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HEAVEN CLAPPER  作者: Gilly
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golden sparrow

純真無垢・黒華『golden sparrow』

天使の予言通り弱まった雨の中、未だネオン煌めく黒華地区へと踏み込んだ四人は

一際大きく、明るい屋敷の前で足を止める。

きょろきょろと辺りを眺めるカマエルに対し、オーナーとその後ろに控える二人は慣れたもので

『golden sparrow』という店名を掲げた黒塗りの扉を金獅子のドアノッカーには目もくれずに押し開ける。

観音開きの扉が拓けたエントランスから広がる赤い絨毯、その先に聳える大階段と目映いシャンデリア、大広間に並ぶソファには着飾った天使たちがくつろいでいた。

「ハイ、天使たち。くそったれ坊やはおいでかしら」

「こんばんは、イノセントブルー。マスターなら二階に」

黒いドレスを纏う少女がクリア・ソプラノで店主の居場所を告げる。

その背には当然、小振りだが美しい純白の翼がはためいていた。

「ありがとう。少しばかり込み入った話になりそうだわ。でも大将は殺さないから安心しなさい」

えぐい言葉にもニコリと笑む少女の頭を撫でながら、つかつかと大階段に向かう。

「イノセントブルーはこの街の名前じゃないのか。それにもっと酷い場所を想像してた」

天使たちに後半を聞かれないようにか、オーナーの背後から耳打ちで話しかける。

「私には個人名がなからね。名無しは手っ取り早く街の名で呼ぶのよ。そしてここの客はミリオンダラーばかり、豚小屋の孔雀を有り難がるバカは来ないわ。ちょっと離れて」

オーナーは首だけで振り返ると、彼らの挙動を見守る天使たちに向かって唇に人差し指を当てるジェスチャーを一つ、すぐに正面の大階段に向き直ると腰元のホルスターに束ねていた長鞭を抜き、柄を握った右腕を高く上げる。

「二秒で出て来なさい、ロイド!」

大声と振り下ろされた腕からしなる長鞭が弾け、天にも届くような号砲を叩き出す。

その切っ先の餌食となった大階段脇に鎮座する白磁のヴィーナス像が無言の悲鳴と同時に哀れな真っ二つとなった瞬間、二階左端の扉からどたばたと文字通りに人影が転がり出て来た。

「嘘だろ!やりやがったな、勘弁してくれよ!」

手摺りから身を乗り出し、大きな音と破片を四方に散らしながら砕け落ちるヴィーナスの末路を確認すると、テンション高く嘆きながら大階段を下りてきたのは天使専門店『golden sparrow』店主にして黒華統括の男。

「あら、お楽しみ中だったかしら」

乱暴に散らばった金髪と、身に着けているものは革のパンツだけという出で立ちを上から下までにまにまと見やり軽口を叩く。

「違うと言えば嘘になる、しかしどうしたってんだ、今日からクリスマスだぜ、その格好まるで昔」

「座っても?」

捲し立てるロイドの言葉を大きく遮るように、天使たちが空けてくれたソファを鞭の柄で示す。

ここで彼は自らが地雷を踏みかけていたことに気付き、狼狽えたように顎髭を撫でると側の天使に何事かを指示し、ようやく手だけでソファを示し返す。

「命はお大事に」

オーナーは鋭い目で一言告げるとふっと表情を緩ませ、上品な黒革張りのソファに腰を落ち着ける。

「ああ。ああ、全くだ。今のは俺が悪かった。それで、用件は一体何だ?あんたとチビ共を見りゃトラブルなのくらいはわかるが誓って俺は何もしてねえ。こんなナリだがやるこたやってる。そうだろう、なのにトラブったんだな、このエリアでか、この街全部でか?」

