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7.我々は、なにがどうしてどこへ行くのか

 馬車で一日かけて、領都マリクリアに帰ってきた。

 数日間留守にしていた分、かなり仕事が溜まっているだろうか。溜まってるだろうな。

 誰か代わりに片付けてくれないものか。そもそも父上が働いてくれれば日常業務は余裕で回るはずなんだがな。

 代替わりに備えて現任訓練だなんだとかいって、何でも私にやらせようとする。

 それ自体は別に良い。私も領主の仕事を早く覚えたいと父上に言ったし。


「だからといって丸投げしすぎだろ!」


 グレン村に行って留守にしていた五日間でずいぶんと決済待ちの案件書類が溜まっていた。

 執務室で私を待っていたのは予想通りの書類の山だ。

 どれだけあるんだ、これ。ちょっとした魔法書くらいの厚さがあるぞ。

 執務室の机に座って書類の山を眺めていると、ドアがノックされた。


「エヴァン様、お茶をお持ちしましたー」

「ありがとう、アンナ。入ってくれ」


 メイドのアンナがお茶を乗せたワゴンを押して執務室に入ってきた。

 紺色の長袖ワンピースにフリル付きエプロンという服装だ。

 マルシェル家の制服というわけでは無いのだが、メイド職の者は皆ほぼ同じ服装をしている。

 以前はエプロンにフリルなどは付いていなかったのだが、アンナが『カワイイから』という理由でエプロンを改造し、それが広まってしまった。

 まあ、アンナの実家は仕立て屋だし、何かこだわりがあるのだろうな。


「エヴァン様、ずいぶんと書類を溜め込みましたね」


 アンナがお茶をカップに注ぎながら話しかけてくる。

 私が一番上の書類を取って読み始めると机にティーカップが置かれた。紅茶のいい香りがする。


「なんでもかんでも領主に決済を上げてこなくてもいいのにな。これなんて兵舎の扉を修繕する許可申請だぞ。兵団長の決済で十分だろうに」


 他にも備品の購入、集会の許可申請、衛兵が街を巡回した報告書なんてものもある。いくらなんでも細かすぎるだろうと思うのだが。

 アンナがフフッと微笑む。


「子爵様の意向ですから、がんばってくださいね」

「分かっている。領主見習いは何にでも関わって、様々なことを知らなければならないという事だろう」

「はい、あとでお菓子もお持ちしますからね」


 文句を言っても仕方がないので書類の処理を始める。

 ありがたいことに急いで決済しなければならないものにはあらかじめ付箋紙が貼られていた。

 誰かが先に目を通して仕分けてくれたのだろう。一体誰だろうな、気の利く奴だ。

 

「そんなことをするのは一人しかいないがな。なあアンナ」

「はい、お呼びですか?」


 呼びかけに応えて振り向くアンナ。


「アンナ、この『崩落の危険がある水路』の件だが、魔法で対応できそうか?」

「はい、崩れそうな石垣を魔法で浮かせて、あとは職人組合から数人派遣してもらって積み直せば三日もかからず修繕できると思います。ガドム先生のお弟子さんの操作魔法でも十分対応可能な重量ですし、申請された予算も妥当かと思います」


 質問に対して、私が求めていた完璧な返答が返ってきた。

 そう、書類を仕分けたのはアンナだ。メイドの皮をかぶった文官。

 本人がのんびりした雰囲気なので誤解されているが、この領都マリクリアの大学を飛び級で卒業した才媛だ。

 同時に、引く手あまたの就職先の誘いをすべて断って、マルシェル家のメイドになった変人でもある。

 中でも、一番熱心に勧誘していた商業ギルドの会長が、メイド姿のアンナを見て立ったまま気絶したのは有名な話だ。


「分かった。ありがとうアンナ。悪いが付箋の案件だけでも手伝ってくれるか?」

「はい! 喜んでお手伝いします!」


 あらかじめアンナが内容を把握してくれていたおかげで、書類の決済が速やかに進んでいく。この分だと昼までに半分以上片付きそうだ。

 やはりアンナは必要だな。




 午後から来客があった。

 マリクリア冒険者ギルドのギルド長と副ギルド長がやってきたのだ。というか私が呼んだのだが。

 応接間に入ると、ソファに座っていた二人が立ち上がり丁寧な御辞儀をする。


「ギルド長グラント、副ギルド長リッツ、お召しにより参上致しました。エヴァン様におかれましてはご機嫌麗しく」

「堅苦しいのは似合わないな。いつも通りで頼むよ、親父さん」

「何だ、つまらねえな。せっかく練習してきたのによ」

「ギルド長、だから気にしなくても大丈夫だって言ったじゃないすか。相手はエヴァンの坊っちゃんなんですから」

「そうだな。ただ執事長がいるときはさっきみたいな感じで頼む」

「執事長? ああ、ロベルトさんか。そいつは了解だ」

「そっすね、怒らせたら怖いっすもんね、あのおじさん」


 仕立ての良い上等な服を着ているが、隻眼、筋骨隆々、顔には傷跡だらけで傍目には山賊の頭領に見える男がマリクリア冒険者ギルドのギルド長のグラント。

 そして流行の色のジャケットを着用し、軽薄な印象の男が副ギルド長のリッツだ。


「で、坊主。今日は何のようだ? リッツまで呼び出したんだ、面倒事なんだろう?」


 グラントがソファにどっかりと座り足を組む。

 他所でやれば無礼千万だが、このマルシェル子爵邸は礼儀に関してはかなり緩い。というか、気にしてるのは執事長のロベルトくらいだ。真面目な執事長にとっては、私の友人や知人は礼儀知らずばかりだろうな。だからといって、今さらどうしようもないのだが。


