第15話「裏港の戦い」
リクが指を鳴らした。
乾いた音が霧を裂いた刹那、影が二つ、獣みたいに飛び出してくる。
石畳を叩く足音が、霧の内側で増幅して
――挟み撃ち。迷いがない。
「行け、アイ!」
レンの声が跳ねる。
アイは頷き、指先に魔力を凝縮した。
そして前方に魔方陣が現れる。
結晶みたいに光る魔力が、即座に術式へ組み上がる。
「風属性第Ⅰ階梯魔法:フォーガ!」
不可視の衝撃が放たれ、棍棒の男の足がぐらりと折れる
――はずだった。
男は歯を食いしばり、踏ん張って、勢いを殺さない。
(……硬い。いや、踏ん張りが異様に強い。)
レンは石畳を蹴り、前へ出た。
リベリオンの刃に蒼雷が走る。雷が弾けるたび、霧が一瞬だけ青白く染まった。
「おりゃあっ!」
レンは低く潜り込み、胴を断つつもりで斬る。
だが棍棒の男は、ほんの僅か体をずらして刃を“外した”。
直後、反撃の棍棒がレンの肩口を掠める。
鈍い衝撃。骨が鳴った気がした。
「ぐっ……!」
痛みで息が詰まる。
そこへ短刀の男が滑り込む。
狙いは喉じゃない。
脇腹。
削って動きを鈍らせる、嫌な刃筋。
(こいつら……場慣れしてる。真正面から押し切られる。)
レンは剣で受ける。
しかし短刀は短いぶん、間合いの内側へ潜られたら剣が邪魔になる。
かわす。
かわして、また追い込まれる。
二人の呼吸が合っている。
霧が、冷たく肺に溜まる。
足元が、微かに滑る。
湿り気。
裏港の石畳は水膜をまとっていた。
――そこでレンの思考が跳ねた。
……水膜。雷は、そこを走る
相手の強さを正面から叩き折るんじゃない。
“踏ん張り”を折る。
「アイ! 次は足元! 胴じゃなく――“踏ん張り”を崩して!」
アイは、迷わない。
「フォーガ!」
風が足首を叩く。
棍棒の男の重心が、ほんの僅か浮いた。
その“ほんの僅か”に、レンは全てを賭けた。
レンは剣を低く走らせる。
刃は地面を斬るように、石畳すれすれを滑った。
蒼雷が、濡れた石畳の水膜に触れた瞬間
――稲妻が細く伸び、足元へ這う。
「――ッ!?」
痺れが男の膝を砕いた。
棍棒が落ちる音が、やけに大きく響く。
「今だ!」
レンは剣の腹で顎を打つ。
殺さない。確実に意識だけを奪う。
男は霧に沈んだ。
短刀の男が舌打ちして距離を取る。
レンは追わない。
追えば逆に刃に吸い込まれる。
勝ち筋は同じ――
“動きを止める”だ。
「アイ、火で道を塞いで!」
アイは複数の魔方陣を並行展開する。
瞬間、ソラの目が見開いた。
(……5連やと?)
薄い光が霧の中に五つ咲いた。
「火属性第Ⅰ階梯魔法――5連、フレア!」
火球が連続で炸裂し、逃げ道が焼ける。
短刀の男の足が止まる。視界が眩む。呼吸が乱れる。
その瞬間、レンの踏み込みが決まった。
「おりゃあっ!」
雷鳴。衝撃。
「ありえねぇ……前情報ではFランクのはずなのに……!」
短刀が跳ね飛び、男は膝から崩れ落ちた。
霧の奥で、リクが笑っていた。
逃げない。
むしろ、レンとアイの動きを値踏みするように見ている。
レンは肩で息をしながら、剣先を下げなかった。
肩は痛い。腕も痺れる。
それでも視線だけは真っ直ぐだ。
「へっ……今は、体力魔力満タンだからな!」
その瞬間、リクの指が光った。
投げナイフ。
「レン!」
アイの声と同時に、レンは弾いた。
キン、と乾いた金属音。火花が散り、刃が石畳に突き刺さる。
――リクは笑う。刃を構え直す。
震えはある。恐怖もある。
だがそれを飲み込んで立つだけの意地が、レンの目に宿っていた。




