第八話 私の王子様 ※横山視点
彼の容姿は本当に整っていた。
魔王に対峙した威圧感、恐ろしい魔物と向かい合うあの瞬間。
呼ばれた三人の中で、誰よりも静かに凛とした姿で立つ知的な男性に目を奪われた。
黒い鎧に身を包んだその姿は、かつて夢中になって幾度も読んだ物語に出てくる、憧れの王子のように思えた。
あの戦いの後、私たち三人が互いの生を喜びあっていた時、王は何かを告げた。
その直後、女の人に連れ去られ正義さんが消えた。
私も訳がわからぬまま近づいてきた彼に手を引かれ、横山さんに意識を向ける前に、身体が何かに包まれたような気がした。
そして今、私の目の前に広がるのは豪奢ではない整いすぎた書斎。
壁には深い青色のタペストリーに難しそうな銀の刺繍。
天井まで高さのある本棚には、辞書のような厚さの難しそうな本が所狭しと丁寧に並べられ、一方の棚には見たこともない道具が数多く、そして塵ひとつなく並べられている。
見慣れない光景に思わず、はしたないという考えも浮かんだが、好奇心を抑えられずきょろきょろと視線を彷徨わせる。
静かな空間。
部屋に着いてから、彼ーーシグルドは机に向かい座ったままこちらを見ていた。
私は思わずぶるりと震えた。
彼の視線がゆったりと動き、口を開く。
その声は低く、意外にも穏やかだ。
「横山綾香、大丈夫だ」
怯えなくていい、そう言いながら彼は私の名を正確な日本語で呼んだ。
威圧的でもなく、ちゃんと会話ができる。
王族は言葉に不自由しないのだろうか。
でも、一体いつ名前を知ったのだろう。湧いた疑問に口を開く前に「こちらに研究者から届いた資料がある」と机の上の紙束をみせた。
「魔力値が最も高い個体かーー有用だな」
最後の呟きは小さすぎて私には届かなかったが。
「さて、君は先ほどの戦いで満足か?」
突然の問いに戸惑う。
「満足なんて……私は、二人ほど動けませんでしたから」
言葉にすると情けなく、思わず俯く。
俯けば、私の長い髪が顔を隠してくれる。
心の底からそんな自分を情けなく思う。
ここでも私は役に立たない、認めてもらえない人間なのか……と。
そんな私の葛藤を見透かすように彼は言う。
「未熟だが、資質は高い」
「こちらへ」
と彼は私を促す。
その声に私は彼の机の前に立つ。
「違う、こちらへ」
彼は椅子の隣の空間を指し示す。
おそるおそる彼の隣に立つ。
刹那、彼の視線は私を通り越し、何かを慮っているように感じた。彼の目の奥が一瞬冷えたーー言いしれぬ恐怖を感じる前に「問題ない、魔力の使い方など学べばいい」
低く、私を落ち着かせる声。
「評価は私が下す」私を見つめてそう言った。
評価。
魔力ランカーとして前に立てたあの瞬間さえ、私は私を認められなかった。
でも、彼が、私を見てくれる。
王子が、私だけを。
理不尽なことをしてきた王と違って、この人は理で動いている。
私を正当に評価してくれるーー?
胸が、静かな熱をもつ。
落ち着かせたくて小さく息を吐く。
それでも、胸のざわめきが消えなくて。
「……ありがとうございます」
そう伝えた。
再び俯いた私には見えていなかった。
彼の指先が愉快そうにトンっと机を叩き「捕まえた」と呟いたこと。
彼の目は、決して笑っていなかったことを。




