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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章 立場と矜持

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第十二話 選別と選択①

シグルドは、エカテリーナとラファエルに「各自さっさと終わらせて城にもどれ」と指示をだし、兵士から「遺体処理が停滞している」と報告を受けたエリアへ転移した。


ラファエルは、初めに感染が確認されたエリアを処理してくる。そう告げると、呆然と項垂れる女を無言で連れ、消えた。



この場を任されたエカテリーナは、「ここをどうにかしなければ」と目線を動かし、どこから手をつけるべきか……と一人静かに思案に暮れる。


眼前には消えない炎。

先ほどの光景が脳裏に浮かんだのか、やや緊張した面持ちでこくりと喉を鳴らした。


処理。


(幼い命、逆らえない命ーー)


……迷うな。

あれは、変えられない過去。


エカテリーナは一瞬過去の記憶に囚われかけたーーが、即座に調息し、揺らぎそうになる思考を切り捨てた。



改めて周りを見渡す。

こうしている間にも死体は積み上げられ、山は増え続ける。

かつて賑やかな場所であったはずの広場は、物言わぬ遺体で溢れかえる。



エカテリーナは扇子を広げて口元を隠す。

この場所への拒絶や嫌悪感を隠すためではない。

ただ、余分な思考を遮断するために。



お父様は我らに投げたものは余程のことが無ければ監視などしない。

そして、互いを監視するような兄弟たちの目もないーー。


お父様が望むであろう「処理」では奪いすぎる。


……玉座に座るには、最低限の民が居らねば、と。


エカテリーナはもう一度死体の山に目をやる。

この数ならば「僅かな誤差」に気づくまい。



(まずは、目溢(めこぼ)しを()()()()ための数が必要ねーー。)


エカテリーナは手を地面にかざし魔法陣を描く。迷うことなく流れるような動きで起動させた。


召喚されたエカテリーナの私兵。

彼女の持ち得る、およそ五分の一程度。


「兵士たちよ、あの建物に全ての遺体をうつせ」


かつて民が憧れ多くの人が集っていたであろう、豪華絢爛な歌劇場を扇子でさし示す。


あの広さがあれば……。


別の兵士らには「扉を開け、この広場に民を集めよ」と。

いうが早いか、兵士たちは次々と立ち並ぶ家屋の扉を壊し始めた。



その時、困惑していたはずの市橋が突然動いた。

エカテリーナの背を睨み、胸ぐらを掴む勢いで眼前へと回り込む。



「お前っ、何やってんだよ! あいつらなんで家を壊して……」



エカテリーナはその戸惑を「当然」かと受け止めた。


兵士への命はこちらの言葉。

市橋にしてみれば、彼らが突然家を壊し始めたように思えたのだろう。


説明する義理などない、が。

エカテリーナは市橋の首輪にスッと手を伸ばす。

片手で首を締めるような仕草で、中央の魔石に力を込める。

これで市橋にも聴力(みみ)だけは理解できよう。


会話は私とだけすれば良いーーとでも?

理解できない感情への自嘲。

エカテリーナの胸に沸いたのは、独占欲、とでも言うのだろうか。


「今から選別する」

そう気持ちを切り替えた。

未だ何かを言おうとする市橋の肩を扇子で押し除け、エカテリーナは兵士たちへ短く淡々と指示をだす。


「僅かでも感染が確認されたものはまず歌劇場へ。収容しきれない状態であれば建物ごと迅速に処理せよ」


「現時点で症状の者ない者の内、健康状態のよい生産年齢のものに限り残留」


「残った者は、残数を(かんが)みて、後の再建のためにも多少の子どもは生存を許可する。そして乳幼児は……」



脳裏に、火に投げ入れられた小さな塊が浮かぶ。



「ーー現状では無力。足手まといは処理せよ」


エカテリーナは瞼を閉じた。



兵士たちはいうが早いか、早々に子どもを建物から引きずり出してくる。

掴まれた子どもは、その腕に小さな赤子を必死に抱き、じたばたと激しく抵抗してみせた。


しかし、兵士は微動だにしない。


別の兵士が近づき、子どもの腕から赤子を鷲掴んで二人を無理やり引き離した。



市橋は「やめろ!」と駆け出し、肩から兵士にぶつかった。

無様な、力任せの体当たりだった。


僅かによろめいた兵士の手から赤子を奪い取るように、その腕の中へと抱き込んだ。

そして子どもにも手を伸ばそうともう一人の兵士に掴み掛かったその時、その貌を視認して表情を曇らせ、動きを止めた。


「お前……、あの時の」


透明な棺に入れられ、見せ物にされた。

指をさし、嘲笑う。

まるで、珍獣でも揶揄うように。


こんな子ども。


ーー処理されても仕方ない?


