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狂人ドミノ ~ひとつ倒れれば、狂気が加速する。地獄のピタゴラスイッチ。~  作者: 団田図


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第19話 静寂の断罪

 葉世が持ち込んだ機械のスイッチを押した、その刹那。


 キイィィィィィィィィン――――ッ!!!


 鼓膜を直接針で刺すような、鋭利かつ暴力的な高周波音が、会場の空気を切り裂いた。

 それは悲鳴ではない。電子的な干渉音だ。

 あまりの音圧に、会場の照明が一瞬スパークし、マイクのハウリングのような不快音がホール全体を包み込む。


 ガガンッ。


 硬質な音がした。

 アイギスのアームが空中で停止していた。

 それだけではない。

 ステージ上の数百台、出口を塞いでいた数十台。

 暴れ狂っていたすべての白い悪魔たちが、まるで時を止められたかのように、不自然な姿勢のまま凍りついていた。


 赤いカメラアイの光が、フツリと消える。

 駆動音が止む。

 換気扇の回る音だけが残る。


 完全なる静寂。

 死を覚悟していた人々は、目を開け、互いの顔を見合わせることもできず、ただ目の前で停止した鉄の塊を呆然と見上げていた。


「……不良品のリコール。……間に合ったか」


 葉世は荒い息を吐きながら、いつもの癖で胃のあたりを強く押さえた。

 アルミケースのパイロットランプが、激しく緑色に明滅している。

 広帯域妨害電波発信機。

 彼が休職中に独学で組み上げた、アイギスの制御系回路を焼き切るための最後の切り札だ。


「……た、助かったのか? あんたが?」

 老婦人が、震える声で彼を見上げた。

 葉世は振り返らず、ステージの上で立ち尽くす二人の人物を睨み据えた。

 タキシード姿の宇治木うじき政樹まさきと、ドレススーツ姿の網代あじろ真里まり

 彼らは、自分たちの「作品」が沈黙した意味を理解できず、幽霊でも見るような目で葉世を凝視していた。


「な……なぜだ……」

 宇治木が呻くように声を漏らす。

「なぜ、こんな惨劇が起きた。それに、動かない……私の命令も、暴走コードも受け付けない……システムが完全にダウンしているだと……?」


 葉世はステージに手をかけ、重い体を引き上げた。

 アルミケースを背負ったまま、彼はゆっくりと宇治木たちへと歩み寄る。

 その足取りは重いが、迷いはない。

 かつて社内で「空気」と呼ばれ、理不尽な要求に頭を下げ続けてきた男の背中は、今は誰よりも大きく見えた。


 葉世は、甲斐が落としたマイクを拾い上げた。

 スイッチを入れる。

 ハウリング防止の回路が働き、クリアな音声が会場に響き渡った。


「ライフ・アシスト・ロボティクス株式会社、品質管理課長の葉世です」


 事務的で、飾り気のない声。

 だが、その声にはプロフェッショナルとしての威厳が満ちていた。


「ただいま、会場内の全アイギスに対し、強制停止信号を送信しました。……もう動きません。安全です」


 その言葉が届いた瞬間。

 会場のあちこちから、堰を切ったように安堵の泣き声が上がった。

 へたり込む者、抱き合う者。

 極限の緊張から解放された人々は、泥のように床に崩れ落ちていく。


 だが、安堵はすぐに別の感情へと変わっていった。

 なぜ、こんなことが起きたのか。

 誰が、こんな地獄を作り出したのか。

 数百人の生存者たちの視線が、ステージ上の「主催者」たちへと集中し始める。


「き、貴様……!」

 宇治木が我に返り、ハンカチで口元を覆いながら叫んだ。

「葉世!お前がこの暴走を企てたんだな!」

 嘘だ。宇治木は葉世に責任を押し付けた。

「何をしたかわかっているのか! これは我が社の資産だぞ! 重要な発表会を台無しにし、損害を与えた責任を取れると思っているのか!」


 宇治木はまだ、自分が「支配者」であるという幻想にしがみついていた。

 ロボットが人を殺した事実(甲斐の死)は、「工場の不手際」として処理できると考えているのだ。

 彼はコンサルタントとしての仮面を被り直し、客席に向かって両手を広げた。


「皆様、ご安心ください! これは予期せぬトラブルでしたが、原因はあの狂った工場長と休職中の葉世にあります! 彼らが勝手に改造を施したのです! 我々も被害者なのです!」


 白々しい言い訳。

 しかし、混乱した状況下では、エリート然とした彼の言葉にすがりつこうとする者もいるかもしれない。

 その隙を逃さなかったのが、網代真里だった。


 彼女の脳内CPUは、秒単位で最適解を弾き出していた。

 (ロボットは全損。甲斐は死亡。計画は完全に失敗。……なら、損切りするしかない)

