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灰狼の王  作者: 葛ノ葉イナリ 


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10/11

「キョゲ・クルチ(陰の剣)」

「・・・は?」

何を言ってるんだ。剣の極意だって?

意味がよくわからなかった。

「いや、だから俺様が剣を教えてやるっていってるんだよ。少しはましになるだろう。」

「そんなことをして、あんたに何の得がある?」


「――まずお前に問う。ここに落ちてきて、まず何を思った?」

「――意味がわからない。」

「つまり、まず何を優先するって考えたかだ。」

「生き残ること。死なないことだ。」

「だろう?――合格だ。まずそれが解っていることが大事だ。」

「質問の答えになってないだろ。」

「要するに、お前さんにあまり簡単に死んでもらうとこっちも困る。俺が死ぬ順番が早く回ってくることになるだろう。」

「ますます意味がわからない。」

「まあ、そんなことは気にすんな。俺のことよりお前はどうなんだ?そのまま自己流でやって、それでどうなる?死なずに生き残れる目途でもあんのか?」


――確かに。俺は確かに爺様や親父に武器の使い方を一通りは習ったが、爺様も親父も強い男だったが剣の達人というわけではない。

今まではこれでもやってこれたが、このままではちょっと使える奴が出てきたときに対応できなくなるかもしれない。せっかく時間はあるんだ。この男を信用するしないは別にしても、何か得るものがあるかもしれない。

生き残るために、ここは謙虚に、貪欲になるべきだろう。


「――あんたの言う通り、俺は正式に剣を習ったわけではないし、せっかく教えてくれるっていうんなら、正直ありがたい話だ。こんなところで死ぬつもりもない。」

「よし。いいだろう。まあ今日はこれから俺も死合があるかもしれないから、明日からな。今日のところはその自主練習を続けてろ。じゃあな。」

そういって彼は奥に引っ込んでいってしまった。

――その後、彼のところには結局守衛が迎えに来なかった。

どうやら今日は彼の出番はないということだったのだろう。



「おい、起きろ。」

眠りについてそれほど長い時間がたったわけではない。その声で起こされてふと格子扉の方を見ると彼が扉の前に立っていた。

「――なんで?」

「今日から剣を教えるっていっただろうが。」

「いや、そうじゃなくて、なんで外に出てきてんだよ?」

「ああ、これか。こんなもんここにしばらくいたら簡単に出られるよ。――そもそもお前は勘違いしているようだから教えといてやる。この扉はお前をここから出さないためにあるんじゃない。お前自身を守るためにあるんだ。」

「え?」

「その部屋から外へ出たところで、この地下から外へ出られるわけじゃない。そんなことは連中もわかってる。だからあまり見回りにも来ない。錠の外し方なら今から教えてやる。ほれ。」

彼は何かガチャガチャと錠をいじると俺の部屋の錠を簡単に開けてしまった。

「こういうもんを使うと簡単に外せる。構造はそんなに複雑じゃないからな。」

彼はそう言って、何か細くて短い鉄の棒のようなものを俺に渡してきた。

「これで何回かいじってれば開けれるようになる。それより始めようか。はやくやらないとそのうち守衛が飯を持ってくるからな。簡単に出れるといってもさすがにこの状態で奴らに出くわすのはちょっとまずい。」

どうやら聞けば今はまだ夜中のようだ。見回りに来ることはなくても、朝になれば守衛が飯を持ってくる。つまりこれから夜中から朝までの時間が稽古の時間ということになるようだった。


「とりあえず、いつもやってるようにやってみろ。」

彼がそういうので、いつものように剣を振ってみせた。


「まず一つ。力が入りすぎている。剣は手の力で振るものじゃない。手の力で早く剣を振ろうとすると、剣先の速さが最速になるポイントがずれる。つまり、相手の体に剣先が触れるところで速さが最速になるんじゃなくて、その前に最速になって、失速しながら相手に向かうのさ。なので最大の効果が得られない。」


「手の力を抜いて剣を振ろうとするなら、体の中心を使って振る必要が出てくる。そうやって鋭く剣が振れるようになると、剣の鳴る音がもう少し遅れてくるはずだ。剣の鳴る音がもっと遅れて鳴るように、体の中心で振ることを意識して剣を振れ。」


「上半身ではなく、下半身をもっと意識して振るんだ。手の力を抜いて足の力と腰の力を入れる感じだな。」


「足さばきをもっと早くしろ。手じゃない、足の動きこそが大事だ。足の方こそ指先までを意識するんだ。」


――なるほど。今までの概念とはずいぶん違う。剣は手で振るものじゃない、というのはさすがに新しい知識であり、感覚だった。

彼が言うには、剣は振るというより、相手の動きを見て、適切なところに刃先を置く、という感覚だそうだ。相手めがけて剣を振るというより、最も適切な位置に移動することが第一ということだ。

