49.ミャル・ミャルナ・フォナル
「うにゃあ、よく寝たニャ。あれ? いつもと違う人ニャ? 出してくれるニャ?」
明らかに通常ではない身体的特徴、猫のような耳をもった少女。
訛りなのか知らないが妙な喋り方だ。
革製の服の上から、あまり見たことのない幾何学模様の入ったケープを身に付けている。
いや、今はそんなことは重要ではない。
「獣人……。本物か?」
「にゃあ、失礼だニャ。正真正銘のフォナル族ニャ。この尻尾がその証明ニャ」
少女は毛布に隠れていた白くて長い尻尾をゆらゆらさせる。
だが申し訳ないが、フォナル族とやらが何なのかが分からない。
「正直言って驚いた。初めて見たな、獣人って」
「私も実際見るのは初めてですね。話に聞いたことくらいはありましたが」
マルスも珍しく驚いているようだ。
世界には人に似ているが人ならざる種族、亜人と言われる者たちがいる。
代表的なのは、人間に敵対し魔物として扱われる鬼人。ゴブリンだのオーガだのがこれにあたる。問答無用で襲ってくるので遭遇すれば戦わざるを得ない。種によっては人間を捕食するしな。
他にも人間が魔力の影響で魔物化した姿と言われる魔人。ただ魔人は過去には実在したらしいがもう何百年も姿を見た者がいないらしいので、もはや絶滅したと考えられている。
そして、獣人だ。
「ダルベッグの大樹海に住んでいるという話は聞いたことがあるが、そこから連れてこられたのか?」
「にゃあ? そんな所知らないニャ。フォナル族族はソルタリアの森の部族ニャ」
ソルタリア? ソルタリア……。どこだったっけ。
「このヴェルデンシア大陸からはるか南にある未開の島ですよ」
「もちろん知っている。ちょっと思い出せなかっただけだ」
そうそう、ソルタリアは帝国の支配下ではない南の島だったな。たしか大型船でひと月とかの距離じゃなかったかな。いや、半月だったか? ちゃんと学校の授業を聞いておけばよかったな。
「そんなところからどうやって帝国まで来たんだ?」
「たまーに来る船にこっそり乗って来たにゃ」
そんなところに交易路があったのか。いや待てよ、近海ならともかく、外海の航行は法律でそもそも禁止されているはずだ。
「おそらく密貿易船ですね。大陸には無い果物でも仕入れられれば大きな利益を生むでしょうから」
儲かるならそういう危険な商売をする者も現れるか。
帝国の警備船に見つかれば重い罰を受ける事になると思うがな。
「それで、お前は……」
「ミャル、だニャ。ミャル・ミャルナ・フォナルって名前があるニャ。お前じゃないニャ」
「そうか、悪かった。それでミャルは何でこんなところにいるんだ?」
話を聞く限りではミャルは密入国者、という事になると思うんだが、通常であれば港に着いた時点で警備隊に捕まりそうなものだ。
「そんなの知らないニャ。ご飯くれるっていうからついて行ったら閉じ込められたニャ。でもご飯はいっぱいくれるニャ」
ミャルは傍らに落ちていた大きな皿を指差して言う。
なるほど、その皿いっぱいに食べ物が載せられたとしたらなかなか大量だな。
「つまり、自分で犯罪者の船に乗って、極めて雑な人さらいに遭ったというわけだな」
「ニャ? ミャルはさらわれたニャ? でも約束通りに人がいっぱいいるところに連れてきてもらったニャ。ミャルは何も損してないニャ」
「なんでこんなに被害者意識が無いんだ、こいつは……」
普通に状況を考えれば、ミャルは裏オークションで売られる寸前だ。本人にその自覚が無いとはいえ、人身売買を見逃すわけにはいかない、か。
「どうにも危機感が無いようだが、ミャルはもうすぐ商品として売られる事になると思うぞ。ここの建物には帝都中から珍しい物を欲しがる金持ちが集まっているからな」
自分が売られるという状況を今一つ理解していないのか、ミャルの表情には疑問符が浮かんだままだ。
「よく分からないけど、ここから出してもらえないニャ? それは困るニャー。人がいっぱいの所に着いたんなら出してほしいニャー」
何かの目的があって帝都まで来たらしいな。その目的が何だかは知らないが、助けてやることには異存はない。
