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56.三人の食卓

 神託の夢を見てから僅かふた月足らずで、一等級魔石を三個入手。

 まあ一つはセルファスが最初から持っていたものだし、三つ目の魔石は一等級には微妙に届かないかもしれない大きさと魔力量。

 しかし、この短期間でよくぞまあ集まったものだと思う。

 魔石は一旦私が預かることにして、帝都屋敷の応接間で行われていた神託の探求団のパーティ会議は解散となった。

 魔石が揃った以上、あとはマルシェル子爵領に帰るだけだからな。

 今日は本当に色々あったので、みんなにはよく休んでもらいたいと思う。


「私はお風呂~」


 よく分からない節で鼻歌を歌いながら、レイチェル姉上は風呂場に向かっていった。

 ちなみに、会議をしているうちに小遣いを渡して屋敷から追い出していたリセリエ、ヴァルド、フィロメナの三騎士は帰ってきていたらしい。

 何故かリセリエが酔っぱらっていたが、深くは聞かなかった。

 近い内にレイチェル姉上の部下になることが内定している同役三人で何か積もる話でもあったのだろう。

 だが、フィロメナに屋敷の廊下ですれ違った時に、


「エヴァン様ぁ、探し物は見つかりました?」


 と言われて肝が冷えた。フィロメナはやっぱり何か感付いているな。

 それでも問いただして来ないあたりは彼女の深慮なんだろう。


「まあ、悪くないな。それよりリセリエはどうしたんだ?」

「帝都に来てから外で夕食を食べたことが無いというので、ヴァルドも一緒に食事したんですけどぉ、ちょっと飲ませたらすっかり酔っちゃって」


 あからさまに話を変えたが、フィロメナは気にした様子もない。リセリエが酔いつぶれた話をうふふと笑いながらしている。


「リセリエも慣れない帝都で心労があったのかな?」

「さあ、どうでしょう? エヴァン様の文句も言ってましたわよ。『頼ってくれない』って。好かれてますわねぇ、エヴァン様」

「頼りにはしている。特に姉上に関することについてはな。もちろんフィロメナもな」


 私の返事にフィロメナは無言で微笑んだ。そして人差し指で私の肩を一回押すと、『それじゃあね』と言って立ち去った。何か言いたかったのだろうか?




 翌朝、起床して間もない頃にマルスが私の部屋にやって来た。


「あの子供たちが目を覚ましたそうです」

「すぐに行く」


 マルスを伴って子供たちを寝かせていた客間に向かう。

 大した長さの廊下でもないが、客間まで歩く間に考えを巡らせる。

 あの子達になんと言葉をかければ良いだろうか?

 一番小さい、まだ物心つくかどうかぐらいに見えるナギはともかくとして、クラムやイリスは恐らく自分達がどういう立場にあったか理解していると思う。

 どこかで拉致されてきたのか、それとも……。


「聞いてみなければ分からないか」


 可哀想だが、本人達から事情を聞くしかない。

 素直に話してくれればいいのだがな。

 客間のドアの前にはメイドが一人立っていた。

 私とマルスが近づくと、一礼してドアを開ける。

 今は関係ないが、このメイドも諜報部隊の一員なのだろうな。

 客間に入りながら、子供達に声をかける。


「おはよう。よく眠れ……」

「イリス、そのソーセージ食べないニャ? もらっちゃうニャ?」

「ダメよ、ミャル。それは私がもらう分だから!」

「レイチェルはさっきクラムのゆで卵食べてたニャ! ソーセージはミャルがもらうニャ!」

「それはさっきの話でしょ! ソーセージは譲れないわ!」

「にゃー、昨日お風呂で尻尾触らせてあげたニャ!」

「ミャルも私の手とか足とかペタペタ触ってたでしょ!」

「あのー、ケンカはやめて…」

「「イリスは黙ってて」ニャ」


 なんだこの状況は。

 客間で朝食を摂っていたのは分かるが、なんで姉上とミャルがいて、しかも子供の食事を奪い合っているんだ。


「ここで何やってるんです、姉上。いや、朝食なのは分かりますが」

「あ、エヴァン聞いて、ミャルが私のソーセージをね」

「レイチェルのじゃないニャ。ミャルのソーセージだニャー」


 テーブルを挟んで大人が二人してソーセージを奪い合っている。

 姉上、イリスはたぶん姉上の三分の一くらいの年齢ですよ? 