市橋の貌から初めて伝わる隠しようのない嫌悪感。


その(かお)は、嫌いじゃない。

お前にもそんな感情が隠れていたのね、そう揶揄うつもりでいたのに。


市橋は、自分の足元へと視線を落とした。

「……違う」と吐き捨て、頭を強く振った。


その目から、蔑む心は感じられない。

むしろ、自分への羞恥か。

苦笑いを浮かべ、自分の頬を強めに殴った。


市橋はもう一度兵士に向き直ると、右手を伸ばし突きつけた。

何もない空間を握り、振り払う仕草。


その直後、ひゅん、という風を切る音とともに、市橋の手にはあの大剣が握られていた。


「救える命は選ぶな!」


兵士は風圧によろめき、子どもを掴む手を緩めた。

市橋はその瞬間を見逃さず、子どもを奪い返した。


そして、エカテリーナを真正面から睨みつけ、叫んだ。


「消す前提で迷うのはやめろ!」



その揺るぎない目線に、エカテリーナは胸が沸き立つのを感じた。

市橋の変化を興味深くも感じていた。



彼に助けられた子供は市橋に向け困惑した様子を見せたが、結局、怯えた表情で手を振り払いそのまま暗闇へと走り去った。

市橋ならば追うだろう、そう思ったが、ただ一度、ちらりとその背に視線を向けただけだった。


逃げたか。


大丈夫、あちらならまだ兵士はいないーー。

自分の内にある甘すぎる考えを、そっと見逃した。



市橋は改めてエカテリーナを見つめた。


「お前……その言葉で何人切り捨てた? お前に感情はないのか?」


生意気にも苛立ちをぶつける。

腕に赤子を抱えたまま。


たかだが昨日目覚めた命が、偉そうに。

胸が騒めく。


「感情? この程度は些事(さじ)。いちいち揺れたら生き残れないの」


戒め。


「私は躾けたはずよ。膝を折れない者は、何も成せずに消えると」



「せめて隔離ではだめなのか? 症状が軽ければ治療があるよな? 消す以外手はないのかよ」市橋は言う。誰に向けたわけでもない、自分の中に正解を探しているように。


幾度もパンデミックのニュースは目にした。それでも、患者を隔離し、適切な対応さえ心がければ感染拡大を防ぐことができたし、時間や費用は必要だがワクチンの開発もあった。

医療従事者やボランティア、いろんな人が支えあって乗り越えた。



ここは地球じゃない。

魔法なんてものが存在する世界なのに、相互扶助の関係すら満足に作れないなんて。



「弱いなら、支えろ」



そのつぶやきに、エカテリーナは現実を突きつけた。


「お前は()()()()何をみているの? 疫病で一つの街の命運が左右される状況、明確な貧富の差」

「弱いものは満足に生きることすら許されない国に、全員が救われる選択肢など存在しないの」

「助けるなら、未来を産む力のある者だけ」

「それともーーお前の世界でなら、全員等しく救われたとでも?」


続けざまに言う。

偽善的で不愉快な言葉に、閉じ込めた感情が抑え込めずに。


「所詮お前は過去の遺物。そんなことだから滅びたのよ」



市橋は顔を上げ、エカテリーナと睨みあう。

緊張した空気の中ーー兵士がエカテリーナに告げた。


「まずこの建物一棟に、感染者を詰め終わりました」と。


迷いのない動きで、扇子を持つ手首がひらりと優雅に動いた。


歌劇場の上空ーーまるで仕掛け花火のように魔法陣が現れた。

そして、エカテリーナの唇から紡がれる短い詠唱。



歌劇場は一瞬で炎の壁に包まれた。

劫火のなか、現実感のない叫びが続く……。



市橋は剣を構えた。

無表情で炎を見つめるエカテリーナに向けて。


「症状のないものはあちらの二つの建物に」

兵士の声に「二つでは多すぎる」と、また扇子をひらりとあおいだ。


止められない魔法陣。


「やめろ!!」

市橋がエカテリーナに踏み込んだ。


彼女に剣が届くはずもない、それを理解していながらも、動くことを止められなかった。


「老人と赤子は必要ないわ」

「やめてくれ!」


市橋はエカテリーナの詠唱に、熱を帯びる扇子に向けて剣を叩き込んだ。



魔力と剣がぶつかるその瞬間、刃から小さくパキリと音がした。

動きに驚いたのか、抱えていた赤子が泣き声をあげた。


エカテリーナの詠唱が遅れた。

扇子を持つ指先が僅かに震えてしまった、そのせいで。


しかし、またもエカテリーナは二度目の無慈悲な炎をあげた。



市橋の腕の中の赤子が泣きつづけている。

炎に驚いたのか、それとも、市橋の苛立ちを感じたか。


ただ、エカテリーナの視線は、激しく燃える建物ではなくーー市橋の腕の中で泣き続ける赤子に落とされていた。

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