第2話 どーせ夢だしぃ?①
「入れ替わりって……。ファンタジーが極まってやがるな」
目の前のザコ陰キャが偉そうな口でこぼした。
「だよね~! マジうける~! まっ、これからはあーしの時代っていうかぁ、そこんとこよろしく~?」
立場ってものをわからせる必要がある。
今は俺が百獣の王『ギャル』で、お前はクソザコナメクジの陰キャ野郎だって事実をな!
「は? お前、わたしのカラダで舐めた口調で話してんじゃねえよ? 殺すぞ?」
「す、すみませんでしたぁっっっ……!!! ほ、ほんの出来心でぇっ……!」
ひぃ、怖い。怖いよぉ……。
中身が入れ替わってもギャルはギャルじゃんか……。ガワなんて然したる問題じゃない……。ギャルって生き物は心根ひとつで到達できる、極地――!
選ばれし者のみ、到達を許された人類の限界点――!
「わかればいいんだよ、わかれば」
「は、はひぃ……!」
なんて心優しいギャルさまだ。お許しをいただけるなんて……。オタクに優しいギャルは存在したんだ。幻想なんかじゃなかった!
古文書、第四節、二項に記載されていた『オタクに優しいギャル』の項目は嘘なんかじゃなかったんだ!
実在していたなんて……!
そしてギャル様は何事もなく、普通に話を始めた。
「あのさ。わたし、思うんだけど、これって夢じゃない? 明晰夢ってやつ?」
ふむ。俺氏もその線は最もポピュラーで妥当だと思う。
入れ替わりだなんて、非現実的なことが起これば、この世の物理法則は根底から覆される。
魂理論の実証になってしまうからな。
つまり、目の前のお前は俺の作りだした偶像ッ! ギャル様なんかじゃねっ!
厳しい現実だが、やはり――。
オタクに優しいギャルは存在しない……!
「イエスッ! 僕もちょうど、そう思ってたところです!」
「だよね〜!」
「ですです! 間違いないです! それっきゃないです! マイロード!」
だったら――。そもそもゴマすりヨイショする必要ないよな。夢なわけだし?
わかっちゃいるのに、やめられない……。
染み付いているんだな。
……でもそんな自分が好きだ。
たとえ夢だとしても、信念は曲げない。
それでこそ一級日陰師!
「じゃあこうやって普通に話をしてるけど、お前もわたしの夢が作り出した偶像ってわけだ?」
「ですねっ!」
逆に俺から言えば、あなたが偶像。
つまりは偶像同士の茶番劇。
まぁ細かいことはどうでもいい。
夢でも現実でも、俺のすることは変わらない――。
「じゃあせっかくだし、目が覚めるまで男の子ライフを満喫しようかなー」
「いいですねっ、それ! じゃあ僕も女の子ライフを満喫します!」
ゴマ、スリ、ヨイ、ッショ!
「はぁ? わたしの身体で変なことしたら殺すぞ?」
一瞬にして空気が凍てついた。
いかんいかん。話を合わせるにしても、今のはあかんやつや。夢だと思って少しばかし、気が緩んでしまったか。
これでは一級日陰師の名折れ……。
「すすす、すみませんっ……!」
「っていうかこれ、夢じゃんね? ま、いっか。好きにどーぞ~」
ふぅ。やれやれ。
やけにリアルな夢だぜ。冷や汗が止まらん……。
そうして──。
「ちょっと待って。これわたしのスマホじゃないんだけど? 交換しよっか。どうせ夢だけど、ないと不便じゃん?」
「ですねっ!」
スマホを交換してすぐに問題発生。
「は? 顔認証、通らねえんだけど? 夢のくせして面倒な作りしてんなー」
「ですねですね! まったく困りものですよ!」
どうせ夢。このときの俺たちは本気で思っていた。
このときもし、少しでも──。
現実だと疑って掛かっていたのであれば、あんなことやこんなことにはならなかったはずだ。
夢だと思って自由気ままに入れ替わりライフを過ごした俺たちは、あっという間に窮地に立たされることになる。
互いにいくつもの過ちを犯して再会するのは、今より三時間後──。
現実と夢の区別がつかなくなった者に訪れるのは――――破滅!