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48.潜入 裏オークション

 裏オークションの会場は、南の大門のほど近くにあった。

 大門から中央に向かって伸びる大通りからは少し外れているが、人通りも多くにぎわっている区画だ。

 もともとは帝国軍の施設だったとかで、周囲の建物に比べて敷地が広い。建てられてから既に百年以上経っているという事でそれなりに老朽化しているはずなのだが、こまめに補修が行われているのか遠目には全く傷んでいるところが見られない。

 それどころか外壁は綺麗に塗装され、窓にはすべてガラスがはめられている。玄関には羽が生えた獣の彫像が飾られ、入り口の扉も大きな一枚板で誂えられている。しかも入り口は車寄せになっているので、馬車から降りて数歩も歩けば建物の中に入れてしまう。

 さすがは富豪の集まるオークション会場。贅沢かつ秘密を守りやすい作りになっているな。


「マリクリアのお屋敷とはお金のかけ方が違いますね、エヴァン様」


 心無い言葉を浴びせてくる専属執事を無視しつつ、私はオークション会場の入口を見つめていた。

 私とマルス、つまり裏口からの侵入班は、使い古したマントを身にまとって近くの路地に待機している。


「もうすぐ姉上たちが到着するはずだ。無事に会場に入れれば良いがな」

「会場に入るだけなら問題はないと思いますが」

「だと思うがな。姉上に何かあってもリッツがうまくやってくれると期待している」


 すでに時刻は夕刻。オークション会場の中では立食形式のパーティーが開かれている時間のはずだ。

 買い物の前にパーティーなどしてどうするのか、とも思ったが毎回の恒例らしい。

 客を満腹にして、さらに高価な酒も振る舞って、財布の紐を緩ませるのが狙いなのかもな。


「それにしても続々と集まってきますね。仮面姿なので誰だか全く分かりませんが」

「それだけ帝都には富が集まっているということだろう。今着いた馬車を見てみろ、マルス」


 ちょうど二頭立ての豪華な馬車が会場にやってきた。車体を白く塗装し、ふんだんに金箔を押してひと際目立っている。成金趣味の商人かと思ったが、おりてきた人物の服装や姿勢からおそらく高位な貴族だと推測できる。着飾った女性も馬車から降りてきたが、夫人か愛人か分からない。年齢差がありそうなので後者かもしれんな。


「馬車に、本人たちの装飾品に、他にも色々と見栄えのためだけにいくら掛かっているのか見当もつかないな。貴族なのか商人なのか知らないが、半分、いやその半分でも貧しい者に分け与えれば困窮する民がどれほど命を繋げるか……」

「エヴァン様の民衆を思うお心はとても尊いと思いますが、そのお気持ちもまた富を持つ側の発想ですよ」


 私の直情的な憤りに対して、マルスがやんわりと諫める。いつも通りの無表情で。


「そうか。私も知らず知らずに思い上がってしまっているのかもしれんな」

「はい、もっと貧乏である自覚を持ってください」

「お前はもっと忠誠心を持て」


 こんな馬鹿なやりとりをしていると、会場前の通りに見覚えのある馬車が現れた。

 お見合いの時にも使った見た目だけは豪華な借り物の馬車だ。しかし、それでもさっきの馬車の方が派手に見える。やはりかかっている金額が違うらしい。うちの馬車は乗り心地が悪いしな。

 見た目だけ派手なうちの馬車が車寄せに停まり、係員が恭しく扉を開け……ようとして手こずっている。ああ、その馬車の扉はちょっと上に持ち上げながらじゃないと開けにくいんだ。

