47.表と裏
翌日、つまり裏オークション開催当日。
朝食の時間になって食堂に現れたレイチェル姉上は、機嫌が良くも悪くも無いという状態だった。
やはりすぐに好物を買って渡したのが良かったようだ。あのまま空腹で一晩過ごさせていたら、とんでもなく荒れた状態で朝を迎えていただろう。
私に話しかけこそしないが、ちゃんと自分で席について、自分によそわれたソーセージを食べている。
いつもなら勝手に私の分の肉まで食べようとする所だが、まだそこまで機嫌は直っていないようだ。まず、私の分を勝手に食べないで欲しいものだが。
しかし、今日はあまりのんびりもしていられない。
何しろオークション潜入のための最後の打合せをせねばならないからな。
特に、お見合いで頭がいっぱいだったレイチェル姉上はほとんど何も知らない状態だ。入念に詰めておかないとな。
「というわけで、朝食もそこそこに皆に集まってもらったわけだ」
帝都屋敷の応接間、最初にオランドと神託の話をした部屋にまた同じ顔ぶれが集まった。
レイチェル姉上、マルス、リッツ、オランド、そして私だ。
当然だが神託の探求団に入っていないリセリエ、ヴァルド、フィロメナはいない。危険が伴う事でもあるし、動く人数は少ない方が小回りが利くからな。
「裏オークション開催は本日の夜。通常通りの進行であれば、まず参加者が集まって立食形式の食事会を行い、そのあとでオークションが始まるらしい。我々は二手に分かれて表と裏から同時に潜入する」
「魔石が出品されるのは確実なんすよね?」
リッツの確認が入ったが、第一の目的は出品される魔石そのものの確認だ。
実はオランドの部下たちの必死の諜報活動により、高級な魔石が出品されることはもう分っている。この値千金の情報をもたらした諜報部隊には賛辞を送りたい。
「もちろんだ。確かな筋からの情報だからな」
「確かな筋……っすか?」
「オランド、言ってもいいか?」
「どうぞ、事実は変えられませんので」
「そうだな。魔石出品の情報は、主催者が富豪向けに作った宣伝チラシに書かれていた。どこよりも確かな出処だろう?」
諜報活動など微塵も必要なかった。
なにせ、このマルシェル家帝都屋敷にまでチラシが配送されてきたくらいだからな。
今までこんなチラシが配られたことはなかったそうだが、今夜の開催は規模が大きいのか、はたまた主催者の気合が入っているのか。
日頃鍛えた情報収集の技術を全く使う事が出来ず、諜報部隊の面々は一様に疲れた顔をしていた。申し訳ないとは思っている。
「チラシ、撒いてるんすか……? これ本当に裏オークションなんすよね?」
「その疑問はとてもよく分かるが、これが現実だ。貴族や富豪の間では当たり前なのだろう」
「エヴァン様、マルシェル家も誉れある家柄でございまするが……」
オランドが遠慮がちに指摘してくるので訂正しておいてやるか。
「そうだな、オランド。訂正しよう。裕福な貴族なら皆が知っているという事だ」
「エヴァン様、それでは自分で貧乏貴族と言っているようなものですよ」
今度はマルスからツッコミが入る。
お前たち、こういう時は息が合うんだな。
「ともかく魔石が出品されるのは確実とみていい。そこで表から会場に潜入する組は、魔石の現物確認を第一の任務とする。全ての商品がそうではないかもしれんが、オークション開始前にパーティ会場に商品が展示されることもあるらしいからな」
もっとも事前展示されるものは美術品が多いらしいのだがな。高価な美術品には贋作も多いので、疑いを晴らす為にそういう事も必要なのだろう。
魔石の場合は魔力がある者が見れば本物かどうかは誰にでもわかる。
「そして会場潜入した組には、もう一つ重要な任務がある。魔石の落札者の追跡、できれば特定だ」
「魔石を買いに行くんじゃないの?」
レイチェル姉上から疑問が上がる。
「姉上、はっきり言いますが、買えません。マルシェル子爵領の一年分の収入の全てをつぎ込んでも無理です」
なにせまともに金額が付けば金貨十万枚と言われる一等級魔石だ。
仮に十分の一くらいの価格になれば、子爵領の一年分の歳費で買えるかもしれない。その代わりに領地は干上がることになるが。
