表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰狼の王  作者: 葛ノ葉イナリ 


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/11

「ビラヤク・クルチュ(隻脚の剣士)」

彼はゆっくりとこちらに向かってくる。そしておもむろに剣を構えた。

だが、何かがおかしい。今まで気が付かなかった。

右脚の動きが少し不自然だった。


「――あんた、右脚が変じゃねぇか。もしかして怪我でもしてるのか?」

「ああ、気が付いたか。まあ古い傷だ。大したことはねぇ。何、満足に動かせねぇなら、動かせねぇなりの戦い方もある。」

「しかし、あんたの教える剣は、足の動きこそが重要なんじゃ。」

「それはそれ、これぐらいでちょうど釣り合うってなもんだろ。――ただし間違えるなよ。これはここに来てからの怪我じゃない。ここへ来る前のやつだからな。」


――そうだった。こっちは指導されている身分だった。つまりこの男はこれで今まで生き抜いてきたのだから、この状態がここでの彼の完全な姿だ。危うく勘違いをするところだった。


構えは少し右脚を前に出して、剣は右下段に構えている。剣自体は下に向けているが右利きの構えだ。自分は剣を中段に構えているが、同じ構えといっていいだろう。

どう動いたものか迷ったが、よく考えたら相手は剣の師なのだから、余計な小細工は必要ない。とにかく撃ちこむだけだ。


彼はほとんどその場から動かず、こっちの撃ち込みを主に剣だけで捌いた。

死角に回り込もうとしても、なぜか常に自分とは正対していた。次に死角に入ったと思ったら、一瞬姿が消えて、なぜかこちらが死角に入られていた。そしてわき腹に一発入れられてしまった。

「っ痛!」

「ほれ、まず一本。」

「なんで、、、」

「そりゃお前、そこにそう動きますよって大声で主張してるようなもんだぜ。」


「・・・」

「もっと力を抜いてくることだな。さぁ次、次。」


彼はもっぱらこちらの攻撃を受けるばかりで、あまり手を出してこないが、手を出してきたときには一発決められていた。

とにかく何とか一本決めたい。しかし、なかなか彼の動きをとらえることができなかった。木剣同士だとカンカン音が鳴るので、剣には布を巻いていたが、布を巻いた剣でも決められると痛い。


また棒人形の時のように、しばらく打ち身に悩まされる日々が続いた。


そのように剣の稽古を続けながらも、実戦の日はきちんと7日に一度やってくる。

もう結構な数の死合をこなして、それらすべてに勝ってきたので、俺の方も名前は結構売れるようになってきた。しかし今は剣の修業にすっかり集中してしまって、まずここを抜け出すための情報収集の方が疎かになっていた。

でも、どちらかというと今は確かな腕を身につけたい。

まだ中途半端な状態で剣の修業を終えてここを抜け出てしまうのは、なんか少し違うような気がするようになっていた。


今のところはこれでいい。今は自分の腕を磨く時だ。

ただ、実戦には集中しなければ、いつ本当に強い相手と当たって、そのままやられてしまうかもしれないのだ。修行中なので仕方がないとかいってる場合ではない。


――次の実戦の相手にはさすがに驚いてしまった。


人間じゃない。

なるほど見世物だ。たまにこういうこともあるらしい。

それは大きな獅子だった。サマルクで剥製を見たことがある。

大きさは大きめの狼ぐらいか。狼よりもまだ少し大きいかもしれない。

サマルクで聞いた話だと、騎士たちの中では単独で獅子を狩った勇者は称号を与えられるらしい。貴族や金持ちの家に獅子の剥製を飾るのも己の権力を誇示するためだ。


しかし人間相手ならばまだしも獣相手とは。本当に一人で倒せるのか、これを。

獣とはいえ、立派な鬣をなびかせて風格すらある。これまでで最大の難敵だろう。

まず動きはかなり早く、力もこちらよりはるかに強いに違いない。

武器は前足の爪と牙か、まず捕まったら十中八九、いや、十やられるだろう。つまり捕まったら終わりだと思うべきだ。


といっても獣なので、変則的な動きはしてこないだろう。直線的にこちらに突っ込んできて、まずその前足を振り下ろしてこちらの動きを止めようとするだろう。たぶんまともに受けようとするとその力に負け、倒される。それで首筋にでもその牙を立てればそれで終わり、彼にとっては鹿を狩るよりも簡単な話だ。


こちらは相手の動きに合わせて素早く回り込む。回り込むときに、彼の前足の動きに合わせて剣を出せばいい、それで武器の一つは封じることができる。それを何度か繰り返せば、いずれ仕留めることができるだろう。一撃で決めようとはしないことだ。


