういう、非オカルト的なオカルト。同種の増殖を図る生命が、互いを滅ばし合う、矛盾。それはまさに、超自然的。常ならぬ。オカルトだ。
終




