55.侵入の猫
「あと、オークション会場の地下には他にも囚われていた者がいた」
やはり、あの能天気な猫のことは触れておかないといけないだろう。
私は一つ咳払いをする。
「そいつは、獣人だった」
レイチェル姉上、リッツ、オランドの三人はそれぞれ動きを止めた。
「ほう、実在するんですなぁ。この歳までいろいろ見聞きしましたが、獣人とは、これはまた」
「確かに。噂を聞いたりすることはあっても実際は見たこと無いっす」
「獣人? 捕まってたの? ふぅん」
三者三様の反応が返ってくる。
おや? 意外と姉上が冷静だな。
「おそらくはその獣人もオークションの売り物だったのだろうが……。姉上が興味無さそうなのが意外ですね」
てっきり、『自分も会いたかった! ずるい!』くらいは言い出すかと思った。
「あのね、私ももう子供じゃないんだから、そんなことで騒いだりしないわよ」
「なるほど。これは失礼いたしました」
「分かればいいのよ」
「ちなみに、その獣人はソルタリアの島から来たとかいう、女性の猫獣人でした」
「え! 猫?! 猫の女の子だったの? 耳は? 尻尾は? もふもふだったの? 私も会いたかった! エヴァンばっかりずるい!」
よかった、冷静なレイチェル姉上なんてものはいなかった。オークション会場でなにか悪いものでも食べたのかと思った。
「何で連れてこなかったの!」
それも言われると思った。
だがあのミャルという獣人には、私が強大な魔法を使うところを見られている。もしかしたら名前も知られたかもしれない。一応、お互いの名を呼ばないようにマルスと連携していたつもりだが。
どちらにせよ、私の非常識と言える魔法力を知られた以上は、ここに連れてくるわけにはいかない。
「そう言われましても、その獣人も何か目的があって帝都までやって来たようなので」
ここでマルスに視線を送る。適当に口裏を合わせてくれるだろう。
「確かにそのような事を言っていましたね。人が多く集まるところに用があるみたいでした」
「じゃあしばらく帝都に猫の子がいるのね?」
期待に目を輝かせるレイチェル姉上。
あ、これは何とかして探し出そうとしているな。どこに監視の目があるかもわからないのだから、あまり出歩かないでもらいたいのだが。
「そういえばオランド、正体不明の監視者のことは何かわかったか?」
正直、私自身は監視の目を感じられなかったのだが、諜報部隊は何か情報を掴めただろうか?
「申し訳ございません。実はこれと言って目ぼしい情報はありませぬ。この屋敷から距離を取って様子を窺っているようで、未だに正体は分かっておりません」
残念ながら監視者については謎のままか。
「あまり詳しく観察しているわけではないのか?」
「おそらくは……」
「やはり私たちが何をしているかは分かっていない、ということか」
思いのほか監視の目が緩いようだ。
もし監視者が中央政府の手の者だとしたら、数多くいるであろう監視対象の一つということか? いや、それでは盗賊もどきを差し向けられた説明がつかない。
割と本気で怪しいやつをとっ捕まえて尋問してやりたくなる。さっきの仮面付けて行ってこようかな……。
ああ、ダメだダメだ。一度感情が昂ったせいか思考が乱雑になっているぞ。落ち着かないと。
「少し外の空気を入れようか。マルス、窓を開けてくれ」
気分転換に応接間の窓を開けることにする。ガラスのはめ込まれた二重窓だ。
来客があるときや会議をするときなどは、音が外に漏れないようにしっかり窓を閉める。分厚いカーテンも閉めてしまえば、窓のすぐ下に隠れていても中の会話は聞こえない。だが部屋の中の空気が淀みやすいのが難点だ。
「はい、少々お待ちを」
マルスがカーテンを開け、次に窓を開ける。
窓を開けると、ちょうど中庭が見渡せるようになっている。屋敷の規模の割に広い庭だが、手入れが行き届いていてなかなか綺麗なものだ。
今は夜だから真っ暗で何も見えないが。
「エヴァン様」
マルスが私に呼びかけた。
「どうした?」
「侵入者です」
「なんだと?!」
応接間に緊張が走った。
まさか、謎の監視者が敷地内に?