 どうにか扉が開くと、中から灰色のコートを着た仮面の男が降りてきた。いかにも召使いという服装だが、あれはリッツだな。

 そしてリッツがエスコートする形で、馬車から赤いドレスの女が現れる。仮面姿だが、あれはもちろんレイチェル姉上だ。

 背筋を伸ばし、扇で口元を隠しながらリッツと共に会場に入っていく。するとリッツが入り口の係員に何かを手渡したように見えた。


「入場料を払いましたね」


 私よりも目が良いマルスが言った。


「係員がすんなりと受け取ったところを見ると、今のところ問題なしですね」

「入場するだけで金貨三枚払うとか、どうなっているんだ連中の金銭感覚は……」


 オランドの諜報部隊が集めた情報に、『入場に金貨三枚支払う』というものがあった。

 参加者全員が仮面を着けて身分も隠している以上、客を見分ける方法が無いのでこういう方法を採っているのだろう。

 貧乏人が冷やかしに入ろうとしても、金貨三枚という金額はそうそう払えるものではないからな。しかし、私たちにとってはとても痛い出費だ。本当に、とても痛い出費だ。

 オランドからこの入場料の話を聞いたときは、表から潜入するのはやめようかと本気で考えた。結局は作戦の成功確率を上げるために支払う事にしたのだが……。


「これで失敗したらアンナに報告するのが恐ろしいな」

「嫌でも貧乏の自覚が持てますね」

「ありがたい話だ、まったく」


 やたらと楽しそうなマルスと共に、侵入口を探すべくオークション会場の裏手に向かった。




 オークション会場の裏に回ると、建物の印象は大きく変わる。

 表はどこぞの迎賓館かと思うような見た目なのに対して、裏は『元軍事施設』と声高に主張せんばかりの飾り気のなさだ。

 各階の天井が高いらしく、三階建てなのに普通の五階分くらいの高さがある。

 そして裏口には目つきの悪い男二人が見張りに立っていた。

 広告まで出すオークションだが、さすがに裏社会の催し物。その程度の警戒はするか。


「鉄で補強された両開きの扉、か。大きな荷物を台車ごと運びこんだりするには便利だな」

「さすが軍で使っていた建物は合理的ですね」

「あの扉の鍵は開けられそうか?」


 マルスに尋ねてみるが、返ってくる答えは想像がつく。


「もちろん開けられます。しかし、無音というわけにはいきません」

「見張りを気絶させるか?」

「侵入はできますが、交代が来た時点で異常が発覚します。今回の目的は探し物ですから、時間を稼ぎたいところですね」


 私とマルスが二人だけで進入することに対しオランドは若干の不安を覚えていたようだが、私が押し切る形でこの作戦を採用した。

 私とマルスが二人で行動する場合、大きな利点があるからだ。


「強硬策で行くならばいくらでも手はあるんだがな」

「扉を壁ごと吹き飛ばして、出てきた警備員の意識を全て刈り取るような策ですか?」

「……例えば、の話だ。そんなことをしたら帝都中から衛兵が集まってきてしまう」


 このようにマルスは私の本当の魔力を知っているので力を隠す必要が無い。

 普段は『並の魔法使い』として振る舞っているからな、使える魔法もおのずと限られてくる。

 もし危機に陥れば躊躇なく魔法を使うことにしよう。建物を吹き飛ばさない程度に加減してな。


「エヴァン様、あれを」


 何かに気が付いたマルスが建物の三階を指差す。明かりが無いのでよく見えないが、窓があるな。


「わずかですが窓が開いています。あそこから入りましょう」

「あんな高さの窓がよく見えるな。だが好都合だ」


 私とマルスは路地裏でマントを脱ぎ捨てた。

 そして周囲に人の目が無いことをマルスが確認した後、私は魔力を集中させる。

 普段であれば、実力を隠すために長々と詠唱をするところだが、今はそんなものは必要ない。

 一瞬で魔法を発動させると、私とマルスの体は一呼吸もしないうちにオークション会場の建物よりも高く浮き上がった。この浮遊感は慣れない者には相当な恐怖なのだが、マルスは顔色一つ変えない。


「音も消した方がいいか?」

「会話ができなくなりますから、このままでお願いします」


 少しずつ高度を落としながら、窓に近づいていく。

 そして、そっと窓を開けてマルス、私の順に室内に侵入した。


「思ったよりあっさりだったな。不用心で助かった」

「きっと帝都にはこの高さで侵入してくる泥棒はいないのでしょう」

「帝都に限らず、そんな泥棒はなかなかいないと思うがな」

「泥棒ではありませんが、マリクリアには建物の屋根の上を飛び回る貴族令嬢がいますよ」

「まったく姉上には困ったものだ。民家を壊す前に一度言い聞かせないとな」

「あとは空を飛んで屋敷から逃げ出す貴族の嫡男もいます」

「……。さあ、いよいよ探索だ。油断するなよ」


 どうでもいい話は無視だ。

 小さな魔法の光球を作ってあたりを見回すと大して広くもない部屋だった。簡素な衣装棚、乱雑に小物が置かれたテーブル、そして一人用のベッドが二つ。それだけでもう部屋に空きはほぼ無くなる。


「使用人の部屋、という感じだな」


 オークションの規模からいっても、相当な人数の使用人を雇っているだろう。おそらく三階はこういう部屋が多いはずだ。


「マルス、どう思う?」


 極めて言葉少なくマルスに問いかける。


「使用人が日常生活に使う場所に高額な商品を保管するとは思えません。裏口の形状から、仕入れた商品はまず一階に搬入されます。しかし警備上の都合を考えるのであれば、商品を保管するなら地下室かと思います」


 聞きたかった返答が的確に返ってきた。


「地下か。ではとにかく降りていくとするか」


 建物内の人間の動きについてはマルスに探らせて、私は警備用の魔道具の探知のために結界を張る。

 こういう大きな金が動くところには侵入者を知らせる魔道具が仕掛けてあるものだ。

 誰かが近づけば警音を鳴らすものや、いきなり電撃で攻撃してくるものなど種類は多い。高級品だと魔法を探知するものまであるから、結界を張るのも本来なら悪手だったりする。


「しかし、探知されないほどに希薄な結界を張れば……」


 人間が誰しも持っている魔力。

 世界を漂う自然の魔力。

 そんなものよりもっと微弱な魔力の膜を建物中に張り巡らせる。すると建物のところどころに私の結界の広がりを阻害する魔力の塊を感じる。一階、地下と降りていくほどたくさんの魔道具を感じる。