 そのイリスは大人の醜い争いを見てあたふたとしている。うちの姉が申し訳ない。


「マルス、頼む」

「はい、すぐに追加のソーセージを用意します」

「違う、この二人を部屋から……、いややっぱりソーセージ追加だ。私は茶だけでいい」


 姉上とミャルを追い出そうかと思ったが、この二人のおかげで話のしやすい雰囲気だ。

 イリスより年長らしい男の子のクラムは、パンを頬張りながらもこちらの様子を伺っている。

 小さなナギに至っては、こちらを無視して朝食を夢中で食べている。

 昨日まで悪夢のような状況だったのにも関わらず、ちゃんと食事をしてくれて正直安心した。

 心に傷を負ったのは間違いないと思うが、食べられるならひとまず大丈夫だろう。


「あのー、助けてくれてありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」


 食事の手を止めてクラムが私に言った。それに続いてイリスが礼を言い、頭を下げる。


「気にしなくていい。言っては悪いが成り行きに任せた結果だ。それにお前たちが助かったのかどうかまだ分からない」


 最悪を脱したと言うだけで、子供達の状況は好転していない。

 申し訳ないが食事で気を紛らわせながら色々聞いてしまおう。


「食事しながらで構わないから聞かせてくれ。クラム達はどうして地下に閉じ込められていたんだ?」


 クラムの持つパンに、メイドが甘いシロップをかける。

 その様子を見ながらクラムが話し始めた。


「俺は親に売られました。うちは村の中でも貧乏だったし、兄弟もいたし、俺くらいの歳になるとだいたいみんな外に出稼ぎに行ったり売られたりするもんだったから」


 パンからシロップが流れて指を汚す。それを見つめながらクラムが身の上を教えてくれた。

 子供を売らなければならないほどの貧困か。

 クラムは悲しみながらも諦めの表情をしている。

 十歳にもならないであろう子供がそんな顔をするのか……。


「わたしの家も同じ感じで、どこか大きな商会に働きに行くって言われてました」


 イリスも話してくれたが、やはり売られたようなものか。

 ナギはどうだろうかと彼女を見てみたが、ソーセージをやっつけるのに忙しいようだ。目の前で姉上と猫のソーセージの争奪戦を見てるからか、皿に顔を突っ込むようにして食べている。警戒心が強いな、今はちょっと話は聞けそうにない。


「そうか、二人とも辛い事を思い出させてすまなかった。この屋敷にいる間は何も心配することはない。基本的に自由にしていてくれていい。まあ、うちの執事の爺さんが口うるさくいろいろと言うかもしれないが」