想定した通り、獅子は直線的にこちらに突っ込んできた。――早い。かなり。

あらかじめ想定した通りにまず左に回り込み、振り下ろされてくる右前足を斬った。

彼は一瞬ひるんだが、反転して体制を変えると、再びすぐに飛び込んできた。

今度は逆に回り込み、同じように左前脚も斬った。

さすがに一瞬動きは止まったが、それでもまだ突っ込んでくる。


つまり彼が前に突っ込んでくるのは後足の力だ。前足は獲物を抑え込むために使う。その際に爪で相手に損傷を与え、相手の力を奪うこともできる。爪がなくても抑え込むことができれば、牙でとどめを刺すことができるのだ。

今、俺は彼の両前足の爪を封じただけのこと。彼にとっては想定外だったかもしれないが、基本的に方針の変更はないはずだ。


そう思っていると、やはり同じように突っ込んできた。

今度は一瞬彼の懐に入ってから、小さめの円を描いて斜め後方に抜ける動きをとりつつ、彼の胴体に剣撃を入れた。

胴が割れて、さすがの彼も突っ込んではこれないようだった。

後ろ足に力が入らないのだ。

俺は彼の鼻先にまわり、そしてゆっくりと剣を振り下ろした。

――鬣が血で染まった。そして完全に動きが止まった。


いつものように歓声と罵声が同時に上がる。罵声の方が多い感じだった。

おそらくは獅子の方が本命だったのだろう。儲けを邪魔してしまって悪かったな。


いつもどおり地下の穴倉への入口に戻りながら、あれこれ考えていた。

趣味の悪い話だ、4本足の獣に人が喰われる様をそんなに見たかったのか。


――4本足、、、待てよ。

ふと何かを思い立った。


獅子は確かに4本足だが、こっちに突っ込んでくるのに4本の足を使っているわけではなかった。そう分析したのは自分ではないか。動きに使うのは後足だけ、前足は相手を抑え込むためのものだった。だから前足2本を切断されても同じように突っ込んできた。


よくよく考えれば自分だってそうだ。足は2本あるが、実際動く際の力を担っているのは後ろ足、地面を蹴る足の方で、つまり左足だ。

反対の足は体を支える程度のものでしかない。


師匠も同じで、右脚が不自由とはいえ、右構えで構える分には、動くのにそれほど支障はないのだ。こちらが左構えに構えなおしても、あえて合わせてこないのは、右構えを崩したくないからだ。そして受けに徹する分には、右足は軸になればいい。

それでいざ動くときには左足で動く。というよりは、常に左足でしか動けない。


――これが何か攻略の糸口になるだろうか。

自分の房に戻ってからも、ずっとあれこれ考えてみた。


死角に回り込む、、、、

剣を両手で構える場合、右構えの時は右側に死角ができやすくなる。

相手から見ると左側だ。

俺はそれにとらわれて、左側ばかりに周りこもうとしていなかったか。

しかしよく考えると、右脚を軸にして左足で動く場合は、右周りに動く方が動きやすい。相手側から見ると左周りだ。

逆に考えると左周りに動くのは非常に動きにくい。しかし左側には死角はない。


つまりそういうことだ。ただ単に相手が対応しやすい方に回り込もうとしていただけのこと。もっといえば回り込む速さを速くして、もっと深く回り込めば、右だろうと左だろうと死角は生まれる。


「自分にとってやりやすい方は、相手にとってもやりやすい。」

なるほど。自分にとってやりにくい方、難しいと思える方にこそ答えがあるっていうことだ。次の撃ち込み稽古の時は少し試してみるとするか。


そう思うと、なんとなく気持ちよく眠りにつくことができた。



「――なんか掴んだか?」

しばらく撃ち込み稽古をしたあと、彼がそのように言ってきた。

「いや。別に。」


確かに逆回り、彼から見て左周りに回り込むようにするのを増やしたのだが、さすがというか、それでもきちんと対応してくる。しかしそういうことを言ってきたところをみると、やはりそちら側は彼にとってもやりにくいのだろう。


だがこれはきっかけに過ぎない。結局のところは、もっと動きを速くして、深い所に入り込まなければ、真の意味で彼を攻略するというところまでにはいかないのだ。

そして音を消す、気配を消す。それがいつもできるようにならなければ、彼から一本奪うことはできないだろう。

ただし確かに効果はある。


このように相手側の気持ちになって考えながら、撃ち合いができるようになってくると、不思議なことにこちらも一本を入れられる回数がだんだんと減ってきた。


身体的な苦痛が減ってくると、動きの中で相手の考えを読む余裕もできてきた。

そうすると、剣を交えながら、相手といろいろなことを語り合っている、まるでそのような気さえするようになってきたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