 彼女は瞬時に表情筋を操作した。

 冷徹な秘書の顔から、恐怖に怯える「か弱き被害者」へ。


「葉世課長……!」

 網代は涙を溢れさせ、よろめきながら葉世の方へ駆け寄ろうとした。

「よかった……来てくれたんですね! 怖かった……本当に怖かった……!」


 彼女はマイクの集音範囲に入る位置で、膝から崩れ落ちてみせた。

 着こなしたドレススーツが床にこぼれた水で汚れ、悲劇のヒロインの構図が完成する。


「私、ずっと反対してたんです! でも、宇治木さんが……『言うことを聞かないと殺す』って……! 家族にも危害を加えるって脅されて……!」

 彼女は震える指で宇治木を指差した。

「全部、宇治木さんとあの工場長の計画なんです! 老人を殺してコストカットするなんて狂ってるって言ったのに、誰も聞いてくれなくて……! 私、どうしたらいいか分からなくて……!」


 名演技だった。

 客席の後方で、営業部の高木えりが口元を押さえて泣き出した。

「やっぱり……! 真里ちゃんは被害者だったんだ! 脅されてたんだ!」

「なんて酷い……」

「あのコンサル、悪魔かよ!」


 会場の空気が傾きかける。

 怒りの矛先が宇治木一人に集中しようとしていた。

 宇治木は目を見開き、網代を見た。

「な……何を言っている、君は… 君が提案したプランじゃないか!」

「酷い! まだ私に罪を擦り付けるんですか!?」

 網代は泣き叫び、葉世に縋り付こうと手を伸ばした。

「課長、助けてください……! 私、課長だけが頼りだったんです……!」


 葉世は動かなかった。

 縋り付こうとする網代の手を、冷たく見下ろしている。

 その目には、同情も、かつての気弱さもなかった。

 あるのは、汚物を見るような、絶対零度の軽蔑だけ。


「……触るな」


 葉世は短く言い放ち、網代の手を払いのけた。

 パチン、という乾いた音が響く。

 網代が驚いたように顔を上げる。

「か、課長……?」


「相変わらずだな、網代」

 葉世はため息をついた。

「その涙の成分、一度分析に出してみたいもんだよ。……塩水と、猛毒が半々ってところか?」


 葉世は背負っていたアルミケースから、一本の太いケーブルを引き抜いた。

 そして、ステージ脇にある巨大スクリーンの制御コンソールへと歩み寄る。

「脅されていただと? ……お前が一番『自由』に楽しんでいただろうが」


 葉世はケーブルをコンソールに突き刺した。

 カチリ。

 Enterキーを叩く。


 ザザッ……!

 会場正面の巨大スクリーンが、ノイズと共に切り替わった。

 映し出されたのは、製品のプロモーション映像ではない。

 薄暗い部屋の映像だった。


「こ、これは……」

 網代の顔が引きつる。

 それは、休職中の葉世が、社内サーバーに残しておいたバックドア(裏口)を経由して収集した情報。さらに網代の携帯しているパソコンにウィルスを仕込んで、ハッキングして入手した映像群だった。


