5.三分の一は順調に回収
「無理だ! 絶対に無理! 一個でもありえないのに一等級を三個だと? どうやって手に入れろというんだ」
声を荒げた私に、セルファスは困り顔だ。
「まあ、確かにすぐには難しいですよねぇ」
「時間の問題とかじゃない。不可能だと言っている」
「不可能ということはないと思うんですよねぇ」
「気軽に言ってくれるな。普通に考えて一等級の魔石など入手不可能だぞ」
「そうですかねぇ。とりあえずここに一個ありますけど」
「……いまなんと言った?」
一等級の魔石を持っていると言ったか?
「はい、ここにありますよぉ」
そう言ってセルファスは、腰に提げていた革袋に手を突っ込んで一つの宝石を取り出した。
一見無色に見えるが、陽光を受けたその石は様々な色に変化しているように見える。それはまるで石の中に虹を閉じ込めたような。
間違いなく魔石だ。
学説によると、この虹色に見えるものこそが魔力そのものだということらしい。魔石は内包した魔力の属性によって色が変わる。例えば火の属性が強い魔石はより赤色が強く現れる。
この魔石は色が偏らずに現れている。ということは無属性か。
だが何よりこの魔石の特徴は大きさだ。私の拳よりも大きそうだ。昔、四等級の魔石を見たことがあるが、大きさでいえば二倍くらいありそうだ。
「あ、どうぞ手にとってごらんください」
セルファスが割と無造作に魔石を渡してきた。おい、もっと丁寧に扱え。一等級なら金貨十万枚はするんだぞ。
実際魔石を持ってみたところはやはりずっしりと重い。間近でみる魔石の光はやはり美しく、大きな魔力の存在を感じる。私は鑑定などできないので一等級かどうかは判別できないが、この魔石の価値がとんでもないものであることは分かる。
「本物、だな。等級はわからんが、尋常なものではないのは分かる」
「そうでしょう。とりあえず一つは既に入手しておりますので、残り二つも何とかなりませんかねぇ」
「それは全く別問題だが、この魔石はどこで手に入れた? 盗品とかじゃないだろうな?」
「聖職者がそんな事するわけ無いでしょう。これは、ええと、拾ったんですよ」
「盗んでくるよりあり得ないことを言うな」
こんなものがそこら辺に落ちていてたまるか。金貨入りの大袋が道端に落ちている方がよほど説得力がある。そういえば昔、竹藪で金貨二百枚が入った鞄が見つかって話題になったことがあったな。全く関係ないが。
出処が怪しい事この上ないが、入手不可能と思われた三つの魔石のうちの一つが実際にここにあるわけだ。
「しかし、残り二つが手に入るかというと、やはり無理がある」
上位等級の希少な魔石を手に入れる方法は、あるにはある。
一つは、単純に金を積んで購入する方法だ。
といっても取引市場に出てくる魔石はせいぜい四等級くらいまでだ。それ以上はまず取引されていない。
しかし、それは表の話だ。何事にも表があれば裏がある。
帝都で開かれているという裏オークションでは、通常ではまずお目にかかれない宝飾品、魔道具、芸術品、そして魔石を含むモンスターから獲得した素材が取引されているという。購入する機会があるとすればそこくらいだろう。
もちろん問題は多い。
まずは原資の問題。つまり金が足りない。まったく足りない。圧倒的に足りない。そんな金があったら領地の経営に使いたい。あと自分の趣味にも使いたい。
次の問題としては、そもそも魔石が出品される可能性自体が低い。いくら高く売れる超希少な魔石と言え、発見されなければ売られることもない。
やはり購入するのは無理があるな。
「買うのが無理ならば、あとは自力で発見するか」
魔石がモンスターから算出されるものであるなら、狩れば良いというわけだ。
だが当然、この方法にも問題がある。
それは当然ながらモンスターと戦わなくてはならないという点。希少な魔石を持つようなモンスターは例外なく強力だ。
領兵を動員したり、冒険者ギルドに応援を依頼するとしても、大きな犠牲は避けられないだろう。
そして一等級の魔石を持つようなモンスターはそもそもがまず見つからない。
そんなモンスター達は、はっきり言って存在自体が伝説のような連中だ。
該当しそうなモンスターといえば、古代竜とかだな。
うん、そんなの狩れるか。戦う以前に実在するかどうかも怪しいぞ。小型の飛竜くらいならたまに冒険者が狩ってるみたいだが、それでも割と珍しい例だ。
というか、そもそもどうして私がこんなに悩まないといけないのだ。だんだん腹が立ってきたぞ。
理不尽な難問に私が苛立ってきたことを察したのか、セルファスが「お茶でも出しますよ」とかいって、先程の神殿もどきの小屋に戻ってきた。
