54.虚実入り混じる
帝都屋敷に戻って来たのはそれから間もなくだった。
夜の闇に覆われて、周囲に人の目が無いことを慎重に確認しながら中庭に降りる。
私が抱きかかえたままのナギも、マルスが担いでいるクラムとイリスもまだ気絶したままだ。
三人とも私の扱う魔力量を間近で浴びたからな。今まで魔法と無縁な暮らしをしていたなら何の免疫も無かったろう。たぶん明日の朝までは目を覚まさないんじゃないか。
中庭の小さなテラスから、扉を開けて屋敷に入る。
物音を聞きつけたメイドが我々に気付いたので、屋敷の留守居役オランドを呼んでくるように頼む。すると間もなく、オランドは齢七十を越えているとは思えない速さで走ってやって来た。
「坊ちゃま、御無事で」
「ああ、見ての通りだ。それよりこの子たちを頼む。オークション会場で売られそうになっていた」
「それは、何と痛ましい」
お任せ下さいと言うオランドに、クラムたちを預ける。メイドや執事たちが子供たちを抱えてどこかへ連れていく。おそらく二階の客間だろう。
「坊ちゃま、会場を見張らせていた部下から爆発があったと信号が送られてきましたぞ。この爺めはもう心配で心配で……」
さすが諜報部隊、空を飛んだ私より早く状況をオランドに伝えていたか。詳細は分からないにしても、大した伝達能力だ。
しかし、さて、どう話したものか。
まさか私が自分の魔法で会場を吹き飛ばしたとは言えない。
一撃であの規模の建物を吹き飛ばすのは、個人の魔法ではかなり難しい。ましてや準備もなしではなおさらだな。
無詠唱で爆裂魔法を発現させつつ、同時に魔法障壁で会場以外の範囲が巻き込まれないように防護する。
これは控えめに言っても人外の所業だ。
私がこんな力を持っていることは、マルス以外の誰も知らない。
知られてしまえば、私はもはや人として扱われなくなるだろう。マリクリアの人たちと井戸端会議に花を咲かせることも、視察と称して領内をのんびり訪ねて回ることも、夜中にこっそり酒場に繰り出すこともできなくなる。
……何か忘れているような気がするが、まあいいか。
「すまなかった、オランド。あの子供たちがあまりに非道な扱いを受けていてな。頭に血が上って手近にあった魔石の魔力を暴走させてしまった。まあその魔石はせいぜい三等級程度だったが」
後半は大嘘だ。
だが実際に三等級魔石から魔力を急激に取り出そうとして失敗すると、あれくらいの爆発は起こりうる。
「なんと、そんなことが……。よく無事に戻られました。お怪我はございませんか?」
まったく疑う様子のないオランド。嘘を吐いている身としては少し心苦しい。しかし、本当のことを言うとオランドですら私から離れてしまうかもしれない。
「ああ、大丈夫だ。しかし一等級魔石を手に入れるという目的は振り出しに戻った。そもそも現物を確認する前に会場を爆破してしまったからな」
普通に考えると私の失態なのだが、あの時は子供を食い物にするオークションがどうしようもなく許せなかった。
魔法で消し飛ばしたこと自体については何も反省していない。
「坊ちゃんがそうするべきだと思ったのであれば、それがきっと正しいことです。責めを負うべきはそんな事態になる前に目的を果たせなかった無能でございますれば……」
「事情も知らずに人を無能扱いしないでもらいたいですね」
今まで黙っていたマルスが即座にオランドに言い返す。また始まったか……。
「おやおや、自分の事だと分かったとは驚きですな」
「エヴァン様に、唯一、同行を許された者としては聞き捨てなりませんので」
『唯一』のところを強調しながら言ったな。オランドのこめかみに血管が浮いたように見える。
「もういい、やめろ。マルスはよくやってくれている。官憲に踏み込まれたときも、仮面を……」
私は、例の仮面のことを思い出す。
「マルス、さっきの仮面だが……」
「あ、レイチェル様がお戻りになったようですね」
真っ暗な中庭を指差してマルスが言った。本当によく見えるな。どんな目をしてるんだか。
「ただいまー。あ、エヴァン、戻ってたのね」
「おかえりなさい姉上。すみません、爆発を起こしたのは私です。お怪我は?」
「大丈夫ー。でも汚れちゃった」
レイチェル姉上は、薄汚れた赤いドレスをはたきながら屋敷に入ってきた。
おそらく建物の屋根の上を走ったり跳んだりして戻って来たのだろう。
まったく人のことは言えないが、まともな手段で屋敷に戻ってくる者がいないな。
「お嬢様も御無事で。何はともあれ爺は安心しましたぞ」
「いや待て、リッツを忘れてるぞ、オランド」
「やはりボケてきてるんじゃないですか?」
すかさず小声で嫌味を言うマルス。
「姉上、リッツはどうしましたか?」
レイチェル姉上と共にオークション会場に正面から潜入していたリッツの姿が無い。
「パーティーしてた部屋の窓から飛び出したところまでは一緒だったけど、そのあとは分からないわ」
「窓から? 一体会場で何があったんです?」
「よくわかんないけど、オークションが始まる前に急に兵隊がいっぱい来たのよ」
姉上に説明を求めたのが間違いだったな。とにかく今はリッツが戻ってくるのを待つしかないか。
いっぱい来た兵隊とは、おそらくあのセレンなんとか皇子の部隊の事なんだろう。
彼らの目的も魔石の捜索だったのは間違いない。なぜ第三皇子が盗難にあったという国宝の魔石を探しているのかは分からないが。
そこへ、執事の一人がやってきて、玄関に来客があると伝えた。
