第十一話 叩きつけられた現実
まだ夜明けにほど近い暗い街。
広場だけ煌々と炎が燃え続けていた。
転移魔法だろうか。
くだんの街に降り立った時、周囲を見渡すよりも先に、まず目が染みるほどの刺激臭が鼻をついた。
歩く人は少ないのに、建物の端や木の陰には背中を預けたまま動かない者たちで溢れている。
道で倒れたまま息絶えた大人の姿や、布が掛けられたあまりに小さな布の膨らみ。
この地獄のような環境で、それでもまだ至る所でこほこほと誰かが咳き込む音が響く……。
声の所在を探そうと耳を澄ませて目を配る。
数が多すぎて定めることはできなかった。
目に見える建物はどこも窓が固く閉じられており、隙間には布が詰められている。
感染予防なのだろうか。
外にある全てを、わずかな侵入経路さえ遮断しようとする、そんな切実な気持ちだけが伝わる。
広場で燃え続ける炎。
口を布で覆った兵士のような魔族が、慣れたように遺体を持ち上げ、次々と炎に投げ込んでいる。
彼らの足元には、高く積み上げられた遺体が、荼毘に付される順番を待ち続けているようだった。
「・・・・・・」
「・・・・」
魔族の一人が何かを言う。
もう一人が小さく包まれた布の塊を片手でつかみ、薪でもくべるようにぽんーーと放った。
火が燃え移るその瞬間、包みが軽く緩み、色を失った小さな腕が見えた。
沈黙を破ったのは、抑揚のない声だった。
「この数をこの程度で? 処理が追いつくはずもなかろう。非効率にもほどがある」
初めて見る悲惨な光景に眉をひそめ、言葉を発せず震え続ける横山さんの隣で、彼ーーシグルドさんは顔をしかめている。
横山さんは祈るように手を合わせた。
市橋さんも眉をひそめて立っている。
兵士たちが淡々と消えた火種を投げ込み続けるその様子を、顔を背けず見続けていた。
肌を焼く熱風で、彼の目元は赤く見えた。
エカテリーナさんは慣れているのか、無表情のまま炎に照らされている。
それでも、ただの瞬きだったかのもしれないけれど。小さな手がこぼれたあの瞬間、静かに目を閉じたような気がした。
ラファエルさんは、炎を背に、小さく繰り返される咳の主へと視線を泳がせているようだ。
そしてそれは私も同じでーー。
「いた!」
悲惨な光景は受け止めきれない。
日本でも、ゲームの中でさえこんな残酷描写は存在しなかった。
それでも、今の私にできることがあるならーー。
その一心で見つけた。
消えそうなか弱い咳を繰り返している、ちいさな……。
街路樹の根本に、小さな犬が服を着て横たわっている姿が見えた。
捨てられた子犬のようだった。
駆け寄ると、その子供は軽く力を加えたら折れてしまいそうなほどやせ細っている。
胸は大きく上下して、その動きは不定期だ。
止まってしまう。
思わず抱きかかえた。
「……大丈夫」
伝わるはずのない言葉。
でも心からの言葉。
小さな命が、薄く目を開く。
「大丈夫だよ」
根拠なんてない、ただ、安心させたかった。
私は彼らのもとに近づいた。
王族なら、もしかして、と。
希望なんて、一つも与えてもらえないのに。
真っ先にエカテリーナと視線がぶつかる。
いつから彼女は私を見ていたのだろう。
彼女の表情が一瞬こわばったように見えた。
即座に私に背を向け「市橋、お前の同胞は愚かね。感染源を抱いているわ」と市橋さんを笑った。
その真意は読み取れない。
市橋さんは私に両手を伸ばしかけたが、エカテリーナに視線を向け、動きを止めた。
諦めたように静かに腕をおろす。
俯いたまま、拳を固く握りしめた。ただ、その呼吸は荒く、肩は激しく上下していた。
冷静な彼ならば、医師でも手配してくれるのではーーそんなささやかな期待でシグルドを見た。
消えた命も、消えようとする命さえ、どちらにも興味なさそうにしている。
ただ私に「息を吐いているうちは近づけるな」と吐き捨てた。
横山さんは私に同情的な視線をちらと向け、指示を仰ぐようにシグルドの横顔を見つめていた。
私は祈った。
神様に、大きな存在に、この小さな命を助けて、と。
淡い光はあった。
体が揺らぐ感じもある。
ならば、詠唱を間違ったわけではない。
ーー拒絶。
本人が生を望んでない、そんな気がする。
ラファエルだけは、視線をそらさなかった。
小さな体から、最期の息が吐きだされるまで。
もう、なんの手ごたえもない。
ラファエルは、私に「もういい、受け止められないものに削るのは……愚かだ」とだけ言った。
兵士の一人が、私の腕から子供を奪う。
そしてまた煙が空へと登って行った。