「最低でも、魔石の落札者を見失わないようにしなければならない。細かい事情は伏せているが、この屋敷の者たちも会場の周囲に配置するので、連携して落札者の身元を洗う」
自分たちで魔石を買えない以上、表立ってはこれくらいしかできない。
「で、裏から侵入する組はどうするんすか?」
「こちらは単純だ。オークション出品前の魔石を直接捜索して、可能であれば奪取する」
「ええ……、普通に盗むんすか?」
私の堂々たる盗人宣言に戸惑いを隠せないリッツ。そりゃあそうだよな、とても貴族の発言ではないしな。
しかしなぜか、こういう事にうるさいであろうオランドは何も言わないし、マルスも何やら納得顔で頷いている。
そしてレイチェル姉上に至っては、
「財宝を狙う盗みの怪人ね! 演劇で見たことあるわ!」
すごく嬉しそうだ。貴族令嬢としても、冒険者としてもどうかと思うが。
「もちろん裏社会の催しとは言え、盗みは良くない事だ。なので、可能であれば魔石の出品者の情報を先に突き止めたいと思う。もしかしたら、財政難に喘いだ貴族が泣く泣く家宝を手放した結果かもしれんからな」
「そんな事情の取引を邪魔すると恨まれてしまいますね」
「主君が恨みを買う事を喜ぶ執事など価値がございませんぞ、坊ちゃま」
どこか楽しげにしているマルスに嫌味を言うオランド。でもオランドも私を咎めようとはしない。
「しかしながら坊ちゃま、裏のオークションに出品される物なぞは、たいていは盗品か人様に言えぬ事情のある物です。坊ちゃまの神託成就に必要とあれば、遠慮なく頂戴すればよろしいかと」
「主君を悪の道へ堕とそうとする老いぼれ執事こそ不要だと思いますが」
私を煽るオランドに、お返しとばかりに言い返すマルス。お前たち、本当は仲良いだろう?
「まあ、とにかく現物を確認さえできればなんとかなる」
「なにか策があるんすね?」
「ああ、実は最近、物の位置を探知する魔法を習得してな。私が魔石に術式を付与できれば、いくらでも追跡ができる。見失う心配がなくなれば入手方法の検討もできるというものだ」
「へぇ~、そんな便利な魔法があるんすね」
もちろん元になっているのはセルファスが私の短剣に掛けた、大陸のどこにいても位置がわかる探知魔法だ。
マリクリアから帝都に移動する間、時間があれば短剣に掛けられた術式の解析をしていた。
おそろしく緻密な術式で理解するのにかなり手こずったが、結果としてある程度であれば模倣ができるようになった。探知範囲は、まあせいぜい帝都の中くらいというところだが。
「というわけで、表から会場に潜入する組はレイチェル姉上とリッツ。裏から侵入する組は私とマルスとする」
私がいうと、レイチェル姉上が口を尖らせる。
「えー、私は裏から忍び込む方がいいな」
「姉上、遊びではありませんので、それぞれの適正で決めています」
いまひとつ不満げな姉上だが、私はさらに機嫌を損ねるであろうことを言い重ねる必要がある。
「表から会場に入るには、先ず見た目で富豪である事が分からなければなりません」
オークション参加者は身元を隠し、高額な入場料を払い、さらに仮面をつけて会場に入る。余程親しい人物と遭遇しなければ正体が露見することはない、らしい。
しかし、まず見た目がみすぼらしくては会場に入ることもできないだろう。
「ですので、ドレスを着て盛装していただきます」
「! やだ!」
予想通り、ものすごい速さで拒否された。昨日のお見合いの事を思い出したのかもしれない。
「やだやだやだ! あんなのしばらく着たくない!」
子供のようなというか、子供そのものの駄々っ子ぶり。あまりにも予想通りで笑ってしまいそうになるが、ここで甘くするわけにはいかない。
「ダメですか?」
「ダメ!」
「着ていただけませんか?」
「着ない!」
「そうですか、仕方ないですね」
私が折れると思ったのか、レイチェル姉上が若干の期待を込めて私に眼差しを向けた。
しかし、私の口から出たのは姉上の期待とは逆の言葉だった。
「それでは姉上には屋敷に残ってもらいます。リッツ、お前は私達と一緒に来てくれ。侵入と脱出の支援をしてもらう」
