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52.オークション会場にて 2

 公然の秘密であったはずの裏オークション。もはや非合法の催しであることを意識していた参加者が何人いただろうか? 一晩で大金が動く珍品の集まる一種の祭り、くらいに考えていたものが大半だろう。仮面で顔を隠しているとはいえ、身分が高い貴族も多い。安全性を疑う余地はなかった。

 しかし、現実として中央政府による強制捜査部隊が踏み込んできた。しかも先頭に立っているのは皇族。第三皇子だ。

 オークションの客たちは驚愕からやや立ち直り、現状を把握しようと口を開き始めた。


「どういうことだ? 今さらこのオークションを取り締まりだと?」

「あれは本物のセレン皇子だ。皇族が自ら出てきたのか?」

「まずいな、何とかせねば……」


 動揺はしていても、皆それなりの立場にある者たちだ。この状況にどう対応するかを考え始めていた。共通している考えはおそらく『この場さえ脱出できればなんとでもなる』というところだろう。

 実際それは正しい。あくまで客の立場であれば、だが。


「お……、おお、皇子、でいらっしゃいますか。お初にお目にかかります。ここの主人のドルメクでございます」


 主催者であるドルメクがやや狼狽えながらも挨拶をする。相手の目的はともかく敵対的な態度はまずいという判断だ。

 しかし、挨拶された方には手心を加えるつもりはないようだった。


「貴様が主犯か。騒ぎ立てないのは殊勝だが、私を相手に舞台の上から挨拶するとは大した度胸だ」

「あ、いえ、これは……」

「都合よく関係者が舞台に上がっているな。憲兵、全員捕縛だ! 引きずり降ろしてこい!」


 セレンファリウス皇子の号令で、武装兵たちがステージに上がって一人一人に縄をかけていく。どうやら兵は裏口からも同時に突入したようで、オークション会場はすでに完全包囲されていた。


「皇子、きっと何かの間違いです。しかるべき方に確認を取っていただきたい!」


 後ろ手に縛られて、ステージから降ろされたドルメクが、セレンファリウスに訴えかけていた。


「しかるべき者? 誰のことを言っている? 答えよ」

「え、いや、それは……」


 ドルメクは口ごもり、返答に窮した。


「聞き方を変えてやろう。貴様がこのオークションを運営するために、どこの誰に賄賂を渡したか、全て白状しろと言っている」


 ドルメクの顔色が蒼白になる。

 この皇子は本気でこのオークションを叩き潰しに来ている。

 それがはっきりと分かった。

 金銭で丸め込むことは不可能だ。


「客たちも一か所に集めろ。仮面を着けている者たちに遠慮は要らんぞ」


 正体不明の者たちを丁重に扱う気はない、という宣言である。

 憲兵たちはセレンファリウスの言葉に忠実に従い、パーティー会場の客たちを集めていく。

 ところどころで、『貴様、無礼だぞ』だの『触るでない、私を誰だと思っているの!』だのと聞こえてくるが、憲兵が気にした様子はなく、まもなく客たちは会場の隅に集められたのだった。

