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50.消えてなくなれ

「子供だと……!?」


 どうしてこんなところに子供がいる?

 服ともいえないようなぼろ布を着せられ、しかも首には黒い革の首輪まで付けられている。

 見たところ、三人とも十歳にもなっていない。

 年長と見える男の子でもせいぜい七、八歳。一番小さい赤毛の子はおそらく五歳くらいだろう。もう一人の女の子はその間くらいだろうか。

 三人はミャルが話しかけても反応が薄く、目に活力というものが感じられない。

 子供にあの目をさせる感情を私はよく知っている。

 『絶望』だ。


「なぜ幼い子供がこんなところにいるんだ。まさかこの子たちも商品だというのか?」


 非道な行いに怒りが沸き起こり、思わずミャルに強い口調で言ってしまった。

 ミャルはあまり気にした様子もなく、鉄格子から手といれて一番小さい赤毛の子の頭を撫でている。


「ミャルが船を降りてからここまで来る間に、色んなところで一人ずつ増えたニャ。みんなあんまり喋らないけど、いい子達ニャ」


 ミャルが言うには、乗って来た船を降りてからは大きな道沿いに北へ進んできたらしい。

 南方で外洋船が停泊できるほどの港と言えば、グランデル侯爵領あたりか。


「帝国の南部地方で集められてきたというわけか」


 攫われたのか、売られたのか。

 どちらにしても子供たちにすれば関係ない話だ。

 小さい子なぞは、自分に何が起こっているかも分かっていないだろう。


「奴隷として売るのか? こんな子供を……?」


 呼吸が荒くなるのが自分でもわかる。

 ダメだ、落ち着け、呼吸を整えろ。

 押し黙ってしまった私に、マルスが声をかけてくる。


「お怒りは分かりますが、今騒ぎを起こすわけにはいきません。どうか……」

「分かっている! 目的は忘れていない!」


 そうだ、目的は魔石だ。

 それにこの子たちの境遇はともかく、売られる前に見つけることができた。

 助けることはできる。


「このオークションは子供まで金に換えるのか」

「奴隷とはいわないまでも、酷い環境で生きる子供は帝国中にいます」

「それは分かっている。だが手続きを経て奴隷になった者は、非道な扱いをしてはいけないし、衣食住を保証しなければならない法律がある。しかし子供では……」


 そもそも子供を奴隷にすること自体が違法行為なのだ。しかもここは非合法オークション会場。

 こんなところで売られた子供がまともな扱いを受けられるのか?

 いったい今までに、何人の子供がここで売られたんだ?


「お言葉ですが、親を失った孤児だとしたら食べさせてもらえるだけ奴隷の方がマシ、という事はありますよ」

「……それは極論だろう」

「食べて寝られたらどこでもやっていけるニャ」

「極論を重ねてくるんじゃない」


 獣人の世界のことは全く知らないが、そんな野生動物みたいな生活してるのか?