とにかく、今までの癖を徹底的に修正された。

今までに比べると下半身への負担が結構大きい。


「――よし。とりあえず今日はこんなところだ。明日からはお前の方が俺の房に来いよ。俺が師匠なんだから。ふつうは弟子の方から教えを乞いに来るもんだ。」

「――わかった。ありがとう、、、ございました。」

一応、礼は尽くした方が良いだろう。そう思った。彼は少しにやっと笑いながら、

「よろしい。ではな。」

といって自分の部屋に帰っていった。



それから毎日彼の房内で、夜中から明け方までの剣の修業が始まった。

彼は武器にも詳しい。武器の特性についてもいろいろと教わった。


「どの武器にも長所と短所があるものだ。しかしこの両刃の剣というのは、実は短所の方があまりない。左右両方で使える。相手によって構えを変えることができる。斬るだけでなく突くこともできる。まあ、その分中途半端ともいえる。だから使うのが難しい。使う者を選ぶ武器だ。」


「長柄の得物は、相手との間合いを長くとることができる。その代わり早く振ることが難しくなる。短い方が速さに勝る。斧や棒は重さで、長柄のものは遠心力で威力を上げることができるが速さを犠牲にする。」


「早く動けるのなら短い得物の方がいい。短刀などは片手で振るため二刀が使える。その代わり間合いが短くなる。どうしても相手の懐に入る危険を払う必要がある。」


「相手の武器の特性をよく知ることだ。長物の相手には間合いは短く、短刀を使う相手には間合いを長くとる。間合いを見極めれば相手がどこにどう動きたいのかわかる。その場所に剣先を置くだけだ。」


――覚えがないわけではない。

そうだ。あの時、大斧を使う盗賊の頭目を斬った時。

あの時は全く自覚がなかった。ただ風に身を任せて、体が勝手に動いたという感じだった。そして風に導かれるままに剣を出しただけだ。

そうすると相手の首が落ちていた。力も全く使った覚えがない。

あれは本当に自分がやったのか、という思いさえあった。

なるほど。あれと同じようなことを自分で意識してやれるようになるということか。

剣の極意と彼が言うのは、あながち大袈裟な話でもないかもしれない。



しばらくはそのように毎日、夜中から明け方までは剣を教わり、昼間は習った動きを反復して体に覚えさせる、そういう日々が続いた。

当然ながら7日に一度は闘技場で実戦があった。

実戦の場はどちらかというと稽古したことを実際に使えるか、試すような塩梅になっていた。やろうとしていたことがうまくハマることもあれば、うまくいかない時もあった。うまくいかなかったときは次の実戦でまた試してみた。


「相手の動きと同調すると、相手の次の動きで相手の死角がわかるようになる。そこにすかさず入ることで、相手からは急に姿が消えたように見える。

相手の陰に入って、相手を撃つ剣だ。『陰の剣』という。」

「目で物を見ている相手にはすぐに通用するが、音と気配を消してそれをしなければ、本当に強い相手には通用しない。先ず動きから音を消せ。」


彼の剣術の稽古は、体の動かし方、捌き方が中心だった。したがって剣以外のどんな武器を持っても応用が利く。武器の使い方も力の使い方が中心だった。技というよりも原理を教えられているようだった。


実際に、ある時までは彼は一切、自分が動きをして見せたり、俺と直に撃ち合ったりするようなことはなく、ただ横で見て、ああしろ、こうしろと口で指示をするだけだった。しかしある時、木でできた変な道具のような物を持ち出してきた。


大きさ、というか高さは人の高さぐらい。中心が柱のようになっていて、周りにいくつもの棒や、縄のついた棒が垂直についていた。それと一緒に木剣を渡された。

その木の置物を相手に剣を撃ち込むのだそうだ。

真ん中の柱は回転するようになっていて、それを彼の方で操作できるようになっている。真ん中ぐらいの高さで二つに分かれていて、上部分と下部分はそれぞれ別の動きをさせることができる。

ただ剣を打ち込むのではなく、彼がその柱部分を操作することで、そっちからも攻撃が飛んでくる仕組みになっているものだ。


これには慣れるのに随分時間がかかった。左右から撃ち込んでくるだけでなく、縄の部分はかなり変則的な動きをする。棒は短くなったり、長くなったりする。したがって、時折突きも飛んでくる。縄の部分であっても、体に当たると結構痛い。


何日も何日もこの奇妙な棒人形に体中撃たれまくって、しばらくは打ち身がひどかったが、そのうちにこいつに対する動き方がわかってきた。

つまり縦、横に動くのではない。動き方は常に棒人形を中心にした円の動きだ。

中心は変わらないで、中心からの距離を変えた円の動きをすることが基本だということだった。間合いを詰めるときも離れるときも、相手の動きに合わせて、常に同心円の軌跡をイメージすることだということがわかった。

相手の死角に入る『陰の剣』の動きも、結局はこの円の動きを使うのだ。


あまり棒人形に撃たれることがなくなってきたところで、棒人形の稽古は終わった。


「さて、それじゃあ、そろそろ実際に撃ち合うとするか。」

そういって彼も木剣を手にして、のそのそとこちらに近づいてきた。


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