第七話 苛烈な長姫 ※市橋視点
女の部屋、そう理解する前に俺はここに飛ばされていた。
「みな、下がりなさい」
強制的に俺を連れ出した女は、立ち並ぶ侍女たちに扇子を向けると、軽く露をでも払うような仕草で退室を促した。
静かに退室していく侍女たちを横目に、俺は周囲を見渡す。
目の前の女に似つかわしくない柔らかな甘い香りに包まれ、色調は赤と黒そして金色で纏められた華美な装飾品で溢れる部屋。
床には存在しない角に違和感を感じるものの、白い虎に似た動物の毛皮が敷かれている。
しかしそんな中、片隅に置かれた質素な木製の棚が異彩を放つ。並べられた子供用の煤けた木剣や薄汚れた人形、その前に置かれた花はまだ新しい。
「弱い者に生きる価値などないの」
眺める俺に女は氷のような表情を向けた。
女はそのまま俺から視線を逸らさず、片方の口角をあげる。
決して好意的な笑みではなくーー。
「さてーーそこに座りなさい」
彼女は椅子に腰をかけると、サンダルにみえる靴を脱ぎ捨て、妖艶な衣装から伸びる素足で床を指す。
絶対に座ってなるものか、と心は拒絶しているのに、身体は抗う術もなく勝手に地べたに正座した。
「光栄に思いなさい。自己紹介してあげる。私は長姫であり継承権第二位、エカテリーナ」
突然座らされ、一方的な紹介。あまりの勝手な行動に苛立ちを覚え、思わず睨め付けた。
「睨むな、可愛い顔が台無しよ? お前は私のペットなのだから」
彼女は足の甲で俺の頬をぴたぴたと軽く叩く。
屈辱にもほどがある。
全身の力を込めてもびくともしない。
勝てないと本能は告げるが、せめてどうにか一矢報いてやりたい……そんな考えも浮かんだが、荒れる気持ちを深く息を吐いて押し殺す。
脳裏に茜と綾香が浮かんだからだ。
三人で動く、そう誓ったのだから。
もう一度無事に再会するために、何をしてでも生きるしかない。
感情を押し込め握り込んだ掌に爪が食い込む。
そして、また、血が滲む。
相手の思い通りになどなってやるか。
俺は負けじと女から目を逸らさない。
「お望みなら首輪でもつけてやろうか?」
女……エカテリーナは一瞬瞼を見開くと、俺の背後に周り首筋に扇子を当てた。
火傷のようにチリチリとした薄皮を焼く痛みが走る。
これが、女の魔力だろうか。
俺の背筋に冷たい汗が落ちる。
「今ここで首を落とすこともできるけど、せっかくお父様がくれた道具だものね」
「それに、わがままなペットは嫌いじゃないの」と耳元で囁く。
ぞわりとして思わず表情を歪めた俺を見て、女は満足そうに目を細めた。
その一瞬のゆらぎを、女は見過ごさなかった。
「お父様の決めたことが、この世界の理」
「権力の前に膝を折れぬものは足掻くことなく消えていくの」
「私の下で足掻くか、踏み潰されるか」
そのどちらかを選びなさい。
選ぶ権利は与えてあげる、と。