私はマルスに視線を送った。するとマルスは檻に近づきミャルに話しかける。
「あなたをここから出すことはできますが、一つだけ約束してほしいことがあります」
「ニャ?」
「私たちの事を誰にも言わないこと。ここで会ったことも含めて見たこと聞いたこと全て忘れてください」
本来なら顔を見られたこと自体がまずいのだがな。マルスにしては優しい事だ。
「誰にも言わなければいいニャ? それくらいなら約束するニャ。これでも口は堅い方だニャ」
ずいぶんとペラペラと身の上を喋っていたような気がするが。
しかし、『見捨てる』という選択ができない以上、我々はミャルの言う事を信用するしかない。
マルスが例によって早業で檻を開錠する。軍の檻でもそんな簡単に開けられるのか、こいつは。
ギギィと錆びついた音を立てて鉄格子が開くと、足取り軽くミャルが出てきた。
身長はそんなに高くないようだ。本当に頭の上の白い耳と尻尾以外は普通の少女に見える。
「ありがとニャ。親切なふりをした悪い人に危うくだまされるところだったニャ」
「いや、たまたま私たちが来ただけで、とっくに手遅れだったぞ」
完全に騙された後だったわけだが、ミャルにはとにかく危機感が足りていない。
「あ、そうだニャ。ついでに友達も出してあげて欲しいニャ」
「友達? 一人で連れてこられたわけじゃないのか?」
「船を降りてここまでくる間に、同じ馬車に乗って来たニャ。そこで友達になったニャ」
馬車の中で友達になった? 人さらいに連れてこられたのに?
おそらくマルスも同じことを考えたのだろう、ミャルに質問していた。
「その馬車には檻がついていませんでしたか?」
「ニャ! 言われてみればついていたような気がするニャ! 誰も気にしてなかったから気が付かなかったニャ」
「他にもこんな呑気な奴がいるのか……」
人間だか獣人だか知らないが、現状を認識する力に欠けている奴が多いな。帝国は意外と平和なのかもしれない。
ミャルの話によると、友達とやらは隣の部屋に連れていかれたらしい。
なるほど、向こうに見える壁に鉄製の扉がある。荷物を出し入れする為なのだろう、両開きの大きな扉だ。
マルスが近づいて手早く扉を調べる。しかし、開錠は行わない。
「魔法錠が掛かっていますね。お願いできますか?」
魔法使いではないマルスには、魔法錠は開けられない。いや、通常の手段では開けることはできないというのが正確なところか。
「分かった。ちょっと待て」
マルスと場所を入れ替わり、魔法錠を調べてみる。
「これは……、なかなか入り組んだ術式だ。解読するのは面倒だな……」
少し考えた後、私は練り上げた魔力を指先に集中させ、魔法錠に触れて一気に流し込んだ。
ちょっとやそっとではびくともしないだろうが、錠の耐久力を遥かに上回る魔力を流し込んでやれば……。
「よし、開いたぞ」
錠前はあっさりと壊れてしまった。
「壊しても良かったのですか?」
「見た目では壊れているかどうか分からないだろうからな。とりあえず大丈夫だ」
「頑丈そうな鍵なのにすぐ開いたニャ。魔法錠って簡単に開けられるのニャー」
もちろん簡単に開けられるはずが無い。
通常、魔法錠を無理矢理開ける手間を考えれば、横の石壁を破壊した方がよっぽど早い。ただ、私にとってはどちらも同じような手間だ。ただ侵入の痕跡が分かりにくい方法を選んだだけだな。
「さて、こちらの部屋は……、広いな」
さっきのゴミだらけの部屋もちょっとした訓練場くらいの広さがあったが、こちらはそれ以上に広い。本当に元は訓練場だったのかもしれないな。天井も割と高いから短槍くらいなら振り回せそうだ。
人の気配は無いが、照明用の魔道具も設置されていて部屋全体が明るい。この照明だけでも相当な費用がかかっているだろうな。
置いてある荷物も、先程とは打って変わってちゃんと整理されている。ここがおそらくオークションに出す商品の保管庫だろう。
たくさん並んだ木棚には、番号が書かれた箱が並んでいるな。埃をかぶっている壺だの油絵だのもあるがこっちは売れ残りか?
