第十話 王命
翌日、私たちは再び王の間へと集められた。
それぞれ「持ち主」となった彼らに連れられて。
決められた継承順とでもいうのか、玉座に対面して真ん中は横山さんたちが。その右隣りが市橋さんたち。そして左隣が私と男性……ラファエル、さんと呼んでいいのかわからないが、彼と二人で立っている。
並んで立つわけでなく、彼らの半歩後ろ。まるで散歩中に立ち止まり主人を見上げる犬にでもなったみたいだ、そう感じた。
市橋さんを選んだ女性は扇子で口元を覆ったまま、真っ直ぐ前を見ているようだ。
横山さんを連れて行った男性は、右手で片眼鏡の位置を直している。
ラファエルさん、は目を閉じたまま微動だにしない……。
空の玉座の前、私たちは顔を合わせた。
昨日の戦いの跡など何一つ残っていない、ただ主のいない玉座に見下ろされる緊張感……。
たった一日しか経っていないのに、それでも胸の奥が僅かに温かくなる。
張り詰める場の空気に、会話など交わせるはずもない。
それでもこうして市橋さんと横山さんに会えたことが嬉しかった。
自然と互いに視線が交差する。
市橋さんが私と横山さんを静かに見つめる。
硬い姿勢のまま、彼は右手をグッと握り込んでいる。
それでも、その眦は少しだけ下がっている。
横山さんが横顔のまま両サイドの私たちを確認し、軽く頷いてくれる。
私も二人に答えるようにぱちぱちとゆっくり瞬きを返した。
あとどれくらい待てばいいんだろう……。
何もできず、緊張感が多少和らぎかけたその時。
ギィ……。
銀糸のような白髪に、深い肌の色。尖った耳を除けばまるで海外の芸能人にでもなれそうな容姿の男が現れた。
戦闘職ではない、ゆったり体を包む長衣。
手には巻物が握られている。
ダークエルフ、と横山さんの呟く声。
もう一度その文官に視線を戻すと、なるほど、確かにあの世界で人気のあった種族だ。
その特徴は、整った容姿に知的の高さ。そして長命。
魔法職を目指すものなら大抵最初に選択するのは人間か、エルフ族だ。
横山さんはあちらの世界でエルフを極めてハイエルフとなっていた。
一瞬だけゲームの世界を思い出す。
かつかつと彼の靴音が静かな部屋に響く。
ダークエルフの文官は玉座の一歩手前に立ち、こちらへと向き直った。
「王がお見えになる」
静かな、よく透る声だった。
開かれた扉から件の王の姿が現れた。
背後には王の一回り以上ありそうな二足歩行をする爬虫類のような存在が付き従い、甲冑を着て帯剣を許されている。
私の視線に気づいた王は、軽く腕をあげ、指先を軽く下げた。
次の瞬間、私たち三人は床に這いつくばるよう崩れ落ちていた。
見えない魔力がミシリと背骨に食い込み、呼吸が奪われる。
「ぐっ……」
市橋さんがくぐもった声をだす。
ーーぱちり。
音とともに重圧が消える
話し始めた声で、女性が扇子を閉じた音だと知った。
「お父様、いただいた玩具をいたずらに壊すのはおやめになって? まだ楽しんですらいないのだから」
一瞬の沈黙。
王の、ははっ、という乾いた笑いが広間に落ちる。
「すまないな、エカテリーナ。余は唯一の姫にどうしても甘くなる」
言葉に対し、その目は笑っていない。
「今回はーー許そう」
さて、と言葉をつなげる。
「昨日の余興は悪くは無かった」
立て、と床を這う私たちに向けて言う。
「貧民街に疫病が出た」
「明日、速やかに処理せよ」
立ち上がりきる前、突如として下された王命。
聞き間違い?
処理、という言葉が耳に残る。
それは命の話ではなく、まるで汚いものであるかのような……。
救済、ではなく。
戸惑っていると部屋の重圧がふと軽くなった。
王も文官さえも存在しなかったように。
目の前にはまた、空の玉座だけが静かに鎮座していた。
+ + +
「明日の夜明け、か」
いつの間に手にしたのか、三人はそれぞれ巻物のようなものを開いている。
口を開いた男性は横山さんに告げる。
「いくぞ」
彼は後ろ手に手を差し伸べると、横山さんは遠慮がちにその手に自分の指先を重ねる。
私と市川さんに顔をむけ「また明日……」とだけ伝えて消えた。
そんな横山さんに言いしれない不安を感じる。彼女の指先は昨日より白く、色と熱を失ったように見えたから。
エカテリーナと呼ばれた女性は、振り返り市川さんの首に軽く触れる。
彼の首に黒い革のようなものが現れた。
真ん中に小さな紅い宝石が光る。
その色は彼女の扇子と同じ、明らかな「所有」の印だった。
彼女は満足そうに唇の端を上げる。
「帰るときはそれに触れなさい。長すぎる散歩は許さないからーー」そう言うと溶けるように消えた。
残されたラファエルさんは深いため息を吐くと、無言のまま懐中時計を私の前に差し出し「五分後、あの部屋に転移される」と説明し「先に戻る」。
短く告げて、彼の姿も霧散した。
二人きりで残された主不在の王の間。
居心地の悪さは感じるが、それでも。
「市橋さんは、無事、ですか?」
彼は「茜は?」と聞き返す。そんなところも彼らしい、そう思った。
「私たち、どうなるんでしょう……」
彼も何かを言いかけて言葉に詰まる。
告げられた王命は、あまりに明確だったから。
「今は生きるしか、ない」
それでも彼は顔をあげ「大丈夫、俺たちが有用だとわかれば、なにか活路が見いだせるかもしれない」と笑顔を作ってくれた。
だから。
諦めるな、と私の肩を軽く叩いた。
そして市橋さんは首の宝石に触れ消えていった。
消える直前、彼の視線は揺れたように感じた。
不安なのか、弱さなのか。
彼が消えた空間に、そっと手を伸ばす。
そこには、もう熱の残滓は存在しなかった。