 なるほど、マルスの言う通り地下が正解のようだな。


「エヴァン様、周囲に人の気配は少ないようです。一気に降りてしまいますか?」

「そうだな、一階以上は無視する。行くぞ」


 使用人の部屋から出て、すぐ目の前にある階段を下りる。

 一階まで降りて次は地下に続く階段を探すが、これは簡単に見つかった。


「魔道具を多く仕掛けている場所がある。おそらくそこだな」


 知られたくないところや警戒したいところには念入りに魔道具を置きたくなるものだが、私のように細かく魔力を操れる者に対しては逆効果だ。『ここが重要な場所だ』と教えているようなものだな。

 あっさりと地下への階段を発見し、そこに仕掛けられている魔道具を無効化していく。

 やり方は簡単だ。魔道具が反応するより早く、こちらから魔力を流して術式を破壊するだけ。魔法発動の速度を上げれば誰でもできる、実に簡単な魔道具封じだ。


「普通はそんな事できません。人前で使わないでくださいね」

「分かってる。こんな方法、皆ができたら警備の魔道具など誰も使わなくなる。私もそこまで非常識じゃない」


 侵入中とは思えないほど暢気な会話をしているが、地下室に続く階段の魔道具はすべて無効化した。外見では分かるような破壊ではないので、発覚するのはだいぶ後になってからだろう。

 階段を降りると金属製の扉があった。

 大きさから言って人間が出入りするためのものだ。荷物を入れるための扉ではないな。おそらく荷物用には別の搬入路があるのだろう。元々が軍の建物だから、もしかすると昇降機があるのかもしれない。


「エヴァン様、開錠しました」


 少し考え事をしている間に、さっさとマルスが鍵を開けてしまったようだ。とんでもない早業だな。

 マルスの侵入を防ぐためには魔法錠が必須だ。もちろん私は自室の扉に魔法をかけている。


「私が先に入ります。付いてきてください」


 マルスが先行するというので、大人しく従う。

 金属扉を開けると、そこは広い倉庫になっていた。

 木箱が乱雑に置かれ、棚にはがらくたにしか見えない物が適当に置かれている。すこし悪臭もするな。倉庫のどこかで何かが腐っているのかもしれないな。

 どうみても不用品置き場だな。ここに高価な宝物を保管するとは思えない。


「奥にあるのは、檻か?」


 薄暗くて最初は分からなかったが、倉庫の壁の一部に鉄格子が嵌っていた。


「軍の建物だったのですから、牢屋があってもそう不思議ではないかと」


 マルスは先に気付いていたらしく、特に興味も無さそうに淡々と答える。

 それもそうだな、と思いつつも私はなんとなく牢屋に近づいた。

 さすがにこんなところにある牢に誰かが囚われているという事もなく、ただ乱暴に荷物というかゴミが放り込まれているだけに見える。


「こんなものがあるくらいだ。作られた当時は重要な施設だったのかもな」


 牢の中を覗き込んでいると、マルスが近づいてきた。


「離れてください。一番端の牢に何かいます」


 いつの間にかすぐ傍に来ていたマルスが私に警告を発する。


「人間か? それとも獣?」

「分かりませんが、ほとんど動いていません。死にかけているかもしれませんね」


 オークションの商品として、珍しい動物かなにかが連れてこられたのか?

 まさか魔物という事は無いだろうな。

 もし魔物を持ち込んだとすれば、種類によっては重大な違法行為だぞ。特別な許可がない限り、生きている魔物を街中に持ち込むことはどこの領地でも厳禁だ。万が一、凶暴な魔物が逃げ出したりでもすれば大惨事になるからな。

 いくら非合法な裏オークションと言えども、さすがにそこまではしないだろう。


「一応、確認だけはしておくか」

「普通の動物ならいいんですけどね」


 慎重に牢に近づく私とマルス。鉄格子まであと数歩という距離だ。

 ここまで近づけば私でも牢の中に何かいるのが分かる。

 何か規則正しい息遣いまで聞こえる気がするが、これは……、


「もしかして寝てるんじゃないのか?」

「私もそう思います。少し照らしていただけますか?」


 マルスの要望があったので、また魔法でごく小さい光球を作り出した。小さいと言っても蝋燭などよりは何倍も明るいので、牢の中が良く見える。

 そこには古い毛布があった。

 正確に言うと毛布をかぶった何かがいた。

 近くには空になった餌皿も落ちていた。


「起きたか?」


 急に魔法の光に照らされて目が覚めたのか、毛布をかぶっていた何かがもぞもぞと動き出した。

 そして身を起こすと声を上げた。


「う~、にゃああぁ~」

「にゃあ?」


 起き上がってきたのは、人間の女性。

 いや人間のような何か。

 というのも、人間ではありえない位置、頭の上から獣の耳が生えている。

 しかし、全体的に見れば人間にしか見えない。

 しかも少女といえるような年齢に見える。

 ……なんだこれ?


「頭に耳の生えた少女があくびをした、ように見えますね、私には」


 マルスの淡々とした感想に、はっと我に返る。

 この少女、まさか……。


「まさか、獣人か?!」

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