いや、それにしてはマルスが窓のそばに棒立ちになったままだな。
「マルス、どうしたんだ? 侵入者じゃないのか?」
「侵入者なのですが……」
珍しく言葉を濁す。
私はマルスの視線を追った。
物置小屋のところか? 暗くてよく見えないな。
「誰もいないように見えるが?」
「ああ、もうそこにはいません」
「どういうことだ? 逃げたか?」
「ここにいるニャ!」
「なっ?!」
いきなり窓の下から声がした。
驚いて下を見ると、窓の桟に一人の少女がへばりついていた。
頭には猫の耳。長くて白い尻尾。妙な訛り。
「……ミャルか?」
「そのとおりニャ。やっぱりここにいたニャ」
ついさっき話に出た猫獣人、ミャルがマルシェル家の帝都屋敷にやってきた。
素早く窓をよじ登り、応接間に入り込むミャル。
誰も入っていいとは言っていないが、世にも珍しい獣人を前にリッツやオランドまで目を丸くしている。
しかし最も驚き、喜んだのは言うまでもなくレイチェル姉上だ。
「すごい! ほんとに猫なんだ! ふわふわ耳かわいい! 尻尾かわいい!」
また分かりやすく幼児退行しているな。
大好きな猫が立って歩いてるんだから、興奮もするか。
「これは驚きましたな。誰にも悟られず、この屋敷の中庭に忍びこむとは」
オランドはミャルが屋敷の警戒網をすり抜けたことに驚いたようだ。
「前執事長殿の指導の賜物ですね。引退をおすすめします」
「中庭に大きな猫殿が入っても気付かなかった現役執事に言われたくありませんなぁ」
マルスの嫌味は不発に終わったみたいだな。
しかし、窓を開けたのが夜目の利くマルスだったから発見されたが、他の者であれば誰もミャルを発見できなかっただろう。
気配の消し方は完璧か。猫獣人おそるべし。
「あー、もう色々と手遅れだが紹介する。オークション会場に捕まっていた獣人のミャルだ」
「ミャル・ミャルナ・フォナルだニャ。ソルタリアのバンガジの森から来たニャ」
うん、そんな南の島の地名を言われてもさっぱり分からない。誰もソルタリアなんて行ったことがないからな。
自己紹介はそこそこにして、とにかくミャルには聞かなければならない事がいろいろある。
「それで、どうやってこの屋敷の場所が分かったんだ? 獣人は嗅覚でも発達しているのか?」
私とマルスは帝都の上空を飛んでここまで戻って来たのだが。
「そんなウォルフ族みたいなことできないニャ。普通に後を追いかけてきたに決まってるニャ。あの建物から離れて様子を見てたら、エヴァン達が空を飛んだからびっくりしたニャ」
ウォルフ族とやらは匂いで追跡ができるらしい。すごいな獣人。
それにしても、あの爆発の後もすぐ近くにいたのか。
「それにしても、私たちの速さについて来れたということか」
「建物がいっぱいあるから、屋根の上を走れば見失ったりしないニャ」
「姉上以外にも屋根の上を移動する者がいたか……」
「私と一緒ね、ミャル!」
「にゃあ、ここは人が多いから地面を走るとぶつかっちゃうニャ」
「そうそう、危ないのよね!」
レイチェル姉上とミャルは早速打ち解けたようだ。私には全く分からないが、屋根の上を駆ける者同士で通じるものがあるらしい。
次になぜ私たちを追いかけてきたのか、という問題だ。
それを質問して帰ってきた答えが、
「どこでも好きな所に行っていいってエヴァンが言ったニャ」
だそうだ。明快である。
「だからって私についてくることはないだろう。何か目的があって帝都に来たんじゃないのか?」
「人が多い所に来れば面白いと思っただけで、別にここじゃなくても良いニャ」
