no man's land
無法地帯『ノーマンズランド』
低い天井に爆音のロック、靄のように視界で揺れる紫煙、各々がグラスを片手に円卓を囲む寂れたバー。
第一に店名の通り人がいないという理由で通い始め、いつしか暗黙の了解で彼らの根城となった、無法地帯最奥の店。
掛け金のない退屈なポーカーと他愛ない会話で時間を潰すテーブルに、一人の男が歩み寄る。
「おう、揃ってるな」
「あんたが一番遅いよ、集合かけといて」
一つ空いた椅子に当たり前のように座るDOGに対し、横でカードを投げ出したVEGAが非難の声を上げる。
「お前らが早すぎるんだ、また時間まで15分もある」
ヒッヒと笑うと側にあったグラスをあおる。
その様子を見てVEGAに続きカードを投げ出したのはJIN。
「そりゃ俺の酒だ、奢れよ」
「用件は何だ?呑みたいだけってこたないよね」
カードを伏せ、JINの横に座るWONが尋ねる。
その隣のJも静かにカードを置き、グラスを舐めた。
「お前らとこんな時間から呑むくらいなら家で寝てら。用件ったら一つきりねえだろ、仕事さ、ジョブキラー共」
「あんたの持ち込む仕事は決まってビッグトラブルだ、弾丸一発でケリがついたことがねえ」
JINがぐちぐちとこぼしながらWONのグラスを奪ってあおる。
「ヒッヒ、そりゃ腕がねえんだよ。だが今回は確実にビッグトラブルだと予告しといてやるぜ、雇い主がとんでもねえ。俺は嘘じゃねえかと疑ったが、わかるか、ブラインド経由のネタだ、ガセじゃねえ。奴にも何度も確認したが、奴ぁ笑うばかりさ、俺は頭が痛くてたまらねえ」
おどけるでもなく目深に被った帽子の上から頭を抱えるDOGの様子に、彼以外の面子は何事かと顔を見合わせる。
「取り敢えず、呑ませろ。俺は落ち着きたい」
「俺にも同じの奢れよ」
先ほど空にされたグラスを指で弾くJINには答えず、足早にカウンターへと向かう。
その後ろ姿を目で追うでもなく、残された席上では目配せと疑問符が交錯していた。
「依頼人、誰なの?」
「さあな、政治家か何かじゃねえの」
「DOGが政治家なんかにビビるタマかよ」
「何にせよ、聞けばわかる」
Jの一言と同じタイミングで律儀にも両手にグラスを持ったDOGが円卓へと戻ってきた。
「お前ら二人がここへ来る前にそいつはいきなり消えたからな、JINとJはピンとこないだろうが。蘭桂坊に長くいたんだろ、ならVEGAとWONは知ってるはずだ。あの街にも奴の名前は聞こえてたからな」
勿体付けるようにグラスを傾け、次いで煙草に火を付ける。
「今回の雇い主は“天国の戦争屋”どうだ、聞いたことあるだろ」
右手にグラス、左手に煙草を挟んだままVEGAとWONを同時に指さす。屋号を聞いたところでいまいちピンとこないJINとJが目にしたものは、さされた指の先で口を開けたまま固まる兄妹の姿。
「うそ?」
「嘘だね」
同時に出た兄妹の言葉に対しDOGは真面目な面持ちを作り答える。
「情報屋にとってこの世界での嘘は命取りだ。ましてネタ元を考えてもみろ、“何でも屋”Mr.ブラインドだぞ?仮に俺が作り話をしたところで何になる、しかもお前ら相手にブラインドの名前を出してまで。何の意味もねえ、見事なまでにバカなだけじゃねえか」
「それにしたって何で今頃になって……」
「そりゃ当時は突然消えてかなり騒がれたが、このところは正直、全く聞かない名になったよ」
その名を知る兄妹がDOGに詰め寄る様に追随するように、その名を知らないJINが口を挟む。
「だから、何なんだよそいつは」
「情報屋になる前は俺もジョブキラーでな」
よく聞けよ、と言いたげな含みをもたせたDOGが、あまり語らなかった自身の経歴に触れ謎の屋号へと話を展開させる。
「そん時に荒稼ぎしてた連中さ、そいつらの名乗った屋号がヘブンクラッパー、天国の戦争屋。俺は当時からごまんと居たジョブキラーの有象無象から抜け出せなかったが、やつらは稼ぎもやり方も頭一つ出てた。正直今思い出しても歯軋りしそうになるぜ。そんな連中がある時突然姿を消した。お前らがここへ来て前なのは確かだが、来てすぐ俺と知り合ったって訳でもないしな、その間は知らねえ」
「でも街にいる時期が重なってたら絶対カチ合ってたよね、この人たち。そこだけはラッキーね」
カクテルグラスにさしたままのマドラーをくるくると回しながらVEGAが遠い目をして言う。
「戦争屋とカチ合う気はねえ、やめてくれ、怖くて泣きそうだ。とにかくアレな連中ってのはわかったよ。俺たちゃ幾らで何をすりゃいいんだ。ビッグネームが寄越したビッグトラブルなら当然入る金にもビッグがつくんだろうな」
「ハンドレッドミリオンの大仕事よ」
円卓についた誰のものでもない声が割って入り、その声の主はDOGの帽子をつまみ上げると自ら被る。