「え?!」
レイチェル姉上が驚きの声を上げる。まさか自分抜きで作戦を実行すると言い出すとは思ってなかったのだろう。
だが、昨日のお見合いと、今日のオークション潜入では意味合いが全く違う。
神託の成就、つまりは世界を救うための作戦なのだ。いつもいつも姉上のわがままに付き合ってはいられない。
「ちょっと待って、エヴァン」
レイチェル姉上がソファから立ち上がって私を引き留める。
「エヴァンが考えた作戦に従う。だから連れて行って」
駄々をこねていた先程までとは違い、迷いのない目をしている姉上。
気持ちの切り替えができたらしい。
姉上は子供の頃から、ここ一番の勝負どころでは不思議と私の決定に従ってくれる。結果が良くても悪くても、責められた覚えはあまりない。
普段は、というか、いつでも自由奔放で制御不能な姉上だが、芯の所では私の事を信頼してくれているのだろうと思う。
昨日は殴り殺される寸前だったが。
「分かりました。姉上には負担をかけますが、おそらくこれが今できる最善です。一緒に来てください」
改めて姉上に表からの会場潜入を頼むことにして、今朝の打合せは終わった。
各々が夜に備えて準備を整える。
特に姉上はドレス選びからなので時間がかかるだろう。
そして夕刻。
リセリエ、ヴァルド、フィロメナ達三騎士は、『帝都を見物してこい』と言って屋敷から追い出した。ちょっと多めの小遣いを渡してやったら、リセリエは素直に喜び、ヴァルドは恐縮していた。フィロメナはもしかすると何か気付いているかもしれないが、特に何も言わなかった。
神託の件が全部終わったら、ちゃんと説明しないといけないな。
「エヴァン、これでいいの? 昨日のドレスよりずいぶんと飾りが多いけど」
お見合いの時とは打って変わり、肩を大きく露出させた派手な赤いドレスを着たレイチェル姉上が応接室に現れた。
「お嬢様、大変お美しゅうございますぞ!」
オランドは感極まって号泣しそうになっているが、実際着飾った姉上は美しい。
これなら少々所作がぎこちなくても出自を疑われることはないだろう。
いや、待て待て、もともと正真正銘の貴族令嬢だ。私が動揺してどうする。
「昨日も思いましたが、姉上は背筋を伸ばして黙って相手を見るだけで、大抵の事はうまくいくと思いますよ」
我ながらよく分からない助言をしてしまうが、今の姉上には美しさを根拠にした説得力が備わっている。喋るとボロが出るが。
「後は武器か。持ち込みは禁止だそうなので堂々と帯剣するわけにはいかないのだが……」
「こちらにいくつか用意しております」
マルスがテーブルの上に様々な携行型の武器を用意していた。
ナイフや仕込み杖、ベルトのバックルに刃物を仕込んだ物などが並ぶ。
「自分に使えるのは投げナイフか鉄棒くらいすかね」
「マルス、この小さな鉄の玉はなあに?」
「鉄球ですね」
「なんで銅貨が置いてあるの?」
「武器ですから」
マルスにとっては手に持てる物は全て武器になりうるのだろうな。どういう執事だ。
「あ、これならスカートの中に隠せるわね。邪魔にもならないし」
レイチェル姉上が選んだのは、太ももに固定するナイフベルトだ。
確かにスカートの中に武器を隠すのは簡単だが……。
「姉上! ここで装着しないでください!」
早速ナイフベルトを装備しようとした姉上だが、そうなると当然、スカートをまくり上げなければならないわけで……。
真っ赤なドレスの裾から白く長い足がにょきっと飛び出して、かなりきわどいところまで見えてしまっている。
「いやあ、大胆っすねぇ……」
「できれば見ないでやってくれないか、リッツ。見るな」
「お嬢様、大きくなられて……」
「オランド、泣くのも違うと思うぞ」
「いざという時は拳で殴った方が早いんじゃないですか?」
「本当の事を言うんじゃない。機嫌が悪くなるだろう」
収拾がつかなくなってきたな。
さっさとオークション会場へ向かうとするか。
更新がだいぶ遅くなってしまいましたが、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。




