第三話 絶滅危惧種
二人に向けて叫んだ声は、膜に吸い込まれて消えた。
その時、膜の外の三人がバタバタと慌ただしく動き始めた。
室内には彼ら以外の存在も増えてきた。
誰かが何かを指示し、それを受けた別の誰かが端末のようなものを操作している。
交わされる言葉は途切れ途切れで、耳慣れない言語のため理解できない。
それでも。
三つの膜が、静かに開かれた。
「——あ……」
ようやく声が聞こえた。
聞き覚えのある、少し低い声。
ーー生きてる。
そう思った瞬間胸の奥が熱くなった。
市橋さんはまだうまく動けないようで、呻き声をあげながらそのまま台に横たわっていた。
先ほどの私と同じく状況を理解できていないのか、表情は硬いけれど、視線はちゃんとこちらを確認している。
その奥には横山さんが、戸惑いながらもゆっくりと台から起あがり、丁寧に座り直している様子が見てとれた。不安げな瞳からは涙が溢れかけている。
静かに視線が交差する。
受け入れ難い状況に声を出せずにいるが、それでも。
二人とも生きている。
それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなった。
しかし「三」人。
——つまり、この場にいる私たちだけ。
それが、はっきりと形を持った瞬間、束の間の安堵はすぐに別の感情に塗り替えられた。
ここはどこなのか。
なぜ、私たちだけなのか。
あの場にいた彼らはどうなったのか。
中身のない膜が並ぶ部屋で、開いた三つの膜。
初めから空だったのか、それとも。
不安がよぎる。
これからどうなってしまうのか。
誰も答えを持っていない。
「覚醒個体、三例すべて安定」
異種族の一人が、記録するように告げた。
ーー例。
言葉が、引っかかる。
「惑星史の復元としては、極めて成功率が高い」
成功。
それは、私たちの未来を保証する言葉じゃない。
「王族への報告を」
別の声が続く。
「歴史復元の成功例として、すぐにでも面会を許可されるでしょう」
王族。
平凡な女子高生の私にとって、現実では縁のない、だけどあの世界の中で何度も聞いた称号。
この世界の王に会う。
喜びよりも先に冷たいものが背中を撫でる。
それは歓迎なのか、査定なのか。
彼らは研究者のようだが、私たちの存在は「客」ではない。
ゲームの中で王は人族だった。
けれど、ここはもう「あの世界」じゃない。
私は隣の二人を見た。
彼らもまた、お互いに視線を合わせ、同じく不安をうまく言葉にできずにいるようだった。
生きている。
でも、帰る場所はない。
私たちは標本だ。
展示される存在。
ありふれたものは展示室に並ぶことすらない。
そしてどうやら私たちは、これから先「標本」として価値があるかどうかを決められる。
その予感だけが、やけに鮮明だった。
+ + +
王への伝令を準備しているのだろうか。
目覚めたばかりの私たちが逃亡する可能性すら予想していないようで、彼らの視線が離れる。
市橋さんがゆっくりと体を起こし、苦しそうに肩で息をしている。
「……茜、綾香。無事か」
低く、でもはっきりした声。
私はすぐに頷く。
「私は大丈夫です。市橋さんは?」
市橋さんは「大丈夫だ」と片手を上げた。
横山さんが周囲を見回しながら、小さく答える。
「私も動けます……でも、あの装置、研究施設みたい。……ここはゲームじゃない。」
市橋さんの視線が、膜の残骸と異種族へ向く。
「ログアウトは?」
誰も答えられない。
彼の指が慣れた動きで宙をさまよう。
ーー反応しない。
ヘッドセットが存在しないのだ、試すことすらできない。
短い沈黙。
それでも、三人の視線が自然と集まる。
戦闘前と同じ位置関係。
前に立つのは彼。
後ろから支えるのは私。
全体を見るのは横山さん。
——いつもの布陣。
けれど、敵はまだ見えない。
「最初に聞いたあいつらの言葉、日本語だったよな」
静かに周りへと視線を向ける。
さっきまで聞き取れた言葉が、今はまるで別の音に変わっている。
「とりあえず、今は三人で動こう」
私は静かに横山さんに近づき、そっと背中をさする。
横山さんはそんな私の手をぎゅっと握った。
市橋さんは立ち上がり、その背で私たちを異種族から隠すように座り直した。
「状況がわかるまで、今は動くな」
市橋さんがいる。
横山さんがいる。
大丈夫、私たちは何度も全滅の危機を乗り越えてきた。
ーーけれど、今回は違う。
白衣姿の異種族が肩を寄せ合う私たちへと歩み寄る。
「今から王城へ向かう」
覚え始めの言葉のように多少カタコトではあるが、ちゃんと聞き取れる。
心を落ち着かせるまもなく、もう王城へ。
「俺たち以外に仲間はいないのか?」
市橋さんは研究者に詰め寄る。
感情のない声が無惨に響く。
「みな失敗した。お前たちが成功例だ」
失敗。
私たちを実験材料とでも思っているのか。
「そんな……」
横山さんの瞳からは耐えられず涙が溢れた。
「みんなは、みんなは……」
肩を震わせ、続く言葉も紡げない。
さっきまで笑っていたギルドの仲間たちの顔が脳裏に浮かぶ。
ゲームで毎日のようにチャットを交わした仲間たち。
「馬鹿野郎……」
誰に向けた言葉なのか、自分にも分かっていないような声だった。