地雷を踏みかけた動揺が未だに収まらないのか、おたおたと聞いてもいない弁解と質問を綯い交ぜに捲し立てるロイドに対し、オーナーは溜息を一つ返すのみ。

「落ち着きなさい、殺さないことは天使に誓ったんだから、殺したくなる前に落ち着いて」

受けたロイドは目元を拭うと何かをなだめるように両手を広げて空間を扇ぐ。

そして天井に向かい大きく息を吐くと、ようやく客人へと向き直った。

「ああ、すまなかった。ん、そっちは?見ない顔だな。あんたの客か、うちの客か?」

落ち着いたところでこの忙しない喋り方は生来のものなのだろう、仲良くなれそうにはないな。

心の中で早々に歩み寄りを断念したカマエルがフードを下ろす。

「わお、大した色男(ロメオ)だな、こいつに羽根を植えに来たのか?いい趣味してるなあんたは」

「彼はうちの客よ、しかも移植(プラント)じゃなくて天然(ナチュラル)のエンジェル。申し訳ないけどフェザーズとは格が違うのよ」

「嘘だろ、あんたクスリはやらない主義じゃなかったのか?クリスマスだからって」

「ファンタジックにも程がある、全く同感だ」

割って入った低い声に何度も頷きながらロイドがカマエルに向き直る。

その手は「もっと言ってやれ」と言わんばかりにオーナーを指差したまま固定されていた。

「全く悪い冗談だ、クリスマスはエイプリルフールじゃないんだぜ。同感だがそう思ってんのはこの場じゃあんた一人だ、ミスター」

「ロイドだ、ロイド・ギャラガー」

畳み掛ける混乱に困惑したままの男から差し出された手を握り返した天使も端的に名乗る。

「カマエルだ」

「彼はね、天使カマエル」

悠然と紫煙を吐きながらロイドを見やり、笑う。

「からかわないでくれ、統轄。俺にはあんたらの話がまるで見えてこない、大人の会話をしよう、わかるか?頼むぜ」

「そう思うのは尤もだけど。私も彼も嘘はつかない。あんたが私に嘘をつけないように」

そう言うと、長い足をテーブルの上に投げ出して組む。

「質問にだけ答えなさい、私たちは必要な質問にだけ答える。いいわね、ロイド“ザ・ゴールデン・スパロウ”」

「イエス・サーと言いたいところだが待ってくれ、俺はまだこの色男(ロメオ)の話を信用できない。出来る訳がない。信用出来ない奴をこの席に置くわけにはいかない、街の話に余所者を入れたくはない、わかるだろう統轄。それが例えあんたの客でも、だ」

双方の立場の違いを明確にしながらも、言葉の一つ一つを置きに行くように意志を伝える。

「ミスター、あんたは間違ってない、俺の話をしよう。今言ったように俺は嘘をつかないが、これを信じるかどうかはあんたの心次第だ」

言いながら立ち上がるカマエルにロイドを始め天使たちの視線が集まる。

その注視を一身に受けてにっと笑むと、指を鳴らすような動作で大きく腕を振るう。

瞬間、動作に合わせごうと炎がたなびくと黒いパーカーにジャケットを羽織った男は深紅の甲冑に身を包んだ黒翼の天使へと姿を変えていた。

「さて、どうする?」

「ここまでされちゃ早替えのマジックすら疑えねえ。ああ、もうわかったよ、ここにジャンキーはいねえ。なぁ、その目。聞いていいか、気になってたんだが、その目、凄いな。それも天然か?」

「ああ、天使になってからな」

呆然とするロイドの向こうに、羨望の眼差しを向ける天使フェザーズたちを見付けると、彼らを指さしニヤリと笑む。

「お前たちの羽根もなかなかきれいだ」

その指を今度はパチンと鳴らすと元の黒ずくめに戻り、すとんとソファに落ちる。

これで役目は終わったとばかりに深く座り直し足を組んだカマエルの前に、先ほどロイドから指示を受けていた天使の少女がティーカップを差し出す。

心なしか、彼を見る少女の瞳は幾分輝いていた。

「あら、ありがとう。よく教育されてること」

ソーサーを受け取ったオーナーは感心したように呟き、テーブルの上から足をおろす。

「悪い見本を見せちゃ駄目ね」

「よい子の天使たちにあんたは毒気がありすぎるぜ、統轄。うちの買い手はミリオンダラーの名前持ちばかりさ、顧客名簿(ハンガー)を見るか?客の質と商品の質は必ず比例する。うちの子らは下手な女中よりよっぽど出来るってな、評判なのさ。この街にあるべき下品な理由で買われる奴は一人もいねぇ、これは俺の自慢だ。まぁ酒が出ないことには目を瞑ってくれよ、うちは酒場じゃねえんだ、ビジネスの話をする席で出すのは一級品の紅茶か珈琲に限るってな」

