6.使命を果たしましょう 使命スタート
最悪の宣告を受け、否応無しに神の力を取り戻すために働くことになってしまった。
人類の未来を人質に取られてしまっては仕方ない。しがない田舎貴族になんて使命を背負わせるのだ、神様は。
はあ、と大きなため息をつくと、カップに残っていた茶を一気に飲み干した。
「とにかく動き出さないことには話が進まないな。正直、まだ具体的に何をすべきか迷っているがな」
そういうとセルファスはとても嬉しそうに笑顔を作った。
「そうですよぉ。世界を救うために頑張りましょー」
いや違うな。嬉しそうというよりは、『うまいことその気にさせることができた』と安心してる顔だ。絶対そうだ。
何度でも言うが、本当に気に入らない。
ああ、そういえばもう一つ気に入らないことがある。そろそろ頃合いだな。
「そこにいるんだろうマルス」
大きめの声で小屋の外に呼びかけた。この湖に到着してからおよそ一時間。多分もう追いつかれているはずだ。
「おや、気付いておられましたか。気配は消していたつもりだったんですが」
「気付いてなどいない。単純に予想していただけだ」
マルスが本気で気配を消してしまえば、そうそう見つかるものではないからな。
いや、それ以前に気配を消す執事ってなんだ。
「おや、エヴァン様の家来の方ですかぁ。じゃあ味方ですね」
「もちろんです。貴僧がエヴァン様の味方であれば、ですがね」
セルファスは特に警戒もしていないようだが、マルスの方は静かに臨戦態勢だな。自然に立っているように見えるが、あれはいつでも攻撃を仕掛けられる姿勢だ。
「マルス、こいつは神官のセルファス。少なくとも敵ではない」
「敵ではないなんて、水臭いじゃないですかぁ。心の友と呼んでくださっても構いませんよぉ」
「……敵ではないが、信用はしてないし、まして友でもない」
「では始末しても?」
「良いわけないだろうが。お前、自分が執事だって自覚あるか?」
「そうですね、失礼しました。執事は普通、暗殺とかできませんよね」
「うん、反省するところはそこじゃない」
専属執事のずれた反省は放っておく。
「私がヴェスパ湖に来た理由はセルファスと話をするためだ。まあ結果的に、だがな」
「おや、それではお客様ですか。失礼致しました」
「いいんですよぉ。あ、お茶飲みます?」
「お気遣い痛み入りますが、遠慮させていただきます」
セルファスが追加でカップを用意しようとするのをマルスが慇懃に断る。
攻撃態勢は解いたようだが、気を許したりはしない。そりゃそうだな、主人に近づく正体不明の怪しい男だしな。
「猫舌なので熱いお茶は飲めないんです」
「嘘でも警戒しているフリくらいしろ、専属執事」
「必要があればそうしますよ」
つまり、セルファスが私を害することは無い、もしくはできないと判断したのか。
まあ正しい判断だな。
「そちらの方に状況の説明をしますかぁ?」
セルファスがマルスに視線を送りながら言うが、私は首を振った。
「いや、帰り道で私が説明する。暗くなる前に帰らねばな」
「はい、おっしゃるとおりです。それに何か面倒そうなことに巻き込まれたらしいことは察しております」
理解のある執事でありがたいことだ。
「とりあえず領都に戻る。考えることが山積みだ。セルファス、お前はいつもここにいるのか?」
「そうですねぇ、できるだけここにいることにします。留守にしていても置き手紙でもあればこちらから連絡もできますし」
こんな山の中からどうやって連絡するつもりなのかはさておいて、セルファスは行方をくらます気はないらしい。
正直、まだまだ情報をもっていそうではあるので連れて帰ることも考えたが、余計なことを喋って混乱を招く可能性もある。
世界の滅びを説く神官など、普通の領民からすれば狂人以外の何者でもないからな。しかも私が側にいると要らない説得力を持ってしまうかもしれない。
「ああ、そうだ。エヴァン様、その短剣はいつも身につけておられるものですか?」
セルファスが私の腰にある短剣を指して尋ねた。
「そうだが、これがどうかしたか?」
頑丈さだけが取り柄の普通の短剣だ。護身用として十歳の頃から持ち歩いている。