 【ファイル1:宇治木の狂気】

 スクリーンに、高級レストランでの密談が映し出される。

 『高齢者はコストだ。間引きが必要だ』

 『0.8%の事故率なら許容範囲だ。気づかれないように骨を折れ』

 ワインを片手に、老人の抹殺計画を「改革」と称して語る宇治木の姿。

 会場の高齢者たちが息を呑む。

 「わしらを……間引くだと?」

 「コスト……? 私たちはゴミじゃない!」


 宇治木は顔面蒼白になり、後ずさった。

 「盗撮か……! 卑劣な!」


 【ファイル2:網代の本性】

 画面が切り替わる。

 映し出されたのは、網代真里の自宅――ウォークインクローゼットの中だ。

 壁一面に貼られた盗撮写真と、赤い毛糸の相関図。

 その前で、網代は上機嫌にワイングラスを揺らしていた。


 『あーあ、宇治木もそろそろ賞味期限切れかな』

 画面の中の網代が、独り言をつぶやく。その顔には、今見せている「怯える被害者」の面影など微塵もない。

 『ロボットが全国に行き渡って、事故が多発し始めたら……全部彼のせいにして告発してやろうっと』


 彼女はクスクスと笑いながら、宇治木の写真に画鋲を突き刺す。

 『彼は自分が神様だと思ってるけど、ただのピエロよ。私の手の上で踊ってるだけ』

 『全員地獄に落ちて、私だけが「正義の告発者」として生き残る。悲劇のヒロインとしてチヤホヤされて、メディアに出まくって……それが最高のハッピーエンドじゃない?』


 さらに、彼女は別の写真を指差して嘲笑った。

 『高木スピーカー。 ほんとチョロすぎて笑っちゃう。私の嘘泣きひとつで、勝手に周りに言いふらしてくれるんだもん。便利な拡声器よねぇ』


 映像が終わる。

 プツン、と画面が暗転した。


 ホールは、先ほどとは違う種類の静寂に包まれていた。

 それは恐怖の静寂ではない。

 数百人の人間が、同時に一つの真実を理解し、怒りを臨界点まで高めていく、嵐の前の静けさだった。


「……嘘……」

 客席で、高木えりが立ち尽くしていた。

 手には、網代から「命より大事な日記」と言って渡されたUSBメモリが握られている。

 彼女は震える手で、そのメモリを見つめた。

 友情の証だと思っていたものが、ただの「馬鹿を操るための小道具」だったと知った瞬間。


「……ふざけないでよッ!!」


 高木は絶叫し、USBメモリをステージに向かって力いっぱい投げつけた。

 カランッ。

 プラスチックの破片が、網代の足元に転がる。

「私のこと、馬鹿にしてたの!? 友達だと思ってたのに! ずっと信じてたのに!!」

 高木の目から、悔し涙が溢れ出す。

「あんたなんか……悪魔だよ!!」


 その叫びが、合図となった。


「捕まえろ! そいつらが犯人だ!」

「お父さんが危ないところだったんだぞ!」

「私たちを殺そうとしたのか! 許さないぞ!」


 怒号。

 暴走ロボットに対する恐怖は、明確な「加害者」への憎悪へと変わった。

 会場のあちこちから、ペットボトルやパンフレットが投げ込まれる。

 詰め寄ろうとする群衆の波。

 それは、いかなる暴動よりも重く、冷たい「断罪」の波だった。


 網代は青ざめ、後ずさりした。

 「ち、違うの! これは合成映像よ! ディープフェイクだわ!」

 必死に叫ぶが、誰も聞く耳を持たない。

 彼女は葉世を見た。

 「ねえ課長、嘘だって言ってよ! 助けてよ!」


 葉世は冷ややかに見下ろした。

 「無駄だ。その映像のタイムスタンプと、お前のスマホのGPSログは完全に一致している。すでに警察にも送信済みだ」

 葉世はポケットから胃薬を取り出し、口に含んだ。

 「お前は人を人形のように操って楽しんでいたようだが……最後は自分が、大勢の前で踊るピエロになる番だ」


 その言葉を聞いた瞬間。

 網代の顔から、「可憐な被害者」の仮面が剥がれ落ちた。

 恐怖も、懇願も消え失せた。

 残ったのは、爬虫類のような冷たい瞳と、歪んだ口元だけ。


「……チッ」

 網代は舌打ちをした。

 その音はマイクを通して会場に響いた。

「あーあ、最悪。どいつもこいつも馬鹿ばっかりで、扱いやすかったのに」

 彼女は開き直り、客席を睨みつけた。

「何よ、その目は。あんたたちが勝手に信じて、勝手に騙されたんでしょ? 自分で考える頭もないくせに、被害者ヅラしてんじゃないわよ!」


 本性。

 その醜悪な姿に、群衆の怒りは頂点に達した。

「この女……!」

「捕まえろ! 逃がすな!」

 数人の男たちがステージによじ登ろうとする。


 その時。

 ドォォォォン!!

 会場の入り口の壁が爆破された。

 噴煙と共に、SIT(特殊捜査班)の黒い部隊が突入してくる。


「警察だ! 全員動くな!」

「被疑者を確保せよ!」


 武装した警官たちが、ステージ上の宇治木と網代を取り囲む。

 宇治木は抵抗する気力もなく、その場にへたり込んだ。

 彼は自分の手が無意味に汚れることを極端に嫌っていた。だが今、彼は埃と油と、群衆の唾棄すべき視線にまみれている。

「計算外だ……こんな感情的な結末は美しくない……私の改革が……」

 ブツブツと譫言のように繰り返す彼の姿に、かつてのエリートの威厳は欠片も残っていなかった。


 網代は、警官に腕を掴まれると、最期に葉世を振り返った。

 その目は、まだ負けを認めていなかった。

 「ねえ、葉世さん。……私を捕まえても、何も変わらないわよ。人間なんてみんな、誰かを利用して生きてるんだから」


 葉世は無言で彼女を見返した。

 そして、静かに言った。

「……少なくとも、俺の部下には、そんな人間はいらない」


 網代は一瞬、虚を突かれたような顔をした。

 そして、ふっと自嘲気味に笑った。

「……そう。退屈な上司ね」


 彼女は手錠をかけられ、連行されていく。

 最後まで背筋を伸ばし、周囲の罵声をBGMにして歩くその姿は、狂った女王の最後のパレードのようだった。


 騒乱が鎮圧され、警官たちが現場検証を始める中、葉世はステージの中央に一人残った。

 周りには、機能停止した数百台のアイギスたちが、白い墓標のように立ち尽くしている。

 かつて夢見た「人を助けるロボット」の成れの果て。


 葉世は、会場で立ち尽くし、ギリギリのところで解決できたことを実感した。


 「……終わったか」


 胃の痛みは、不思議と引いていた。

 彼は大きく息を吐き出し、天井を見上げた。

 スポットライトの光が、埃を照らしている。

 それは、長い長い悪夢の終わりを告げる、薄明かりのように見えた。


 だが、彼の仕事はまだ終わっていない。

 この会社を、そして「ロボットと人間の信頼」を一から作り直すという、果てしない残業が待っているのだから。

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