53.仮面の男
爆発からまもなくして地下倉庫まで誰かが降りてきたようだ。
官憲か、それともオークションの関係者か知らないが関係ないな。もうオークション会場は私が吹き飛ばしてやった。あとは気絶している子供たちを連れてここを離れるだけだ。
だが気が収まらない。関係者には説教の一つでもしてやりたい気分だ。
「そこにいるのは分かっているぞ。神妙にしろ」
この物言いは官憲の方か。
はたから見れば全く意味不明の爆発だっただろうに、迷わずこの爆心地に踏み込んで来るとはな。
「良い度胸だ。敬意を表してやろう」
私は風魔法を発現させた。
周囲に風が起こり、煙や粉塵を少し晴らしていく。ただし、あくまで少しだけだ。この煙はここから逃走するための目くらましでもあるからな。
同時に風魔法をもう一つ発現させて、私の周囲の空気を微妙に振動させる。これは声色を変えるためだ。
そして視界が開けて、やって来た官憲の姿が見えてきた。
ん? 先頭の男はずいぶんと派手な制服だな。
「貴様が魔法を使ったのか?! 帝都内での大魔法の行使は重罪だと分かってのことなのだろうな?」
……そんな法律もあったな。正直頭から抜け落ちていたが。
しかし、破壊したのは外道が運営するオークションだ。むしろ良いことをしたと褒めてもらいたいものだ。
私が答えずにいると派手な制服の男はさらに語気を強めてくる。
「しかもなんだその仮面は! 馬鹿にしているのか?!」
「え?」
思わず声が出てしまった。小声だったから向こうには聞こえていないと思うが。
しかし、仮面が何だと?
私は官憲の男たちに背を向けて、水魔法で目の前に小さな水鏡を作った。
そこに映った私の仮面は、赤や青や緑の派手な色で舌を出した道化師のような顔が書かれており、頬には丁寧に星の絵も描いてある。
これは子供向けの、というか赤ん坊をあやしたりするのに使うものでは?
マルスがこれを着けろと渡してきたマスクなんだが……。
ふとマルスの方を見る。
すると、奴は明後日の方向を見つめていた。
どこを見ている、マルス。こっちを見ろ。
「貴様、どこを見ている! その不格好な仮面を取ってこっちを向け!」
さっきのとは別の官憲が私に叫ぶ。
うるさい。こっちは今それどころじゃないんだ。
マルスはまだこっちを見ようとはしない。
おい、私が見ているのに気付いているだろ? こっちを見ろ。なんでお前の仮面は銀色で端正な感じの格好いいやつなんだ?
「仮面がどうした? 私はお前たちに用などない」
魔法の水鏡を消して官憲たちを振り返った私は、精一杯の威厳を込めて話す。この仮面のことは後でゆっくりマルスに問いただすとして、今はさっさとここを離れないとな。
「無礼者め、この方をどなたと心得ている」
演劇でしか聞いたことのないようなセリフだ。先頭の派手な制服の男は身分が高いらしいな。
だが、いまさらどこぞの貴族の子弟が現れたところで動揺する私ではない。
「ふん、どこの誰か知らんが……」
「アルバーナ神帝国、第三皇子セレンファリウス様にあらせられるぞ」
……皇族?
いやいや待て待て、なんで皇族がこんなところにいるんだ? まさか裏オークションに参加? いや、官憲の服を着てるよな。取り締まりに来た? いままで放置で公然の秘密になっていたこのオークションを? なんで?
「皇族か。わざわざこんなところに来るとは、何か探し物か?」
「貴様! 何か知っているな?! 白状してもらうぞ!」
おお? 適当に思いついたことを喋ったら、なんか皇子がすごい勢いで食いついてきたぞ。どうやら偶然、的を射抜いたか? いや、射抜いてしまったと言うべきか?
「図星か……。生憎、そちらの探し物など皆目見当もつかんが……」
皇族が探し物……。皇族、皇帝、帝城、帝城アル=ゼル=ザウト、の宝物庫、皇族が自ら動く……。
「陽光の霊石……?」
「! これは大当たりを引いたかもしれんな。囲め!」
皇子は部下の官憲たちに合図を出して半円状に私たちを取り囲んだ。全部で十二人か。装備からして半分は魔法使いだな。
思わず余計なことを言ってまた図星を突いてしまったな。
まったく、大ハズレを引いた気分だ。
この皇子は宝物庫から消えた国宝の魔石『陽光の霊石』を探しているに違いない。
なぜ皇族が自ら現場で陣頭指揮を執っているのかは知らないが、おそらく私を重要参考人、というか犯人ではないかと疑い始めたようだ。
まったく冗談じゃない。探し物が魔石というだけで、国宝盗難の犯人にされてはたまらないぞ。
「セレン皇子、この箱の中に子供が三人います! 意識を失っているようですが」
左右に展開した官憲が、檻箱の中に倒れているクラムたちを見つけたようだ。
「何だと? おい、ふざけた仮面の男」
「私の事か?」
「お前以外に誰がいる?」
私以上にふざけた男なら、そこにいるぞ。ほら、そこの執事服の男だ。
「貴様、目的はここの破壊だけではないな? 子供の拉致も計画のうちか? その子供はどこから連れてきた?」
皇子の言葉によって、私の中にこの会場を吹き飛ばした感情が少し蘇る。
私が子供をさらってきたと思っているのか、こいつは?