自らのポリシーを高らかに語るロイドを後目に、カップを配り終えた少女はソファの一行に軽く頭を下げると他の天使たちの元へ駆けていった。

「さて、話を始めましょうか」

静かな音を立ててカップを置いたオーナーの目が黄金色に鋭くなる。

その眼光を受けたロイドもくつろいでいた姿勢を幾らか正すと、天使たちに店仕舞いを指示し、唇を舐めて向き直る。

やがてエントランスの明かりが落とされ天使たちがそれぞれの部屋へと戻ると、頃合いを見計らっていたオーナーが口火を切る。

「この街に私を嗅ぎ回る余所者が入り込んだのは知ってるわよね」

「ああ、春華から連絡を貰ってる。月華にも話は回ってるが、これと言った続報はないな」

「まあね、その余所者がこの彼なのよ」

いい加減に翻した片手で横に座る天使を示す。そのオーナーと天使を挟むように座るテチとケイは黙って紅茶を啜り、話の行方を見守る。

「はっ!?」

「まあだから、余所者の件は済んだ話なのよ、あとで適当に区画に回しておいてちょうだい」

「ああ、わかった、だが待ってくれ、なら何故うちへ?モノホンの天使を自慢しに来た訳じゃないだろう?さっきも言ったがビッグトラブルなのはあんたを見ればわかる。ああ畜生、さっきは間に合ったがこのままじゃ俺はあんたの地雷を踏んじまう、そうなる前に先を話してくれ」

大袈裟にじたばたしながら喋るロイドを見ながら、まるで玩具のようだとカマエルは声に出さず一人ごちる。

うっかり口に出してしまったら彼は今より派手にじたばたしながら撤回を申し立てるだろう。

それはそれで見てみたいが話の腰を折るのは失策だ。

「別にいいわよ、さっきはちょっと脅かしたけど。あんたが地雷だと思ってるそれは別に地雷でも何でもないわ、この出で立ちで現れたと言うことは、私たちが動く必要があるかも知れない、場合によっちゃあだけどね、その可能性を無視出来ない程度には面倒そうなトラブルが舞い込んできたのよ」

「嘘だろ」

オーナーの言葉がこの街にとってどんな意味を持つのか。

それを知る由もないカマエルは、天使に遭遇したとき以上に愕然とするロイドを静かに見ている。

「ここが戦場になるかもってことか」

愕然に続くロイドの問い掛けには、天国の戦争屋もさすがに目をむいた。

「あんたが質問に答えてくれれば……というのもどうなのかしらね、でもまあ、あんたに責任はないけどあんたの回答が分岐点なのは否定出来ないわ」

「オーケイ、純真無垢が鉄火場になるなんてあの一度で懲り懲りだ。あれから俺はあんたについてきてる、嘘は吐かない、俺は無神論者だが天使を見ちまった、だから神に誓おう、その上で何でも聞いてくれ」

その言葉に一つ頷いたオーナーは続く本題を促すようにカマエルへちらりと視線を送る。

その僅かな動きに倣うようにロイドもまた、彼へと向き直った。

「オーライ、ここからは俺が。無駄な話は省いて聞きたいことだけ聞かせて貰う、質問は一つだ。23日の夜から俺たちがここへ来るまでの間に、ずば抜けた羽根のフェザーズを見たか売ったかしてないか」

左右で色の違うカマエルの目と、ロイドの青い目がぶつかる。

「ずば抜けた……そりゃ羽根のサイズか?それなら今朝だ、思い当たる節がある。飯を食いに行った先でカオ・メイに会ってな、上等な羽根持ちを捕まえたって自慢されたぜ。カオ・メイってのは三つ先の角を曲がったところにある東洋鳥籠っつー店の店主だ。冗談だと思って真面目にゃ聞かなかった、何しろ美術館級の羽根だってんだからな、吹いてるもんだとばかり思ったさ。実際見た訳じゃねえから白も黒もねえ話だが、怪しいネタはそれだけだ。ご覧の通りうちは小鳥(タイニーフェザー)専門だからな、さっき見たようなのしかいねえ」