「とにかくこの子たちは何とかしないとな」


 マルスに檻の鍵を開けるように指示を出す。

 そして私自身は鉄格子の前で、子供たちと目線が合うようにしゃがみ込んだ。


「名前は?」

「クラム。こっちがイリスで、小っちゃいのがナギ」


 一番大きい黒髪の男の子が答えてくれた。

 女の子は俯いたままだが、小さい子は名を呼ばれたと思ったのか顔を上げて私を見た。 


「クラムとイリス、それにナギか。すまないが少し待っててくれないか。こちらの用が終わったら一緒にここを出よう」


 クラムは黙って頷いた。この子は自分の置かれている状況が分かっていそうだな。だとしたら辛い思いをしてきたのだろう。

 もし貧困が原因で親に売られたとかだったとしたら、どうしたらよいだろうか。

 故郷に帰してやるしかないか? それでも売られたという事実は消えないよな。

 いや、今はとにかく早くここを出ることを優先しないとな。後の事は後で考えよう。子供たちは泣きもせずに待ってくれているんだ。


「さて急いで探さなければな。……どうした?」


 立ちあがって向き直ると、マルスが紙切れを手に立っていた。

 何かが書き付けてあるらしく、読んでいるマルスは微妙に顔をしかめている。

 そして、クラムたちの檻箱から数歩距離をとり、子供たちに聞こえないように私に話しかける。


「エヴァン様、この子供たちは今日のオークションの二番目の商品のようです。箱に貼り付けられていたこの紙に商品番号が書いてあります」

「そうか。姉上たちが入った時にはもうパーティーが始まっていたはずだ。本当に時間がないな。マルス、急いで魔石を探すぞ」


 私がそう言うと、マルスは無言で紙を折りたたんで懐に仕舞おうとした。


「その紙、なぜ仕舞うんだ?」


 マルスの行動に違和感を感じたので問いただす。

 元の位置に戻すなり、捨てるなりすれば良さそうなものだ。


「そうですね。後で戻しておきます。あ、そうそう探し物ですが……」


 何か話を逸らそうとしたように感じる。


「待て、マルス。その紙には何が書いてあった?」

「特に変わったことは。ただの商品説明ですね」

「商品説明?」

「ええ、人数や競りの開始の金額、ですね」


 マルスの表情は普段と変わりない。


「……」

「……」


 沈黙。

 ただ私とマルスの視線が交差する。


「……その紙を見せろ」


 そう言うとマルスは無言で檻に貼られていた紙を私に差し出した。

 紙を受け取り、中の書き付けを読む。

 そこに書かれていたのは……。


『子供3人まとめて小金貨5枚から 発育が悪いため、労働には向かないが、実験用や試し切り用なら問題なし。顔は並み程度、趣味次第で愛玩用に』


 なんだこれは?

 何が書かれている?


「どういうことだ、これは? 奴隷ではないのか?」

「どうか気を鎮めて下さい」


 マルスの言葉がよく聞こえない。


「こんな、こんな非道が、許されるものか! この子たちが何をしたというんだ! 何の罪だ! 何の罰なんだ!」


 自分でも怒りと魔力が吹き出してくるのが分かる。

 まずい、魔力を抑えなければ!

 いや、どうして抑える必要がある?


「にゃにゃにゃ、なんかとんでもない魔力を感じるニャ! あ、みんなが!」


 高密度の魔力にあてられたクラムたちが気を失って倒れていく。

 しかしまあ問題ない、魔力そのもので人間は死んだりしない。むしろ気を失ってくれている方が都合がいい。


「エヴァン様!」


 マルスの緊迫した声が響く。


「マルス……」

「! ここに!」


 マルスが片膝をつき臣従の礼をとる。


「人に欲があるのは分かる。金が欲しいだの権力が欲しいだの、そういうものはな。だが、ここで行われていることはなんだ? 人間を、子供を、奴隷ですらなく、ただ玩具のように命を弄ぶこの醜悪な行いはなんだ? これが貴族のやる事か? これが持てる者の特権だとでも言うのか? どいつもこいつも何を勘違いしているんだ? 人間だろう?」