「セレン……なんとかと言ったな」
「セレンファリウスだ! 侮辱するか!」
名前を覚えられなかったぐらいで侮辱とはな。
「知ったことではない。いいかセレン、よく聞け。この子供たちはここで売られるために連れてこられた商品だ」
私の言葉にセレン皇子が若干動揺するのが分かった。
「商品? オークションで奴隷の売買か? 立派な違法行為だがそれと魔石は関係がない」
どうやらセレン皇子はここで子供が商品にされていたことは知らなかったようだな。だが、大した事とも思っていないようだ。
「奴隷じゃない」
「なに?」
「奴隷なんて優しいものじゃない。この子たちは実験用や試し切り用に売られようとしていた。最初から殺される事が前提の売買だ。家畜と同じ、いや、それ以下だ」
「家畜……」
子供たちの境遇が想像を絶していたのか、セレン皇子は黙ってしまった。
そうだな、まともな人間ならそれが普通の反応だ。
私は檻箱に入り、一番小さな赤毛のナギを抱きかかえた。
年長の男の子クラムと女の子のイリスはマルスが肩に乗せて担ぐ。
「私は確かにこの建物を魔法で消し飛ばした。だが、こんな小さな子供たちを食い物にする組織が帝都に存在できるのは何故だ? 皇帝や政府に責任が無いとは言わせないぞ」
「くっ……」
セレン皇子は悔しげな表情で、私を睨みつける。
どうやらこの皇子はこの非合法なオークションの存在に肯定的ではないようだな。とりあえず皇族に多少まともな感性を持っている者がいるのは救いか。
「その子供が被害者ならば、こちらに渡せ。保護してやる」
上から目線が気に入らんが、子供を保護するくらいの善意は持ち合わせているようだ。
だが、そうはいかないんだ。
「断る。この子たちは私がここから連れ出すと約束をした。それにそちらに渡せば私の事について尋問をするだろう? もっとも、捕まるつもりはないが」
クラムたちがもしセレン皇子のもとに行けば、私やミャルの事が明るみに出る可能性がある。
ミャルはそもそも特徴の多い獣人だし、私やマルスも素顔を見られてしまっている。
さしあたってマルシェル家で保護するしかない。
「捕まるつもりはないだと? 貴様はこの状況が分かっているのか? 皇家直属の警備隊に囲まれてどう逃げるつもりだ?」
どう逃げるか、と言われてもな。
「そちらこそ分かっているのか? さっきの爆発を見たのだろう? 爆風も衝撃も来なかっただろう? どういうことか分かるか?」
私は魔力を集中し、瞬時に展開する。
「抵抗する気か! 捕らえろ!」
しかし、さすがに精鋭揃いの警備隊。黙ってみているはずもない。魔法使いたちが警棒を介して発動させた魔法を私に放つ。
無詠唱か。いや、これは暗唱だな。取り囲んだ時から準備していたのだろう。
「だが遅い」
警備隊の魔法は、私の張った障壁に阻まれて全て不発に終わった。
驚愕し、動揺する警備隊員たち。
「お前たちには私を捕らえる事などできない。ましてや……」
魔法障壁に続いて、すぐさま次の魔法を発現させる。
私とマルスを中心に突風が吹き、巻き上げられた砂や小石が警備隊の隊員たちに降り注ぐ。
「この程度で集中を途切れさせるようでな」
砂が目に入りそうになれば目を閉じるし、顔に小石が当たるとなれば手で顔を庇うのは自然な事だ。
だが若干常識から外れた戦闘力を持つものを相手にする場合は、それは致命的な隙だ。
巻き上がった砂煙の中心で私とマルスの体が宙に浮かぶ。
「無詠唱で二重発動だと……?」
セレン皇子が呻く。
おそらく自身も魔法使いなのだろう。皇族ならば不思議ではないな。
しかし見立てが正確ではないな。
魔法障壁、小竜巻、浮揚の三重発動だ。まあ二つも三つも同じだな。
警備隊員が手をこまねいているうちに、私たちはあっという間に元の建物より高い位置まで浮揚する。
あとはさらに風魔法で空気を噴射して夜の帝都上空を飛んで逃げるだけだ。
厳密に言うと飛翔の魔法ではないが、結果は同じようなものだ。
「マルス、何度か旋回するぞ。移動方向を読まれたくない」
マルスからの返事は無いが構わない。まっすぐマルシェル家の帝都屋敷に向かうわけにはいかないのは分かっているはずだからな。そもそも私に追手の撒き方を教えたのはマルスだ。
「しかし……、面倒なことになった……」
仮面を外して広がった視界には、魔法の明かりに照らされた帝都の夜景が飛び込んでくるが、私は今後の事を考えて思わずつぶやいてしまうのだった。




