51.オークション会場にて 1
着飾った男女が集い、語る。
卓には山海の珍味や美酒が並び、周囲には絢爛な調度品がひしめく、ひたすらに豪奢な大広間、そしてその奥には明るく照明がたきつけられたステージ。
オークション会場に入ったレイチェルとリッツを待っていたのは、まさにそういう空間だった。
レイチェルが着けているのは、ところどころに小さな宝石をあしらった仮面。ドレスの色に合わせているので赤色が基調になっている。
リッツはあくまでも同行人、つまり召使いという役回りなので目立たないグレーのコートに合わせた黒っぽい仮面を着用している。
「これはまた、とんでもなく豪華なパーティーっすね。会場に入るだけで金貨三枚もとるわけだ」
レイチェルの斜め後ろを歩くリッツが目線だけを動かしながら周囲を観察、いや見物していた。
マリクリア冒険者ギルドの副長として、身分の高い人物の集まる会合に行くことはよくあるが、このようなパーティーはさすがに経験が無かった。
テーブルに無造作に置かれているワイン一つ取ってみても、普段飲んでいる物の十倍、いや二十倍以上の価格はするだろう。
「マリクリアじゃあんまりこういうのはやらないものね」
手にした扇で口元を隠しながら、リッツにしか聞こえない小声でレイチェルが返答する。
今日のレイチェルは所作がゆったりしており、さりげない優雅ささえ感じられたが、それは昨日のお見合いの一件のおかげだった。
数日前からマルシェル家帝都屋敷のメイドたちに貴族令嬢らしい所作を叩き込まれたのだ。にわか仕込みもいいところだが、特訓の甲斐はあった。
今のレイチェルはどこから見ても、若干派手なドレスを着た貴族令嬢である。
「今日は頑張って貴族のお嬢様を演じ切るのよ」
「演じる必要があるのが、まさにレイチェル様っすね」
貴族令嬢が演じるものだとすれば、普段のレイチェルはいったい何なのか。それは考えるだけ無駄である。
実態はともかくとして、レイチェルは男女問わず周囲の視線を集めていた。
好奇、羨望、猜疑、そして性愛。
仮面を着けていても美貌は隠しきれない。
「この料理って食べていいんすよね? 奥のテーブルは貴族様用みたいっすけど、この辺りのはみんな気軽に取っていってるし」
マリクリアで料理が美味い店を探すことを日課としているリッツにとっては、目の前の料理は是非とも味見してみたいところだった。
もちろん作戦の事を忘れたわけではないが、腹が減ってはなんとやら、だ。
「ちょっとリッツ、ちゃんとしなさいよ」
レイチェルがリッツを窘める。実に珍しい光景である。
「家来の役なんだから、私の分を持ってくるのが先でしょ!」
単に自分が食べたいだけだった。
リッツも心得たもので、皿に肉料理を盛り付けてレイチェルの横に立つ。遠目には、リッツがフォークを使って普通に食べているだけに見えるが、注意して見ると皿の肉がみるみる無くなっていくのだった。
レイチェルがとんでもない早さでつまみ食いをしているのだ。肉を手でつまんで次々に口に放り込んでいく。しかし口元は扇で隠され、周囲からはまっすぐ立っているようにしか見えない。
普段から食卓で盗み食いの常習犯として鍛え上げられた玄人の業であった。ちなみに主な被害者はエヴァンだ。
「さすがに金持ちしかいないパーティー。いい材料使ってるっすね」
「うーん、でも私は屋敷で食べるご飯の方が好きかな」
「たしかにお屋敷の料理人は良い腕してると思うっす」
二人そろって、もぐもぐもぐもぐと料理を頬張って喋っているが、視線は会場の端々まで行き届いている。
そして何か入手できる情報は無いかと探していたリッツが、ふと目を止めた。
「あそこで何か紙を配ってるっすね。ちょっと行ってくるっす」
オークションの関係者が何かを配っているのを見つけた。