 そして、もちろんその中にはレイチェルとリッツの姿もあった。


「これはさすがにまずいっす。レイチェル様、どうするっすか?」

「私に聞かないでよ! こんなの予定に無かったじゃない!」


 集められたとはいえ、レイチェルとリッツが小声で相談できるくらいは他の客との距離がある。

 しかし、相談ができても良い案が浮かぶとは限らない。

 今のところレイチェルたちの選択肢は、大人しくしているか、無理を承知で脱出を図るか、二つに一つだった。


「セレン皇子、何をなさるつもりかは知りませんが、このオークションに手出しはいかがなものか。ここがどのように運営されているか知らないわけではないでしょう」


 体格の良い男が皇子に向かって諫めるかのように言う。

 セレン皇子と呼ばれた第三皇子は、男に近づくと仮面を着けた顔をじっと見つめたかと思うと、何も言わないまま男の仮面を剥ぎ取った。

 近くにいた別の客が『あっ!』と驚きの声を上げた。

 まさかこの場で仮面を取られるとは思わなかったのだろう。

 男は素顔を見られまいと反射的に手で顔を隠したが、セレン皇子には相手が誰だかすぐに分かった。


「おや、聞き覚えのある声だと思ったら、こんな所で会うとは奇遇だな」

「ぐっ……」


 セレン皇子は、まるで通りがかりに偶然出会ったかのように話しかけた。

 顔を隠す男は悔し気に奥歯を噛みしめる。


「こんな場所だ。名は呼ばないでやるが、捜査には協力的であってくれよ」


 さらに集められた客たちを見渡し、全員に聞こえるように言う。


「さて、他の者も仮面を取ってもらおう。ああ、安心してくれていい。ここにいること自体が罪に問われるわけじゃない。しかし、誰が参加しているのかは把握しておく必要がある。申し訳ないが、御婦人方も例外ではない」


 全員の仮面を取らせるという宣言に、また大きなどよめきが起こった。


「そんな! 困ります、皇子! ここに来ていることは主人には秘密で……」

「わ、儂もそうだ! 金を持ち出したのがバレたら面倒な事になる!」


 口々に抗議の声を上げる客たち。

 しばらくの間、無表情でそれらを聞いていたセレン皇子だったが……、


「貴様ら、何を勘違いしている?」


 抑えた、しかし怒りの混じった声で客たちを黙らせる。


「お前たちにどんな都合があろうと私には関係ない。せめてもの情けで、取引が始まる前に踏み込んでやったのだ。非合法取引が完了してから捜査をすれば客でも罪に問わねばならないこともあるからな。お前たちには私に協力する以外の選択肢はない。逃亡を図れば、身分にかかわらず捕縛する」


 皇子の固い意思を感じて、騒いでいた客が大人しくなる。

 そして、一人ずつ客が仮面を取って憲兵が客の名を記す作業が始まった。

 何人目かの客の男が、仮面を外しながらセレン皇子に話しかける。


「皇子、これは暴挙でございます。後々問題になるかと」

「元々が非合法な催しだろう。それに探している物もあるからな。別に弱みを握ったつもりはないが、お前にも協力してもらうぞ」

「やはりあの事件が……」

「黙れ。余計な事をしゃべるな」


 なにか深い事情を知っているのであろう男をセレン皇子が黙らせる。

 耳の良いレイチェルとリッツにはその会話が聞こえていたが、だからといって何も状況は好転しない。

 リッツは、この場で何か打開策を考えるのは自分の役割だと思っていた。

 レイチェルにこういう場合の機転を期待しても仕方がない。臨機応変に対応するために、エヴァンは自分をレイチェルと組ませていると理解していた。

 しかし打つ手がない。

 仮に、レイチェルとリッツが同時に脱出を試みたとして、不意を突けば何人かの憲兵は倒せるだろう。いや、もしかしたらレイチェルならば包囲を突破して逃げることもできるかもしれない。だが、リッツはどうだろうか。手練れ揃いの憲兵を倒して逃げ切れるか? 武器は隠し持っている小さなナイフくらい。自分の装備は無い。それに憲兵の中には魔法を使う者もいるだろう。

 賭けるには分が悪すぎる。


「自分が足枷になるとは、思わなかったっすね……」


 四級冒険者として自分の実力にそれなりの自信を持っていたリッツだったが、この状況においては力不足を感じずにはいられなかった。

 もし逃亡に失敗して捕縛された場合、間違いなく厳しい尋問に遭う。場合によっては拷問や魔法による強制自白なんてことも考えられる。

 セレン皇子が言った通り、オークションに参加したこと自体は罪に問われないとしても、エヴァンの神託のことや、魔石を収集していることを中央政府に知られるのはまずい。

 無許可で一等級魔石を所持することは、それ自体が違法行為なのだから。

 ならばどうするか?