厄介なことになった。
今のところ、ミャルが私の本当の力のことを喋る気配は無さそうだが、果たしてどこまで信用していいものか。
いや、やはり危険だな、私の生活にとっては。
「馬車で連れてこられたから、ここがどこなのかもよく分からないニャ。エヴァンとマルスとクラムたちしか知り合いがいないニャ」
「む、境遇には同情するがな……」
可哀そうだが、なんとかしてミャルをここから追い出さなければならないな。
うっかり私の秘密について口を滑らせるかもしれない。
そうなると私は帝国中で『危険な破壊の力を持った怪物』という扱いを受ける事になるだろう。
マルシェル家の領都マリクリアの住民たちも、きっと私を恐れるだろう。それだけは避けなければ。
だが、屋敷に閉じ込めておくわけにもいかない。ここの使用人たちに私の秘密を喋られてしまう可能性もある。
結局、私かマルスの目の届くところにいてもらうしかないか。
「エヴァン、かわいそうじゃない。ここにおいてあげれば?」
「そんな簡単に言わないでください、姉上。犬猫じゃないんですから。いや、猫ではあるのか。ややこしいな。とはいえ、とりあえずミャルにここにいてもらうことには賛成です。連れ帰った子供たちにも会わせてやりたいですしね」
「あの三人はどこにいるニャ?」
「今は客間で眠っている。しばらくすれば目が覚めるだろう。オランド、ミャルにも部屋を用意してやってくれないか。とりあえず私の客として扱ってくれ」
「にゃあ、泊めてくれるニャ? ありがたいニャー」
「オランド、急いでな」
老練の執事に視線を送る。
「かしこまりました。お部屋はすぐに用意できます。ミャル様、どうぞこちらへ」
オランドがミャルを案内して応接間から出て行った。
さすがオランド。私の意図を汲んでうまくミャルを応接間から連れ出してくれたな。
「あ、じゃあ私もミャルと一緒に行く。お風呂も案内しなきゃ」
まったく意図を汲んでくれない実姉もいるが。
「姉上はここにいてください。まだ話があります」
「え、そうなの? 早くしてね、なんだか体が埃っぽくて」
「……普段から魔物の返り血を浴びている姉上が何を今さら」
「何か言った?」
「いえ、何でもありません。話というか私から皆に謝らなければならないことがある」
マルス、リッツ、そしてレイチェル姉上の顔を見回して言う。
「一時の激情に駆られてオークション会場を吹き飛ばしてしまった。一応、倉庫では魔法も使って一等級魔石を探したが、それでも見つからなかった。だがそれも隅々まで探したわけじゃない。もしかしたら吹き飛ばした物の中に目的の魔石もあったかもしれない。帝都まで付き合わせたのにこういう結果になって申し訳ない」
探知魔法まで使って魔石を見つけられなかったのだから、あの倉庫に一等級魔石は最初からなかったか、それとも魔力を遮断する箱に納められていたか。
いずれにしろ作戦は失敗に終わった。
責任は私にある。
皆に向かって頭を下げたところにレイチェル姉上が声を上げる。
「それは分かったけど、なんでエヴァンが謝ってるの?」
「え、それは、もちろん私の責任ですから……」
「冒険の失敗って誰かが責任取らなきゃいけないの?」
姉上が小首をかしげながら疑問を呈する。
いや、何を言ってるんだろうこの人は。
「責任は取らなければならないでしょう? 人員も時間も費用も掛かっているのですから」
「坊ちゃん、レイチェル様が言いたいのはそういう事じゃないと思うっす」
リッツが割り込んで来るが、どういうことだろうか?