「もう少し、細かい話は出てこないか」

身を乗り出すカマエルに対し、深く身を沈め眉間を捻るようにしながら記憶を辿るロイド。

真面目に取り合わなかった話を真面目に思い出すのはなかなか困難だろう、はやる気持ちを裏に急かすことはせず、堪えて待つ。

「金……いや銀だな、そうだあの野郎、銀髪はレアだとか言ってやがった。銀髪に緑の目、ここらじゃちょっと無いデカさの羽根。悪い、これくらいしか俺の記憶には残ってねぇ。あの野郎とはソリがあわねえんだ、何か言われても九割はその場で無かったことにしちまうタチでね、今朝の話をこんなに覚えてただけでも誉めて欲しいもんだが……役に立つか?」

「ビンゴ。充分だ。有り難う」

「カオ・メイに繋いで。そいつが売れたかどうか確認してちょうだい」

オーナーに言われるなり、周囲のアンティークに溶け込んでいた古臭いダイヤル式の電話に駆け寄ると、そらで番号を回し始める。

「間違いないのね」

行方不明の天使の尻尾を掴みかけたというのにカマエルに問い掛けるオーナーの目は依然鋭い光を湛えている。

「間違いない、銀髪緑眼は天界でもレアだ。加えてここの人間が「ちょっとないデカさ」なんつう羽根なら間違いなく天使だろ」

「まずいわね」

舌打ちと共に吐き捨てると壁際の電話に張り付いたロイドに視線を移す。

どうやら繋がりはしたようだが、その電話口で揉めているらしく痺れを切らしたロイドがオーナーを目線のみで呼ぶ。

「この野郎、あんたが俺の店に来るはずがねえだとか抜かしやがる。話にならねえ」

受話器を押さえもせずに悪態を吐くと察したオーナーもわざと声を張りながら近付く。

「仕方がないわね!私が出る」

途端、受話器の向こうでしどろもどろになる空気を察し、にまにまと笑いながら同じくにやけ顔のロイドから受話器を受け取る。

「随分と元気じゃないか、カオ・メイ。街の外(・・・)に新しい店を構えることにでもしたのか?ならば花を贈らないといけないな。そうでないなら、わかるな」

銜え煙草で紫煙を吐き出す目は鋭く細められ、その鋭角を一番に感じているのは恐らく電話越しのカオ・メイだろう。

「非常時におけるエリア統括の言葉は街の意向と心得ろ。……仲良くしようじゃないか、カオ・メイ」

それを締め括りの言葉としてガチン、と受話器を置くと待機している面子に振り返る。

「さて、事態は非常に厄介なことになったわ。ロイド、押し掛けて悪かったわね。あんたのお陰で一気に進んだわ」

これから先の展開に彼は踏み込めないと言うことを暗に示し、ここでの話は終わりだと告げる。

「いいさ、何もカンも仕事のうちだ。あの野郎にナメられっぱなしなのは何とかしなきゃならねえが。で、この件について俺に出来ることはもう無いんだろ、どうなってるのかは聞かない方がいい?」

先ほどのビジネスポリシーも含め、意外と真面目なロイドに内心驚きながらも、彼に同調するようにカマエルも頷き、展開の先を要求する。

「この件は純真無垢の手を離れた」

それならば、と静かに告げられたオーナーの一言にロイドの銜え煙草が床に落ちる。

「マジか。ああ嘘だろ。俺はここで引かざるを得ない」

「マジよ。ちょっと電話借りるわね」

言うなり了解を得ないままどこかの番号を素早く回し、繋がった先に一言告げるとすぐに電話を切り、再び面子の輪に戻る。

「ロイド、あんたはカオ・メイをぶっ飛ばしてちょうだい。正規ルート以外の、特に拾ったもんを売るなと。カマエル、あんたは青龍(チンロン)へ。一番最初にあんたが行ったあの店よ。話はつけてあるから適当にやって。あんたたち、ブラインドのとこ行くわよ」

それぞれに手早く行き先を告げると、自身はお供二人を連れてさっさと出口へ向かう。

「ぶっ飛ばした証拠写真なんかは?要るか?」

扉まで見送りに来たらしいロイドから振られた話題に振り返ると、影のある笑みを浮かべ答える。

「面白く撮れたら見せてちょうだい、笑えたら奢るわ」

「あんた笑い上戸だからな、呑んでから見せるよ。ああ、それから。少なからず因縁のある相手だ、ここを出たトラブルが行くとこなんざ一つだろ。聞いちゃいねえが予想はつく、大丈夫なのか」

その問い掛けに答えることはせず、耳元に一言だけ滑り込ませるように囁く。

“私を、誰だと思ってる”



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