リッツが一枚受け取って内容を確かめると、それはオークションの出品目録だった。
すぐに読んでみたい衝動に駆られるが、レイチェルの所へ戻り恭しく渡す。
召使いとしては正しい振る舞いである。
「目録です。どうぞ、お嬢様」
わざと大きめの声を出すリッツに対し、無言で目録を受け取るレイチェル。
高貴な者は召使いに礼など言わない、と思っているようだ。実際はそうでもないのだが。
「……」
レイチェルは渡された目録の中身を一瞥して、リッツに渡す。『お前が確認しろ』と言わんばかりの態度だが、確かに年齢の割に博識なリッツが読むべき物だと言える。
「思ったより出品が多いっすね。五十品くらいっすか。たしかに先に食事を済ませておきたくなるっすね」
「そんなに多いの?」
「真夜中になっても終わりそうにないっすね。でも宝石とか服みたいな御婦人が好みそうなものは早めに出品されるみたいっす。逆に美術品とかは後の方が多いっすね」
夜更かしは美容の大敵なので、オークションに参加する女性はあまり遅い時刻までは会場にいないことが多い。
逆に、無名作家の絵画やダンジョンで発見された珍品奇品を求める好事家は、目的の品を手に入れる為なら、いつまでも会場で出品を待ち続けるだろう。
客の動向に合わせつつ、飽きないように考えられた出品の順番だ。
長年にわたって開催されてきたオークションだけに、販売の技術が蓄積されている。
「色々あるっすね。最初は宝石でその次は……、小動物? そんなのもあるんすね」
出品数が多いので、小さな文字で書かれた商品一覧を、リッツは一つ一つ丁寧に読み進めていく。
「お、あるっすね、希少高級魔石。えーと、十三番目に出てくるっすね」
「一等級ぅ?」
「レイチェル様、いくら扇で隠せるって言っても、さすがに頬張りすぎっすよ。コルセット着けててよくそんなに食べられるっすね」
ろくに喋れもしないほど口に料理を入れたレイチェルを見かねたリッツ。パーティーの雰囲気に慣れてきたのか、レイチェルの食べる速度が上がっている。コルセットを着けて体を締めていてもお構いなしだ。
「等級までは書いてないっすね。出品されたら分かるんじゃないすか?」
レイチェル達会場潜入組の任務は、エヴァン達が出品前に魔石を入手できなかった場合に、魔石の行方を確認すること。とにかく希少高級魔石とやらを見失わないことが重要だ。誰が魔石を買ったのか、どこに運ばれたかが分かれば、次の手が打てる。
「とにかく待ってなきゃしょうがないのね」
待つことが嫌いなはずのレイチェルだが、今日はあまり機嫌が悪くならないようだ。
彼女の目はすでに少し離れたテーブルのフルーツの盛り合わせを捕らえている。
と、その時だった。
「あー、あー、皆様、本日は私どものオークションにお越しいただき、誠にありがとうございます」
拡声の魔道具を通した大きな声がパーティー会場に響き渡った。
客たちが一斉にパーティー会場最奥にあるステージに注目する。
そこにはワインレッドのスーツを着た小柄な男が立っていた。言葉からしてオークションの主催者であろう。
仮面は着けておらず、整髪料で整えたオールバックと丸みのある素顔を晒している。
「本会を主催させていただいております、ドルメクでございます。前回の開催から約一年が経ってしまいました。このオークションを楽しみにしていただいている皆さま長らくお待たせしてしまった事を心からお詫び申し上げます」
ドルメクと名乗った男は、前回の開催から今までの間に様々な苦労があったと滔々と話す。
地方は不景気だの、天候がどうだの、ダンジョンからめぼしい宝が見つからないだの、レイチェルたちにしてみれば、どうでもいい話だった。
ちなみにダンジョン産の宝が不作というくだりで、リッツは『そりゃお前の目線だろ』と思ったが口には出さなかった。隣の貴族令嬢もどきとは違うのである。
