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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第一章  崩壊と覚醒

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第六話 示された価値

「残りはあと二つ」

王の指先が、わずかに持ち上がる。

「その力で足掻いてみろ」


スッと指先で空を切る。

床に刻まれた文様が、鈍い光を帯びた。


「内なる恐れを、具現せよ」


静かな空間に王の声だけが響く。


空間が、軋んだ。



「この程度で死んでくれるなよ」

口の端を歪め、王は笑った。





玉座の間の中央に黒い亀裂が走り、そこから滲み出すように現れた影。


三人同時に、息を呑む。


——見間違えるはずがない。


幾度も周回し、幾度も全滅し、幾度も攻略法を練った相手。


「深淵の、獣王」

市橋さんがごくりと喉を鳴らした。


六人パーティーで、ようやく討伐できたボス。


硬い外殻。

歪に捻れた四肢。

低く唸るたびに空気が震える。


ゲーム画面越しに見慣れたはずの姿。

しかし、目の前で確かな存在感をもつ魔物は咆哮をあげた。


「……六人で、倒してたのに」


横山さんの掠れた声。

その一言が、現実を突きつける。


今は三人。


周りにはまた薄い膜が張られ、逃げ場はない。


「来るぞ!」


市橋さんは自然と前に立つ。

武器なんて持っていないのに……。

それでも考えるより先に身体が動く。


——いつもの布陣。


市橋さんはさっきの私のように、身についていた動きで自然と武器を召喚した。

背丈ほどある大剣。

彼はそれを慣れた手つきで軽く振り回し、そのまま前衛に立つ。


横山さんも、誘われるように中衛へ。

空からは彼女の相棒とも言える杖が召喚された。


後衛支援は私。

両手を合わせ、祈りをはじめる。



躊躇いもなく獣王が踏み込んだ。


床石が砕ける。

重い。

その衝撃が、骨まで響く。


市橋さんの剣が受け止めるが、実体の持つ重力に押し込まれる。


「っ……重っ!」


ゲームの比じゃない。


食いしばり耐える彼の口から血が流れる。


本物だ。


「正義さん、右! 次は薙ぎ払いがくるわ!」

横山さんが叫ぶ。

彼女の声は震えている。


全員が反射的に身体が動かす。

回避。


しかしその風圧だけで頬が裂ける。


恐怖が、胃の奥を掴む。


でも。

大丈夫、この動きは知っている。


何度も、何度もみんなで倒した。


「詠唱、入る!」


横山さんの足元に魔法陣が広がる。

以前よりも大きい。

そして濃い。

彼女の魔法は秀でていたけれど、こんなものは初めてだ。


制御が追いつかないほどの魔力。


「お願い……お願いよ。どうか私の力を出させて」

恐怖に耐える彼女の顔は真っ青になっている。



空間の変化を感じたのか、獣王が再び咆哮し、詠唱中の横山さんへと標的を変える。


「綾香! ……まずい!!」


市橋さんが咄嗟に間へ滑り込む。


黒光りする爪は横凪に胸を裂き、鮮血が舞う。


「市橋さんっ!」


視界が、白く染まる。


(ーーだめ、死んじゃう)


横たわる二人の姿。

その未来だけが、鮮明に浮かぶ。


胸の奥が、裂ける。


今までより強く祈る。

何でもいい、みんなを助けて!!


叫びに似た祈りーー違う、これは。


詠唱。


勝手に、今までにない想いが溢れる。


「……癒しの光よ」


両手が熱い。

さっきの光よりも強く、しかし優しい淡い緑の光が、吹き飛ばされる市橋さんを包む。


光は裂かれた肉に注がれ、繋がる。

血が止まる。


でも同時に。


(また……)


胸の奥から、何かが削られる。


息が、苦しい。

視界が揺れる。


——自分の輪郭が削られている。


「茜、無理するな!」


市橋さんが立ち上がる。

怒りが宿った目。


「終わらせるっ!」


横山さんの詠唱は紡がれ、魔法が完成する。


魔法陣に絡め取られた獣王を、重力で押し潰す。


一瞬の隙。


「今だ!」


市橋さんの刃が、深く、より深く獣の眉間へと食い込む。

彼の剣もまた、今までより強く、しなやかに攻撃力を増していた。


最期の咆哮。


そして、身体に亀裂が入る。

獣王の巨体が崩れ落ち、黒い粒子となって消えた。


勝利のエフェクト。

アイテムも何もない。


けれど、命は、助かった。



静寂。


しずかな空間に荒い呼吸だけが残る。

三人とも、肩で呼吸をしているが、ちゃんと立っている。


六人で倒していた敵を、三人で。


三人が自然と歩み寄ったーーそのとき。



ぱち、ぱち、ぱち……と乾いた拍手が響いた。


「悪くない」


王の声。


退屈そうで、しかし確かに愉悦を含んでいる。


「六で足りるものが、三で足りたとは」


「さて」と継承者たちに顔を向ける。

「どれが良い?」


そして、威圧的な視線で私たちを制した。

空気が、凍った。

戦いは終わったはずなのに。




+ + +



私たちは立ったまま動けなかった。

金縛りとでもいうのだろうか、王の視線を受けたまま立ち尽くす。



「お父様」と女が動いた。


彼女はペロリと唇をひと舐めすると、面白そうに市橋さんを指差した。


「私はコレにします」


つかつかと市橋さんに歩み寄り、持っていた扇子で彼の顎をクイとあげる。


「この状態で睨んでくるなんて、面白いじゃない」

そういうと、彼女は短く詠唱し、その場から消えた。




王は残りの二人に目線をやる。

「エカテリーナは選んだぞ。次はどちらだ?」


先程の女性はエカテリーナ、と呼ばれたか。

彼は迷うことなく市橋さんを連れて行ってしまった……。


「ならば私はーー」とモノクルを片手で支えながら、騎士姿の男が前にたつ。


「シグルド、お前の好みはどちらだ?」


王は息子を揶揄うように笑みを浮かべた。



シグルドと呼ばれた男は、指で示した。

突然の別離に戸惑う横山さんを。


「アレくらいで丁度いい」

彼は扉に向かい、通り過ぎざまに横山さんの腕を掴む。

「扱いやすかろう」そう呟くと、彼らもまた溶けるように消えた。



「かわいそうに……残り物はお前か」


どちらに向けた声なのか、わざと哀れそうな声をだす。


「持っていけ」


彼は私に視線をやると、眉間に深く皺を刻んだ。

「仕方ない、好きにしろ」


彼は空間を握り込む。

その動きに合わせたように、私の身体はふわりと包まれる。


視界から玉座が消える。



それが、穏やかな世界を望んだ私の最初の選択だった。

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