「自分はギルド長がまた面倒事を起こさないか見張るために付いてきただけっす」


 リッツもソファに座り直しながら軽口を叩く。緊張感の無い話し方をするが、彼はこう見えてマリクリア冒険者ギルドの実務を取り仕切る男だ。ギルド長が全く細かいことを気にしない性格なので、仕方なくそういう立場になってしまってるようだが、それでも能力のない者には務まらない役職だ。


「二人に来てもらったのは折り入って頼みがあるからだ」


私もソファに座り、二人を見て言った。


「おう、なんだなんだ。坊主が怖え事言い出したぞ」


グラントが笑う。対照的にリッツは半眼でこちらを眺めた。


「確かに坊っちゃんのお願い事は怖いっすねぇ。毎回面倒なことになるし」

「失礼なことを言うな。ちょっとギルドのコネを使わせてもらって情報集めをしていただけだろ」

「その情報がヤバいのばっかりじゃないっすか。こないだなんて違法魔法薬の密売組織に部下を潜入させてたし」

「ああ、その節は世話になった。おかげであの組織は無事に壊滅したぞ」

「潜入を補助したのは冒険者ギルドっす。こっちは危ない上に割に合わない仕事はしたくないんすよ」

「おい、リッツ。報酬もらって街から無法者を追い出すってのは冒険者ギルドの真っ当な仕事だぞ」


 お、さすがはギルド長だ。そのあたりの筋はちゃんと通すんだな。

 実際その通りで、領主から治安維持の仕事をギルドが請け負うのは別におかしなことじゃない。


「まあ危険なのはしょうがないとしても、坊っちゃんはその後がひどかったっす」

「あ? その後? なんかあったか?」


 グラントには心当たりがないようだが、こっちにだってそんなものはない。ギルドの不利益になるような事をした覚えはないぞ。

 リッツは、大きくため息をついた。


「坊っちゃん、例の密売組織を退治した後、『冒険者ギルドが大いに貢献した』って街中に宣伝したでしょ?」

「ああ、したな。功績を上げたんだから当然だと思うが? 良い評判を広げて困ることはないだろ」

「あのね、坊っちゃん。ウチのギルドは慈善事業じゃないんすよ。坊っちゃんがうちのギルドを正義の味方に祭り上げたおかげで、金にならない依頼が増えまくって大変なんすよ」

「悪評が立つより良いだろう。冒険者ギルドの評判を上げようとして私も頑張ったんだぞ」

「領主代行が自ら『正義の冒険者ギルド』を宣伝したおかげで、必要以上に評判が上がりすぎてるんすよ! なんで冒険者ギルドが酔っ払いの喧嘩を仲裁したり、かっぱらいの悪ガキを捕まえにいかないといけないんすか!」


 ほう、そんな事になっていたのか。それは確かに大変だろうな、ギルド的には。


「そうか、それは悪いことしたな。ちょっと街の区長会議とか、商業ギルドの集会とか、衛兵の詰所とか、人気の酒場とか、噂好きの婆さん達の溜まり場とか、子どもの集まる広場とかで話しただけなんだがな」

「予想以上に徹底的にやってたっすね! どうりで噂が広がるのが早すぎると思ったんすよ!」


 リッツは声を荒げるが、私としては特別なことをした覚えはない。領民と話し、その声を聞くことは大事な務めだ。ちょっと興が乗って話しすぎたかもしれないが、反省はしても後悔はしていない。


「大声出すんじゃねぇよ、リッツ。おめぇは細かいことを気にし過ぎなんだよ」

「ギルド長はもうちょっと経営に興味を持ってほしいっす。子供が自分の小遣いを持って依頼に来たこともあるんすよ。しかも飴玉やおもちゃも添えて……」


 肩を落とすリッツ。色々諦めたようだ。強く生きてほしいと思う。


「んで、頼みってのはなんだ?」


 グラントが話を戻す。


「それなんだが、もう少し待ってくれ。まだ話に参加する者がいる」


 もう一人、この場に呼んでいる人物がいる。そろそろ到着するはずだ。

 そう思った矢先、応接室のドアが静かに開いて執事のマルスが入ってきた。


「エヴァン様、御到着されました」


 マルスが主語を省いて報告してくる。誰が到着したかは言うまでもないからだ。


「わかった。ここに通し」


ドガン!!


「エヴァアアン! ここにいるわね!」


 とんでもない音を立てて、応接間のドアが開いた。それはもうドアを吹き飛ばさんばかりの勢いだ。

 明らかに人力ではなく、魔法の衝撃波だった。

 非常に危ない。ドアの側に誰かいたらどうするつもりだ。

 そして、そこには魔法を行使した人物がいた。

 長い栗色の髪に、薄緑のローブを纏い、腰に手を当てて仁王立ちしている。


「私が来たからには、どんな悩みも一瞬で解決よ。さあ全部白状なさい!」


 そして、ビシッと私を指差し、何らかの自白を迫る女性。挨拶も何もあったもんじゃない。


「まずは落ち着いて、座ってもらえませんか、姉上。あと室内で魔法を使わないでください」


 そうやってきたのは、マルシェル家随一の問題児、私の実姉であるレイチェル・マルシェルその人だった。


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