「せっかくなので、神の使徒らしく祝福の一つも授けましょう。短剣を貸していただけますか?」
「どうした、小銭に汚い破戒神官じゃなかったのか?」
「面と向かってそこまで言われたのは初めてですねぇ」
何故か嬉しそうなセルファス。おかしいな、普通に悪口を言ったはずなんだが。
だが、こいつの神官としての力が見れるのなら望むところだ。
私は腰ベルトから短剣を取り外してセルファスに渡した。
同時にマルスが私のすぐ斜め後ろに移動する。また臨戦態勢を取っているな。護衛としては合格だ。執事だけども。
「はい、お預かりしますよ」
短剣を手にしたセルファスは、剣を鞘から抜くこともなく小声で祈りらしきものを唱え始めた。
油断なく注目していたが、何らかの魔力が短剣に移動したことしかわからなかった。
神聖魔法の一種だろうか。短剣が僅かに、だが今までなかった魔力を帯びたのが分かる。
こんなに手軽に魔力の付与をしてしまうとは、やはりセルファスの神官としての力は並ではなかったようだ。いや、広い意味での『魔法使いとしての力』というべきか。
「祝福により短剣に神の加護を授かりました。きっと困難に打ち勝つた助けになるでしょう」
「そんな大層な魔力の移動は無かったようだが?」
「おや、さすが貴族様ですねぇ。僅かな魔力の動きに気付かれましたか。まあ、一介の神官ができる祝福なんて気休めみたいなものですよぉ」
怪しい。だが、あの程度の魔力なら良くも悪くも大した付与はできないだろう。もし呪いのような付与をされても解除する方法はあるしな。
それよりも、神の加護と言いつつ実際には魔力の付与を行ったことをあっさり認めやがったな。セルファスにとっては些細なこと、ということか。
「わかった、その気休めはありがたくもらっておこう」
短剣を受け取り、マルスとともに小屋を離れた。例の魔石は革袋に入れて持って帰ることにした。神殿を建てるときまでどう保管したものかな……。
セルファスは小屋の外まで見送ってくれたが、私達が馬に乗って出発すると早々に小屋の中に戻っていった。
「監視をつけますか?」
小屋が見えなくなった頃にマルスが言った。しかし、必要ないと伝える。
「さっきも言ったが少なくとも今は敵じゃない。それにセルファスの監視はできないような気がする。根拠のないただの勘だけどな」
とぼけた奴だったが、私と同じく不思議な神託を受けた謎の人物だ。しかも実力の底が知れない。
なんとなくだが、監視をつけても無駄のような気がした。そして、それは多分間違っていないと思う。
「それよりも専属執事のマルスに相談しなければならないことがある」
「はい、盗み聞きしていましたが厄介な仕事を押し付けられたようですね」
堂々と主君の話を盗み聞きしていたと言いやがったな。何となく分かってはいたが。
マルスの立場からすれば、主君と見知らぬ男が小屋の床に座り込んで深刻そうな話をしていたわけだからな。内容を聞こうとするのは当たり前だ。
だが胸を張って盗み聞きしてましたと宣言するのは違うと思うぞ、マルス。
「お前じゃなければ処罰ものだが、それなら話が早い。やるべき事はわかっているな?」
「存在するかどうかも分からない、超がつく上等な魔石を二個入手する、ということで良いですか?」
「嫌味ったらしい言い方だがその通りだ。協力してくれるか?」
マルシェル領の次期当主として働く私の一番身近にいるのはやはりマルスだ。何をするにしてもマルスに隠すことはできないし、隠すつもりもない。
当然、魔石探しについてもマルスに働いてもらうことになる。
「この私に協力しない選択肢があるとお思いですか? というより、エヴァン様は淡々と必要なことを命令してくだされば良いのです。あとは多少の昇給があれば文句はございません」
「マルスならそう言うと思ったよ」
難題を前にしても通常運転の姿勢を崩さない専属執事に頼もしさすら感じてしまう。昇給はしてやらんが。
それから私は馬の背に揺られながら、神託を受ける夢を見たというところから順を追ってマルスに話した。
つい調子に乗ってしまい、天使のリアがなかなか可愛らしい顔をしていたとか余計なことを喋ってしまい『何言ってんだこの主君』という顔をされてしまったのは余談だ。