 場を和ませようと軽い冗談を言ってみたが、クラムとイリスには執事というものがよくわからなかったようだ。

 クラムはやはり自分が三人の中で年長であるという自覚があるのか、私に積極的に話しかけてきた。


「あの、ここはお貴族様の屋敷ですよね? 俺たちなんかがいていいんですか?」

「ん? もちろん構わないぞ。そもそも連れてきたのは私だ」

「でも、貴族と農民は違うからって言われて、えーと、ミブン? だからお貴族様はとても偉いって」


 身分か? 確かにアルバーナ神帝国の貴族の中には、自分たちの生まれに過剰に価値を感じている者も多いな。貴族に生まれただけで神に選ばれたとでも勘違いしている連中が。

 そういう貴族が治める領地は、得てして領民が重税に苦しんでいる。

 クラムたちはそういう土地柄に育ったのか。

 ならば家が貧しかったというのも本人たちにはどうしようもなかったのではないか。そもそも誰が好んで我が子を売ったり、遠くの街に奉公に出したりするものか。


「同じ人間だ、何も違わない。貴族には貴族の、農民には農民の役割があるというだけのことだ。それを望むかどうかは別の問題だが」

「そうよ、貴族だって冒険者になってもいいのよ」

「獣人もおすすめニャ」


 レイチェル姉上とミャルが横から口をはさむ。話がややこしくなるので黙って食べていて欲しい。

 あと、獣人を勧められてもどうしようもないんだが。


「クラムとイリスは自分の故郷がどこにあるか分かるか? 何とかして返してやろうとは思うんだが……」


 ミャルが言うには、南の街道沿いを帝都に向かってくる途中にクラムたち三人が一緒になったということだから、村の名前だけでも分かるなら帰してやることはできるだろう。

 しかし、


「いや、帰るわけにはいかないんだ」

「あたしもです。帰れません」


 クラムとイリスが口を揃えて言ったので、少し面食らう。


「帰ったって、うちの皆が困るだけだ。だったら自分で金を稼げるようになりたい、です」

「あたしも、もともと商会で働くつもりで村を出たんです。うちも小さい弟や妹がいるし、できればお金を送ってあげたいです」


 正直、クラムとイリスを子供と見くびっていた。

 ここまで覚悟が決まっているとは思わなかったな。

 貧しさゆえの覚悟か。それがこの二人の人生にとって良い影響を与えてくれればいいんだが、そのためには良い環境が必要だ。

 私の目をまっすぐに見据える二人にしてやれることがあるとすれば……、


「マルス、オランドを呼んできてくれ。この二人をマリクリアに連れて帰る」

「よろしいのですか?」


 食卓にソーセージを追加しながらマルスが私に尋ねる。


「構わん。ここまで関わってしまったんだ、これも何かの縁だろう。もちろんクラムとイリスがそれで良ければ、だがな」


 そこら辺の道端で知り合ったわけではない、大人の勝手な都合で命を失う寸前だったのだ。少しくらい本人たちの希望を聞いても良いじゃないか。

 そして、やはり二人はすぐに心を決めた。目に光を宿しながら返答する。

 

「行くよ。どんな仕事でもやる、やります」

「しっかり働いて、助けてもらった恩を返します」

「ああ、期待させてもらおう。さてそうなると、あとはナギだな」


 お腹いっぱいになったのか、ナギは椅子にもたれて幸せそうな表情をしている。手も口も周りもべっとりだ。


「ナギは何歳なんだ?」

「知らないよ」


 お腹をさすりさすり答えてくれたが、自分の歳を知らない?

 もしかして、と思い質問を重ねる。

 家は? 両親は? 食事はどうしていた?

 ナギは一生懸命考えながら答えてくれた。


「お父さんとかお母さんはいないよ。ナギはふろうじなんだって。いつも兄ちゃんや姉ちゃんといっしょに寝るんだ。兄ちゃんが寝るところをさがしてくるんだよ。そんで姉ちゃんがパンをくれるんだよ」


 浮浪児、か。

 ナギは自分の境遇に疑問すら覚えていない。

 マリクリアではほとんど見かけないが、ある程度大きな街に行けば、裏路地に親なしの浮浪児がたむろしているのは当たり前の光景だ。それにしてもナギは幼いと思うが。


「なんという町にいたか分かるか?」

「わかんない」


 まあそうだろうな。

 ミャルが馬車に乗せられたと思われるグランデル侯爵領の港から帝都までいくつも街がある。どの街から来たかなんて推測しかできない。


「そうか。ナギはどうして馬車に乗ってこの街まで来たんだ?」

「ん-とね、兄ちゃんたちが逃げろって言って、みんなで走ったんだけど、ナギはなんかおじさんにつかまっちゃったの。そしたら馬車にミャルがいたの」


 人狩りに捕まったのか。そしてすぐさま売り飛ばされた、と。


「ナギはその兄ちゃんたちの所に戻りたいか?」


 戻れるあてなど無いのだが、私は思わずそう聞いてしまった。


「んー、わかんない。ナギはそつぎょうだから」

「卒業? それはどういう意味だ?」

「いなくなった子はそつぎょうだって姉ちゃんが言ってた。そつぎょうしたらもう会えなくなるけど、しあわせになるんだって言ってた」


 生死不明になった子たちのことを姉ちゃんとやらがそう呼んだのか。

 なるほど、卒業したら幸せになる、か。

 嘘も方便というか、そんな風にごまかさざるを得なかったんだろうな。

 そうか、分かった。

 ならば引き継ぎをさせてもらうとするか。


「ナギは卒業したのか。だったらあとは幸せになるだけだな」

「うん、そうだよ。ご飯もいっぱい食べたよ。おなかいっぱい」

「良かったな。だがもっと幸せになるにはまだまだいろいろやることがあるぞ」


 ナギはキョトンとした目で私を見ている。


「ナギは私と一緒にマリクリアという街に来てもらう。そこでもっと幸せになるために頑張るんだ。クラムとイリスも一緒にな」

「ふーん? ごはんある?」

「ああ、もちろんだ。もう食べ物の心配はいらない」

「じゃあ行く。もっとごはん食べる」


 こうして私は三人の子供を連れてマルシェル子爵領へ帰ることになった。 

 ナギの姉ちゃんとやら、後は任せてくれ。

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