机も椅子もないので床に直接座り込むことになる。
物が無さすぎだろ、この小屋。薄いクッションの一つも無いのか。
床の汚れを点検しているところに、セルファスがティーポットとカップを持ってきた。どうやら奥の居室に湯が用意してあったみたいだな。寝室と台所が同じところにあるのか。妙な間取りだ。
「貴族様にお出しするような茶葉ではありませんが、よろしければどうぞ」
「普段から高価な茶など飲まないからな。気にする必要はない」
マルシェル家は質実剛健を良しとするからな。単純に金が無いだけともいえるが。
手に持ったままだった魔石を置いて、とりあえず茶を一口飲んでみた。なかなかどうして悪くない香りだ。しかも蜜でも入っているのか甘い。神官のくせに贅沢なもんだ。まあ精一杯のもてなしと思っておこう。おかげで少し苛立ちも収まってきたしな。
「現実問題として、あと二つの魔石を手に入れられると思うか?」
茶を飲みながらセルファスに尋ねてみた。まあ神官の言いそうな答えは予想がつくが。
「神は乗り越えられない試練はお与えになりません」
「やっぱりそういう答えになるよな」
「そりゃ神官の常套句ですからねぇ」
「自分で言うな。それは言ってはいけない台詞だ」
やはりこいつからは信仰心というものが今ひとつ感じられんな。
神官らしからぬ言動に呆れながら茶を飲んでいると、セルファスはスッと背筋を伸ばして話を続けた。
「ちょっと真面目な話をしていいですか?」
「今までの話は真面目じゃなかったとでも言うのか!?」
だとしたら一発くらい殴っても許されると思うんだ。殴らないけどな。私は冷静な男だから。
「言葉を間違えました。神託を実現できるかどうかではなく、実現できなければどうなるか、というお話をしましょうか」
「それは、リアが言えないと言っていたと思うが」
黒髪の少女天使リアは、神の力が弱くなってしまった結果を話してはくれなかった。『言えない』ということだったが、セルファスは違うのだろうか。
「言っても良いかどうかと言われると、多分だめでしょうねぇ。でもこのままエヴァン様が神殿の建立を諦めてしまうと困ってしまうので」
「そうだな、すでに諦めかけてるがな」
なにせ材料が高価すぎる。希少すぎて。
「で、このまま神の力とやらが衰えるとどうなるんだ? 国が荒れたりするのか? 自慢じゃないが、うちの領地は最初から帝室やら中央の大貴族はあまりあてにしていない……」
「すぐに、という話ではありませんがね」
私の言葉を遮り、セルファスが少し語気を強めた。
「将来的に子供が生まれなくなります」
「……何だと?」
子供が生まれない? それは、つまり、もう、
「国がどうとか、災害が起きるとかそういうことではなく、新しい命が誕生しないということか? それでは世界は……」
「滅ぶ、といっていいでしょうねぇ。少なくとも人間は」
神の力とやらは、生命の誕生に直接関わっているのか? だとすると想定していたよりも悪い事態だ。
というか最悪だ。まさか、いきなりこの世の命運を背負わされるとは思わなかった。
「いつだ? その『将来』というのは」
「何もしなければ百年ほど先の話ですかねぇ。ま、エヴァン様はさすがにもう亡くなっておられるでしょう」
「それはなんの慰めにもならないな」
「でしょうね。私もそう思いますよぉ」
あっはっは、と笑うセルファス。よくこんな話で笑えるな、こいつ。
「確認するが、全部冗談ということは……」
「ありません」
くそ、はっきり言いやがったな。
今聞いた話を冗談だとか、虚言だとして無視してしまうことはできる。
本音を言えば、できればそうしてしまいたい。
だが、あの夢の中の神託、少女天使のリアの存在、ありえないほど希少な魔石、セルファスの宣告。
すべての状況を合わせると、荒唐無稽なはずの世界滅亡大予言が、振り切れない存在感を纏って目の前に立ちはだかってくる。不安を煽りたててくる。
「気に入らない」
率直な感想をセルファスに伝える。
「なんの事はない、私は罪のない人々や永劫に繋がっていくはずの未来を人質にとられたも同然だ。全く気に入らない」
「自分で言うのもなんですが、私の言うことを信じないという選択もできますよ」
「ありえないな。世界が滅ぶ危険にいつか直面するのは我らの子孫なんだ。放っておける訳がない」
自分のことなら諦めもつくかもしれんが、割を食うのは子や孫だ。
先の時代を生きている、生きてしまっている私達には、相応の責任があるだろう。
「エヴァン様はそういう方だと思ってましたよぉ」
「個人的にはお前が一番気に入らない」
ニコニコしているセルファスに、正面から言い放ってやった。