「エヴァン様……」

「同じ人間だろうが! ふざけた真似を!」


 魔力の奔流が止まらない。止める気もない。


「マルス!」

「はっ!」

「この腐りきったオークションを、会場ごと潰す! 文句はあるか?!」

「ありません! どうぞお心のままに!」


 そうだな、異論などあるはずがないな。


「ミャル!」

「ニャ?!」

「クラムたちとその箱の中に入って動くな。死ぬぞ」

「ニャ! 分かったニャ! 絶対動かないニャ!」


 ミャルが檻箱に入って気を失ったクラムたちをまとめて抱きかかえる。頭の上の大きな耳が伏せられている。

 そうだ、それでいい。

 マルスは片膝をついて頭を下げた姿勢のまま動かない。

 好きにさせておくか。


「……吹き飛べ」


 十分すぎる時間をかけて練り込まれた魔力を右手に集中して、魔法を顕現させる。

 その瞬間、強烈な発光と同時に轟音が辺りを覆った。

 炎と風の元素系魔法。爆発魔法と呼ばれる破壊の力。

 使用する魔力次第で大小さまざまな爆発を起こすことができる。

 今まさに私を中心に全てものが吹き飛び、原形を失っていくのが分かる。

 絵画や工芸品、服飾、武具、はては中身の分からない大小の箱。

 どれもこれも高価なものに違いない。

 知ったことか。

 全て消えてしまえ。

 倉庫の中の物だけではない。この悪魔の巣食う建物、それ自体が壊れて弾けて崩れていく。

 そして一瞬遅れて発生する爆炎。

 この狂ったオークションの痕跡を燃やし尽くしてくれればいい。


「くっ!」

「ニャー!」


 マルスとミャルの声が聞こえる。

 多少の振動は届くだろうが、心配するな。障壁を張ってあるからな、音も衝撃も熱もお前たちの所にはほとんど届かない。眩しいのは我慢しろ。ほんの少しの間だ。


「にゃああ、びっくりしたニャー。煙で何も見えないニャ」


 実際、魔法が発動したのは数秒の事だろう。

 しかし、徐々に煙が晴れて周りの状況が見えてきた。


「これは……」


 周りの状況を確認しようと見まわしたマルスが言葉を失う。


「ニャー! 天井どころか、建物も何もないニャ! 空が見えてるニャ!」


 三階建ての建物の半分ほどが跡形もなく消し飛び、瓦礫の山と化していた。

 とんでもない爆発の威力だが、このオークション会場の隣の建物や、パーティが行われていた部分は無傷だ。


「あらかじめ魔法障壁を張った。破壊が外まで及ぶことはない」

「とんでもない魔法使いニャ……。ゲムナ族でもここまではできないニャ」


 ミャルはよく分からない感心の仕方をしている。

 そのミャルと子供たちが入っていた檻箱は、爆発魔法の前と何も変わらない姿でそこにある。


「お気は済まれましたか?」


 服についた埃を払ったマルスが言う。


「嫌味のつもりか? 済むわけないだろう。今日までにここで何人が売られたか分かったものではないんだ」

「仰るとおりです」

「私は、彼らの怒りや悔しさを少しばかり体現しただけだ」


 理不尽に命を奪われた者たち。

 本来ならば、帝都のすべてを吹き飛ばしても収まらないような憤怒だっただろう。

 申し訳ないが、私にはこの程度の事しかできない。

 少しは鎮魂の炎になればいいんだがな。


「エヴァン様、何者かが来ます」

「ああ、分かっている。衛兵か? ずいぶん早いな」

「万が一がありますので、顔を隠してください。拾い物ですが、仮面がありますので」


 マルスは倉庫を漁っているときに仮面を見つけて持っていたらしい。顔全体を隠すフルマスクか。抜け目のないことだ。


「ミャル」


 破壊された周囲の様子を眺めていたミャルに呼びかける。


「にゃ?」

「もうすぐ帝都の衛兵がここに来るだろう。すぐに逃げろ。どこにでも好きな所に行け。耳は隠しておけよ」

「にゃー、この子たちはどうするニャ?」


 ミャルは両手でクラムたちを抱えたまま言った。まだまだ目を覚ましそうにないな。


「私が安全な場所に連れていく。心配するな」


 何も具体的な事は言わないが、ミャルは問いただしてはこなかった。


「分かったニャ。友達を頼むニャ」


 そう言ったかと思うと、まさに猫を思わせる身のこなしと速さで煙と瓦礫の山の中に消えていった。

 いや、消えていったかと思うと、すぐに瓦礫からひょこっと頭を出してこちらに手を振る。


「助けてくれてありがとニャー」

「いいから早く行け。捕まるなよ」

「ニャー」


 今度こそ行ったようだな。

 さて、仕方ないので官憲の相手でもしようか。

 マルスが渡してくれた仮面を着けたその時、煙の向こうから誰かの声が聞こえてきた。


「そこに誰かいるのか?!」

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