「自分たちのパーティ、神託の探求者はちょっと、いやかなり特殊でも冒険者パーティっす。冒険の失敗の責任を毎回リーダーに取らせていたらキリが無いっすよ。今回は確かに坊ちゃんの暴走だったかもしれないっすけど、小っちゃい子供の命が売られそうになってたんすよね? だったらそういうところで怒る坊ちゃんがリーダーで良かったと自分は思うっす。あと、さっきも言ったっすけど爆発のおかげで皇子様たちから逃げられたし」
最後は少しバツが悪そうに言うリッツ。
「坊ちゃん、もともと一等級魔石を探すなんてこと自体が無茶なんすよ。そりゃ上手くいかないことだってあるっすよ。別の方法を考えましょ」
「そうそう! 私もそれが言いたかったの! 次の冒険を頑張ればいいのよ」
二人に口々に言われて、はたと気付いた。
ああ、そうか、私は魔石探しに皆を巻き込んでしまったと後ろめたさを感じていたのか。だから失敗したら自分の責任だと思い込んだ。レイチェル姉上もリッツも、最初から同じ冒険者パーティの仲間として私を平等に見てくれていたのに、私は知らず知らずのうちに上から見てしまっていたのか。
なんという傲慢さ。
なんという狭小さだ。
「そう言ってくれてありがたい。なら遠慮せずにもっと頼らせてもらう。次の作戦を、いや冒険で魔石を手に入れよう」
「そう、それでいいのよエヴァン」
「前向きじゃないと坊ちゃんらしくないっすからね」
そう言って、リッツは軽く両手を合わせて、パンっと音を立てる。仕切り直し、ということか。
「さあ! 次はどうするっすか? 帝都で情報を集め続けるっすか?」
「うん、それなんだが……」
私は自分でも分かるほど穏やかな笑顔を湛えて言った。
「まっったく当てがない」
リッツががっくりとうなだれる。分かりやすいやつだ。
「まあそりゃそうっすよね……。もともとが雲を掴むような話だし」
「正直、いま一等級魔石が二つも手に入っていることが奇跡だとすら思っている」
もともと金で買えるような代物ではないが、値を付けるとしたら金貨十万枚相当の魔石だ。マルシェル子爵領の歳入を全て注ぎ込んでもとても足りない。
そんな魔石が二つも手元にあるとは。売ったらどれほど領地が潤うことやら。売れないけども。
「いよいよ、何年かかるか分からない話になってきたな」
「エヴァン様、その件なのですが……」
マルスが控えめに話に入ってくる。
「あの地下倉庫に、もう一つ別の魔石があったんですが……」
「なに……?」
マルスが懐から布切れに包まれた物を取り出してテーブルに置いた。
「私には魔力量などは分かりませんが、大きさはそれなりかと思います」
布を開いて中身が露わになると、大粒の魔石が姿を現した。
大きい。
先の二つの魔石に勝るとも劣らない、ような気がする。いや、少し小さいか? 気のせいかもしれないが。
「マルス、お前こんなもの見つけて黙っていたのか?」
思わず非難がましい言い方でマルスに問いただす。
しかし、マルスはいつもの飄々とした態度で返してくる。
「地下で発見したときに言おうとしましたが、例の爆発がありましたし。こちらに戻ってきても人が多く、お話しする機会が見つけられませんでした。申し訳ありません」
あまり悪いとも思って無さそうなマルスの態度だが、責めるわけにはいかない。
もしこれが目当ての魔石ならば大殊勲なのだ。
「で、坊ちゃん、この魔石、どうなんすか?」
「ちょっと待ってくれ、いま探っている」
リッツに急かされるまでもなく、私は魔石を手に取って内包された魔力を推し量るべく集中していた。
セルファスが最初から持っていた第一の魔石、ドラゴンのタマからもらった第二の魔石、それと比較しても……。
「うん、一等級相当……、だと思う」
私がそう言った瞬間、応接間が歓喜に包まれた。