「リッツ、どうする? 逃げた方がいいわよね? いまならまだこっちに注意は向いてないわ」


 レイチェルは完全に逃亡する気で様子を探っている。

 リッツは決断した。


「レイチェル様、我々は逃げないっす」


 決然と言い切るリッツをレイチェルは驚きの眼差しを向けた。


「逃亡は失敗した場合に取り返しのつかない結果を招くっす。ここは憲兵に逆らわずに『オークションを見物しに来た貴族』を演じてやり過ごしましょう。マルシェル家の名に傷をつけてしまうかもしれないっすけど、魔石の件がバレるよりマシっす」


 レイチェルはほんの少しだけ考えてからリッツに確認する。


「それがリッツの考えた一番いいやり方なのね?」

「幸いというか、自分たちはほとんど金貨を持ってきてないっすから、買い物する気が無かったことは信じてもらえると思うっす。あとはとにかく穏便にやり過ごすこと。レイチェル様は不満だと思うっすけど……」


 恐らく、一人なら逃げ切れるであろうレイチェル。リッツは自分のせいで不本意な行動をとらせてしまうことを申し訳ないと思っていた。

 だがレイチェルの返答は予想とは違った。


「リッツが頑張って考えて出した答えがそれなら私はそれでいいわ。正直、私にはどうすればいいのかよくわからない。だったら仲間を信じる。それが冒険者でしょ?」


 そう言われてリッツは返事に窮してしまう。

 冒険者はそこまで高潔でも清廉でもない。そのことはリッツ自身がよくわかっていたからだ。

 危機を前にして、迷いなく仲間を信じると言える者は、冒険者というよりも……。


「次はお嬢さん、貴女だ。失礼だが仮面を取っていただけますか?」


 とうとうレイチェルの番がやって来た。

 セレン皇子自らがレイチェルに仮面を外すように促す。

 レイチェルはセレン皇子をまっすぐに見据えて動かず、仮面を外そうとはしなかった。


「従っていただかないと、こちらも寛大に対処することができなくなりますよ」

「分かっていますわ」


 そう一言だけ言うと、レイチェルはゆっくりとした動作で自分の仮面に手をかけた。

 そしてその素顔をセレン皇子に見せる。


「ッ!」


 その瞬間、セレン皇子は言葉を失った。

 仮面の下から現れたのは比類なきほどの美貌。

 まったく知らない、社交界では記憶にない顔だ。

 宮廷や社交の場で見飽きる程見てきた女性とは違う。少なくともセレン皇子はそう感じた。

 肌の色が分からなくなるほど塗られた白粉。濃ければ濃いほど良いと思っているのではないかというほど派手に塗られた口紅。美しさの足しになるならいくらでも着けようとする宝飾品。