「こんな時刻に客? それはたぶん……」
「いやー、酷い目に遭ったっすよ」
言い終わる前にリッツが姿を表す。
ここに来るまでに脱いだのか、灰色のコートを丸めて小脇に抱えていた。
「レイチェル様の空中移動にはとてもじゃないけど付いていけないっすね。結局路地を走り回ることになったっす」
「苦労かけたなリッツ」
「あ、エヴァン坊ちゃん。爆発の犯人って……」
「お察しの通り私だ。帰ってきたばかりで悪いが、さっそく相互報告と行こうか」
他に聞かれたくない話もあるので、早々にいつもの応接間に集まることにする。
レイチェル姉上が風呂がどうとか文句を言っていたが、今は着替えるだけで我慢してもらおう。
そして応接間には、神託の探求団の四人とオランドの、合わせて五人だけが入る。
入室するときのいつものマルスとオランドのやり取りは割愛する。
「先にオークション会場で何があったか教えてくれ、リッツ」
「了解っす。と言っても、半分くらいは飲み食いしてただけっすけどね」
そう言ってリッツはパーティー会場での事を順を追って話し始めた。そしてレイチェル姉上がその説明を補足する。
パーティーの様子、料理の感想、出品物の目録、出されていた酒の感想、そしてデザートの感想。
「姉上、食べ物の感想はもう結構ですから」
「そうよね、ここの料理の方が美味しいしね」
「お嬢様のお褒めの言葉は、このオランドが料理長に確かに伝えますぞ」
「ああ、そうしてくれ。姉上、少しリッツの話に集中させてください」
遠回しに黙っててくれと言ったのだが、姉上に伝わるかどうかは分からない。
しかし、話が例のセレンなんとか皇子が突入してきたところで緊迫する。
それにしても面倒だな。セレン皇子でいいか。
「客の仮面を全部剥いでいったのか。それは何というか強気だな」
「そうっすね。皇族ってやっぱり特別なんすね」
リッツは『そういうものか』という印象を受けただけのようだが、私の受け取り方は違う。
いくら皇族とは言え、貴族や金持ちの集まる会で確信犯的に相手に恥をかかせるのはやりすぎだ。
セレン皇子の立ち位置は知らないが、相手が大貴族だった場合にはあとで問題になるだろう。
逆に言えば、そんなことが問題にならないくらいセレン皇子の行動に大義名分があったか。それとも、
「相当焦っていたか、か?」
「まあそんな感じはしたわね。私の仮面を取るときも脅してきたし」
「誰彼構わず、か。ふうむ……。え、姉上、セレン皇子に顔を見られたんですか?!」
官憲の一人に、ではなく皇子本人に? それはまずいのでは?
「大丈夫よ。ちょうどその時爆発があって顔を見られたのはほんの一瞬だし、私の顔なんて皇子様は知らないわ。こっちだって向こうの顔知らなかったんだし。皇子様にしか見られてないし」
「……オランド、今日の姉上の化粧は?」
「もちろん御召し物に合わせて完璧にしておりました」
「そうか」
私は溜息をつきながら片手で目を覆う。
「姉上。残念ながら姉上の顔はセレン皇子に完璧に覚えられました。間違いなく」
「そう? 私はもう皇子様の顔はあんまり思い出せないんだけど」
レイチェル姉上は自身が飛び抜けた美貌の持ち主である自覚がない。それはもう、これっぽっちもない。
着飾ったうえに化粧までした姉上が、相手の印象に残らないわけがない。これは身内贔屓ではなく客観的な事実だ。
「とりあえずこれからは、セレン皇子には注意しなければならないな。そうそう出くわす相手でもないと思うが」
「あ、それなら私が普段から仮面をつけていればいいんじゃない? 仮面を着けた謎の冒険者って格好いいわよね!」
「姉上、今は真剣な会議をしていまして……」
「もちろんそうよ。真面目にやらなきゃだめよ、エヴァン」
なんで私が叱られなきゃならんのだ?
「あとは爆発の混乱に乗じて逃げて来たってわけっす。自分たちの他にも何人か逃げたみたいっすけどね」
混乱していたとはいえ、精鋭の警備隊を相手に逃げおおせるのは限られた者だけだっただろう。人数はかなり少ないはずだ。
「で、そっちは何があったんっすか?」
「ああ、順番に説明する」
次は私が説明する番だ。
建物に潜入したところから、地下の物置、そしてオークション出品物の保管庫、そしてそこで見つけたのが、
「子供の売買っすか……」
「ああ、奴隷なんてものじゃない、殺すことを前提としたような売り方をしようとしていた。思い出しても吐き気がする」
「あれは私から見ても酷いものでしたね」
さりげなくマルスが援護してくれる。
ここまでは本当の事だ。だが……、
「それで頭に血が上って、すでに見つけていた大きな魔石を暴走させた。建物ごと吹き飛ばしてやろうと思ってな。二つあった魔石のもう一つを使って防壁は張ったが」
「やることが派手すぎるっすよ。まあおかげでこっちは助かったんすけどね」
「しかし、三等級相当とは言え魔石を浪費してしまったのは私の落ち度だ。すまない」
「小っちゃい子たちのために怒ったんでしょ? エヴァンは悪くないわよ。私でも同じことするわ」
同じことはできないと思うが、姉上も庇ってくれた。
リッツはどれくらい信じたか分からないが、爆発の件をこれ以上深掘りする気も無さそうだ。
神託の探求団の仲間であっても、私の本当の魔力を知られるわけにはいかない。
頑丈な建物を簡単に吹き飛ばしたり、ドラゴンを屈服させたりなんてことを人間ができてはいけない。
私は辺境の貧乏貴族の跡取り、エヴァンでいたいんだ。すまないな、みんな。




