第十三話 選別と選択②
炎が街を煌々と照らす。
建物が黒く焼けていき、いろいろなものが燃える臭いが鼻を衝く。
市橋の腕で泣き続ける赤子以外、誰も声を発することはない。
激しく燃える建物を前に兵士たちも動きを止め、次の指示をまっているようだった。
静かに動いたのはエカテリーナだ。
パチンと音を鳴らし扇子を閉じる。
「残ったものの数は?」
兵士は小さな建物に集めた「健康で生産能力のあるものの数」と「知恵を持つ僅かな老人」と、「次世代のために最低限必要な子ども」の数を報告した。
「処理した人数はこれでいい。 これだけ燃やせば処理も早い」
あとは……と兵士たちをちらと見た。
「お前たちは何人?」と。
「十三名です」
ほかの者より一回り体格の良い兵士が報告する。
十三……。
周辺に魔力を流し、数を正確に確認する。
大丈夫、合っている。
他は病原菌を焼き払うため散開し、この場には居ない。
「そうーー」
処理をした感染者。
焼き払った建物。
残る者の数。
ここにいる忠実な私兵たち。
(お父様に知られるわけにはいかないの)
知られたら、きっと全て処理されてしまうからーー。
兵士たちは微動だにしない。
主の命を待つ姿勢のまま。
その姿を見つめ、エカテリーナはそっと瞼を閉じた。
(恨みなさいーー忘れないから)
扇子が、ひらり、と優雅に揺れた。
次の瞬間、ごとり、と音がして兵士たちの頭部と身体は分断された。
「ご苦労様」
そして「これで、数が合う」と市橋に微笑んだ。
短い詠唱を唱え、兵士を消す。
彼らが見られたら、また消える数が増えるからーー。
市橋はただ茫然としている。
泣いている赤子をあやすことすらしていない。
「お前、なんで……」
言葉もろくに紡げない様子の市橋を、エカテリーナは冷ややかに見下ろした。
「理解できないなんて、よほど甘やかされた世界で育ったのね」と。
もう一度赤子を見つめた指差した。
「それを残すなら、危険因子は処理しないと」
市橋にむけて言う。
赤子に向けた指先が微かに震える。
市橋は目ざとくそれに気づいたようだ。
「お前……」
「弱い者を守る? そんな綺麗事で何人死ぬと思うの」
ーー思わず言葉が荒くなる。
自分でも理解できない愚かな行為。
赤子など、役に立たない。
役に立たないと処理された弟妹たちーー。
弱いものは生き残ることさえ難しい。そう理解しているのに。
エカテリーナの指先から視線を放さず「王になるなら……選別するなとは言わない」「だが、守る覚悟も持て」と告げた。
なんて生意気な玩具ーーそう思ったが。
「お前を躾けるのも大変ね」と呆れた振りをする。
「二度と刃を向けないことね。主人に噛みつくペットは捨てられるわよ?」
多分、そんな日は来ない。
生意気だが嫌いではないーー気がする。
市橋は赤子を抱きなおすと「安全な場所は?」と訊いた。
勝手にこの先の行動を予測されたようで気に障ったが、エカテリーナはそれを受け流した。
一か所だけ考えていたのは、かつて王が捨てた土地。
土地は痩せ、荒れ果てた田舎の街。その土地に残る異端の神の教会、そこならばーー。
建物に押し込まれた民たちに告げた。
「息を殺し、死んだように生きなさい」
「お前たちは今日、ここで死んだのだから」と。
無尽蔵に魔力を使いすぎたのか。
建物ごと転移しようと魔法陣を立ち上げたとき、鼻の奥で赤茶けた錆の臭いがした。
無様にも鼻からこぼれた血が胸元を汚す。
しかし、詠唱を中断することはできず、仕方なく手の甲でぐいと拭った。
市橋は赤子を中の民に手渡したあと扉を閉める。
市橋はエカテリーナに歩み寄ると、似つかわしくない血の擦れた跡を見て、少し呆れたような表情を見せた。
そして重心を落とし、剣を魔法陣の一辺にかざすと力を込め始めた。
エカテリーナの魔力に熱が加わる。
補われた、そう感じた。
市橋の力は使用者と同じくらい暑苦しいーー思わず唇の端が上がる。
力を加えるたび、刃がちりちりと振動し、柄からは小さな悲鳴が聞こえる。
「……あなたの剣、鈍くなってるわよ?」
そういうと、市橋は「そうか?」と短く笑った。
そして、眼前から建物は消滅した。
エカテリーナは残り火を見つめ息を吐く。
街は、熱と灰を残して静寂が戻った。
市橋が深呼吸したその時、体が思い切り揺さぶられるような強い地鳴りが響いた。
「ーーシグルド?」
エカテリーナは音のした方角をひと睨みし、即座に市橋を連れてその場から消えた。