「この中から目当ての物を探し出さなければならないのか……」
「さすがに数が多すぎますね。魔力を感知できませんか?」
「さっきからやってるんだがな。魔道具が多いみたいで、はっきりしないな」
私とマルスで怪しい箱を調べてみるが、魔石は見つからない。
「もしかして、パーティー会場に展示されているかもしれないな」
諜報部隊が集めてくれた情報によると、オークションの目玉になるような一部の商品は、立食パーティーの会場に展示されることもあるらしい。
価値が高い割りに小さくて隠しやすいという点を考えれば、魔石をパーティー会場に置いたりはしないだろうと思っていたが、予想が外れたか?
不安になり始めた私に、マルスが声を掛けてくる。
「魔力が遮断されている可能性はありませんか?」
「それは大いにあるな。感知は当てにならないかもしれない」
「それでは、私は魔力に関係なく怪しい箱を調べていきます。よろしいですか?」
「分かった。こっちは引き続き魔力を頼りに探してみる」
私とマルスは広い倉庫を二手に分かれて魔石の捜索を始めた。
ミャルは私の方に付いてきた。
「泥棒しに来たニャ?」
「ん? まあ、そんなところだな」
私が答えるとミャルは笑い出した。
「にゃあ、良い人だけど悪い人だったニャ」
「なんで嬉しそうなんだ?」
何故かニコニコと楽しそうなミャル。獣人の感性はよく分からんな。
「泥棒も良いけど、友達も探して欲しいニャ」
「ああ、忘れてはいない」
ここまで探してきた範囲には人間や獣人は捕らえられていなかった。大きさ的にも見逃してはいないはずだ。
するとミャルが部屋の一番奥、つまり私たちが入ってきた扉の反対側を指差して言った。
「多分、あの辺りニャ。少し匂いがするニャ」
「獣人は嗅覚が鋭いのか? 分かった、行ってみよう」
私は近くで魔石を探していたマルスの肩を叩いた。
「向こうでミャルの友達とやらを探してくる。警戒を頼む」
「はい、ついでに金目の物を探しておきます」
真面目な顔でなにを言ってるんだこいつは。
「冗談だとは思うが、無関係の物を盗むなよ?」
「はあ、しかし高価そうなものばかりです。いくつか持ち帰ればかなり潤いますよ」
「……。ダメだ、盗むな」
「かなり悩まれていましたね?」
「にゃにゃ、悪い人だけど良い人ニャー」
「だからなんで嬉しそうなんだ」
不法侵入の真っ最中だというのに間の抜けた会話をしている我々だが、警戒は怠っていない。
しかし、オークションの商品を置いている部屋の割には全くオークション関係者がいないな。どういう警備をしているんだか。
そんなことを考えながら、ミャルの先導で一つの大きな箱の前まで来た。
「こんな木箱に誰か入っているのか?」
「檻箱だニャ。反対側が格子になってるニャ」
ミャルが箱の反対側に回り込んで私を手招きした。
「良かった、友達は無事ニャ。助けに来たニャ」
「そうかそうか、どんな奴が捕まってるんだ?」
私はミャルの頭越しに檻箱の中をひょいと覗き込んだ。
そこにいたのは、粗末な布切れのような服を着せられた三人の幼い子供だった。