「そういうわけで様々な苦労の末、珠玉の品々を取り揃えて今夜を迎えたわけでございます。さあ、オークションを始める前に、全従業員からご挨拶致します」
ドルメクがそう言うと、ステージの両側からおそろいの黒いスーツを着た男女が次々と現れた。皆、楽しげな笑顔でステージを歩いている。そして、統制の取れた動きでドルメクの後ろに規則正しく整列していく。全部で三十人近くいるのではないだろうか。全従業員と言ったのはあながち嘘ではないのかもしれない。
「あの人たちは仮面を着けなくていいの?」
興味無さそうにしていたレイチェルだったが、ステージに立つ者が仮面を着けていないことには疑問を持った。
別に回答を求めたわけではなさそうだったが、リッツが疑問に答える。
「さすがに主催者がどこの誰だか分からないとなかなか買い物をしにくいんじゃないっすかね? でも部下まで素顔なのは別の理由があると思うっす」
レイチェル以外に聞かれないよう注意しながらリッツは続ける。
「ここに集まっている客には貴族も多いっす。つまり本当ならこんな裏オークションを取り締まる側。そんなところで素顔を見せているって事はつまり部下の裏切り防止じゃないっすかね」
上流社会、しかも政府の関係者もいるかもしれない。そんな客たちに顔を覚えられている。密告したり、金を持ち逃げしたりしたら、主催者だけでなく貴族や富豪たちにも狙われるかもしれない。
財産や秘密を守るために、部下たちの安全は最初から考えられていないということである。
「楽しげに演出してるけど、やってることはえげつないっすね。本心で笑ってる奴なんていないっすよ、多分」
さすが世の中の表も裏も知る冒険者である。
リッツは冒険者としてはかなり若くして昇級した方だが、それでも下積み時代は貧しかったし、裏社会からの勧誘を受けたこともあった。
冒険者は戦乱の時代には傭兵として、平和な時代には違法な仕事や、逆にそれを取り締まる力として用いられてきた。それだけに美味しい仕事や甘い勧誘には、まず疑いの目を向ける者が多いのだ。
「ふーん、やっぱり悪い人なのね」
「所詮は裏の商売っすからね」
レイチェルはさして興味も無さそうだが、冒険者ギルドの運営に携わる立場のリッツとしては面白くなさそうだ。基本的に利害が反するので当たり前だが。
ステージ上では聴衆の思いとは関係なく、主催者のドルメクがオークションの開会を今まさに宣言しようとしていた。
「さあ、今宵も皆様におおいに楽しんでいただきたいと思います。お待たせいたしました、オークションの開催です!」
ドルメクの言葉に合わせて、ステージ横の楽団がファンファーレを演奏する。
まさに祭典の開催といった華やかな演出。
仮面を着けた客たちも拍手を送る。
「いよいよね」
「どれほどの金貨が動くんすかね」
レイチェルとリッツはいよいよ本格的な任務の開始を前に気合を入れ直す。
その時、ステージの反対側、入り口の大きな扉が乱暴に開かれた。
勢いよく開いた扉が壁に当たり、ドンッ!という大きな音を立てた。
同時に、青色を基調とした揃いの武装をした者たちがパーティー会場になだれ込んでくる。
あまりに突然の事態に、楽団の音楽は止まり、仮面の客は硬直し、ステージのドルメクたちは驚愕の表情を浮かべていた。
「そこまでだ! 全員その場を動くな!」
拡声の魔道具を使わずとも、ドルメクに劣らず、そしてよく通る声が響いた。
「非合法取引の強制捜査だ。神妙にしろ!」
武装した兵たちが道を開けると、そこからひと際絢爛な軍服を着た青年が進み出た。
「アルバーナ神帝国第三皇子セレンファリウスである! 主催者はもとより、買い付け客もこの場を離れることは許さん!」
驚愕、静寂から一転、オークション会場は騒然となったのだった。