 そういうものとは全く違う、女性の真なる美しさを見た気がしたのだ。

 整った顔立ちはもちろんなのだが、セレン皇子はレイチェルの目に魅了された。

 貴族の子女では見たことが無い、確固たる意思の宿った迷いのない眼差しに心を奪われた。

 これがレイチェルが仮面を外してから、ほんの一瞬の出来事である。

 周りの憲兵も、客も、他の誰もレイチェルの顔を見てはいない。


「あ……」


 何か声をかけねばと、セレン皇子が言葉をひねり出そうとしたとき、


「! 魔力?!」


 背後からとてつもない魔力を感じてセレンはステージの方を振り返った。

 憲兵の魔法使いも、客の貴族の何人かも、そしてレイチェルとリッツもその魔力を感じた。

 次の瞬間。

 とてつもない轟音と共にステージが吹き飛んだ。


「爆発だと!」


 セレン皇子は咄嗟に体勢を低くし、自分のマントで体を隠してやってくるであろう爆風に備えた。

 しかし、予想に反して爆風はやってこない。耳をつんざく爆発音や爆炎は見えるのに、爆発の衝撃がまったく感じられない。

 ステージは一瞬にして跡形もなくなり、その上の天井もなにもかもが破壊されていく。しかし、その破片の一つたりとも飛んではこない。

 異常すぎる。

 例えて言うなれば、巨大なガラス容器の向こうで爆発が起こって、自分たちは安全な席からその爆発の様子を見物しているような、そんな感覚だ。あり得ない。

 だが、今目の前で起こっていることは現実だ。


「あぁああ! 地下室が! 私の財産がぁああ!」


 縛られたままのドルメクが、膝立ちのまま絶叫していた。

 あの様子からすると、ステージの地下に出品予定の品物が保管されていたようだ。爆発の規模からして、商品も無事では済まないだろう。


「爆発は地下か?!」

「皇子! 危険です! 近づいてはいけません!」


 ステージに近づこうとしたセレン皇子を憲兵が必死に止める。

 皇族に怪我でもされては、どんな責任に問われるか分かったものではない。


「もう爆発はおさまった! 調べに行くぞ!」

「我々が先に行きますから、しばしお待ちください!」

「私も魔法使いだ、自分の身は守れる! いいから付いてこい」

「そんな! 待ってください! ああ、もう! 第一小隊は全員皇子に続け!」


 爆発の影響範囲を完璧に制御した魔法。しかも爆発そのものの威力は一瞬で石造りの建築物を消し飛ばすほど。

 皇族として魔法の修練も受けていたセレン皇子は、この爆発が偶然起きた事故などではないことを確信していた。


「なんなんだ、さっきの光景は。魔力障壁か? あんなことが可能なのか……?」


 崩壊したステージの瓦礫の中をセレン皇子は進んでいく。

 粉塵と煙が混ざり、視界は非常に悪い。

 しかし、このすぐ近くにこの爆発を起こした犯人がいるはずだ。


「皇子、あちらの方から話し声らしき声が!」

「この爆発の現場で話し声か。間違いなく犯人だな」


 若干冷静さを欠いているセレン皇子だが、この状況では仕方がないところだろう。

 むしろ巨大な爆発を見た直後に、その爆心に踏み込む胆力を賞賛すべきか。


「そこに誰かいるのか?!」


 煙の向こうに人影らしきものを見たとき、セレン皇子は思わず声を上げてしまった。

 それが、そこに待ち受けるものに対する恐怖心をごまかすものだったことは、本人には知る由もなかった。




 一方、レイチェルたちは混乱収まらぬパーティー会場にいた。


「リッツ! これなに?! ここに残った方がいい?!」


 仮面を着け直しながらレイチェルはリッツに問う。

 思わずリッツの名を呼んでしまったが、幸いなことに周囲の誰もレイチェルたちに注意を払っていない。憲兵も客たちも、突然起きた大爆発に混乱したままだ。女性客の中には気を失ってしまった者までいる。


「そんなわけないでしょ! 逃げるっすよ!」


 リッツはコートを脱ぎ捨てて身軽な格好になると、姿勢を低くして憲兵たちの視界をかいくぐるように走り始めた。

 目指すのは手近な窓。


「やっぱりそうよね! そうだと思ったわ!」


 リッツの動きを見て、レイチェルも身体強化の魔法を使って走り始めた。

 赤いドレスに仮面の美女がとんでもない速さで移動する光景に、憲兵たちは一瞬何が起こっているのか分からない様子だったが、すぐに状況を理解した。


「女が逃げたぞ! 追え!」


 憲兵たちはどうしても目立つレイチェルに殺到するが、本気で走り始めたレイチェルを捕まえられる者は大陸中探してもなかなかいない。

 そして、レイチェルが囮の役目を果たしている間に、リッツは窓までたどり着いていた。

 それを見たレイチェルは、憲兵をかく乱することをやめて、窓に向かって一直線に走り出した。


「窓!」

「分かってるっす!」


 一切速度を落とさず、レイチェルは跳躍。このままでは窓枠にぶつかるというタイミングで、リッツが窓を乱暴に蹴り開ける。そのままレイチェルは吸い込まれるように窓から外に飛び出していった。

 間髪をいれずリッツも続いて窓から飛び降りる。


「なんだと! ここは高さが……!」


 パーティー会場は二階だったが、この建物の一階は普通の倍くらいの高さがある。実質三階から飛び降りたも同然だった。

 普通の人間ならば足の骨が折れても不思議ではない。

 憲兵たちは慌てて窓から身を乗り出して下を見るが、そこは何もないただの裏路地。ドレスの女も、付き人らしき男の姿もなく、憲兵たちはまんまと逃げ切られてしまったことを直感したのだった。

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