第九話 月明かりの神官 ※茜視点
薄らと目を開けた時、誰かが窓を背に立っていた。
月明かりだろうか、白銀で縁取られた神官の服はとても幻想的に見える。
思わず身を起こすと、こちらに気づいた影はピクリと震えたように思えた。
薄暗い中見渡すと、周りには簡素な机と棚があり、自分は長椅子に横になっていたことがわかる。
奥にもう一つ続き部屋が見えた。
「……祈りの間?」
ゲームの中で、神職を極めていく者たちの目指す場所。
静寂に包まれた石造りの建物。
石本来の色なので、派手さはなく、灰色を貴重とした空間ではあるものの、落ち着いて祈りを捧げられるその空間が大好きだった。
視線を彷徨わせ、中央にあるはずの女神像を探してみれば、空の台座だけが虚しくとり残されている。
「お前はーー」
と、窓際にいた誰かが話しかけてきた。
静かな、抑揚の少ない声。
驚いて僅かに動揺したが、声の主は続けた。
「愚かなのか」
愚か、そんな言葉を他者に言われる機会など多くはない。その言葉に、私は今の状況を思い出してきた。
三人いたのに、今は一人……。
「あなたは、誰ですか」
月明かりが部屋を差す。
王の間で見たままの表情。
腰より長い髪を一つに結んだ精悍な貌。
魔族の容姿はみな整っているとでもいうのだろうか。
しかしその眉間には記憶と変わらず深い皺を刻んでいる。……不快なのか、不機嫌なのか。
「ラファエル、継承権第三位」
聞いた質問以上の話をする気はないらしい。
私は彼に質問した。
「何故、私が愚かなんですか」
彼は壁に背をつけたまま、言葉を紡ぐ。
「自らを削るのは、愚か者がすることだ」
自分の輪郭が削られた感覚、あれは間違っていなかったのか……。
思わず右手を胸の辺りでぎゅっと握りこんだ。
「……見ていたんですか」
「あぁ」
彼は私の心臓あたりに視線を落とす。
消えていく何かが見えているとでもいうように。
私は掌を見つめた。
頼りなく、小さい。
両の手を合わせた時、何か大切なものがごっそりと削られて軽くなる感覚がした。
それでも。
「削らなければ助けられませんでした」
「身を削り、分け与えなければ消えてしまうものに存在意義はあるのか」
その言葉は、この世界の私たちをとても儚い存在だとでも思っているようで悲しくなった。だが、そうだとしてもーー「あります」と迷いなく彼に答えた。
耳が痛くなるような長い沈黙。
彼は窓の外に視線を外すと、空に向けて「理解できない」そうポツリと呟いた。
その目は微かに揺れていた。
戦いが怖くなかったわけじゃない。
削られることで、自分にもしものことがあったとしても。
「助けたい、私の手が届く範囲でもーー」
市橋さんと、横山さん。
もう一度あの場面を繰り返したとしても。
「助けます」
私は自分に言い聞かせた。
彼は何も答えなかった。
ただ、目を逸らさなかった。
「とりあえずはこの部屋を使え」
彼はそう言うと、部屋を背に石段を降りていった。
最後に小さく「死ぬな」その言葉を残して。




